第18話 世界の謎と社会変革の鍵
崖を下る。すると白く四角い建造物が姿を現す。あの雪の集落で見たものと同じように、垂直や平行といった、自然にはできないような意匠が各所にある。
「わ……」
リルリィは言葉を失っているようだった。キョロキョロとしきりに辺りを見回している。
「1週間前。私達はとある強敵と戦いました」
「強敵……」
「そもそもお前らは何なんだよ」
「……人族解放戦線。――【ブラック・アウト】と名乗っています」
「貴女達が……」
レナリアは知っている。この花の国で騒がれ始めた、人族の反乱のことを。奇怪な術で相手を失神させてから殺す――『気』を使う戦士達のニュースを。
「……強敵とは、『人狩りグレン』。鬼人族の男です。私達はその男の言葉から、あなた方がこの国に来ていることを知りました」
「……人狩り」
「結果的には、私達は敗走しました。そして、メンバーは散り散りになってしまったのです。咄嗟にウェルフェア殿を掴んで飛んだ私は、その後負傷した『彼』は見付けましたが、リーダーを含むあとふたりが行方不明のままです」
建物の中。白い壁に囲まれた部屋に、その男は座っていた。
「ドレド殿。レナリア陛下とラス殿が来てくださいました」
「……ああ」
まず見えたのは、包帯。そして血。さらに、『欠損した右足』。ここまで呼び寄せたのは、彼がこの場から動けないからだった。
「大丈夫ですかっ?」
レナリアが慌てて駆け寄った。
「……治癒魔法は?」
ラスがシエラへ訊ねる。彼女は魔法を使える筈である。リルリィも心配そうに近付く。
しかし、ドレドと呼ばれた男は彼女らを制止した。
「待ってくれ。それは要らない。今は話をさせてくれ。……あんたがラスだな」
「!」
レナリアは動きを止めた。それ以上、ドレドに近付けなかった。
「そうだ。なんだ、俺はいつの間に有名人になったんだ」
「当たり前だろ。『爪の国』の使者を何人も殺しておいて。指名手配だよ。『人狩りグレン』はそれを狙ってる」
「オーガが俺を……?」
心当たりは、ある。あの時、人族に車を牽かせていた鬼人族。竜人族と共に居ることを探られた。
「まあ、それは今どうでも良い。……見ろよ、壮観だ」
「?」
ドレドは両手を広げて、迎え入れる仕草をした。
「『ラス』『レナリア・イェリスハート』『シエラ・アーテルフェイス』『ウェルフェア・ルーガ』。世界の謎と社会変革の【鍵】が、一堂に俺の前に会している。……ヒューリ。俺達の旅は。俺は今この時の為に生きてたんだなあ」
「……話が見えねえな」
勝手に感動しているように見えるドレドに、ラスは溜め息を吐いた。それで、ドレドがはっとして少し咳き込む。
「……こほん。どこから話そうかずっと悩んでいたんだがな。まず……」
「まず、レナリア女王陛下への多大なる無礼からですね。腕ですか?それとも両足かしら?」
感無量のドレドを遮り、シエラが笑顔で冷たく言い放った。彼女の握られた右拳に、風魔法が発生している。
「……こほん。陛下。申し訳ありませんでした」
「いえ……」
深く頭を下げるドレドに、レナリアはただ困惑するだけだった。
――
「俺はドレド。考古学者だ。主に太古の人族と、種族ALPHAについて調べている。こうやって各地の遺跡を探し周り、世界の謎を探究している」
彼が語り始めた。部屋にはドレドが使用しているベッドのみであったが、シエラがレナリアの為に別の所から椅子になるような何かの塊を持ってきている。リルリィはまだ遺跡が気になるようだが、大人しく座っている。
「俺達――『ブラック・アウト』の創設から話そう。シエラとウェルフェアの話は?」
「ここに来るまでにしておきました」
「――ありがとう。……俺達のリーダーの話だ。ヒューリと言う隻腕の戦士。『羽の国』滅亡時はアーテルフェイス家に飼われていた奴隷だった」
「!」
レナリアは吃驚してシエラを見た。彼女は微笑を崩さない。
「『爪の国』の兵士達が大勢詰め寄る中、シエラはウェルフェアを連れてなんとか逃げ出した。手引きしたのはヒューリ。3人は以前から主と奴隷という関係性では無くなっていたらしい。そもそも、空を飛ぶ翼人族の生活に人族の奴隷は必要性が薄いしな。詳しくは知らないが、ともかく。その際にヒューリは決意したらしい」
「決意」
ラスが呟く。
「人族解放だ。その戦争でも多くの人族が死んだ。滅亡だからな。奴隷はことごとく皆殺しだ。ヒューリの知っている人も、親しい人も、家族も」
「……」
「シエラもそれに同調した。元はウェルフェアに対する、獣人族の人族への侮蔑と卑下、屈辱と軽視が発端の事件だ。ヒューリはこの亜人社会そのものを壊そうと考えている」
ドレドの説明は続く。
「目的は『虹の国』だった。竜王に『奴隷解放』を宣言させ、人族の国を作る。そして『獣人族を根絶やし』にする。その旅の過程で、俺が拾われたって訳だ」
「!」
レナリアが反応した。ラスもだ。台詞の前半部分が、全く同じなのである。
「……そうか」
ぽつりと。噛み締める。
「俺の先輩って訳か」
人族解放戦線。ヒューリという男は組織を創設したのだ。長く……恐らくとても永く存在していなかった、『人族の為の組織』を。その点では、ラスの一歩先を歩んでいる。
「まあ、今は生きてんだか死んでんだか分かんねえけどな。いや、あのヒューリが簡単に死ぬとは思えねえが」
ドレドは少し楽しそうに話していた。まるでもう目的を達成したかのように上機嫌だった。
――
「……で。【鍵】とか言ってたな。主題はそれだろ」
「おっと。その通りだ」
ラスが話を戻す。ドレドの言葉だ。世界の謎と社会変革の鍵の4人だと。
「竜王はさっきも言った通り、現代社会のトップだ。何としても帰国して『鶴の一声』をしてもらう。ウェルフェアは『汚点』とか言われてるが、俺に言わせれば逆だ」
「逆?」
人族と、獣人族の特徴を併せ持つウェルフェア。それが意味することとは。
「『友好の証』だろう。亜人社会に終止符を打ち、人族の国の発足とそれの承認。政治参画と共に『人権』を獲得する。現在、『混血児』は世界にウェルフェアただひとりだ。ヒューリはそこまで考えていないだろうが、奴の手札としちゃ奇跡なんだよ」
「やだ。亜人は要らないよ」
ドレドは饒舌に語るが、ウェルフェアは否定した。
「……なるほど」
だがラスは頷いた。
「奴隷を解放させて国を作って、それで終わりじゃない。武力の無い人族の国がこの世界でやっていくにはレナの庇護下に居るだけじゃ無理だ。それは『羽の国』の二の舞になる。戦争ができないなら、友好を結ぶしかない。……その子と彼女を世界へ掲げれば、他の国の目がある。『爪の国』は相当動きにくくなる」
ウェルフェアとシエラを見る。『爪の国に滅ぼされた国の王女』をレナリア――『虹の国』が認めれば、迂闊に正面切って襲ってくることは無い。
「それは分かったが、俺は? 普通の戦士だぞ」
「あんた自身というよりは、あんたの『知名度』さ。もう知られている。『
「!」
大森林での襲撃から竜王を連れ去った。その後の人族の集落と、鉄の国での騒ぎ。同時に囁かれるようになった『ブラック・アウト』の名。
「獣人族は今増長してる。前しか見てねえ。【その背後から奴等のケツをぶち抜く】。ヒューリに話したら『面白れえ』って言ってくれたよ」
「…………」
「まあ、取り敢えずはそんな所だ。今日はここで休めよ。安全だぜ」
――
――
その夜。
規則正しい内観の遺跡に馴染めず、外へ出ていたラス。霧が深く、空は見えない。
「……ラ――」
レナリアは声を掛けようしたが、止まった。
彼の側に、赤毛の少女が座っていたのだ。
――
「私は、難しいことは分からない」
ウェルフェアは色んな話を、色んな人からされている。自分が『何者』で『何をすべきか』。だがそれは彼女の腹に真に落とされている訳ではない。
「亜人を前にすると足がすくむの。怖くなる。襲われたら、多分私は抵抗できない。奴等に孕まされて、自殺するだけ。それを想像して恐怖で動けなくなる」
「…………そうか」
「だけど、ヒューリが暴れて、亜人を次々殺していくのを見るのは少し心が晴れる。私が恐怖で押さえ付けた『怒り』の感情が、全部ヒューリに行っているみたいで。だから付いていくの。ヒューリなら、多分私の好きな時に死ねると思うから」
「……そうか」
ウェルフェアの話に、ラスはただ頷く。その出生と経歴を鑑みれば、短い人生の中でどれだけの出来事があったか。世界にただひとりだけ。どういった星の下に生まれてきたのか。
「ラスは、どう思うの?」
つり上がった大きな眼で彼を見る。ウェルフェアだけではない。皆感じているのだ。ドレドや、もうひとりの人族であるフライトとも違う。ファンやサロウとも。……ヒューリとラスは、人族として『何か』が違う存在であると。
「俺は。……そうだな」
ラスも考える。少し情報量が多い。整理しなければならない。自分の持つ『知名度』と『レナリア』というカード。ヒューリは『シエラ』と『ウェルフェア』を持っている。
「『亜人』。それだけで切り捨てて区別するのは違うと、この旅を通して気付いたんだ。レナもリルリィも、あのシエラも。人族に好意を抱いてくれる亜人は居る。間違っているのは『社会の構造』であって、当人達じゃない。『怒り』の矛先は亜人全体でもなく、兵士そいつ個人でもない。『社会』なんだ。昨日レナにも言われたけど、皆同じ『人』なんだ。種族がどうとかってことはあんまり関係無いのかもなって」
「……じゃあ、革命はしないの?」
「いや。……いやまあ、その言葉が正しいかは分からんが、人族解放の目的は果たす。亜人そのものを憎まないとは言え、俺達の『怒り』は忘れちゃいけない。向かってくる兵士は殺す。人族解放にどうしても恭順できない奴等も殺す。そうしないと俺達の世界は始まらない」
「……そう。分かんない」
「分かんないか」
「うん。ラスはヒューリより難しいこと言うね」
「まあ人が違えば考えも違う。そんなモンだろ」
「……ねえ」
「なんだ?」
ウェルフェアは、思い詰めた表情を作った。
「私が『爪の国』の女王になったら、ラス達は楽になるのかな」
「…………それはそうだが。不可能に近いだろ」
「でも、女王様の『虹の国』と人族の国。シエラがもし『羽の国』を再興して、私が『爪の国』を治めたら。もう世界は人族に優しくなると思わない?」
「大国はそれだけじゃない。この『花の国』や『鉄の国』。西にはもっとある」
「……ちぇっ。なんだ」
「面白いとは思うけどな。妄想だ」
「……ヒューリ、無事かなあ」
「さあな。だがいつか会いたいもんだ」
見えない夜空をふたりして眺める。
「(……【革命】。それに【鍵】。目的地を前にこんな事を知るとは)」
ウェルフェアは既に彼に懐いていた。ヒューリと似た匂いがするのだ。
革命。もう人族の間で噂されている。ひと声掛ければ、皆蜂起するかもしれない。
人族解放の話が、現実味を帯び始めている。
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