第24話 クリューソスの魔道具

 亜人には、大気中の魔素を吸収し体内で魔力に変え、魔法として撃ち放つ『器官』が存在する。竜人族で言えば、『竜角』と『竜尾』『竜鱗』。獣人族であれば、その感覚器官と肺がそれに当たる。


 ⑧鎚人族。通称ドワーフ。豊かな体格と低い身長、女性にも生える髭。多彩で細かな魔法と作業を得意とし、多くが鍛冶屋として活躍する。国を持たず、各国に住み着いて武器を造り、売る。ある所では『戦争の根源』と言われる種族。


――


「亜人の気配っ!」

「!」

 朝一番。叫んだのはリルリィ。セシルとウェルフェアが飛び出す。ラスはまだ動けない。レナリアはまだラスにしがみついて眠っている。

「こっち!」

「……この匂い……ドワーフ?」

 リルリィを追ってウェルフェアもそちらへ向かう。セシルは他にも気配が無いか探りながら様子を見る。

「……鉄の匂いだな」


――


 集落の北西。壊滅した側の端、森の方角からそのドワーフはやってきた。

「……こりゃたまげた」

 彼は目を丸くして固まった。人族の集落へ来たつもりなのだが、出迎えたのは『翡翠の鱗をしたドラゴン』だったのだ。リルリィは既に変身していた。その背後でウェルフェア――『獣人族のような人族?』が威嚇している。

「あなた誰?この集落に何の用!?」

 ウェルフェアが叫ぶ。ドワーフの男は困ったように顎を撫でて髭を触る。

「……ワシはとある男の遣いで、武器を売りに来たんじゃ。済まんが通してくれんかのう」

「…………武器?」

「そうじゃ。『革命軍』――【ブラック・アウト】。聞いたことはあるかのう」

「えっ!」

 リルリィとウェルフェアは顔を見合わせた。


――


「ワシの名はクリューソス。生まれは『火の国』じゃ」

 ふたりは、ドワーフの男を集落へ入れた。そしてまず、首長ではなくラスの所へ連れてきたのだ。

「……ドワーフか」

 腕と背を包帯に包まれたラスは、ベッドから起き上がり、座って彼を迎えた。隣に座るレナリアは少しだけ顔が赤い。

「左様」

 白い髪は髭と繋がっており、この場の誰とも似ていない体格をしているクリューソス。その背には、何本もの武器を担いでいる。

「ワシらのボス……【レイジ】という人族の男。奴は人族の中から有志を募り、『軍隊』を組織しておる。今はひとりでも多く味方が必要じゃ。じゃからこうして、各集落へ足を運んでおるのじゃ」

「……レイジ」

 新たな人族の名前。ラスは奇妙な感覚を覚えた。予感していた『人族の一斉蜂起』は、やはり近く行われるのだと。

「ブラック・アウトのリーダーはヒューリだよ」

 すかさずウェルフェアが突っ込む。クリューソスはふむと頷いた。

「都合が良いんじゃ。名を統一した方がな。先にお主らが名乗ったから、レイジは便乗した。『つまり』ワシらは仲間じゃ。人族解放を願う……な」

「俺はブラック・アウトと名乗った覚えは無いがな」

「じゃが、世間ではお主が旗印じゃ」

「…………」

 レナリアは少し怖くなった。怒る人族に武装をさせて集め、『どこで何をするつもりなのか』と。

「武器があったくらいじゃ、亜人との差は埋まらねえぞ」

「勿論。ただの武器ではないわい。全てワシら特製の『魔道具』じゃ」

「!」

 剣と魔法、どちらが強いか。答えは明白である。圧倒的に魔法だ。射程と範囲。このふたつの要因から、剣が勝てる要素は皆無となる。剣では届かない場所から、剣ではどうすることもできない多数の敵に攻撃できるのだから。

「お主、表へ出られるか? 誰か、人も集めてくれんか。『魔道具』を見せよう」

「…………分かった」

 よって、人族は亜人には勝てない。これが摂理だ。だが魔法を擬似的に、誰でも使える方法である『魔道具』があれば、話は違ってくる。

 まずは、話を聞いてみよう。ラスはそう考えた。


――


 集落の中心地。ざわざわと見物人がやってくる。椅子を持ってきて、ラスも座って見物する。クリューソスの見世物を。

「よっこらせ。……ふむ。この瓦礫なんか丁度良いのう」

 クリューソスは先日の襲撃で全壊した家の残骸を見据え、荷物を置いてそこからひと振りの長剣を取り出した。

「……確かに、剣から魔力を感じる。エルフの魔力だ」

「エルフの?」

 ウェルフェアが呟く。ラスは訊きながら、注意深く剣を観察した。その刃の根本に、赤く小さい宝石が埋まっているのを見た。

「……なるほどな」

 クリューソスは、その長剣を構える。そして、力強く振り抜いた。

「ふんっ!」

「!」

「!」

 朝日に負けずとも劣らない強烈な『光』が発生した。


――


「――これが『魔道具』の力じゃ」

「なっ……!」

 家の残骸だった瓦礫は。

 クリューソスの振るった剣の延長線上から【発生した火柱】に巻き込まれ、灰となった。巨大な爆発音と共に、目の前の瓦礫が砕けて散った。

「大体、10回くらいかのう。埋め込んだ『魔石』の魔力が尽きるまで使える。これを振るえば、人族相手に油断しまくりの亜人なんぞ一瞬で木っ端微塵じゃ。……どうじゃ?ワシらに付いてきて【革命】を共にするなら、この剣をやろう」

「…………!!」

 見物人は全員、ラスやレナリア、セシルを含めて固まった。その威力。範囲。どれを取っても最強レベルだ。竜王でさえ見たことのない代物。

「こんな……『兵器』が、何本も?」

 レナリアは恐怖した。これを装備した兵士が攻めてきたら、ひと溜まりもない。変身した竜人騎士団でも対応できるか分からない。

「残念じゃがそう多くは無い。魔石……『媒体』が足りんのじゃ。これは先の『竜の峰』での反乱の際に死んだエルフのもの。竜人やオーガの角でもできるが、稀少でのう」

「……なるほどな」

 ラスとセシルは冷や汗をかいた。

「皆の衆。ワシは明日の朝にこの集落を出る。付いてくるなら。『亜人に勝ちたいなら』。ワシと共にレイジの元へ行こうぞ」

 そう締め括り、クリューソスは長剣を片付けて去っていった。


――


「……魔道具はそもそも、それ自体稀少です。人の身体でしか魔素を変換できない以上、魔力を持つ物体を手に入れることが難しい。それこそ、亜人の死体から採取するくらいしかありません」

 部屋へ戻り。レナリアが説明する。

「だから、私の国では製造を禁止していました。現存する魔道具は、『虹の国』建国以前、200年前までの大戦乱時代に作られた負の遺物だったのです」

「魔物は? 魔法使うよ?」

「……質が悪いのです。だから昔は使われなかった。今では正しい製造方法すら、失われています。『鉄の国』では、まだ造られていると言われていますが」

「なるほどな」

「!」

 ラスは荷物から、大量の『魔石』を取り出した。

「これは……!」

 大森林でエルフを殺して抉り取ったものだ。その数、11個。

「俺の集落の首長が言ってたんだ。エルフを殺したら、必ず抉れと。いずれ役に立つと。……【こういうこと】だった訳だ」

「……!」

 レナリアは口を押さえた。そう言えば、何故抉り取っていたのか知らなかった。貴重ではあるため、売ってお金にするのかと思っていた。

「……それで、どうするんだ?あの様子だと、何人かはドワーフに付いていくだろう」

 セシルが話を戻す。あれを見て、我々はどう動くのか。

「……それを止める権利はねえが、レイジって奴の『人族の軍隊』がどんだけの規模で、いつどこで何をするつもりなのか。それは気になるな。俺達の邪魔になるなら大人しくしといて貰わねえと」

「その通りです。今、竜の峰は凄く不安定です。ここで余計な混乱を巻き起こすのは避けたい。私達は、『アスラハ』と『レイジ』のふたつを相手にしなくてはならなくなる――」


――


「……なんじゃ、お主か」

「……おう」

 集落の端にある丸太に腰掛けたクリューソス。足音がしてそちらを向くと、包帯を巻かれたラスと、杖を突くレナリアがこちらへ来ていた。

「どうじゃ?『魔道具これ』があれば人族解放だけではない。建国すら可能と思わんか」

「…………」

 クリューソスは魔道具が入っている荷物を撫でる。ラスは彼の目の前までやって来て、その場に座った。傍らにレナリアが立つ。

「あんたはなんで、人族に手を貸すんだ?」

「……ふむ」

 ラスの質問に、クリューソスは髭を撫でる仕草をした。

「ふたつ、理由がある」

「それは?」

「ひとつは、レイジに惚れたからじゃ。奴の『男気』は人族にしておくには勿体無いくらいでのう。人族というよりは、奴に協力しておるつもりじゃ」

「……『男気』」

 レナリアが呟いた。その言葉の意味が分からないと言った様子だ。

「もうひとつは、ワシの妹が、『敵』の側におる。それを止めたい」

「妹か」

「ああ。『敵』が雇った傭兵の専属で武器を造っておる。ワシと同じく魔道具の作り方を知っとる」

「その『敵』とは誰だ?」

「まるで尋問じゃのう」

「!」

 クリューソスは髭を撫でながら、穏やかに言った。人族は仲間だが、個人を信用するかは別問題。それはお互い様である。

「『魔石』が10個ある」

「ほう?」

 ラスはクリューソスの前に、魔石を並べて見せた。

 袋に隠されては感知できない微量な魔力を、確かに感じた。

「ほほう。確かに。やはりお主もか」

「ん?」

「『強い人族』は大抵持っておるのじゃ。自らが殺めた亜人族の『媒体』をのう」

「……へえ。レイジもか」

「ああ。じゃが10は多いのう。流石は『失神ブラックアウトのラス』じゃ」

「…………」

 クリューソスはにかりと笑った。広げられた魔石を舐めるように観察する。


「売れ」

「買え」


「!」

 同時に言葉が出た。クリューソスは一瞬だけ目を丸くして、すぐにまたにかりと歯を見せて笑った。

「かっかっか。求めるのは『情報』で良いか?」

「そうだ。お前達の目的、作戦。『いつどこで何をどのように』するつもりなのか。軍隊の規模。その居場所。『敵』について。……洗いざらい教えてもらおう」

「良いのか? それで魔石10個は『安すぎる』ぞ」

「じゃあ、俺にも魔道具を作ってもらおう」

「ほう……?」

 そう言って、ラスが取り出したのは、『エルフの魔石』では無かった。

「……!!」

 レナリアが。はっとして口を押さえた。『それ』は。

「なんと……!」

 光の反射で虹色に輝く金の鱗と。その鱗に覆われた『尻尾』と。黄金に煌めく『角』であった。

「私の……!」

 あの時、失った身体の一部。切り落とされた角と尾。竜人族の誇り。『竜角』と『竜尾』。

 売るか装飾くらいしか使い道は無いと、ラスに預けていた物だった。

「本物か……! 竜人族の『媒体』!」

 クリューソスは驚愕しながら、手に取ってまじまじと観察する。

「許可をくれ、レナ。こいつはあんたのもんだ」

「!」

 レナリアをここへ連れてきた理由。ラスは最初からクリューソスへ頼むつもりだった。

「……いえ」

 レナリアは少しだけ考えたが、答えは決まっている。

「それはもうラスの物です。『報酬の一部に』と、貴方が言ったのでしょう。私に許可を得る必要はありません」

「じゃただの質問だ。『これで出来た魔道具で俺は敵を殺す』。あんたの気分はどうだ?」

「…………」

 沈黙の後、レナリアは小さく息を吐いた。答えは決まっているからだ。

「貴方の力になれるなら。私の身体のどこでも使ってください」

「!」

 少しだけ頬を紅潮させ、柔らかく微笑んで答えた。今日は酔っていない。だからラスは、『分かっていながら』彼女に直面して少しはにかんでしまった。

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