第17話 翼の王女と爪の汚点の子
「ようやく、見付けました」
その次の朝である。
竜人族は、何日も眠らなくても活動できる。成長期のリルリィは置いておいて、夜の見張りとしてレナリアはずっと起きていた。ずっと、ラスの寝顔を眺めていた。
「……っ」
突然の出来事。いきなり視界に、黒い翼が飛び込んだ。レナリアはすぐにラスを起こそうと思ったが、その『女性』の言葉で、思い止まった。
「……『翼人族』」
敵意は感じない。大人しく、一定距離を保っている。そしてようやく見付けたとの言葉。取り合えず敵では無さそうである。
黒い短髪、黒い瞳。黒い服。黒い大翼。
「突然の訪問と無礼をお許しください。私は翼人族のシエラ・アーテルフェイス。お初にお目に掛かります。レナリア・イェリスハート女王陛下」
彼女は優雅な佇まいで、レナリアへ跪いた。
「…………アーテルフェイス……!?」
レナリアは、シエラの名前に反応した。もう、数ヶ月前になる。竜王レナリアはその日。彼女ら翼人族の国へ来訪していたのだ。その帰り道に、襲撃に遇った。
それから、鉄の国。そしてこの花の国。情報収集をしていたレナリアが知りたがったのは何も自国のことだけではない。余計な情報は言うべきではないと、文字の読めないラスには言っていない。今世界で、何が起こっているか。
アーテルフェイスとは。
「翼人族の、王家の名前じゃない……!」
「はい。ご存知かと思いますが、我らの国は新王即位の後、数日で『滅びました』。私は亡き王の娘。今は、ただのハーピーとしてあるお方に仕えています」
「……仕えている? 王女の貴女が?」
レナリアの疑問は無数にある。だが気になったのだ。一体誰に仕えているというのか。
「そのお方は『人族』です」
「!!」
薄く笑った。仕えていることに喜びを感じている表情。本気で、亜人の王女が、奴隷である人族に仕えていると。
「……実は『その件』で、あなた方を探していました。陛下にもですが、そこのラス殿にお話がございます」
「えっ……」
レナリアは動揺した。まず始めに、全て知られているのだ。人族のラスが傷付いた竜王を連れて虹の国へ向かっており、現在花の国に居ると。
それが、同じく人目を忍んでいるだろうシエラに知られている。
敵意は無い。だが警戒すべきである。敵と繋がっている可能性は当然考える。
つまり。
「――獣人族の匂いっ!!」
「!」
甲高く、その声は響いた。テントから勢い良くリルリィが飛び出す。
匂いと彼女は言ったが、実際は『魔力』である。種族ごとに得意な魔法が違うのは、それぞれ魔力の質や波長と言ったものが違っているということ。それを感じ取る感覚器官を失ったレナリアには判別できないが、左目以外は無事のリルリィにははっきりと分かる。
獣人族の魔力を感じている。
「リルリィ」
「女王さまは離れていて!」
立ち塞がるように立つリルリィ。自身の魔力を放出させ、威嚇している。何か動きがあれば即座に変身し、辺り一体を薙ぎ払うつもりだ。
「……獣人族? 彼女は翼人族よ?」
「違う。その人じゃない!」
レナリアは気付かなかったのだ。シエラの翼に隠れた、もうひとりを。
「…………」
睨み付ける。鉄の国での一件もあり、リルリィも獣人族を嫌っている。
「…………ウェルフェア殿」
シエラが表情を固めながら呟いた。
「大丈夫」
その声の主は、彼女の背後から現れた。
「……っ!」
人の顔。フードを被り、頭を隠している。そこからは赤い髪が覗いている。見た目は10代前半の少女だ。その目は、猫のように丸く大きい。ローブのような外套を纏っており、顔以外の特徴が掴めない。つまり種族が分からない。
「…………獣の、顔ではないわね」
レナリアの第一声。獣人族であれば、人のような顔ではない。ウェルフェアと呼ばれた彼女の目も鼻も口も人族や竜人族、魔人族と同じ。獣の毛も無い。
「でも間違いないよ。獣人族。敵だよ」
リルリィは外見ではなく、自身の竜角で判断する。
「フードを取って」
今、この場はリルリィが支配している。彼女が睨みを効かせている為シエラとウェルフェアは動けない。最初に魔法を使えるのはリルリィだ。変身すれば、竜は最強である。
「……お待ちください。私の話を――」
敵対心を見せるリルリィにシエラは抗弁するが。
「良いって、シエラ」
「…………ウェルフェア殿」
ウェルフェアは彼女を制止し、フード付きのローブを脱いだ。
「!」
「あっ」
朝日に照らされた赤髪から、ふたつの三角形――『犬か猫のような耳』がぴょこりと飛び出す。
ローブで隠されていた、『毛で覆われた尻尾』が、見える。
「……やっぱり!」
リルリィが力を込めた。
「違う」
瞬間。
「!」
低い男性の声がリルリィの背後から聞こえた。
「……ラス?」
振り返る。
彼はレナリアの膝から起き上がり、丸太に座っていた。敵意の無いハーピーと、その隣に立つ赤毛の少女。ふたりを見据える。
魔力は、そうなのだろう。リルリィが言うなら間違いない。それについては、彼女は獣人族の特徴があると見える。
だが。
「彼女は『人族』だ。そうだろう?」
「!!」
その耳と、尾を見て、なお。
「…………!」
彼はウェルフェアへ、優しく微笑んだ。
――
⑤獣人族。通称ビーストマン。身体に獣の特徴が見える種族。大雑把に言うと人の身体に獣の頭が特徴である。目、耳、鼻、口、牙。どれも獣人族特有の形をしている。知覚が鋭く、また魔素を感じる器官も他の種族と比べて発達している。主に身体能力を向上させる魔法を得意とし、『腕っぷし』で国を発展させてきたという自負を持つ者が多い。それが『爪の国』である。
⑥翼人族。通称ハーピー。天空に住まう空の種族。世界で唯一、空を飛べる人種族。見た目は人族と変わらないが、うなじの辺りに羽毛を持ち、それを用いて魔力を使い、巨大な翼を出現させる。稀少であり数が少なく、小さな国をひとつ持っているだけであった。だがその、アーテルフェイスという王家が治める『羽の国』は、つい先日滅びたばかりである。
――
「異種族間で子は産まれるのか。ラス殿はご存知でしょうか」
空を飛べば目立つ。シエラはラス達を案内したい場所があると言った。現在徒歩でそこへ向かっている。旅は中断になるが、ラスが肯定したのだ。彼女に付いていくと。
「亜人の子を孕ませられた人族の話はよく聞くぜ」
リルリィは依然警戒を続けていた。ラスを信用しない訳ではないが、万が一を想定している。何かあったとき、盾となりふたりを守れるのは自分しかいないと考えている。
「『虹の国』ではどうでしょうか」
シエラはレナリアへ話を振った。
「異種族間での婚姻は普通にあります。ですが子供は、母親の種族で産まれます」
レナリアは答えながら、シエラの隣を歩くウェルフェアを見る。正確には、その耳と尾を。
「……種族固有の特徴が『半々』で現れる子は聞いたことがありません」
「そうですね。如何に最大人口を誇る『虹の国』とて、『全ての組み合わせ』を行った訳ではないでしょう」
「……そりゃ、まあ。陸には魚人族は上がれないし、魔人族はどの国にも居ませんから」
「ラス殿」
「ん」
今度はまた、ラスへ振った。
「亜人の子を孕んだ女性――彼女らは愛の元、幸せだったのでしょうか」
「馬鹿言え。全部強姦だ。殆どは自殺だ。産まれた子も殺される。俺の居た集落でもそうだった」
「そうですね。……レナリア陛下」
「はい」
シエラは交互に話し掛ける。微笑を崩さないその様相は、少しだけ異様な雰囲気を醸し出している。
「『爪の国』の元王女をご存知でしょうか」
「エドナ・ルーガ。私が即位した時には既に王女では無くなっていたので直接お会いしたことはありませんが」
「何故、王女では無くなったのでしょう」
「……知らされてはいません。訊けもしませんでしたし。対外秘では?」
「彼女と私は友人でした」
「!」
シエラは次に、ウェルフェアへ視線を向けた。優しく、慈しむような、母のような視線。
「……ウェルフェア・ルーガ。この子のフルネームです」
「えっ……」
レナリアは固まった。そして先程のラスの表情を思い出した。彼もウェルフェアへ、そんな表情を向けていた。優しく、悼むような表情。
「人族の女性が亜人の子を孕んだのではありません。エドナが『人の子を授かった』のです。そこには、確かに愛があった」
「……!!」
驚愕。レナリアは信じられないと言った顔を見せる。歴史上、『そんなこと』は一度もあり得なかった。人族を受け入れる亜人など存在しなかったのだ。
「『爪の国』では、法にすら明記する必要の無いほどの『極刑』です。王族であるためエドナは生涯の幽閉で済まされましたが、この子の父親は酷い拷問の末に殺されました」
感情を余り込めず、淡々と説明するシエラ。その黒い瞳には、微かに怒りの火が点っていた。
「それが約13年程前。獄中で独りウェルフェア殿を出産したエドナは、その後衰弱して命を落としました」
シエラとウェルフェアが足を止めた。川の流れる音が聞こえる。そこで、方向転換し上流を目指す。
「……私は、その場に居合わせました。世の目を忍んでエドナへ見舞いに来ていたのです。ウェルフェア殿を保護し、自国へ連れて帰りました」
「なるほどな。それがバレたと」
「!」
ラスが口を開いた。今回の顛末を察したのだ。シエラはまた薄く微笑んだ。
「……その通りです。ウェルフェア殿は獣人族に『汚点』という蔑称で呼ばれています。存在自体が許せないようで。捜索ついでに『羽の国』は滅ぼされました」
「で、虹の大国からの報復を恐れて先手を打つようにレナを襲ったと」
「はい。ウェルフェア殿は彼らにとって『それほど』の存在なのです。何故なら事件が発覚した当時の『爪の国』での内乱で、王と王子が死んだのですから」
「……ああ……なるほど。無茶苦茶だな。『汚点』だが、獣王の血を引くのはもうこの子しか残っていない訳だ」
「その通りです。『血』は獣人族が特に大切にしている繋がりなのです」
「亜人の子なんて産むもんか」
「!」
ウェルフェアが呟いた。彼女は自身の出自を正確に理解しているようだった。
「女の人は良いよ。でも亜人の男は皆大嫌い。特に獣人族と森人族。私を見付けただけで『凄い顔』するんだから」
「……?」
「ウェルフェア殿は人と獣人族の、本当の意味での『混血児』。その容姿は、先程の話でもあった通りとても珍しい。それは亜人の殿方をして、『妙な劣情』を催させるようなのです」
「…………」
それから、しばらく沈黙が流れた。……不幸。この場の全員がそうだった。皆、社会から弾き出された者達だった。それでもなんとか、抗い、生きるしかない。
――
「ここです」
到着した。霧の濃い山頂付近。地図上では『花の国』と『虹の国』を隔てる国境付近にある山。魔素が薄く、亜人の近寄らない秘境。
「ここで、私達のチームのメンバーが待っています」
「俺に、用があると言ったな」
「はい。他ならぬ、ラス殿に」
「何故だ?」
「……知っておいて欲しいことがあるのです。これからの【革命】を行う上で」
「…………!」
立ち止まる。川の奥に、崖が見えた。霧で隠され、崖で隠され、亜人の近寄らない場所に。
崖の下に、『人族の遺跡』があった。
「……革命」
ラスが、その言葉の意味をはっきり理解していないかのように呟いた。
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