第9話 鉄の国にて

 鉄の国。この国は主に2種族から成る狩猟国家である。城塞都市と呼ばれる、砦に囲まれた街が7つと、それらを結ぶ道。そして小さな村が点々と存在し、残りの土地は全て未開の地。

 『世界最大人口』の虹の国とは違い、『世界最大面積』。

 管理の行き届かない土地を含め、最大の土地を持つ国である。

 7つの街は円形に並び、狩猟区と呼ばれる森や草原、砂漠、火山地帯、湿地など様々な自然豊かな大地が広がる国。

 それぞれに生息する、狂暴で危険な魔物……モンスターを討伐することで、糧を得る国。

「……はぁ」

 国の子供たちは皆、狩人に憧れる。危険な土地にあって、国民の心は驚くほど平和だった。証拠に、他国との戦争は建国以来避け続けている。

 だが、侵略はされない。モンスターから守る砦は、他種族や他国にとってもそのまま、驚異的な防御力を誇るからだ。

 何より、狩人は強い。『オーガ』という種族は、戦いを得意としている。その力が他国へ向かず、モンスターへ向いている内は、この国は安全で平和であろう。

 周辺国にとっても。

「……ったく」

 ここに、ひとりの鬼人族の少女がいた。他の鬼人とは違い、白い肌をしている。彼女は先程から溜め息を吐きながら、ぼうっと街の喧騒を眺めていた。

「何を黄昏れてんだいザクロ。看板娘のアンタがそんなんじゃ、来る客も来やしないじゃないか」

 そこへ、店の奥から伸びた手に、ぽんと頭を叩かれた。ここは酒場。ザクロはここで住み込みで働いていた。

「……あたしだって鍛えてるっての」

 ぽつりと呟いた一言に、ふくよかなドワーフの女将はやれやれとかぶりを振った。

「アンタが鍛えてるのは料理だろ。さあそろそろ陽が暮れる。その美しい白い肌で、凱旋の狩人達を出迎える準備をしな、ザクロ」

 道行く人々は、やはりオーガとドワーフが多い。しかし獣人族は結構居るし、たまにエルフも見かける。『狩猟』という魅力に囚われた者達を、鉄の国は快く迎え入れる。それが例え、どんな弱小種族でも。

「やあザクロちゃん! 今日も狩ってきたぜー?」

 陽が沈むと途端に、ザクロの憂鬱とは裏腹に店には狩人の客で溢れかえる。

「ザクロちゃん! こっちこっち! 麦酒~!」

「おうこっちもだ! 俺が狩ったドラゴンの肉! 今日のメインだろ?」

「はいはい、ただ今~!」

 忙しなく入る客にオーダー。ザクロはたちまち考える余裕も無くなる。

 だが彼らを見る度に、毎日思い知らされる。

「(嫌になるよ。こんな、で生まれてからこっち、皆お姫様扱いで狩りになんて連れてって貰えない)」

 本来は女性も筋肉質になるオーガ。今日の客も、男も女も皆鍛え抜いた太い腕をしている。

 それ自分の、白く細い腕をどうしても見比べてしまう。

「(あたしだって、そこらの人族の大人にも負けない力はある。だけど、そんなのがなんだってんだ。下級種族と比べる時点で、あたしは弱いんじゃないか)」

「どうしたザクロ? 今日は大人しいな」

「!」

 ふと声を掛けられた。注文ではない。相手は常連だ。この辺りを中心に狩りをする実力者のオーガだった。

「武勇伝待ちか? 俺の」

「……そうだね。数年前なら、聴きたかったかもしれない」

「ほう? さてはまた女将に止められて不貞腐れてるな」

「……だから、ぼやくだけだよ。実際あたしじゃ戦力にならないのは分かってるもん」

「ははっ。狩人は諦めて俺の女にでもなったら良い。簡単な狩猟になら連れてってやるよ」

「あっ! てめえ! 抜け駆けすんなよな!」

 男の求愛に、隣のテーブルの男が割り込んだ。

「ザクロちゃん! 僕こそ君の狩人に相応しい!何故なら僕の心は――」

「『君に狩られてしまった』だろ? ぎゃはは! 今時そんな口説き文句はねえよ若造!」

「なっ! なんだとおっさん!」

 ここは酒の席。酔っ払いの話は真に受けないのが良い。ザクロはそれをよく分かっている。

 だからもうひとつ、溜め息が出た。

「はぁ。……あたしも1度くらい、巨大モンスターを狩って、浴びるように呑みたいもんだ」


――


「じゃあよザクロ! 今日も『アレ』やんのかっ?」

「? なんだ?」

「おめ知らねえのかよ。ザクロと言ったらアレだろ! 『腕相撲』だよ!」

「……?」

 常連の客は、分かったようにテーブルを並べ始めた。椅子を取り除き、テーブルの上には何も無い。それは店の真ん中に設置された。

「初めは……5年前だっけな。ザクロはこんなちっちゃな時だ。『ここの全員に勝ったら、狩りに連れてく』って馬鹿な約束した狩人が居てよ」

「……ほう」

「以来負け続けだっ! ぎゃはは! まああの細い腕じゃなあ」

「……」

 ザクロはもう意地を張る歳でも無く、こんなこと止めようと思っているのだが、常連客からは絶賛の支持を得ている。そのため、女将からも、客の要望があればやれと言われている。

「やってやるよ。5年間ただ負けてた訳じゃない」

 そしてザクロは、毎回本気で勝ちに行くのだった。結果は見えている。だが、それでも、本気で。

「おっしゃー!」

「ザクロの負け! 次は!?」

「くそおっ! 次だ! こい!」

 その必死さが、健気さが、彼女の人気の理由であった。


――


「さて、粗方終わったか? 何百連敗だ? ザクロ」

「……こないだ泥酔した奴に勝ったから、まだ16連敗だよ!」

「ぎゃはは!」

「ちくしょう!」

 憤慨する。涙する。そんなザクロを見て和む。笑う。語る。呑む。

 この街の狩人は、皆ザクロが好きだった。

「どんまいどんまい。次は勝てるって」

「いや、まだだ! まだあそこの、端で呑んでる奴!」

「ん?」

 ザクロは、店の隅の席で静かに呑んでいる男を指差した。見掛けない服装だ。フードで顔を隠している。旅人だろうか。

「おーい兄ちゃん、やるか? 手心加えると逆に怒られるから気をつけろよ」

 呼び掛けられ、男は手を振って断った。しかし。

「ちょっと待てお兄さん」

「っ」

 その手をザクロが掴まえた。見逃さなかった。彼女だけが酔っていなかったから。

「ちょいと失礼」

「おいっ」

 ザクロは男のフードを取り、腕を引いた。そこには。

「!」

「!」

 黒髪短髪。筋肉質だが、オーガと比べると見劣りする体躯。そして白い肌。極めつけに……角が無い。

「……人族だろあんた。さあ来な。腕相撲だ」

「……!」

「ぎゃはは! こんなとこに人族だぜ、おい! こりゃ勝てるかもな!? ザクロ!」

 ザクロに手を引かれ、無理矢理テーブルに立たされたのは……。

 ラスであった。


――


――


「…………」

 レナリアは目を丸くした。そして、努めて冷静に、現状を整理しようとした。

 巌の街に入り、まず宿を探した。真っ直ぐ虹の国へ行くには、ここを通り、狩猟区という広大な自然を旅することになる。準備を整えなければいけない。鉄の国では意外と、人族は迫害されては居ない。下に見られ、ろくな仕事は無いのだが、あからさまに虐げられてはいない。ドワーフとオーガのさっぱりした気質によるものだった。

 そして、歩けないレナリアを置いて、ラスは情報を集めようと街へ出向いた。

 そして、帰ってきた。

 1枚の紙と、ひとりの少女を連れて。

「……えーと、まず。……この方は?」

 レナリアはひとつひとつ解決していこうと思い、まずは少女へ向いた。

「鬼人族変異種『白鬼』のザクロ。17歳。よろしく」

 少女は答えた。頭から生える角から予測はできたが、白い肌は見たことがなかった。竜人や獣人と同じく、鬼人族の中にも種類があるのだろう。

「……レナです。よろしく……?」

 何をよろしくされているのか分からないといった顔で、ラスから紙を受け取る。

「……狩猟依頼書?」

 虹の国でも使われる共通言語そう書かれていた。

「ああ。俺は狩人として、彼女を連れてモンスター狩りをすることになった」

「…………はぁ……?」

 レナリアの首は傾げたままだった。


――


 次の日。

「いや、まさか人族がふたりで旅してるとは。珍しいよ」

「だろうな。そもそも亜人は『旅』を好まない。定住したがる。旅人は群れから追われたってイメージがあるんだろうな」

「あんたらもか?」

 街を出た狩猟区で、ラスとザクロが歩いていた。森を縦断する街道。そこに出る魔物の退治依頼である。

「さあな」

「教えろよー」

「あんた戦えるのか? 酒場の娘だろ」

 ラスは改めてザクロを見る。ただの少女だ。角以外、普通の人族と変わらない。

「馬鹿にすんなよ。少なくともあんたより腕力はある」

「じゃなくて、今まで止められてたんだろ? 俺(人族)が付いた所で意味無いだろ」

「だから、今回狩るのは危険度の低い、街に近い場所に出るモンスターなんだよ。あたしはたまに息抜きでしてんのさ」

「……じゃああの腕相撲はなんだったんだよ」

 ザクロは、ラスを打ち負かした。当然である。少女とはいえ戦闘を得意とするオーガ相手に、男だろうと人族が勝てる訳がない。

「……息抜きと余興さ」

 話していると、脇の森からモンスターが出てきた。人の大きさ程度の、所謂小型モンスターだ。虎に似た四足歩行の獣と、兎のような二足歩行の獣。

「死んでも文句言うなよ?」

「死んだら文句言えねえよ」

 ザクロは咄嗟に、腰に差した剣を抜く。ラスも短刀を構える。

「行くぞっ!」

 ラスは『気』を使わない。亜人にできるだけ情報は与えたくないからだ。

「はぁっ!」

 ラスは虎の魔物に躍りかかり、短刀を振りかぶった。

 そして。

「うぐっ!」

 短刀は見事に弾かれ、突進により吹き飛ばされた。

「はぁぁあ!?」

 ザクロは唖然とした。

「がはっ!」

 兎の魔物の首を落としながら、それを見て。地に伏せ、血を吐く『弱小種族』を見て。

「ち……まあそりゃ無理だよな。あの分厚い毛皮を貫通させる腕力なんざ、俺達人族には無い」

「ええー……噂には聞くけど、こんなに弱いのかよ」

 弱い。弱すぎる。あの虎は初心者狩人の最初の関門とは言われるくらいではあるが、それでも雑魚だ。オーガなら武器など使わず拳だけで勝てる相手。見た目の怖さを克服できればまず負けない相手だ。その点、ラスは果敢に切りかかった。だが、ラスは剣を使ってもダメージを与えられず、突進を避けられもしなかった。ザクロはやれやれと、ラスと虎の間に入る。

「ああー……頼む。勝てねえわ」

「もうっ!」

 ザクロの一閃。それは虎の毛皮も肉も骨も、全てを綺麗に切り裂いた。


――


「弱すぎるだろあんた。よく旅なんてできるな。怪我人連れて!」

 帰り道。ザクロは不満そうに口を尖らせた。

「まあな。……この国には人族は少ないのか」

 街では見掛けなかった。奴隷も居ない。ザクロも、人族を見るのは初めてらしい。

「危険だからじゃない? モンスターも出るし、ここじゃ狩りできないと生きていけないし」

「そうか」

 ラスは顔を綻ばせた。

「? なんだ? どした」

「人族差別の文化も無いんだろう。あんたを見てて分かる。普通なら、俺が虎に喰われる所を面白そうに観察する筈だ」

「……」

 ザクロは、ラスの瞳に一瞬だけ映った怒りの色を見て、知識として知る彼らの苦労の歴史を思い出した。

「……それは流石に趣味悪すぎだろ」

「!」

 だがザクロは深く考えなかった。

「弱けれりゃ守ってやれば良い。そうやって狩人達は、街を、家族を守ってきたんだ。少なくとも、普通のオーガやドワーフはそうじゃないか?」

「……」

 良い街だと思った。が、人族が受け入れられた訳ではない。ザクロも、知識階級ではない。今の話は彼女個人の価値観だろう。

 ザクロの好意を暖かく受け取りつつ、あまり希望を持ち過ぎない方が良いとラスは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る