第36話 武の器のアスラハ

 彼らと別れてから数日後。

 ドレドは。

「…………ふむ。まだ奥に部屋があったか。段差があるな。よいしょっとお」

 『花の国』に残された『古代人族の遺跡』にて、さらに研究を続けていた。

「ふーぅむ。やはり、やつがれの知らない『舟』であるな。……【No.10】か。これは、どこの国であるか……」

「…………」

「む。どうした?」

 ひとりでは無い。

 ウェルフェアの赤い髪よりは淡く、さらに薄く光っている紅の長い長い髪をした『少女』が、ドレドをその赤い瞳で捉える。

「……いや。やっぱ変な気がしてな。あんたがここに居ること自体が」

「ふっ」

 少女は笑って、褐色の細い腕を伸ばして脚を負傷したドレドを掴み、段差の上へと引き上げる。

「やつがれは研究者。汝は考古学者。『探求心』は他人に抑えられるものではない。それに、魔人族は基本的に『人』が好きなのだ」

「……そうかい。俺は亜人が嫌いだけどな」

「だがやつがれは拒否せんようだな」

「……まあ、敵意の無い奴をいきなり拒否はしないだろ。俺は『探求者』だからな」

「そういうことで、あるな」

 にかっと、子供のような無垢な笑みを浮かべる『少女』の名はシャラーラ。自らを『火の花』と称する魔人族である。

「……これは、また違った『古代文字』か」

 入った先には、壁に文が書かれていた。ラス達に紹介したふたつとは違う文字が使われている。

 しかも、荒々しく。感情をぶちまけたような筆跡で。


【Help me , Dr. Rapier】


「……!」

 それを見て、シャラーラは表情を変えた。ここへ来てからずっと笑っていたものが、急に悲しげなものになったのだ。

「……なんて書いてあるか分かるのか?」

 解読に成功したとは言え、新たな文をすぐにはできない。シャラーラへ訊ねると、彼女は『それ』を書いた者の気持ちが全て理解できるかのように、悲痛に呟いた。

「……『助けて、レイピア博士』」

「!」

 ドレドは吃驚した後、以前から思っていた疑問を口に出す。

「……そう言えば、いくつか遺跡を回ったが、どれにも『遺体』が無かった。骨の1本くらい残っていても良いと思うのだがな」

「…………全て『弔った』のだ。魔人族が」

「!」

 創世を知る魔人族。つまりは人族起源説の真相すら知っている。

 【鍵】のひとつなのだ。

「……詳しく、教えてくれるかい? シャラーラ女史」

「…………そうであるな」

 シャラーラはどかりと、胡座をかいて床に座った。

 そしてぽつぽつと語り始める。

 当事者としての、この世界の成り立ちを。


——


——


 魔人族は、全ての魔法を使える。それを前提に『敵対』した場合、まず警戒するべきは『飛行魔法』だ。

 『遠くから一方的に攻撃できる』というアドバンテージは、とてつもなく大きい。敵に『見付かった状態』でも優勢を取れるからだ。に、戦争は不意打ちや奇襲がなのだから。

 さらに相手は、5000年もの間生き続けている。『人間の知能』が『個人として』、『そんな時間を生きていたら』。

 どんな考えと倫理と『世界観』を持つのだろう。

 どれだけの知識と情報と『能力』を蓄えられるのだろう。

 さらには。

 その5000年の『最初の1年目』ですら。

 赤ん坊【ではなく】。


 ——【地球の歴史を学んだ】ものであったならば。


 ⑨魔人族。

 全身に、呪いのような紋様を浮かべた理外の生物。

 外見は総じて、人族の子供のような容姿をしている。

 魔素に愛された、魔法の申し子。地上に7人しか確認されていない文字通りの稀少種である。


「……<火球魔法ファイアーボール>」

 その『ひと言』で。

 リルリィの背は焼け、変身は解除された。


——


「…………ぎ……っ!!」

 歯を食い縛り耐えるも、どさりと砂利の地面に倒れた。

「リルっ!!」

 レナリアが叫ぶ。瞬間、リルリィがレナリアとラスに掛けていた『熱魔法』は解け、『真冬の山頂』の気候そのものがふたりへ襲い掛かる。

「てめえ!」

「う……! 寒……っ」

「……っ!!」

 ラスはこの一瞬で、ルクスタシアが距離を取ったことに気付く。

「出たな『災厄と混沌の使徒』。……どうやって結界を越えてきた」

「!?」

 ルクスタシアが忌々しく空を見上げる。その視線の先に、その男は浮かんでいた。

「……結界を『越えた』というよりは……『超えた』訳だな。みどもの『存在自体』が、その最早脆弱な膜と成り下がった結界とやらを」

 金髪碧眼。それはこの世界では『とても珍しい』。魔素を吸収する器官が『頭部』に片寄っている種族達にとって、髪や瞳の色はその『性質』に深く関わっている。だからこそ、『金色の髪』は珍しいのだ。

 どんな性質か、想像ができない。

「……ドラゴニュート2に、ヒューマン2か。みどもから『舟』を守護する騎士としては、些か手薄に見えるな。ドラゴニュートの王はやはり不在か」

「!」

 男は地上の4人を観察し、そう言った。

「……こいつは……」

 ラスがちらりとレナリアを見る。『確かに』上空からは彼女の鱗も見えないし、片角の竜人がこの場に居るとは思わない。

「(……レナに気付いていない? こいつ、明らかに魔人族の癖に大森林での出来事が伝わってないのか?)」

 ラスはじりじりと、男を睨みながらレナリア達の元へ歩み寄った。

「……ラス」

 上着を脱ぎ、彼女へ羽織らせる。

「レナ。あれがアスラハか?」

「……恐らくそうでしょう。私の知らない魔人族ですから」

「リルは?」

 震えるレナリアの腕に抱かれているリルリィ。勿論治癒魔法は、このふたりには使えない。

「……熱と衝撃で気を失っただけでしょう。ダメージ自体は小さい筈。大丈夫。寝ていても止血や消毒……回復に魔力を回せています。私が教えましたから」

「……くそっ!」

 翡翠の鱗は、魔法を防ぐ。

 だが。

 例え『防弾チョッキ』でも。『ゴム弾』でも。当たれば衝撃で気絶する場合もあり、被弾部は内出血を起こす。

 『死なない』だけ、マシなのだ。リルリィでなければ防げなかっただろう。

「…………まずいな」

 今。『竜人族の敵』と『魔人族の敵』を相手に。

 早くは歩けないレナリアと負傷し気絶したリルリィのふたりを守りきれるとは、ラスは言い切れなかった。

 冷や汗が垂れる。

「……やはり、ここにあったか。持ち込んだのは貴様か? 黒いドラゴニュート」

 アスラハは宮殿の裏にある巨大な、鉄の色をした『円盤』を見付ける。

「いや。……それは雲海のさらに上空にあったものを見付けてここまで降ろした。持ち込んだのは恐らく昔の王だ」

「ふむ。みどもの目標物だ。大人しく渡してくれるか?」

「……へっ」

 アスラハの話を、ルクスタシアは注意深く聞く。まだ戦闘にはなっていない。時間を稼げるならば稼げるだけ稼ぐ。獣王の方へ行ったライルが戻ってくれば、この場は全て支配できる。

「待ってルクスタシア。そんな話、私は知らないわ」

 そして。

「!」

 レナリアも、その『時間稼ぎ』に乗った。彼らとアスラハが『グルではない』ことは分かった。ならば三つ巴だ。そして、お互いの目的が目的な為、どう転んで、いつ、誰と誰の利害が一致して共闘関係になるか、まるで読めない。そして恐らく、『人族』に脅威を抱いていないだろうアスラハが、交渉をする上で最も厄介だと言える。

「……ああ。貴女に伝える前に、父王は死んだんだったな。私はその前の王の時代から『雲海』には出入りしている。私からライル坊やには伝えたんだ」

 そして。

 ルクスタシアも『乗った』。

「…………」

 アスラハの碧眼がふたりを捉える。

 今、目下最大の障害と強敵はアスラハだ。魔素の薄い高所であり、さらに魔法的干渉を防ぐ結界をものともせず侵入した彼の実力は計り知れない。否、以前は亜人族達をけしかけるくらいには『弱かった』彼が『侵入できる』までに強くなったその成長速度が脅威だ。

 パワーバランス的には、ルクスタシアとは共闘関係になり得る。レナリアは言外にそう打診したのだ。お互いの利害として、『虹の国』をアスラハの好きにはさせたくは無い。それにお互い、同じ種族だ。薄かろうが、ある程度の仲間意識はある筈だとレナリアは考えている。

「その『鉄塊』は何なのですか? それを私が知らなければ、くれるも何も判断できません」

 だが。

 やり方はどうあれライルとルクスタシアを失脚させなければこの国は元に戻らないとしたら、アスラハとも『組める』可能性はある。逆に、『人族の脅威』をルクスタシアが共有すれば、そちらで『組まれて』しまう。その『人族の脅威』について。

 レナリアは『知っている』。

「……そのヒューマンの雌は何だ? 先程から妙なことを……」

 アスラハの眼光が突き刺さる。だが怯まない。仄かな怒りが、彼女に滾った。『お前が襲撃して』『人族に間違えられるほどになったのだろうが』と。

「……みどもを睨むヒューマン。否……貴様はドラゴニュートか。ああ、そうか」

 ようやく、思い至ったらしい。

「ふむ。これは僥倖だな。『雷の素材』が、ドラゴニュートの王を倒さずともここで手に入るとは」

「!」

 時間稼ぎと交渉は。

 失敗した。


——


 次の瞬間、レナリアは頭の左側に激痛を感じた。

「以前に討ち損じた『少女王』か。よくもここまで辿り着いたものだ。そ——」

「——あぁっ!!」

 【ラスが】、力の限り短剣を振り抜いた。間違いなく彼の生涯で最高の速度だった。

「——ふ」

「!!」

 勿論、それは躱される。だが目に見えない速度で『レナリアの背後へ回った』ことは確かだ。振り切った後、ラスはどっと汗が噴き出るのを感じた。もう少し。もう少し反応が遅れていたら。

「…………!」

 レナリアは、残った片角を折られて死んでいた。

「レナ!」

「……! だ。……大丈夫です。ありがとう」

 彼女は左の角を触って確かめる。今まさに掴まれていた。その感覚が残っている。

 ラスは短剣をアスラハへ向け、レナリアを守るように立つ。

「貴様が、『ラス』だな。なるほど。良い『気』を持っている」

「てめえ! ……てめえが、レナを。俺の故郷を。ファンやサロウの婆さんを。……『羽の国』を! ……この国を!」

「……ああ。全部みどもだな」

 恨みを。憎しみを。怒りを、アスラハへぶつける。だがアスラハは『そんなこと』に興味は無いように、表情ひとつ変えずに言う。

「ぜって——許さねえ!」

「みどもが【生かしてやった者達の子孫】だ。盛衰はみどもの掌にある。……そうか、【知らない】から、そんな【生意気な口が聞ける】訳か」

「!?」

「………………!」


 全ての魔法が使える。

 創世記を知っている。

 その他は謎に包まれた、神秘の種族。


 【こう】考えるのが普通である。

「……『創造種ALPHA 』」

「ふん」

 レナリアが無意識に呟いてしまった声の小さな言葉を、アスラハは『わざわざ』拾って笑った。

「まあ、急ぐこともあるまい。『少女王』からは最早殆ど素材は取れぬようだしな。……ここまで『登り詰めた』報酬として、話してやろうか」

「!?」

「今日はな。『西暦』で言うと……7319年の『12月25日』に当たるんだ」

 アスラハから、闘気が消えた。まるで隣の席に座る友人のような、穏やかな表情になった。

「みどもの故郷。……【地球】の話を」

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