第43話 最後の夜①

 温泉でのひとときを終えて。彼らは『旅館』なる所に案内された。同じ建物だ。『畳』という不思議な床の敷かれた宿だ。それも、国内最高級。

 『式典』だという明日に備え、レナリアが用意した場所だった。

「ユカタ……か。なんか落ち着かねえな」

「そうか? 俺はボロキレよりこっちのが良いな」

 前合わせの服は初めて着るラス。『スースーする』感覚に違和感を覚えるが、ヒューリは気に入ったようだった。

「知ってるか? 今日は『年の瀬』らしいぜ」

 そこへ、フライトがやってくる。帯を上手く締められないようで、苦戦している。

「ああ……言ってたな。明日から『虹の歴201年』だ」

「新しい時代の世明けには持ってこいじゃねえか」

「!」

 レイジが話を、【戻した】。恐らくは、戦いの前——あの喫茶店での話に。

「明日、広場の舞台でレナリア女王の『奴隷解放宣言』と同時に、俺達の建国宣言を行う」

「明日……って、急だな」

「『新年』にゃ毎回王が挨拶してたらしい。それと合わせたいんだろ。さっき聞いた」

「で、どうすんだ?」

「えっ?」

「何がだ?」

 ドレドも合流した。この場には、人族が5人のみ。

 ライルやルクスタシア、クリューソスは居ない。

「【これからの人族俺達】さ。……国、建てるんだろ」

「…………ああ」

 きちんと考えなければならない。『竜の峰』に集まった人族10万余人と、世界中に居る何倍もの仲間たちのことを。

「細かい所は女王と詰めていくだろうが、俺達の創意として、ある程度は共通認識を持っておこうと思ってる。……そもそも俺達は、『人族だから』って理由でしか繋がってない。『個人』では、お互いあまり知り合ってない筈だ」

 レイジが他4人を見る。ヒューリとフライト、ドレドの3人は別としても、基本的にはこの国で出会った初対面同士だ。

「……幹部俺らの、役割ってことか」

「そうだ。全員『トップ』じゃあ、組織はうまくいかないだろ」

 要するに。

「王になりてえ奴は?」

「!」

 そういうことだ。前代未聞、史上初の『人族の国』。その初代『王』は。

 どうやって決めて、誰が成るのか。

「…………」

「……」


——


——


 そんな『会議』を終えて。陽が落ちて。

「さあ、遠慮せず」

「……!!」

 彼らは『食卓』というものを初めて見るかとになる。


 一堂を会しての夕食。広い畳の部屋に規則的に並べられた卓。人数分に敷かれた座布団。

 飯。酒。

 煮物。焼き物。鉢。吸物。八寸。湯の物。


 ——『懐石料理』である。

「こっ……!」

 セシルはこの事態を飲み込めていない。『王族の食事』に『お呼ばれする』など。

「…………あり得ない」

「ちょっと。つかえてるから。早く」

 入口で固まっていたセシルを押し込み、ウェルフェアが入る。見たことのない豪華な食事を前に、思わず涎が垂れた。

「……物凄く良い匂いがするっ」

「ふふ。さあ、座ってください。さあさ」

 レナリアに導かれ、全員が席に着く。

「明日の事など、固い話は後にしまして。取り合えず『いただき』ましょう」

「——ああ」

 ラスが頷く。そして『手を』。『合わせた』。

「……ふふっ。そうですね。丁度、『人族が多い』ので。『それ』に倣いましょう。——皆様」

 和風文化に『これ』が無かったのは不思議に思うかも知れないが。

 亜人に転生者は産まれない。……それを思えば案外、逆に『良く残っていた方』なのかもしれない。

「手を合わせてください」

「!」

 ウェルフェアが一瞬耳をぴくりとさせるほど、『息が合った』。バチンと、一斉に手を合わせる音が。慌ててセシルも皆に合わせる。

 因みにドレドは感極まって号泣している。

「——いただきます」

「「いただきます」」

 『乾杯』という『虹の国の文化』は。今回はされなかった。

 食事開始の儀式が『2通り』あると——


 やはり5000年後にどちらも残るのは難しいのかもしれない。

 少し歪だが、これが『現在の』和風文化である。


——


——


「……この料理はなんて言うんだ?」

「ああ、それはですね……」

「おい誰か、水ねえか? フライトがなんか詰まらせたぞ」

「ふむ。酒によう合うのう」

「お。おっさんイケるな」

「ねえ、これおかわり無い? ならフライトの貰うね」

「おまっ……!」

「お前ら! 箸を使えよ! こう……」

「いやお前ドレド、指どうなってんだそれ……」

「あはは。可笑しいったら」

「おいライル。何残してんだそれ」

「…………!」

「……下品な食事だ。人族らしい」

「あははははっ!」


——


——


「——明日の式典ですが」

「!」

 レナリアが切り出した。もう食事も終わりかけ、ひと息ついた頃。

 全員が、彼女へ耳を傾ける。

「……彩京の市民だけでなく、多くの人族も集まるでしょう。それを、皆が心待ちにしている筈です」

「……」

「私の演説後……『ラスに』。舞台に上がってもらおうと思っています」

「!」

 特に。

 ヒューリとレイジへ向けて言った。人族の『代表』を、彼にしたいと。

「……まあ、異論はねえよ」

「ああ」

 そして彼らは肯定した。

「そもそも女王を救い、ここまで護衛したのはラスだ。革命軍には俺から説明した方が良いと思うが、『世界』へ向けては、やはりラスの方が良いだろう」

「……俺は政治に向かねえって自分で分かってるつもりだ。『国』ができるなら何でも良い」

「——ありがとうございます。ではそろそろ、宴も酣でございますので、一度締めさせていただこうと思います。……『手を合わせてください』」

 また、今度はセシルもきちんとタイミングを合わせた。

「ごちそうさまでした」

「「ごちそうさまでした」」


——


——


 ——【お酒】が。

「……あはは」

 レナリアに『入った』。


——


「ラスは居るか?」

「……!?」

 男性陣の泊まる部屋に、セシルがやってきた。彼女が襖を開けた時、彼らはレイジの言う『伝説のスポーツ』である『枕投げ』という太古の競技を真剣に行なっていた。フライトなどは既に気絶している。

「…………どう……む、ぬん。何があったんだ? お前達の脳内で」

 セシルは反応に困り、なんとか言葉を捻り出した。

「おうセシル。どうした」

 『羽毛まみれ』のラスが振り向いた。

「……レナリア様がお呼びだ」

「分かった。確か個室だったな」

「終わりか? じゃ、俺も」

 ラスが退室したところで、ヒューリも立ち上がった。

「どこ行くんだ?」

「……さあな」

「は?」

 ドレドが訊ねたが、ヒューリははぐらかした。それを見て、レイジが制止する。

「やめとけドレド。……今夜は特別な夜だ」

「だから、なんだよ?」

 首を捻るドレドに、今度は気絶から立ち直ったフライトが肩に腕を回した。

「まあまあ。んじゃ俺らはどっかで呑んでくるぜ」

「は? ……良いけど、なんだよ?」

「いいからいいから」

 そうして、フライトはドレドを連れて出ていった。


——


 残ったのは、レイジ。

「…………」

 ひとり残った彼の元を訪れたのは。

「……なんじゃ、お主だけか」

 酒瓶を持ってきたクリューソスだった。

「おうクリューソス。呑むやるか」

 窓際に座り、ちらちらと降る雪を眺めながら。

 ふたりは盃を交わし合った。

「【妹】は。見付かったか?」

「!」

 酔いが回らない内に。開口一番、レイジが訊ねた。

 クリューソスが、『こちら側』で協力する理由のひとつ。それが、『敵側』に居る妹を止めたいというものだった。

「……全部終わった後じゃ。誰ぞ『鬼人族』の肉片にしがみついて泣き喚いておった」

「…………『人狩りグレン』か。魔道具を持っていたらしいから」

「じゃろうな。……あやつの夢は絶たれた。自身の傑作である魔道具を持ったオーガが、『人族』に負けたんじゃ。もう気力も無いわい」

「どうするんだ?」

「……無理矢理じゃがな。一度『火の国』へ帰らせた。本来なら投獄じゃが、少女王に頼み込んで免除を受けてな」

「そうか」

「…………のうレイジ」

「ん?」

 クリューソスはぐいと盃を傾ける。星明かりで雪がきらきらと煌めいている。

「ワシも帰ろうと思う。明日、お主らを見届けて。故郷の奴隷を放してやろうと思う」

「……ああ」

 レイジも呑む。どこの酒かは分からない。だが『沁みる』。

「良いと思う。お前と呑むのはこれで最後になるな」

「今、ここにお主と居るのが『アンガー』では無くて。悪かったのう」

「良いさ。あいつが引き合わせてくれたお前との『縁』。それを俺は、嬉しく思う」

「……革命は、成ったのか?」

「…………当初の予定とは、違ったな。『少女王』が味方に付くとは思わなかった。だが無駄ではないし、良かったと思う。軍隊は、そのまま『人族の国』の軍隊にするさ」

 レイジは。

 人生で一番『良い酒』を。今呑んでいる。

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