第4話 【祈り】
世界地図を広げると、中心から西側に広がるのが『大森林』。その入り口付近に、ラス達の集落はあった。
レナリアが訪問した『翼人族』の国と『虹の国』との直線距離に、大森林が引っ掛かる。迂回すると時間がかかるため、エルフに許可を得て通っていた。
そう考えると、襲撃者はエルフか、エルフと繋がっている可能性が高い。
「今は、私は生き延びた人族と思われているのでしょうが、もし気付かれれば怖いですね」
森を東へ抜けると、草原が広がっている。現在ふたりは木陰で休息を取っていた。包帯を替えて貰いながら、レナリアは改めて状況を整理する。
「エルフは森で馬車を使わない。奴等はエルフじゃない」
「でもあの森のエルフが、外部からの侵入を許すでしょうか」
「あんたの無力化でメリットがあるか、もしくはそれを黙認したいほど、襲撃者が強力である……とかな」
「100人の傭兵、3人の実行犯。背後には何が居るのでしょう」
――
レナリアの治療を終えると、ラスはその場に寝転がった。
「寝る。この距離ならエルフは出てこない。遠視の範囲外だしな。馬も休ませたい」
レナリアは今朝のことを思いだし、ラスは寝ていないのだろうと考えた。
「……夜になると魔物が出る。昼は安全だから、その辺探索してて良いぞ」
魔物。知性の無い獣のうち、魔力を持つ存在のことである。森に出なかったのは、エルフ族によって整備されていたということなのだろう。
「では、私の膝を使ってください」
時に。
虹の国の女王、レナリア・イェリスハートは、外見こそ10代前半であるが、その実年齢は28歳である。否。
実年齢こそ28歳であるが、外見は10代前半なのだ。
「……は?」
「ポーションを飲んでも、傷が癒えるだけ。角と尾を失った私は歩けないことに変わりません」
レナリアはラスの頭を掴み、やや強引に引き寄せた。
「ラスはいくつですか?」
「……18、だ」
「では。私より10も歳下ですね。さあ」
ラスは慌てて起き上がろうとするが、頭を抑えるレナリアの力が【すぐに振り切れるほど弱い】ことに気付き、それ以上抵抗できなかった。振りきれば、何かを失ってしまう気がしてしまったのだ。
まあ、見た目10代前半の少女の膝で寝ることも、何かを失う気がしたのだが……。
「私にも、あなたと同じくらいの弟が居ます。よくこうやって甘えてきたものです」
「それにしても昔の話だろっ?」
ラスは慌てる。こんな経験は、それこそ子供の頃にしか無いからだ。妙に恥ずかしくなる。
「……あなたには、助けて貰ってばかりです。せめてこれくらいさせてください。それとも、私の膝は具合が悪いでしょうか」
「……」
ラスは答えなかった。否。答えられなかった。
――
穏やかな風が吹いた。ラスはすぐに眠ってしまったようだ。よほど疲れていたのだろう。
「……そういえば。私の仲間を、弔ってくれたのですね。……歴史上『火』を初めて使ったのは人族なのです。それだけではない。最古の知的種族は人族と言われています。あらゆる物は、人族から産み出された。道具も文化も。集落の規模が大きくなることで必要になってくる考え方、交渉の仕方。私達亜人は、人族を見て生き方を学んできたのです。それをいつしか忘れ、魔法が使えないと見下してしまった。あまつさえ、奴隷にした。……あなた(人族)の怒りは尤もです」
レナリアは優しく、ラスの頭を撫でた。
「ですが、私も王です。民のために私は在る。一刻も早く戻り、世界の秩序を乱さんとした襲撃者を罰しなければ」
――
その夜。
「ラス」
「!」
馬が嘶いたこと、レナリアが呼び掛けたことで、ラスは目を覚ました。
見ると既に囲まれていた。ラスは飛び起きて短剣を構える。
「ホーンラビットです」
レナリアが答える。額に角の付いた兎の魔物だ。魔法は使わないが、素早く群れで襲ってくる。草原の代表的な魔物である。
「5匹か」
ラスが立ち上がったことで、5匹のホーンラビットは彼に注目した。
瞬間。
「……不思議です」
レナリアが呟く。5匹のホーンラビットは、その全てが地に伏せ動かなくなっていた。
「一体どういう仕組みなのですか?魔道具?」
魔道具とは、魔力の込められた道具の事だ。これを使うことで、道具の魔力を使い魔法を放てる。人族でも魔法を使うことのできる唯一の方法だ。
「教えられないな。俺はまだあんたを――」
言いかけて、ラスが振り向いた先に。
レナリアの膝があった。つい先程まで、心地好く使わせて貰っていた白く美しく、暖かく柔らかい枕が。
「…………」
「……?」
レナリアは首を傾げる。そう。彼女ならできたのだ。無防備に眠るラスの首を、彼の短刀で掻き、馬によじ登ってひとりで祖国を目指すことも。
ここから先には、虹の国同盟国である『獣人族』の国がある。助けを求めれば、安全になるだろう。エルフや襲撃者の手がどこまで届いているか分からない以上、大怪我によりいざというときに戦えないというリスクはあるが。
それを、思い付けない程度で王になれる筈も無い。歩けはしないが、もしかしたら片角だけでも簡単な魔法なら使えるのではないか。そもそもそれも、演技である可能性がゼロではない。
「……あんたさ」
ラスは頭を掻きながらそっぽを向いた。
「?」
彼女は『少女』ではなく『政治家』。全ての行動は国を想ってしかるべき。
ラスは確かめようとした。目先の利を考えるなら、彼女は信用に足るだろう。現時点で圧倒的に優位なのはラスなのだから。
だが『人族の秘密兵器』を話せるほど信頼できるのか。
「……よく見りゃすげー美人だよな」
人として。ラスはレナリアの人間性を知りたがった。
「!!」
対してレナリアは。
こともあろうに10も歳の離れた少年のお世辞程度で。
「……ちょ……なんです、か。いきなりっ」
良い歳をした、国を背負って立つ女王が。
「そ、そんな言葉ではぐらかそうとしても、無駄ですよっ?」
顔を紅くして挙動不審気味に照れた。
――
「はははっ。まあ、また今度な。さて。兎食うか?俺は腹減って死にそうだ」
笑うラスと逆に、彼をじとりと睨め付けるレナリア。からかわれたと思ったのだ。
「う……恨みますよ」
「悪かったって。だが本心さ。主観じゃない。俺ら(人族)に取っては、殆どの亜人族が美男美女に見える。あんたらの社会でどう見られていようがな。例えば、犬はどの犬種でも可愛いだろ? 同じさ。『ああ、他種族なんだな』って感じだ」
「……なんですかそれ。もういいです」
「え?」
ラスの説明により、彼女の紅潮していた頬は急速に冷めていった。『まだお世辞の方が良かった』と思ったのは、レナリアは人生初めてだった。
――
「魔物を食べるなんて、お腹壊しますよ?」
「好き嫌いか。流石女王だな」
「……また『女王』を蔑称にして」
ラスの『秘密兵器』には、殺傷能力は無い。倒れているホーンラビットを1匹ずつ短剣で仕留め、丸焼きにする。
その様子を、未だ機嫌の直らないレナリアが睨むように半目で眺めていた。
「なんでも食べねえと飢えるからな。人族には魔物を食べると魔力が付くって迷信がある。あんたらは食わないのか」
「単純に不味く、栄養も無い。物好き以外食べる意味はほぼありません」
「腹減らないのか? あんたも昨日から食べてないだろ」
「ですから、あと3日は大丈夫です。怪我のせいで運動もしていない上、魔法も使っていない。5日持つかもしれません」
「低燃費め。これだから亜人は」
「そうですよ。あなた達から見たら、皆『同じ』の亜人です。だから平気です」
「根に持つね女王様」
と、焼き上がった魔物の肉を前に、ラスは目を閉じて【両手を合わせた】。
「――いただきます」
「……それはなんですか?」
その仕草を、不思議そうに見るレナリア。確か、集落を火葬した時にもしていた仕草だった。
「ああ、人族だけの習慣なのか」
ラスもふと気付いた。
「儀式のように見えましたが」
「そうだ。『俺達(人族)が無力だと再確認する』儀式だな。別に食事の前だけにする訳じゃない。……思えば、『これ』をするのは人族だけなんだな」
「? なんという儀式ですか?」
――
その言葉を。
レナリアは一生忘れないだろう。
『人族』という、その根源に関わる儀式。
無力な彼らだからこそ、意味を成す儀式。
「【祈り】。俺達は、命を繋ぐ為の食事の前に。命を失った仲間の為に。誰かの無事を願う時に。……祈るのさ」
「……っ」
気付けば大きな月が出ていた。夜風がさらりとラスを撫で、レナリアを包む。
お世辞ではなく、レナリアは彼とその行為を、『綺麗』で美しいと思った。
「元は宗教行為だったらしいが、いつしか宗教知識は失われた。だけど人族は祈り続けた。元からそういう種族だったのさ。無力故に、何かにすがる。逆に言えば、もはや祈ることしかできないんだが」
「……とても、良いと思います」
直に接する度、彼から話を聞く度。
レナリアは人族を好きになっていっていた。
――
「ここはもう、『爪の国』の領土内では?」
翌朝。
馬で草原を駆けるラスの後ろで、レナリアが訊ねた。爪の国とは、獣人族の国のひとつである。
「そうだ。奴等は縄張り意識が高いから、出会わないよう祈ってな」
「……」
レナリアは早速祈ってみた。しかし知っていた。エルフが森から出ないことで、草原全てが爪の国の領土ということになっていることを。だから、こんな何もない所に獣人族は来ないのだと。
――
しばらく進むと、丘を越えた所に人族の集落があった。周りから見ると死角になるような絶妙な大地の窪みに、それはあった。知る者しか訪れないような集落。やはり人族は、世界に隠れて暮らしているのだ。
「着いた。……が、何か揉めてるな」
「……そのよう、ですね」
入り口に見える岩の隙間には見張りの男がふたり立っていたが、何やら誰かと揉めている様子だ。背が低く、髪の長い少女のように見えた。
だがやがて少女は怒った様子でそこから去り、どこかへ行ってしまった。
ふたりはそれを見て丁度入り口に到着した。
「どうかしたのか?」
馬を降りて見張りに訊ねる。
「……いや、まあ集落に入れろとうるさくてな。種族は分からなかったが、今は少々立て込んでるから、お帰り願っただけだ。……今日はよく訪問者が来る。あんたらの用はなんだ?」
見張りはやれやれと、レナリアを見上げた。整った顔立ちと美しい髪に驚いている。
「済まない。彼女は怪我で歩けないんだ。……俺は森の集落のラス。急用だ。首長から『遺言』を託されてきた」
「は?」
それを聞いて、ラスに向き直って目を丸くした。
「森のあの炎は、それか」
「ああ。俺の集落は滅んだ。立て込んでいる所悪いが、『種』の危機だ。通してくれ」
――
「俺達の集落に名前は無い。森の集落とか、草原の集落とか。簡単な呼び名だけさ。それで足りるんだ」
「……」
入り口から集落までは少し距離がある。ラスは馬から降りたまま歩き、馬を連れていた。
「どうした?」
「私、大丈夫でしょうか。髪色も瞳も、人族とは違います」
「人族でもそんな色をした奴はたまに居る。天下の『竜人』がこんな所に居るなんて誰も思わないさ」
レナリアは、人族のふりをするという話だった。別に隠さなくても良いとラスは言ったが、どこで襲撃者に伝わるか分からないと、できるだけ情報を隠すようにレナリアは言った。
「名前も偽るか? 竜人に会ったことはなくても、王の名前くらい皆知ってるぜ」
「……では『レナ』と。安易ですかね」
「いや、その程度で大丈夫だ。レナ」
「っ!」
その呼び方は、レナリアが幼少時に親しい者に呼ばれていたものであった。それをラスに呼ばれ、レナリアは少し恥ずかしくなった。その後、少しの後悔と共にラスに心の中で謝った。
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