第7話 爪の使者
「ラス! ねえラス!」
瞬間ファンが飛び出し、倒れるラスへ駆け寄る。返事が無いことに絶望し、シャラーラを強く睨み付けた。
「ちょっと! 害意は無いんじゃないの!?」
「無い。……そうか、人族は魔法を知らぬのか」
「はぁ!? 何を……!」
ファンはシャラーラの言葉の意味が分からず、レナリアを見た。
彼女は慌てていなかった。
「……昏睡魔法」
「如何にも」
「……!?」
レナリアの言葉に、シャラーラは頷いた。
「亜人同士の戦いでは基本、自身に魔法防御を掛けておる。だから普通こんな魔法は効かんのだが、人族相手には強力なのだ」
「じゃあ……寝てるだけってこと?」
「うむ」
ファンはラスを確かめる。確かに、心臓は動いたままで、息もしていた。
無事である。
「殺傷能力も無し。時間が立てば起きる。だから戦いでは好まれん魔法だ。だが『それ』を、【人族は手に入れた】ということかの」
「!」
ほっとしたのも束の間、シャラーラは人族の秘密兵器へ深く迫った。
「だが昏睡魔法は『寝るか寝ないか』だ。今のやつがれのように中途半端に意識を失いそうにはならない。そして、魔法防御をすり抜ける昏睡魔法など存在しない。魔力の桁が違うなら別だが……その男にやつがれを越える魔力などありはしない。そもそも人族には魔力など」
「……」
「つまり、魔法ではない、と言うことだの」
「……皆、見世物は終わりよ。仕事に戻って」
ファンはシャラーラを睨んだまま、周囲の人達に呼び掛けた。彼らは、やはり魔人に勝てる訳はないと、溜め息を吐きながら散っていった。
――
「なるほど。やっぱり魔法じゃないのか。でもそれはそれで疑問は残るなあ」
「まあもはや関係ねえよ。昏睡してんだろ? 終了だ」
「!」
また、唐突に。
人族の集落に、人族以外の者が現れた。
「なっ……!」
唐突に感じるのも仕方ない。人族には魔法の感知はできないのだから。
「はい、『少女王』確保。『汚点』の方は見当たらないが、取り敢えず任務完了だ」
「じゃあね奴隷の皆さん。貴方達に希望は無いよ」
現れたのはふたり。背の高いふたり組だ。その頭には獣の耳が生え、腰部からは毛で覆われた尻尾が生えていた。
獣人族である。
「獣人だぁぁぁ!!」
「きゃあああ!」
集落に、昨日と同じく悲鳴が駆け抜ける。住民は皆、全てを放り出して逃げ去った。
獣人族は追わなかった。彼らの目的は人族ではないからだ。
――
「ちょ……離してください!」
彼らはレナリアの背後より現れ、彼女を拘束した。魔法強化の無い竜人など、簡単に捕まえられる。すぐにその場から離れようとした。
だが。
「ぐぁっ!!」
突如、獣人族のひとりの犬のような耳が、切り取られて宙を舞った。
「きゃあ!」
彼は頭を抑え、レナリアを離して倒れて転がる。
「ぐおおおお! 俺の、耳がぁ! 畜生! 痛ぇ!!」
「! 誰だ!」
もうひとりが、腰の剣を抜いて構える。その犯人とは。
「侵入者。亜人。敵意あり。私の友人を連れ去ろうとした。ラスは戦闘不能。なら……」
その手に持つは、ラスから奪った短剣。魔力を持たない人族である筈が、何故か獣人族を一瞬怯ませるに足る、殺意と威圧感を放っている。
「使うは今、ここ! 私達は『爪の国』に歯向かって全滅しても、【レナちゃんを護って人族の未来へ繋ぐ】ことを優先する!」
「貴様……奴隷の分際で!」
戦士。初めにラスはシャラーラへそう名乗った。そして、このファンも戦士である。
『秘密兵器』の詳細を知り、使いこなす戦士である。
「ファン……さん」
「ほう?」
不安そうにファンを見るレナリアと、面白いものを見るように腕を組むシャラーラであった。
――
「死ね!」
ただただ怒り。下等な種族に、仲間を傷つけられた怒り。そんなに死にたいなら殺してやろうと、猫のような耳の獣人が飛び掛かる。
横一線に振り抜かれる獣の剣。肉体強化の魔法を得意とする彼らの戦いは、それを使っての肉弾戦が主流である。
その高速の剣を、ファンは斜めから短剣で打ち合った。
「バカめ! 人族なんぞの力で対抗する気か!?」
「ふんっ!」
獣の剣と短剣が衝突し、火花が散った直後、猫耳の獣人は【自身の身体を支える重心の居場所を見失った】感覚に襲われた。
「……!?」
1歩で詰めた距離。ほぼ空中である。体勢を維持できない獣人は、その勢いのまま空中で1回転し、地面に仰向けに叩き付けられた。
「がはっ!」
肺が大地に圧迫され、一瞬息が止まる。
「死ぬのも、バカも、あんたよっ!」
そしてその隙を突き、ファンが短剣を心臓へ力の限り突き刺した。
「ぁあっ!! がっ!」
獣人の男は数秒悶えて死んだ。
「次っ!」
ファンは直ぐに構え直す。耳の斬られた犬の獣人がまだ居るからだ。
「はぁ……はぁっ!」
だが今の戦いでかなり消耗している。掌からは出血し、腕の筋肉は悲鳴を挙げている。亜人の筋力に人族では太刀打ちできないのだ。
「……ふぅー! ふぅー! てめえ……許さねえぞ!」
なんとか耳の痛みを抑え、立ち上がる犬耳の獣人。彼は相方が殺されたのも確認し、その憎悪を燃やしてファンを睨み付ける。
「お望み通り魔法で殺してやる。剣士ごときじゃ何もできない遠距離攻撃を食らえ!」
猫耳の獣人が手をかざし、ファンへ向ける。恐らく火の魔法か風の魔法か、それを受けてはさすがにファンは死ぬだろう。
だが彼女も、黙って立っている訳は無い。
「っ!」
遠距離魔法は時間が掛かる。魔法の精製と、それの発射という段階を踏むからだ。その間は無防備である。ファンは彼へ真っ直ぐ突っ込む。
「なっ! 止まれ貴様!」
彼は、どれだけ人族を見下していたのだろう。弱小で、下等な人族は、【間違っても自分から突っ込んでくることは無い】と、無意識に思っていたのだ。また、人族との『戦闘』は初めてである。どんな考えの元戦っているかなど、彼らにとってどうでもよく興味が無い。
人族を殺したことはある。魔法でも。どれも震えて、死を恐れ固まっていた。
まさか、死を恐れず向かってくるなんて――
「ぉああ!」
「――!」
魔法の発射と同時に、ファンの剣は犬耳の獣人へ辿り着いた。
ファンは風の刃を全身に浴びながら、獣人の首をひと薙ぎに斬り飛ばした。
――
「……ファンさんっ!」
その様子を見ることしかできないレナリアが叫ぶ。全身を深く切り裂いた大量の傷から、止めどなく血を吹き出している。ファンは最後にラスの方をちらりと見て、倒れた。
「ファンさんっ! ファンさんっ! しっかりしてください! 誰か……助けてくだ」
「鱗1枚だ。やつがれに売れ」
「!」
ファンへ這いずるレナリアの前に、シャラーラが立ち塞がった。ああ、元よりそれが目的なのだと、レナリアは瞬時に悟った。
「売ります! だから早く!」
即答。そしてシャラーラはにこりと笑った。それからファンの側へ行き、痙攣する彼女の身体に優しく触れる。
「<アーミラル>」
シャラーラが呟く。するとファンの身体が光り始めた。
「ファンさんっ!」
「じきに眼を覚ます。水と栄養を与えよ。鱗は落ち着いてからで良い」
――
――
「はっ!」
ラスが目を覚ました時には、もう陽は沈んでいた。そこはベッドであったが、ファンの家ではないことは直ぐに分かった。
「……!?」
そして、起きて一番に感じたのは『股間の違和感』であった。今もなお何か感触がある。ラスは即座に布団を吹き飛ばす。
と、同時に自分の下半身に乗っかっている『何か』を蹴り飛ばした。
「ぎゃわ!」
「……な、なんだ?」
壁に激突しただろう、そこからは悲鳴が聞こえた。ファンのものでも、レナリアでもない。となると声の主、もとい自分の股間をまさぐっていた主は。
「……シャラーラ、だったか。あんた何してんだ?」
「ふむ。汝はやつがれが認めた戦士。であれば、人族を代表した仔種を貰おうとしたのだが……まさか汝――」
「言ってる意味がひとつも分からん。あんたが来て初めからだ。全部意味不明だ」
シャラーラは壁からずり落ちてなお、何事もなかったかのように語る。
「横を見てみい」
「……レナ?」
「逆だ」
ラスの隣にはレナリアが眠っていた。そしてその逆隣には。
「……ファン」
ラスの隣のベッドで、ファンが寝息を立てていた。傷痕はひとつもない。
「汝が気を失ってから、『爪の国』の使者が現れた」
「!」
その話は、無視できない。
「あやつらは竜王を連れ去ろうとし、それを汝のつがいが阻んだのだ」
「つがいじゃねえよ。……てか、戦ったのか」
「如何にも。人族でありながら獣人をふたり屠った。そやつも、汝と同じ技を使えるの」
「……無傷でか?」
「否。正面から『風魔法』を浴びた。致命傷である」
「……で、あんたが治したのか」
「うむ。竜王たっての望みでな。まあそもそもやつがれは彼女に用があった。恩を売るには都合が良い」
「…………」
シャラーラは立ち上がり、ラスのベッドへぽふんと飛び乗った。
「先回りしようとしたのだが、見張りに止められての。いやはややつがれの来臨を拒むとは、今時の人族は胆力がある」
そして、小さな手でラスの頬を撫でてから、その手をまた股間へと滑らせる。
「何してんだ」
「先程は吃驚したかの。改めて仔種を……」
甘い声を耳元で囁くが……。
「駄目だ」
ラスはシャラーラの首根を掴み、放り投げた。
「何故っ?」
頭から床に突っ込んだシャラーラは、顔を抑えながら即座に振り向く。
「人族の種は全て人族繁栄の為にある。魔人の気紛れに無駄遣いはできねえよ」
「むぐぐ……余り溜めすぎると身体に悪いぞ?」
「禁欲は体調を良くするらしいぞ」
「むぐぐぐ」
「ここはどこだ?」
「……集落の長の家だ。あやつはやつがれを『客』と認めた」
「……だろうな。ファンは貴重な戦士だ。あんたの功績はでかい」
「では報酬を要求する」
「なんだ? 種は駄目だぞ」
シャラーラは再度ラスのベッドへ登り、彼に密着した。
「……『気』であろう? その技」
「な!」
ラスは動揺した。見破られたのだ。秘密兵器の正体を。その名前までも。
「魔人はこの世界の創成を知っておる。汝ら『制限時間付き種族』の知らぬことまでな。『気』とは、やつがれの主も使っていた技術だ」
驚くラスを横目に、シャラーラは頬を彼の胸に擦り寄せた。
「汝は……主と匂いが似ておる。今宵の間、汝の胸で眠らせてくれ。それが報酬だ」
「……」
その表情は、屈託の無い、幸せそうな少女のものだった。見てラスも、ついつい顔を綻ばせてしまった。
「……仕方ねえな」
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