第6話 火の花のシャラーラ

「と言うわけで、帰国までの道程の護衛を」

「……なるほど。襲撃と、全滅……」

 ふたりから詳しく経緯を聞き、こくこくと納得した様子を見せるファン。

「……パパとママは?」

 気になったのはまずそれだった。彼女の両親は、森の集落にいる。

「俺が集落に戻った時には既に手遅れだった。幸いただの強盗らしく、『尊厳を奪われるような』殺され方はしていない」

「……そう」

 幸い。殺されると確定しているなら、もはやその殺され方が悲惨かどうかしか残っていない。だがラスは、「母親が受け入れたのは夫だけだった」と言外に語った。悲しみに暮れつつも、同じ女性であるファンは胸を撫で下ろした心境だ。

 そして、ファンはラスの元へ寄り、力強く正面から抱き締めた。

「……大変、だったね。苦しかったね。もう大丈夫。大丈夫よ」

 彼女も目尻に涙を溜めつつ、ラスを励まそうとする。その様子に、レナリアも目頭が熱くなる。

「……ファン」

 だが、抱き締められてラスは。

「俺は子供じゃない。もうとっくに切り換えてるさ」

 無表情でそう言った。

「失った命を嘆くのはその日の晩だけだ。それからは、これから生まれてくる命のことを考える。そのためにできることを」

「……」

 はっとしながら手を離したファンは、やや黙ってから顔をにやけさせた。

「じゃあ。さっそく今夜、子を授かりましょう。ああ、心配しなくても大丈夫よ。全部私に任せて――」

「邪魔したな。もう行く」

「そんなっ!?」

「今俺がファンと寝てひとり授かるより、もっと大勢の人族を増やせるようになる可能性がある。そのためにゆっくりしていられない」

 がんと、頭を打たれたように衝撃を受けた。レナリアは、表情がころころ変わって面白い人だな、と思った。


――


 じゃあ、とラスは立ち上がってレナリアを持ち上げようとした時だった。

「ふーむ。何やら面白いことになっておるの」

「!」

 玄関に、『それ』は居た。誰も気付かなかった。家主のファンでさえ。戸を開く音すらしていない。

 所謂『出口狩り』だろう。

「角と尾をもがれた竜の仔に、人族の夫婦か。魔力も覇気も無いが、果たしてそんな者らに誇り高き竜が懐くものかの」

 全裸。

 そう。何を置いても、まずそこに目が行った。この人物は誰で、何者で、何故音も立てずに家へ入り込み、レナリアの正体も見破ったのか。疑問は挙げればきりがないが……。

 その少女(?)は。

 一糸纏わぬ姿で、顎に手をやり考えるポーズを取っていた。

「なっ……はあ!?」

「ちょ……ええっ?」

 次に目に付いたのは、である。奇妙な紋様だ。まるで炎か縄のような黒い線のデザインが、少女の身体に描かれていた。

「……? 何かやつがれの顔に付いておるかの?」

 そして、その長い髪。明らかに地面まで達して引き摺る長さでありながら、【そしてここが屋内でありながら】。その全ての髪の毛は床や壁に着くことは無く、宙に靡いている。薄い紅色で淡く発光しており、ゆらゆらとゆらめいていた。

「……亜人かっ!?」

 気圧されたが、ラスが即座にレナリアを奥へ放り投げ、短剣を構える。その人物に敵意が感じられないことだけが、辛うじて構えた手を止めていた。放られたレナリアはファンに受け止められた。

「おいおい。物騒な。やつがれに汝らを害するつもりは無い。そも生来、やつがれは何者も害するつもりは無い」

 血のように赤く、大きい瞳。人形のように整った【気持ち悪いほど美しい】造形の顔。

 およそ人族とは掛け離れた特徴の少女は、辛うじて照らし合わせると、10歳くらいの見た目である。

「……『魔人族』」

「!?」

 ファンに受け止められたレナリアが呟いた。その片方の竜角に、痛いほど伝わる魔力の波動。間違いない。この少女の正体は、この世で最も不可解な種族である。

「如何にも。やつがれの名はシャラーラ。主より『火の花』を賜わった魔人」

 シャラーラは名乗り、続いてラスを指差した。

「?」

「汝。表に出ろ。力を試してやろう」

「は?」


――


 そして。

 シャラーラが家から出た所で、悲鳴が上がった。

「きゃぁぁぁぁぁあ!!」

「ん? 何事だ?」

 通りがかる人すべてが、シャラーラを見て叫ぶ。こんな、人族の隠れ里に亜人が堂々と出現するなど、この世の終わりでも来るのだろうか、と。

「……あ」

「え?」

 そこでレナリアは思い出した。

「あの子(?)集落の入り口で揉めてた子じゃないですか?」

「うーん……あんなだったか? 目が良いなあんた」

「待て……騒ぐな! 逃げるな! やつがれは敵では無い! ああもう、人族の臆病風め」

 シャラーラの、慌てて弁明する様子を見ると、害意が無いのは本当だろうと思えた。

 そもそも『魔人』であれば、あの時強行して集落へ入れもしたのだ。人族の見張りに止められて憤慨するも立ち去る辺り、人は好いのだろう。

「何事じゃ」

 騒ぎを聞き付けサロウが出てくる。そして、目の前の『魔人』を確認して。

「……ひぇっ……」

 サロウは気絶した。

「首長ぉぉ!?」

 サロウの付き人が叫ぶ。

「だから、やつがれは……!」

 もはや可哀想に見えてきたシャラーラ。その目尻には涙さえ垣間見えた。


――


「良いな! 明日また来る! 待っておれよ汝!」

 首長も気絶し、陽も暮れる。もう本当に帰ってくれと人々に懇願され、泣く泣く。そんな捨て台詞を吐いてシャラーラは立ち去った。

 明日まで待てと、ラスを指名して。

「……急いでるんだがな」

 その夜。ファンの家にそのまま泊まることになったふたりは、やれやれと肩を竦めていた。

「『魔人族』は亜人の中でも特に異質な種族です。彼らは国を持たず、ひとりひとりが自由気ままに世界を渡り歩いている。そして全てが強力な魔法使いです。無視して集落を出ると報復に人族全てが根絶やしにされるかもしれません」

 レナリアが説明する。ここで魔人と遭遇したのは運の尽きであると言わんばかりに。

「確認されたものだけで、たった6人。超レアな種族でもあります。……出会うだけなら」

「目を、付けられたわねラス。最近モテモテじゃない?」

「ああ、やっぱり雌で良いのか?アレ」

「さあ? 魔人族に性別は必要なのでしょうか」

 食事は、人族特有の『魔物の肉』入りスープであった。夜の草原に出れば魔物は無限に思える数が沸く。食事だけを見るならば、それほど困っている訳ではないのだ。それをよそいながら、ファンは言う。

「まさか『アレ』がバレたのか」

 ラスの言うアレとは、秘密兵器のことである。正体を知るファンはふむと考える。

「レナちゃん、魔人族について他には?」

「え、えっと……魔素に愛された種族と言われています。体内の蓄積魔力量が膨大で、種族による魔法制限もありません。ただ魔力消費量も膨大なので、強力な魔法を使えばその分回復に時間がかかるとか」

「魔人の名に恥じない訳だな」

「はい。魔法に関しては世界トップレベルの知識と技術があります」

「媒体は無いのか? 竜人の角やエルフの魔石みたいな」

「分かりません。何せ6人しか確認されていないので。目撃談から推測するくらいしか無いのです。恐らく、全身に描かれた紋様が関係していると思われますが」

「シャラーラは主に名を貰ったと言っていたが、魔人の王か?」

「いえ。魔人は国を持ちません。私にも何のことか分かりません」

「結局、ほぼ何も分からないな。『エルフのバージョンアップ』と捉えて良いか」

「概ねそんな感じですかね…」

「確認された6人って、その中にシャラーラは?」

「居ます。本人の名乗りから『火の花』シャラーラ。比較的温厚な魔人で、存在は50年前に確認されました。人的被害はまだありません。害意が無い話は信用に足ると思います」

「へぇ。……て、50年て」

「ですが、私達竜人を初め、もちろん人族とも考え方、価値観、死生観などがまるで違います。勝手に他人の家へ入ったり、人族の現状を鑑みて自分が集落へ行ったらどうなるかが分からなかったように」

「極論、温厚に『救いだ』とか言われながら殺されることも有り得るか」

「はい。あらゆる全てを想定すべきです」

「……そんなことより。ラス、今夜――」

「何が起こるか分からねえ。疲れることはしねえ」

「がーん」


――


 次の日。

「汝。名乗りを許す」

 朝から、見物人が大勢集まっていた。ファンの家の前で。

「ラス。人族の戦士だよ」

 シャラーラとラスは対峙していた。

「ふむ。ではあれをやるが良い。やつがれに撃って来い」

 シャラーラは全裸のまま、両手を広げて待ち構える。両者の距離は10メートルほど。ラスは短剣を構えて居た。

「あれとは?」

「ホーンラビットを一斉に狩った技だの。魔法では無いのは見て分かる。だからこそ不可解で興味深い」

「……見られてたか」

「やつがれの『魔眼』の範囲は10レクトアルサであるゆえ」

「その単位の意味は分からんが……俺の技は【種族の存亡が掛かった】大切な秘密兵器でね。易々と見せる訳にはいかない」

「魔物には簡単に使ったの」

「必ず殺すんだ。俺はあんたを殺したくない」

「わははっは! やつがれを殺せると!?」

「どっちでも良い。タネが割れるのが駄目だ」

「ふんむ。承知した」

 構えたまま動かないラスを見て、シャラーラはぶつぶつと何かを唱えた。

「……?」

「やつがれと繋がっている全ての者と魔力リンクを解除した。以降記憶共有もしないと誓おう。加えてこの集落を中心に7レクトアルサの範囲を魔法障壁で覆った。これで外部に漏れることはない」

「は?」

 ラスはシャラーラの発した言葉の、殆どを理解できなかった。

「さあ、もう憂いは無い。来い」

 だがシャラーラは待ってくれない。右手を突き出したと思えば、身体の紋様が動いた。うぞうぞとゆらぎ、1本の線が右手の平からはみ出た。

 それは剣になった。

「返し技の可能性もあるの。やつがれから往こう」

「!」

 瞬間。ラス……人族にとってはあり得ない高速で。シャラーラにとっては【人族でも反応できるよう最大限遅くして】。

 ラスに斬りかかった。

「……! ちっ!」

 ラスは、シャラーラから殺意を感じた。何もしなければ、普通に殺される。迷う時間は無い。ラスは簡単に、追い込まれてしまった。


――


「ぉう……!?」

 駆けるシャラーラが、ラスの手前でぐらりと揺れた。バランスを失ったように、勢いを殺せずたたらを踏む。

「ぅ……むぐ……!」

 眼が回る。物理的にシャラーラの眼球が回っていた。そして数歩千鳥足になってから、1歩力強く踏み締めた。

「……おいおいおいおい」

 ラスは驚愕し、口元をひきつらせながら後ずさる。

「ふぅ……おっとっと。ふうむ。なるほどの。ふむふむ……」

 シャラーラは得心したように何度か頷き、固まるラスへ指差した。

「考えたの。魔素に愛されぬ人族よ」

「……へっ。効かねえとか、軽くショッ――」

 ラスが答える前に。

「<ベスパー>」

「!」

 シャラーラの指先から、光る弾……『何か』が発射され、ラスの身体を貫いた。

「ラスっ!!」

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