第37話 世界の謎への解答を持つ者達

 『彼ら』の故郷を、地球と言う。

 人口爆発。資源不足。格差社会。世界大戦。環境汚染。地殻変動。天変地異。

 地球人は、母星を捨てて別の星へ逃げざるを得ない状況に自らを追い込んだ。テラフォーミング計画と言う。

 人類の存亡を懸けた使命を受けたのは、3人の人物。

 植物学者であり技術者の『ミルコ・レイピア』。

 元軍人で飛行士の『カナタ・ギドー』。

 同じく飛行士で医者でもある『朝霧ほたる』。

 彼らを筆頭に、移住できそうな星を選定し、実際に行って環境を調査し整える任務が始まった。

 その星のひとつが、『ここ』。地球では『亜地球デミアース』と呼ばれていた、最有力候補だった。

 その、1回目の現地調査だった。『アルファ計画』は、現地での長期滞在を目的としていた。


 だが、到着と同時に異常が起きた。彼らが頼りにしていた『電力』という力が、デミアースの大気圏内に入った瞬間に蓄えられなくなったのだ。その時点での残りの電力を使い切れば、終了。彼らは地球に帰られなくなった。


 そして、彼らには電力はあったが『魔力』は無かった。つまり地球には魔素が無く、さらにそれを地球から観測できなかったのだ。

 彼らにとって、魔素は猛毒だった。一流のサバイバル知識と技術を持つ彼らでも、舟の外に出られなければ意味が無い。狭い舟の中で、電力が切れて死ぬのを待つのみとなった。


 そこで、彼らは選択した。調査用に運び込んだ設備を使い、彼ら自身を改造したのだ。魔素に適応し、生きていけるように。恐らく地球の環境では逆に暮らせなくなるが、もう戻れないと覚悟を決めて。


 大勢の犠牲を払い、それは成功した。デミアース最初の『人類』の誕生である。それが、現在の全ての人種の始祖、【種族ALPHA】である。


 それからALPHA達は、次々にデミアースの環境に適応していった。この星の、魔力を使う動物を参考に、様々な『進化と発展』を遂げた。


 そんな『創世記』から、5000年余りが経った。

 魔法を使えない『人族』を基準とした、それ以外の種族『亜人デミヒューマン』が中心となった社会に変化した。


——


——


「——ざっと説明するならば、そんな感じであるな。専門的で複雑な説明は、地球の教養が無い汝らにしても意味はあるまい」

「…………! だがっ!」

 ドレドは。

 一瞬だけ怯み、努めて『即答』しようとした。

「『それくらい』は昨日の俺でも辿り着けた! 知りたいのは『その先』だ!」

 喋りながら次の言葉を考える。ドレドはこの機会を無駄にはしたくない。知りたい歴史の当事者が目の前にいるという奇跡を。

「ふぅむ」

 シャラーラは顎を撫でる。

「『ラスは』。『ヒューリは』。……『あいつら』は。あんたは。『何者なんだ?』 知っているなら教えてくれ、シャラーラ!」

 出た言葉は。

 【鍵】の根源に関わる質問だった。


——


——


「——【BLACK OUT】。確かそんな名だったな」

「!」

 説明を簡潔に終えたアスラハは、次に彼が気なる点を述べ始める。

「誰が付けた名だ?」

 空の様に蒼い瞳でラスを見る。

「……ヒューリって人族の男だ」

 答えない理由は特に無い。リルリィが回復するまで時間を稼ぎたいのはラスも同じだ。

「ふむ。FURYか。誰が付けた名だ?」

「……それは知らねえ」

「貴様はWRATHだったな。……『誰の差し金だ?』」

「は?」

「とぼけるな」

 空の様に蒼い瞳でラスを【睨む】。

「……【怒り】だと? 『貴様ら』は自分で選んだ道だろうが。それを忘れて、自分達を美化・正当化して、子孫に託して、後は『知らない』とでも言うつもりか。……『あの時』滅ぼしただろうが! 『勝ち逃げ』のつもりかぁっ!」

「!」

 空の様に蒼い瞳は、ラスを貫いて【その背後】を映す。

 アスラハの回りに、魔力の渦が巻いた。

「……寄越せ」

「!?」

 そして人差し指を立て、ラスの腰を指した。

「その腰の刀だ。のだろう? 『』この星で唯一の装置を」

「……なんだと?」

 ラスは輝竜刀に手を掛ける。これは『武器』だ。

「みどもの目的はな。……あの『舟』で地球へ帰ることだ」

「!」

 身構える。闘気が、再びアスラハへ満ちていく。

「そろそろ終わりにしよう。『我が妻』を迎えに行かなくてはならないしな」

「……まさかウェルフェアか?」

「良い名だな。WELFARE。【新世主】の妻に相応しい」

「気持ち悪い野郎だ」

 ラスは輝竜刀を抜き、アスラハへ駆けていった。


——


——


「——ヒューリ様が、『何者か』と?」

「ああ」

 目が覚めて間もないシエラに、フライトが訊いた。彼女はまだ起き上がれず、ソファの上で仰向けになっている。

「いつか訊こうと思ってたんだ。生まれた時から奴隷の筈だろ。『気』の修行をする時間なんてねえだろ。『ブラック・アウト』も古代語なんだろ? 『神』の話だってそうだ。なんでそんなこと知ってるんだよ。それに、奴とお前の関係もおかしい。……今日は『人族の大一番』だ。『それ』に関わってることなんだろ? 教えてくれよ、シエラ」

「…………」

 この会話は、ハンナも聞いている。

「……そう、ですね。何から説明したものでしょう……」

 慎重に言葉を選ぶシエラ。『彼は地球の教養が無い』ことを前提として説明しなければならない。

「アーテルフェイス家……私の父がわざわざ『飼う』人族は、ある特徴を持つ者が多く集まっていました」

 翼人族の国、今は亡き『羽の国』は、奴隷が少ない国だった。空を飛ぶことを移動の基本としている文化では、空を飛べない他種族は奴隷としての価値が無いのだ。


——


「それは『』と、私達の間で言われていました」


——


「……てんせいしゃ? 何だそりゃ」

「ひと言で表すなら、『生まれ変わる前の記憶を持つ者』。『その記憶』を、覚えたまま忘れずに生まれてきた子供達」

「…………んん?」

 フライトは首を傾ける。聞き慣れない単語がいくつも出てきたのだ。

「『生まれ変わり』という考えが、私の国にはありました。死後、人の魂は肉体を離れて漂い、やがて誰か母の腹に宿り、また生まれる」

「……『神』やらなんやら。お前の国はそんなのばっかだな」

「ですが、最後まで聞いてください」

「おう。……茶化して悪かった」

 シエラは天井を見詰める。だがその黒い瞳には、別の物が映っていた。

「稀に、そんな『人族』が現れるのです。その子が知るはずの無い知識を持ち、知りようの無い情報を語る人族の子供が。そう言った子を、父は集めていました」

「……聞いたことはねえな」

「普通は、奴隷の戯言と一蹴されますからね。寧ろそんなことより仕事をしなければならない生活の者が多いですし」

「で……ヒューリがそれだと? 確かに物知りには見えたが、そんな賢くねえだろ。リーダーに失礼だが」

「特に、『前の惑星』の知識を持って生まれた者が居たのです」

「前の惑星……?」

「言語。数学。科学。社会学。経済学。あらゆる——『この星より進んだ文明』の知識。情報。記憶。これらを反則的に持ち込み、『この世界に災いをもたらす』とされる者。それが『転生者』です」

「…………災いだ?」

「ただ『賢い者』という訳ではありません。……文明の進歩は膨大な実験と研鑽の積み重ねです。それを『既に経た』頭脳を持つのです。『世界の謎への解答を持つ者』。……あらゆる国が、何を差し出しても欲しがる『知恵の実』です」

「……おいおい……そんな奴らを、『お前ら』は集めてたのか?」

「はい。【ですから】アスラハに滅ぼされた。これで合点がいきましたね。ウェルフェア殿の他にもうひとつ、『あそこまで殺し尽くす』理由があったのでしょう」

 その目は、『爪の国』に攻められ、崩壊する『羽の国』の様子が映っていた。

「——その生き残りがヒューリ様です。彼は記憶は曖昧ですが、『知識』を持っていた。『英語』や『気功』『武器術』など。……纏めましょう」

 シエラはよろよろと上体を起こした。そして今度は、フライトをしっかりと見据える。

「ヒューリ様は『転生者』であり、『地球時代』の進んだ知識を持っている。【だから】特別なのです」

「!」

 普通に聞けば、あり得ない話だ。創作としては面白い。夢物語だ。

 だが。

「……じゃあ」

 シエラから伝わる『気』は、間違いなく『本物』だった。王が。一国の王族が長年研究してきたのだ。嘘である可能性の方が低い。

「……レイジや、ラスは、どうなんだよ」

 フライトの興味は、『今の』謎へと向いた。


——


——


「——さっき『ことわざ』と言ったな。もしかしてあんたも『転生者』か? ライル王」

 草原にて。レイジが訊ねた。手に持つ魔道具は、3つあった魔石の内3つとも破壊され、巨大な剣の部分は砕かれ、もう柄しか残っていなかった。

 そして地面に刺さった刃を背に、崩れるように座り込んだ。

 目の前には、【ヴェルウェステリアが大の字になって横たわっていた】。

 レイジの身体はボロボロで、全身至るところから血を流している。

「……そんな訳ないだろ。『亜人』に転生者は生まれない。理由は分かってないけどな」

「だが、ならば」

 ライルはせり上がった岩に腰掛け、息をついた。多少の疲労を見せる。

「だけど、きちんと『受け継がれている』んだよ。文化も、言葉も。『竜人族のALPHA 』が『和風文化の国』の出身だった。それだけだ」

「……なるほどな。竜人族ほど『最強』なら、失われない訳だ」

「そっちこそ。どうして『創世記』や『転生者』のことを知ってるんだよ。……ルクスタシアが教えてくれたけど、タイミング的には多分、姉さんも知らない」

「…………」

 訊かれて、レイジは『竜の峰』を見上げた。

 正確には、その方向にある『墓』を。

「……俺の恩人が『転生者』だったのさ」

 災いか、救いか。

 少なくとも『変革』は、今この大地で起きている。

 地球文明が滅んだ『5000年後』の世界で。

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