第42話 憩いの場

 それからまた、2日後。正確には、ヒューリとシエラの退院を待ち、『花の国』に残っていたドレドを迎えに行ってから。

 彼らは王宮に呼ばれた。


——


「——さて。改めまして」

 玉座に座るレナリア。その隣に立つルクスタシア。そしてライル。

 相対するのは、11人。

 ラス。

 リルリィ。

 ウェルフェア。

 ヒューリ。

 シエラ。

 フライト。

 ドレド。

 レイジ。

 クリューソス。

 セシル。

 そしてシャラーラ。

「……なんの面子だ?」

 全員の顔触れを見て、ラスが質問した。

「今回、事件の解決に大きく貢献した立役者達です。……私の独断ではありますが」

「ほう。そうか。【ブラックアウト】主要メンバーが大半だな」

 レイジが顎を撫でて言った。

「そうかな? フライトとか、いまいち活躍してない気がする」

「なんだとウェルフェアこのやろう」

 ウェルフェアがフライトをからかう。

「私もですレナリア様。私こそ、広場でもその後も、何もお役に立てず……」

 セシルが深刻な表情をした。

「それは違うな」

 だがそれを否定したのはレイジだった。

「俺とあんたの連携が上手く行った結果だよ。麓でも彩京でも。俺達より、『最も働いた』のが、人族の戦士と騎士団達だ」

「……!」

「その通り。その中で、特に私がお世話になった人達です。……不安なら、述べていきましょうか」

「……え……」

 レナリアは、端に立つ者から順番に視線やった。


——


「フライト。貴方は彩京での活動にて情報収集や共有、連携に於いてその力を発揮してくれました。さらに武器や罠の作成にも携わり、麓での防衛に大いに貢献しました」


「ドレド。貴方は自ら調べた知識を用い、私と『ブラックアウト』を引き合わせてくれました。今後の世界と、人族の『鍵』を、貴方は見付けたのです」


「ヒューリ。貴方は処刑台で、私を助けてくれました。さらにその後、彩京に現れた魔物の討伐に貢献しました。貴方のお陰で、彩京は被害を最低限に抑えることができました」


「シエラ・アーテルフェイス王女。貴女はその翼で人や物を多く運んでくれました。貴女が命を懸けてラスへ届けた魔道具が無ければ、戦いには勝てませんでした」


「クリューソス・レイゼンガルド。貴方は私の肉体から魔道具を造り、敵の撃破に貢献しました。魔法の使えなくなった私に使い道を教えてくれました」


「レイジ。貴方は麓の戦いで人族の軍隊を指揮し、獣王に勝利しました。貴方の組織した革命軍の助力が無ければ『爪の国』を押し返す事ができませんでした」


「ウェルフェア・ルーガ王女。貴女の優れた五感は私達の旅をより安全なものにしてくれました。さらに、獣王との戦いにも貢献しました」


「セシル・スノーバレット竜人騎士団長代行。貴女は騎士団長不在の中、代行として本当によく働きました。峰周辺の町との連携に人族の保護。そして魔物の討伐。挙げていけば数えきれませんよ。胸を張ってください」


「『火の花』シャラーラ。貴女はアスラハ討伐に大きく貢献しました。その後の監視も含めて、今一度感謝いたします」


「リルリィ・ジェラ。貴女は——」


——


 名を呼ばれて彼女は、得意気に胸を張った。今回、全てを通して。一番の功労者は。

 間違いなく、この小さな天才少女だと。レナリアは確信している。

「——何度も。何度も何度も私を。私達を守ってくれました。その翡翠の鱗で。貴女だけが何にも属さず、自由に『守って』くれました。……ありがとうリル」

「……えへへっ」

 そして。

 レナリアは彼へ向き直る。


「ラス」

「ああ」

「貴方は、一番初めに私を『救って』くれました。貴方が居なければ、何もかも全てあり得なかった。ただ襲撃者に殺され、素材を採取され、アスラハは何の苦労もなく目的を達成していたでしょう。貴方との出会いから始まった旅と、戦いでした」

「…………」


 再度、全員を見た、

「皆様、本当にありがとうございました。『虹の国』第7代国王——『世界の安寧を預かる者』として。深く深く感謝いたします」

 この儀式は、必要だった。けじめとして。一旦の『整理』として。

 言葉通りに、レナリアは立ち上がって深く頭を下げた。


——


「——で、それ言う為に呼んだのか?」

「!」

 ヒューリだ。彼がこう言うのも、必要だった。

「いえ、まさか。慰労を込めて、招待したかったのです」

「?」

 レナリアは嬉しそうに微笑んだ。ラスは、見たことの無い表情だと思った。

 こんな楽しそうな彼女は。

「『竜の峰』名物。——『温泉』へ」


——


——


 竜の峰。『活火山』である。ラス達は大森林からほとんど一直線にこの国まで来ており、それ故彩京の『西側』もしくは『南側』しか知らない。

 北側——『雲海の岬』を挟んで王宮の『反対側』にある——『温泉街』を。

「……水浴びとは、違うのか」

「当たり前だろ。まあ入ってみれば分かる。王族専用の浴場だ。ありがたく入ってよ」

 温泉、という聞き慣れない単語に顎を撫でるラス。その質問には、ライルが答える。

「あと、マナーとして浴場では『魔法』は全て禁止だ。——って、男は人族ばっかだったね」

「『マナー』?」


——


「あれ、ラス達は?」

 きょとんとしたリルリィが首を傾げた。男性陣が、居なくなったのだ。

「……基本的に、男女別なのよリル。貴女が実家に居た時はまだ小さかったと思うけど」

「ふぅん」

 脱衣所で一番に服を脱ぎ捨てたリルリィ。それに続いてウェルフェアも浴場へ出た。

「へえー。お湯なんだ。凄い」

 綺麗に磨かれた石畳の空間。屋根は付いているが壁は無く、雲海と都の様子を一望できる。浴槽はとても広く、詰めれば100人は入れるかといったところ。

 湯気の立っている浴槽。ウェルフェアが天然の温泉を見るのは初めてであった。

「あっ。待ってウェルちゃん。掛け湯掛け湯」

「……かけ、ゆ?」

 いきなり湯船へ浸かろうとしたウェルフェアを、リルリィが止める。

「こっちこっち。これで身体を流してから入らないと」

「……え? なんで?」

「じゃないと駄目なの」

 『この』文化では、リルリィが先輩である。彼女がウェルフェアへ教えながら、あちこち案内している。

「レナリア様っ。お足元お気をつけください」

「大丈夫よセシル。ありがとう」

「…………!」

 そしてセシルは、未だに緊張した様子でいた。

「……どうしたのよセシル」

「いえっ……」

「陛下」

「?」

 見かねたシエラが話に入ってくる。

「『王族』と『貴族』しか居ないこの空間が、彼女にとっては息が苦しいのではないかと」

「…………」

 シャラーラは置いておいても。

 『平民』の出は、この場ではセシルのみだ。そしてここは王族御用達の温泉。さらには先の戦いで認められるほどの戦果を、自分の中で見付けられずにいる。

 萎縮してしまうのも頷ける。

「…………」

「わっはっは。『オンセン』とは懐かしい。国は違えど『地球』の文化を見ると、やはり『故郷である』と思ってしまうの」

「シャラーラ! 掛け湯してってば!」

「…………」

 頷ける、だろうか。

「別に変に意識する必要は無いわよ。『ここ』はリラックスする為の場所なんだから。服を脱げば、そこにはただの『人』が居るだけ。ゆっくり休みましょう」

「……!」


——


「はー! 生き返るぜ」

「あ? なんだそりゃ」

 肩まで浸かったレイジの口から出た言葉に、ヒューリが突っ掛かった。

「そう言うんだよ。『温泉』てのはな。ただの熱い水じゃない。『効能』があるのさ」

「……確かにすげえ良い気持ちだ。……ライル? どうした」

 ラスはライルの言う通りに、畳んだタオルを頭に乗せて湯船に浸かる。

「いや。……君ら遠慮しないなと思っただけだよ」

 ラスは、少し前からライルの事が気になっていた。不安定な『弟』が居るのだと、レナリアから聞いている。彼女が『許す』ことでは、彼が納得しないということも。

「遠慮しても始まらねえだろ。どうせ失うもの無し人族だ。クリューソスだって、あっちで勝手に呑んでるぜ」

「む」

 隣の温泉では、クリューソスがどこからか持ち込んだ盆に徳利を乗せ、こちらをチラチラ見ながら呑んでいた。

「……ふむ。流石は全員戦士。皆引き締まっておる」

「…………冗談のつもり、だったんだがな」

 ラスがウェルフェアとの会話を思い出し、顔をひきつらせた。


——


 『温泉』。その定義や法はもうこの世界に残っては居ない。5000年を経て残ったのは、『文化として』の『温泉という概念』が形を取ったもの。

 ひと言で表すならば。


 憩いの場。


 裸の付き合いとは。

 自分も相手も武装していないことを証明し、つまり『会話』をする暗黙の前提を満たせる『信頼感』を育むものだ。

「……で、ライルよ。お前ウェルフェアに気があんのか」

「!!」

 剥き出しの歯に衣を着せる方法を知らないヒューリが、最強の竜に噛み付いた。

「なっ! そっ! ……む」

「ほう、そうなのか」

「ほほう?」

「ほほほう?」

 それを受け、ドレドも会話に参加する。

「あいつはムズいと思うぜ? なんたって『亜人の子なんか産むもんか』だからな」

「……子って……いや、えっと」

 そんな会話の奥で、フライトが壁を見詰めていた。竹で作られた仕切りである。

「フライト? どうした」

「おう……ラス」

 気付いたラスが湯船から出る。フライトはいつになく真剣な表情をしていた。

「ここにな。例のローブがある」

「ああ、敵に見付からねえやつか。なんでここに」

「敵(女)に。見付からねえやつだ」

「……は?」

「なあラス。この壁一枚を隔てて、向こうに。楽園があるんだぜ」

「…………」


——


「ローブ着る前はだだ漏れだよーっ」


——


「!」

 壁の向こうから、ウェルフェアの声がした。

 そうだ。

 敵は。

 『気』を操る『五感の発達した』戦士。

「なあフライト……お前」

「うるせえ! 『覗きてえ』のはガキのお前じゃねえよウェルフェア!」

 フライトは壁へ向かって叫ぶ。


——


「どうせ死ぬよーっ」


——


「ぬぐ!」

「…………結局なんなんだ?」

 それら全てを俯瞰して。


「馬鹿め。まだまだガキだな」

「ふむ。まあ、年齢層が若いからのう」

 ルクスタシアはやれやれと、クリューソスと酒を酌み交わしながら溜め息を吐くのであった。

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