第10話 翡翠の鱗のリルリィ

「おっ。ザクロちゃんじゃないか」

「!」

 狩猟を終えて。もう少しで街へ着くという頃、狩人の一団と出くわした。

「また街道の整備か?」

 狩人達はザクロへ陽気に話し掛ける。その背後から、車がやってきた。

 狩ったモンスターを運ぶ、巨大な荷車である。

「……ぉぉ」

 ラスはその大きさに驚いた。森の獣や、先程の魔物などとは比べ物にならない。

 10メートルは越えているだろう体躯。分厚い鱗。凶悪な角に牙。

「お、兄ちゃん、気になるかい? こいつはな、『恐竜』って種類のモンスターだ。すげえだろ」

 意気揚々と語るオーガの狩人に、ラスは少し高揚した。格好良いと。

「恐竜……」

「ああ。すげえ珍しいモンスターでな。詳しい生態とかは分かってないんだ。俺も初めて見た種類だ」

「……」

 ラスは恐る恐る、恐竜に触れた。

「!」

 そして。

「どうした?」

 気付いた。

「……まだ生きてるぜ?」

 この怪物にまだ……『気』があると。

「何言ってんだよ。なら大人しく縛られてる訳無いだろ? きちんと止め刺してるって。ほら、眼玉から剣ぶっ刺して、脳をかき混ぜてやったんだ」

 恐竜の左目には、剣が深々と刺さっていた。

「……届いたか? 脳へ」

「はん?」

「爬虫類の脳はとても小さい。こんな剣で……」

 瞬間。

 荷車と、恐竜を繋ぐロープが千切れた。

「!?」

 鱗に覆われた巨体が蠢く。それは荷車を引く馬もろとも引き裂き、立ち上がった。

「はぁ!? なんだと!?」


――


「……恐竜が、逃げた!! 暴れる気だ!」

 即座に狩人達は、戦闘体勢に入る。理由は分からないが、今の状況を飲み込み対処するしかない。

「止め刺してないじゃんか!!」

 街のすぐ側。巨大な恐竜は、向こうに見える砦を背に狩人達へ立ち塞がる。

「そんな馬鹿な! ……ちっ! ザクロ! 兄ちゃん! 下がってろ!」

「ああそうだ。関係ねえっ! もっかい狩りゃいいだけだ!」

 緑色の鱗。長い尻尾。頭を上げるとその高さは、20メートルにも達するかといった巨体。

 初めに彼らから受けたものだろうか、その身体はボロボロだった。

「アアアアアアア!!」

 だが。

「ぐっ。散開しろっ! 挟撃だっ!」

 恐竜の叫びにすくむオーガ。負けじと左右から剣で躍りかかるが、容易く鱗に弾かれる。

「どうやって狩ったんだよ! そもそも!」

 ザクロが叫ぶ。オーガの力で斬り込めない鱗など、信じられないといった表情。

「ぎゃぁ!」

「!」

 狩人のひとりが恐竜の爪による攻撃を受け、吹き飛んだ。

「なんだこいつ……! さっきはこんなに……ぐはっ!」

 またひとり、鞭のような尻尾に巻き込まれて倒れた。

「……!」

「アアアアアアア!」

 なおも叫ぶ恐竜。威嚇としての効果は充分だった。

「……くそっ! 逃げようにも、街は奴の方向だ! 馬車は粉々、仲間は満身創痍……ザクロ、お前だけでも逃げろ!」

「なんなんだよ、もうっ!」

「アアアアアアア!」

 恐竜は、残る右目で捉えた。その白い肌の少女を。角があり、まるで、【】その少女を……。

「ザクロっ!」

「っ!!」

「アアアアアアア!」

 狩人達は、必死でそれを止めようとする。しかし恐竜は、満身創痍のオーガの攻撃など意に返さない。恐竜の方もボロボロだが、みるみるザクロへ迫っていく。

「ちくしょうっ!」

 そこへ。

「『声』だ。咆哮じゃねえ」

「!」

 ザクロと恐竜の間に入ったのは、ラスだった。

「おい止めろ! 死ぬぞ! あんたなんか……! 人族なんか、簡単に……!」

 迫る恐竜の爪。ラスはその動きに合わせるように手を重ねた。

「ふんっ!」

 彼らは目撃した。最弱の種族、人族が。【恐竜を投げ飛ばす】瞬間を。

「! アアッ!」

 ラスが爪に触れた途端、恐竜の身体は浮き上がり、一回転して地面へ叩き付けられた。

「…………!!」


――


「な……! なん……!」

 巻き起こる風圧。唸る地響き。何トンあるか分からない巨体が、宙に浮いて落ちた。衝撃でザクロも他の狩人も尻餅を突く。

 事態は収まった。未だ唸る恐竜だが、起き上がる気配は無い。何故だか完全に、ラスに組み伏せられているようだ。彼は爪を持ったままだ。

「……あんた、『竜人』だな」

「……はぁ!?」

 ラスが呟いた。それにザクロは驚愕する。

「……グルル!」

 恐竜は、先程の叫びとは別の声を挙げた。

「安心しろ。俺は味方だ。……変身を解いてくれないか」

「……!」


――


 日が暮れた。ラスは予定より大幅に遅れて、街へ戻ってきた。

「……ちくしょう……こんだけ怪我して、儲けは無しかよ……!」

「残念だったな。まあこんなこともあるさ」

 狩人達は、落胆していた。必死に苦労して狩ったのがモンスターでなかったからだ。

「おい! ちくしょうこの野郎、俺らを騙して、仲間を次々と薙ぎ倒しやがって! こっち向け!」

 当の恐竜……『竜人』は。

 縄で拘束されていた。元よりボロボロの身体で、左目を失っている。戦意はとっくに失せていた。力なく歩いている。

「なあ君、名前は?」

 翡翠のような美しい緑の髪。そして黄土色の角。白い肌。背中には翡翠の鱗に、腰からは尻尾。

「……リルリィ」

 変身魔法を解いたその竜人は、ラスより……ザクロより。いやレナリアより小さな少女だった。

「……離れませんね」

 リルリィは縄で拘束されながら、ずっとラスに引っ付いていた。一応狩人に危害を加えたとして、衛兵は捕まえる気だったのだが。

「まずは治療だ。あんたらも、この子も。病院はどっちだ?」

「……! その娘の正体は恐竜だぞ? モンスターだ!」

 狩人のオーガは担架で運ばれながら叫ぶ。

「違う。竜人族だ」

「何にしても! 俺らを襲った!」

「先に仕掛けたのはあんたららしいな」

 こくりと、リルリィは小さく頷く。

「……!」

「これは狩りじゃない。危険な魔物を街へ入れるんじゃない。ただ狩猟区で、オーガと竜人の小競り合いがあって、双方痛み分けなだけだ」

「街で暴れないと保証できんだろう!」

「その時は俺が止めるさ」

「……人族が! この……」

「もう眠れ」

「!」

 ラスはオーガを気絶させた。そして、衛兵へ向いた。

「この子は無害だ。それに怪我をしている。もう魔力も残っちゃないさ」

「……まあ、狩猟区での出来事は狩人自身の責任でもあります……かね。で、どうする気で? 人族の御仁」

「さあ? 取り合えず、竜人族に詳しい、俺の連れに相談してみる」


――


「……あれはなんだ?」

「?」

 今回の依頼の報酬を受け取り、ザクロを酒場まで送ってから。

 ザクロはついにラスへ訊ねた。

「恐竜――その子を、投げ飛ばしたやつだ。あんな力はあんたには無い筈だ。虎にも勝てないんだから」

 人族は弱い。それは腕相撲から分かっている。手加減などではない。本気で、この男は虎に敵わない。

 だからあり得ないのだ。信じられないのだ。だが確かに、この男が恐竜を投げ飛ばしたのは、この眼で見た事実である。

「……さあな。秘密だ」

「なっ。……言えよー」

「とにかく。狩猟区の様子も、モンスターとやらの様子も分かった。ありがとうザクロ。これで動きやすくなる」

「は?」

「俺達は街にしばらく留まるよ。金が必要だからな。狩猟で稼ぐ」

「はぁ? 人族が狩人? ……って、そんな……」

 ラスはマントを翻し、酒場を後にした。ザクロはもやもやを抱えたまま、その場に立ち尽くした。


――


「…………」

 レナリアは目を丸くした。狩りへ行っていた筈のラスが、またしても女の子を連れて帰ってきたからだ。

「……竜人……?」

 だがそれは、その女の子を見て、別の驚きに変わった。

「ああ。狩猟区でオーガに狩られてた」

「……翡翠の鱗。あなた、『地竜』……ジェラ家か、ゼロックス家の子……?」

「…………?」

 リルリィはラスに引っ付いたまま、首を傾げた。どうやら人族が竜人について詳しいことに不思議なようだ。

「話は後だ。今日の報酬で薬や医療用具と、飯を買ってきた。まずはリルリィの治療と、レナの包帯だ」



――


――


 一番古い記憶は、家族の記憶。兄が居て姉が居て、両親が居て、親戚が大勢居て。

 次に、辛かった記憶。魔法の特訓だ。

 魔素を感じ取る特訓、それを体内に留める特訓。放出する特訓……などなど。

 でもそれらがあったから、私は5歳にして変身魔法を使えるようになり、ジェラ家の歴史を塗り替えられたのだ。

 私には憧れの人が居た。目標とも言うべきか。それは『虹の国』の女王。竜王、少女王とも呼ばれる、天才魔法使いだ。彼女は4歳の時に変身魔法と、さらに魔法強化を覚えたという逸話がある。流石王族だと、両親も尊敬していた。

 次の記憶は、もう分からない。ぐちゃぐちゃになっている。気付いたら、周りに家も街も無かった。帰ろうとしたけど、帰り道が分からないし、そもそも道が無かったと思う。

 そうして5年、私はさ迷っていたのだと、後でラスが教えてくれた。それまでの私には恐怖しかなかった。ひもじい思い、何故か命を狙われる。剣を刺してくる。左目は、その狩人という人に抉られたらしい。私の世界は半分になった。

 ラス。

 彼が私の声を聞いてくれたのは覚えている。優しく手を取ってくれて、痛みと恐怖で暴れる私を慰めてくれた。

 私はリルリィ。恐竜じゃない。魔物じゃない。

 人だよ。

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