第8話 創造種

 次の日。

 目を覚ますと、もうシャラーラの姿はそこには無かった。世界をさすらう魔人族。同じ場所に長居はしないのだろう。

「ラス」

「ん」

 身体を起こすと、レナリアがベッドの横にある椅子に座っていた。

「……使者が来たらしいな」

「詳しい話や今後については、また後で話しましょう。サロウさんが呼んでいます」


――


「経緯はレナリア様から聞いた。肝心な時に居れず、申し訳立たぬ」

 サロウは頭を下げた。だがラスもレナリアも、気にはしていなかった。

「仕方ねえよ。婆さんももう歳だ。立て続けに魔人、獣人とくりゃ気のひとつやふたつ失うだろ」

「……魔人様はもう発たれたか」

「らしいな」

「……ラスよ。もう後には引けん。我らは爪の国に反旗を翻した」

「聞いてる。それも仕方ねえ。いつかはやることだし、俺でもあの時そうした。人族の為に考えると、この集落の全員よりもレナの命が大事だ」

「……そんな……!」

 レナリアが声を弱々しく挙げた。ラスは彼女と目を合わせた。

「もう人族はな。個ではなく種で考えないといけない。100人救うために10人を犠牲にする。1000人生まれるなら100人の村でも滅ぼそう。勝手なことで申し訳無いと思うが、あんたは今、人族の。種族全部の希望なんだ」

 世界最大国の女王が、一言。

 『奴隷を解放する』と言えば。

 それだけで助かる人族の数は、こんな集落のひとつやふたつなど容易く呑み込んでしまうほどだ。

 その協力と確約を取り付けたラスは、永劫英雄として讃えられるだろう。

 ……全てが上手く行けばであるが。

「これからどうするのだ? この集落は遅かれ滅亡する。戦士は喜んでお前の旅に手を貸すだろう」

「いや、戦士はここの防衛に当ててくれ。奴等に通用するとファンが証明してくれたんだろう。老人や子供、病症人を置いていけない」

「……そうか。優しいの」


――


「……さて。森で素早く動くことができ、身体強化の魔法で襲い、遠距離攻撃魔法の跡が無かった。襲撃者はほぼ獣人族で確定か?」

 謁見後。旅の準備を進めながら、ラスは考えていた。

 既に馬に乗せられたレナリアが答える。

「まだ分かりませんが、可能性は高まりました。襲撃者と爪の国の繋がりも見えてきましたしね」

「ファンが殺さなきゃ、もっと情報を得られただろうがな」

「無理よ。人族より強い奴等を複数相手に、手加減なんて」

 ファンも手伝い、馬に荷物を括り付ける。

「あの昏睡させる技はファンさんにはできないのですか?」

 レナリアはいまいち、彼らの秘密兵器について分かっていない様だ。シャラーラは彼女にそれを共有していないのだろう。

「あー……まあ、ラスの技は特別だからね。才能ってやつ」

「ただ人より長く修行しただけだ」


――


「……ねえラス」

 出発の時。見送るファンは、ラスを引き止めた。

「次はいつ会える?」

「レナを国へ返し、人族の国を作った後だ。何年もかかるかもしれない。ファンも俺に固執せず、子のひとりでも産んでてくれ」

「それはできない相談ね。例え人族が滅んでも、私はラスの子以外産む気は無いわ!」

 さらっとそう断言したファンは、次いでレナリアへ向いた。

「私は『賛成派』よ? それだけ子が増えるもの。友好の証にもなるし♪」

「なっ!ちょ……!」

「はぁ……流石に『そこ』は狙えねえよ。竜王だぞ」

「あはは。いやいや」

 顔を真っ赤にするレナリアと、深くため息を吐くラス。

「ほらまんざらでもない。可愛いなあレナちゃん!」

「からかわないでください。私28ですよ? 歳上ですからっ」

「ふふ。……じゃあね。しっかり」

「ああ。世話になったぜ」

 彼らは笑顔で別れた。


――


 丘の裏に隠れ住む、人族の集落。その文化と生き様に触れたレナリアは、一層決意を固める。

「襲撃者イコール、私の敵であり、人族の敵にもなった。これで分かりやすくなりましたね」

「ああ。爪の国は迂回していこう。そうなると虹の国まで、遠回りになっちまうが」

 レナリアは馬を駆るラスの後ろで、地図を広げた。虹の国までの直線ではなく、爪の国を迂回するルートを探す。

「では次の目的地は『鉄の国』ですね」

「鎚人族(ドワーフ)と鬼人族(オーガ)の国だな。了解だ」

 ふたりは一路、草原を越えて次の目的地へ進む。


――


 種族の数は、諸説ある。というのも、獣の特徴を持つ種族をひと括りにするか、それぞれ『犬人族』『猫人族』のように分けるか、結論が出ていないからだ。概ね虹の国を含む大国は、『獣人族』で括ろうとするが、当の獣人族はそれを嫌う。総人口が最も多い種族だからこそ、その反論の声は無視ができない。

 分け方も、獣人達のそれぞれの街や集落によってまちまちで、中々議論が進まない現状がある。


――


「あ……あぁあぁぁぁあ!!」

 悲痛な叫びが響いた。

 数日前。レナリアはファンを助けた報酬を、シャラーラへ支払っている所だった。

 即ち、竜鱗1枚。『爪を剥がす7倍の痛み』と竜人族の間で囁かれる拷問である。

「……はぁ……ぐ……ぅ!」

「安心しろ。すぐに治癒魔法を掛けてやる」

 ラスとファンが眠る部屋とは別室で、レナリアは裸でうつ伏せになっていた。その上にシャラーラが跨がり、背中の鱗を剥がしている。できるだけ痛みを感じさせないよう慎重に。

「……ふむ美しい。これが『輝竜の鱗』か」

 丁寧に、綺麗に剥がされた1枚を持って、眺める。金色の鱗は、光の反射で虹色に輝く。極めて貴重なものであった。

「……お金、ですか?」

 それを要求した理由を訊ねる。

「そんなもの、やつがれには不要だ。やつがれはコレクターであり研究者だ。……竜鱗は研究のしがいがある物だ。しかし今までは持っておらんかった。通常、竜人を捕らえて鱗を採取しようなど難易度が高すぎるからの」

「……」

「さて。苦しませたな。もう終わりだ」

 傷の処置も終わり、その場から離れるシャラーラを、レナリアは引き止めた。

「待ってください。……もう1枚、差し上げます」

「ほう?」

 その言葉に、笑ったシャラーラが振り向く。

「まるで悪魔との契約だな。何が望みだ?弱った竜王よ」

「……私の身体を、治してください」

「無理だ」

「!」

 よろよろと起き上がり、座り込むレナリア。シャラーラは即答した。

「考えてみろ。【1枚鱗をやるから2枚鱗を生やせ】などということが起こり得ると思うか?」

「……」

「やれやれ。『治癒魔法の凄さ』を竜王に教えねばならんとは。汝の国の教育はどうなっておる」

 シャラーラはどかっと、レナリアの正面に座った。

。よく陥りやすい勘違いだ。あの人族の娘に施したのは、魔法による自然治癒の促進に他ならぬ。失った血液や裂かれた皮膚を、魔法で作ったのではない。【そんなことはあり得ない】」

 勿論レナリアは、そのことは知っている。その上で、魔法に長けたシャラーラへ、何か方法は無いかと問うたのだ。

 だがシャラーラの答えから、それすら無いことを悟った。

「……では、私はもう、魔法を使うことはおろか、自力で歩くことすらできないのですか」

「その通りだ。『再生魔法』や『復元魔法』は、理論では完成しておるが、実用は現実的では無い。【1枚の鱗を再生させるのに、2枚の鱗を消費する】ようなものだ」

「……分かり、ました」

 目に見えて落胆するレナリア。創世より生きる魔人が言うのだ。もう望みは無いのだろう。

「……だが」

「?」

 それを見て、シャラーラは続けた。

「汝の望みを叶える方法が無い訳では無い」

「……それは?」

「種族『ALPHA』。彼等なら、理外の魔法を知っておるだろう」

 シャラーラの口から出たのは、誰もが知っている者の名前だった。

「……それらは絶滅種では?」

 創世の物語は、虹の国でも義務教育で習う。『ALPHA』はこの世界を創った創造主である。だが創世と共に姿を消したと伝えられる。5000年前の話だ。

「何を言う。ここ数千年確認されておらぬだけだ。彼等は、【この世界で生きるためにこの世界を創った】のだぞ」

 5000年前の創造主が生きている。魔人のような長命種族ではなく。……それは、レナリアの常識には無い考えであった。

「……それを探すより、虹の国に戻る方が簡単で、早く済みそうですね」

 だがレナリアは飲み込んだ。何年生きているか分からない魔人の言うことは、話半分で聞いていた方が良いと思ったのだ。半分信じず、半分希望を持とうと。

「全魔人の目的はそれだ。我が主に再び相見える。まあ、やつがれの直接の主は死んでしまったがな」


――


「アルファ? 初めて聞いたな」

 そして現在。この話をラスへすると、そう返ってきた。

「……そうですか」

 馬で揺られて2日。そろそろ草原を越えるかといった所である。

 ラスの背後に座るレナリアが説明する。

「『創造主』……ではなく、『創造』。始まりは唯一ではなく、文明だった。……それが、虹の国の考古学者の見解です。あまり研究は進んでませんが」

「この世に人種を創った奴等か。何を思ってこんな歪なパワーバランスにしたんだかな。会ったら殴ってやるよ」

「……人種を創ったかまでは分かりませんが……そうですね」

 言ってから、ラスははっとした。その創造種は、レナリアの身体を治せる可能性があるのだと。

「……なんにせよ、予想、空想の域を出ないんだろ?希望は捨てなくて良いが、現実はしっかり見ないとな。ほら」

 創造種『ALPHA』の捜索。それは時代が許すなら、とても心踊る冒険になるだろう。しかし。今はそんなことをしている場合ではない。

 ラスは馬を止め、指差した。巨大な石で作られた砦が、遠くに見える。

「あれが『鉄の国』。鎚人族と鬼人族の国……の、国境城塞」

「『巌の街』。……ですね。まずは情報収集。ここでなら、現在の虹の国の様子や、私についても分かるかもしれません」

「違う」

「?」

 レナリアはきちんと現状を把握し、するべきことを考えていた。ALPHAなどという夢物語を真に受けての本末転倒は防がなければいけない。ラスは安心して、馬を降りた。

「【包帯を替える時間だ】レナ。俺が創造種とやらの話を信用しない理由は『これ』にある」

「えっ?」

 そして、やや強引にレナリアを馬から降ろした。

「何もせず傍観し、ピンチと見るや『取引』だと?あの魔人も次会ったら殴ってやる」

 ラスの腕に抱かれたレナリアが見たのは、あの怒りの形相だった。

「あんたもだ。何を済ました顔して鱗を差し出してんだ。貴重で、あんたらの誇りで、死ぬほど痛いんじゃなかったのかよ」

「……それでも、ファンさんの命には代えられません」

 レナリアは後悔していない。自らが傷付くことで誰かが救われるなら、鱗など、竜の誇りなどいくらでも差し出す。

 それこそが王足る矜持である。と、表情で語るレナリア。

「……ほら見せてみろ。……うわっ。残ってた内の一番でかい奴やられてんじゃねーか」

「……」

 そして、嬉しかった。長い歴史の中で、虐げてきてしまった人族に、彼らがどれだけ向かって来ても本来なら傷ひとつ付けることのできない身体を、心配されることが。


――


「こんな時期に旅人か」

 どうやってこの街へ入ろうかと考えた末、正攻法で行こうと提案したのはレナリアだった。

 勿論正体は隠すのだが、忍び込むには難易度とリスクが高過ぎたのだ。

 何せ馬を置いていく訳には行かず、レナリアは歩けない。

 そして、街の門を守る兵士は、鬼人族であった。浅黒い肌、大柄な体格。そして角だ。竜人と違い、頭の前方から生えている。

 そしてその鬼人族がふたり、甲冑を着込み、ふたりの前に立っていた。

「人族が……ふたり? 何のつもりだお前たち」

 門番は不審がる。

「ただの旅の途中だ。街には少し用があってな。危害は加えないし、『加えられる筈が無い』。だろ? 入れてくれ」

「……まあ、この辺境なら【野生】の人族もちらほら居るか。入っても良いが、この国の法律はお前たちを守ることは無いぞ?」

「充分だ。ありがとう」

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