第5話 草原の集落

 草原の集落。集落とは言え、人口は多いようだった。坂道を下るように進むと、しばらくして賑やかな声が聞こえてきた。独自に発展したであろう建物や街の装飾が、レナリアの知らない人族の『文化』を表していた。

「ちょっと待った。お前は森の集落の者か?」

 入ってすぐに、大男に話し掛けられた。こちらは見張りではなく、門番のようだ。

「そうだ。ほらよ、証だ」

 ラスは首に提げているマークのようなものを大男に見せる。

「確かに。どうした? 同胞よ」

「俺の集落が滅亡した。ここの首長に目通り願いたい」

「……承知した。生き残りは、お前達ふたりだけか?」

「そうだ。彼女に至っては大怪我を負った。未だに立って歩くことすらできない」

「……同胞よ。そなたらに加護があらんことを」

 大男は動揺しながらも、ラスに向かって手を合わせて祈った。

「感謝する」


――


「あれだけで、信じてもらえるのですね」

「まあな。俺達は基本的に嘘は吐かない。特に種族の事に関しては。ここまで迫害されてりゃ、もう個人の利より種族全体の利を考えるんだ」

 それから、話は集落へ行き届き、ふたりは首長の家へ通された。行き道でレナリアが目立ったが、亜人族だと見抜かれることは無かった。

 首長の家は森の集落とは違い、集落のど真ん中にあった。大きな木造の建物だ。

「人払いを頼む」

「分かった」

 ラスは首長の護衛にそう頼んだ。護衛は即座に動いてくれた。

 馬から降ろされたレナリアは、歩けないためラスに担がれる。その様子も周囲の目を集めたが、ラスは気にしていない様子だった。レナリアはとても恥ずかしそうにしていたが。

「……よう来た。ラスよ」

 首長は女性であった。レナリアは集落で一番の年寄りである、と事前にラスから聞いていた。派手な装飾などは無く、言われねば首長だと分からないほど、普通の老婆であった。

 家も簡素なものであったが、客人を通すためか、獣のカーペットが敷かれていた。ラスとレナリアは首長の前で並んで座る。

「一昨日と昨日、物見が2度、森で炎と煙を目撃しておる。何があった?」

 老婆は静かに訊ねる。

「『竜王』の『翼人族』訪問は知るところでしょう。帰り道に竜王が、森で襲撃を受けました」

「!」

 レナリアは驚いて、ラスを見た。自分は人族で通すのでは無いのか?と。

「ほう……」

「襲撃者はエルフではありません。奴等は馬車で竜王を拐った」

「……続けよ」

 首長は興味深そうに顎に手をやっている。

「使節団を襲った、奴等の雇った傭兵に、我々の集落は滅ぼされました。多種族でしたので、傭兵それ自体に恨みはありません。しかし」

「……襲撃者」

「はい。俺は奴等を根絶やしにします。世界の安寧を脅かし、兄弟を殺し、集落を蹂躙した」

 ラスの拳が強く握られ、そこから伝うように彼の表情も怒りを露にする。その覇気に、レナリアは気圧された。

「ふむ。竜王不在となると、世界は荒れるのう」

「魔法による定期連絡が途絶えたと、そろそろ気付くようです」

「……何故それを?」

 首長はラスへ問うた。その情報は、人族には知り得ないものであるからだ。

「彼女は竜王です」

「ほう?」

「ちょ……ラス?」

 驚きもせず、目を光らせた老婆。その視線に耐えきれず、ラスを見る。彼は小声で「大丈夫だ」と呟いた。

「……判りました」

 と、観念したレナリアは、首長へ背を向けて羽織っていたマントを脱ぎ、包帯を弛めた。

「……」

 首長の衰えぬ強い視線が突き刺さったのは、痛々しい『竜鱗』の剥がされた痕と、残った鱗であった。

「……これは……なんと……。その傷は……」

 マントを着直して向き直ると、首長は深々と頭を下げていた。

 痛々しい私刑の痕よりも、本物の女王であることに驚いていたようだ。

「ちょ……やめてください、首長」

 慌てるレナリア。

「よくぞご無事であらせられました。またこのような汚い集落へ頼ってくださったこと、種族を代表してお詫びと感謝を申し上げまする」

 だが、なおもへりくだる首長に、レナリアはラスへ助けを求めた。

「……」

「……っ」

 しかしラスは知らんぷりした。女王ならばこの場を仕切ってみろと、表情が語っていた。

「……。ひとつ答えてください。人族の長。先程から、『世界の安寧を脅かす』という発言や『私達の使節』を知っていたりなど、他国に関心があるどころか、亜人の世界を肯定しこの事態を憂いているように聞こえました。何故ですか?」

 その問いに、首長は顔を上げずに答えた。

「は。世界の安寧は、我々の安全であるからでございます。情報を武器にしなければ生きることすらできない最弱の種族でありますれば、現在世界の中心である『虹の国』と『竜人族』の安定は、我々への影響も少なからずあるのです」

「……分かりました」

 その答えに納得した訳ではないが、仕切り直すには良い問答であったとレナリアは思った。

「お顔を上げてください。人族の長。それでは話し合いもできません」

「は」

 まるで神に祈る勢いであった首長は、やっと顔を上げた。

「申し遅れました。私はレナリア・イェリスハート。仰る通り、『虹の国』を。……世界の安寧を任された王です。他人の前では正体を隠さねばならない事情、汲んで貰えると助かります」

「これはこれは。私はここを治めておりまする、しがない首長のサロウと申します」

 レナリアが名乗ると、サロウはまた深々と頭を下げた。

「サロウさん。堅い会話は無しにしましょう。私は落ちぶれた死に損ないの若輩者。『群れの長』という点ではサロウさんの方が経験も実力も、何倍も上でしょう」

「……そんな、恐れ多く……」


――


 遠慮するレナリアと、へりくだるサロウの問答を断ち切ったのはラスであった。

「婆さん、話進まねえよ。レナもビシッと言えよな」

「……!」

 彼は一足先に、堅い会話を止めていた。

 レナリアとサロウは目を丸くしてお互いを見やり、そして笑った。

 ああ、『笑い合える』のだと、レナリアは実感した。


 レナリアは、サロウと協力を取り付けた。竜王凱旋に人族が手を貸し、見返りに奴隷解放と、人族の国家の樹立を認めることとなった。

 ラスと交わした契約が、人族全体を巻き込んだものとなったのだ。

「ですが、余計な混乱を生まぬよう、正体は明かさぬ方が良いでしょう」

「はい」

 サロウは何枚かの紙をレナリアへ渡した。契約書のようだが、彼女は人族の文字を読めない。どころか文字ですらないかもしれない。

「文字とは言わない。マークってやつだ。婆さんのサインもある。これを見りゃ人族は全員あんたの味方をするぜ」

 ラスが要約した。後ろ楯……とまでは言えないが、これでサポートは付いたのだ。

「感謝します。サロウさん」

「お互い様でしょう、レナリア様」

 彼女らは打ち解けていた。サロウからも、敬意は見えるがへりくだる素振りは無くなった。

「ラス。そなたの国が、今から楽しみだ」

「進んで王になろうとは思わない。その時にならないと分からないが、適任が居ないならなるかもな」

 ラスは人族の独立を目指している。だが欲しいのは平穏であり、王の座では無い。今はレナリアを虹の国まで送る以外は、深くは考えていないようだ。

「で、何か立て込んでいると言っていたな、婆さん」

「ああ。実は近々この集落に、『爪の国』から使者がやってくる。そのせいで皆落ち着かぬのだ」

「……なるほど。やはり」

「ああ」

 ラスとサロウは得心したようにお互い頷いた。

「……何がですか?」

 人族の事情を知らぬはレナリア。

「レナリア様。この集落でゆっくりと療養していただきたい所ですが、早々に発った方が良いでしょう」

「……何故?」

「行くぞ。多分、ややこしくなる」

「? ……ちょ」

 ラスはレナリアを担ぎ上げ、サロウの家から出た。


――


 瞬間。

 ラスは衝撃を受けた。恐らく『出口狩り』というものだろう。……その衝突に、危うくレナリアを落としそうになる。

「ラスっ!」

 レナリアは落ちそうになりながら、その甘い声を聞いた。見ると、ラスと同年代くらいの女性が、彼に抱き付いてる所だった。

「……っ?」

 レナリアは驚く。その女性の登場ではなく。

「……姉さん」

 ラスのその一言に。

「元気だったぁラス? 2ヶ月振りかしら!」

「まあ取り合えず離してくれ。レナが吃驚してる」

「その子レナっていうのね! よろしく! 私はファン。ラスのお姉さんで、お嫁さんよ!」

「……!? ……!??」

 続くファンと名乗る女性の、怒濤の台詞にレナリアは目を丸くし、唖然とするしかなかった。


――


 早く出発しなくてはいけないのだが、ファンに強引に、彼女の家へ迎えられたふたり。

 レナリアは居心地が悪いようだ。

「……取り替え子?」

「そう」

 聞き返す。レナリアには初耳の概念だった。説明するはファン。茶髪の髪を結び、精一杯お洒落をしていると分かる。大きな瞳に小さな口。顔立ちはやや幼く見えるが、すらっとしていて胸も豊かだ。基本的に笑顔でいるらしく、印象は良い。

「人族同士は基本的に結束力が高いんだけど、集落同士でもそうしようと、定期的に子供を取り替えるの。大昔は首長の娘を嫁に出してたりしてたらしいんだけど、集落間の移動がそもそも危険だからね。平民の子供になったのよ」

「それで、この集落はラスの生まれ故郷ということなのですね」

「そ。私は森の集落の生まれ。ラスを育てたのは私の両親だから、ラスは弟。で、私はラスのことが好きだから、私はラスのお嫁さんなの」

 最後の一言に首を傾げながらも、事情は把握した。人族という種族が生存していくための、知恵と文化なのだろう。

「……お嫁さん、と言ってますけど」

 レナリアはついに、ラス本人に訊いた。

「ああ、人族の結婚適齢期は14~22くらいなんだが、俺は修行ばかりで森の集落の女は構ってくれなくてな。ファンのことは特別好きでもないが、種族保存のために子は作らないとならねえし」

「……!」

 予想外の答えに再び目を丸くする。ラスは、見た限りそこまで異性に興味があるように見えない。それは、事実だった。しかし、『人族の繁栄』という目的のために、やるべきことを理解している。奴隷解放だけではない。種族は増えなければならないのだ。

「……

 と、ファンの言葉が重くなった。

「レナちゃん。あなたはどこから来た、ラスのなんなの?」

「っ!」

 ファンがレナリアをじろりと見た。怪我人だろう。それは見て分かる。

 しかし森の集落に、【白金色の髪をした人族】など存在しない。他でもない取り替え子のファンだからこそ、その嘘は通用しない。

「その髪、瞳。……綺麗な髪飾りね。旅には合わないわ。服はラスのものでしょう?」

「……私は」

「もしかしなくても、亜人よね」

「!」

 レナリアが言い淀んでいるのを見て、ファンが口にする。変わった髪や瞳の人族は稀に生まれてくるが、それが大怪我をして、他人に担がれて旅をしてきたというのは信じられることではない。例えラスが連れてきたのであろうと。寧ろ、ラスならば怪我人を連れながら旅などしないだろう。同じ人族なら尚更、危険な場所へ行かせない筈だ。

 旅の途中で怪我を負ったレナリアに会い、ここまで連れてきたのなら分からなくもない。が、完治を待たず出発すると言うのだ。それはいくらなんでもおかしい。

 となると、人族の線は消え、別の何か事情があるのだろうとファンは予想する。

「大丈夫。驚かないで。確かに私は亜人が嫌いだし、あなたのことはまだ信用できないけど、私はラスを信頼しているから。無根拠だけど、信じているから」

 ファンはそう続ける。こんな世界と、時代なのだ。人々の結束、もとい『愛』も、より深く強くなっているのかもしれない。

「……ファン。レナは……」

「彼女の口からは言えないこと?」

「!」

 ラスがフォローしようとした瞬間にファンが割る。そして慌てて、ファンは両手を振った。

「ああ、ごめんなさい。そこまで深入りしようとは思ってないの。言いたくないならそれでも。でも、ラスが。私の旦那さんが、今どんな状況で、どういった危険があるのか、くらい。知りたいのよ」

「……」

 レナリアはラスを見た。彼は無言で頷いた。ファンは、ラスを心配する一心である。レナリアにもそれが理解できた。

「ファンさん。仰る通り、私は亜人です。『竜人族』。『虹の国』国王、レナリア・イェリスハートと申します」

「ええええええええ!」

 自己紹介に、ファンは間髪入れず大口を開けて驚きの叫びを上げた。

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