第50話 角折れた竜王と最弱種族の男

「大丈夫ですよ」

「……けどよ」

「誰も見てませんから」

「…………」

「さあ」


——


——


「墓か」

「ええ。レイジ陛下の提案で。『皆』のお墓を、この峰の麓に建てようと。……慰霊碑というものです」

 生き残った全員で、手を合わせた。戦いで死んだ者へ。敵も味方も関係無く。人族も亜人も関係無く。

 全ての命へ、【祈る】。これからの時代への礎となった、全ての命へ。

「…………」

 静かに。皆が死者を想っていた。親を。兄弟を。友を。恋人を。

「失った命を嘆くのは、その日の晩だけ、でしたっけ」

「いや」

 レナリアが、少しだけ悪戯っぽく訊ねた。ラスはすぐに否定した。

「もう、そんなに急ぐ必要もねえ。これからは好きなときに、祈れば良いと思うよ」

「……そうですね」


——


——


 少し遡る。

 それは、彩京の街を行くウェルフェアの耳に入ってきた。

「——あのラスという人族と女王様は、関係を持っているのか?」

「馬鹿な。女王だぞ? ていうか、人族だぞ? ……って、もうこの言い方は駄目か」

「!」

 ウェルフェアは立ち止まり、振り返る。だがもう、誰が言ったのかは分からない。人混みに吸い込まれていってしまった。

「……そうだよね。結局……」

 レナリアは女王だ。街の女のように、軽々しく男を作る訳にはいかない。【ましてや人族など】。

 結局、一時の旅の、儚い【勘違い】である。ヒューリとシエラのようにはいかない。それは、誰からも望まれていない。

 ウェルフェアは、ひと言呟いた。それでも、応援したかった。確実に、自分の求める『幸せ』へ向かう形のひとつだと思ったからだ。

「……レナ様は、やっぱり王宮かな」

 聳える宮殿へ、自然と向かう。真意を確かめねば、この国を出られないと考えたのだ。

「おじさま、ちょっといいかな」

「……あー? ったく。好きにしろよ」

「ありがとう」

 許可を得ると、風に乗ってあっという間に駆け出した。

 残されたヴェルウェステリアは欠伸をひとつ。

「……はぁ。難しく考えすぎなんだよ。欲しいなら力付くで手に入れろよ。『竜王』の癖によ。男なんざ何人侍らそうが構わねえじゃねえか」

 その豪快な呟きに、返ってくる声は無かった。


——


——


 全てを終えて。

「——じゃあ、これで俺の仕事は終わりだな」

「ああ。済まないなラス。ありがとう」

「ええ。お疲れ様でした。後は私達に任せて、ゆっくり休んでくださいね」


——


 ラスはひとり、『雲海の岬』で佇んでいた。

 終わった。

 これで、念願の『人族の国』は出来る。それ自体の軌道には乗った。後は細かいところを詰めていくだけだ。

「——……ふぅ」

 深く息をついた。崖に沿って、何とはなしに歩く。

「……ファン」

 呟いた名前の人物は、この世にはいない。そう言えばアスラハも最後に、誰かの名を呟いていた。

「——こんな所に居たのですか」

「ん」

 透き通る声。自分を探して、追いかけてきた声。

「……綺麗でしょう?」

「…………あんたが?」

「ち。……違いますよ。もう」

 手を広げて合図する。ラスは気付かなかった。いつの間にか、足元には沢山の花が咲いていた。

「冬でも関係無く、凛と咲くレナリアの花畑。眼下には——ほら。今日は霧が薄いから、よく見えます」

 そう言われ、崖の下を覗く。すると『世界最大の文明都市』を、贅沢にも一望できる。

「私の大好きな『秘密の場所』です」

「……そうか」

 嬉しそうに語るレナリアを見て、ラスも綻ぶ。眼下——『和の国ができる方角』を向いて、どさりと腰を下ろした。

「……疲れた」

「ふふ」

 手を突いて空を仰ぐ。確かに今日は霧が薄い。青い空がどこまでも澄み渡っている。

 レナリアも彼の隣に座った。

「……ここまで、全力疾走だったな」

「ええ」

「確かに、ああ。ちょっと疲れた。後はレイジに任せて、休ませて貰おうと思うよ」

「ええ。では」

「『では』?」

 ラスはそこで、初めて彼女へ振り向いた。

 彼女はもう、『準備』をしていた。埃を払い、ぽんぽんと叩く。

 『自らの膝を』。

「どうぞ。……休んでくださいな」

「え」

「大丈夫ですよ」

「……けどよ」

「誰も見てませんから」

「…………」

「さあ」

 ラスは。

 抗えない。知ってしまっている。固い鱗に覆われた竜人族の、柔らかい『それ』を。


——


「……多分さ」

「はい」

 空が見える。その手前には彼女の、太股より柔らかい、小振りの胸も。ラスはぼうっと、ほぼ何も考えずに見る。

「俺、あんたの事好きだぜ」

「!」

 唐突に告白されて。

「……ぷっ」

「ん」

 レナリアは可笑しくなってしまった。

「『多分』とは何ですか」

「……んー。あんまりさ、自覚は無いんだ。どこかおかしいかも知れないけど。でもあんたの為なら、命だって懸けられる」

「それは……」

 人族の大願の為、そうだっただけだろう。レナリアはそう思う。

「今でもだ」

「!」

「俺の。あんたの。人族の目的が果たされた今でも。俺はそう思う。怪我して戦えないから守りたいし、あんたの敵は俺の敵だ。……そう強く思うよ」

「…………」

 今まで、彼から気持ちを伝えられたことは無かった。別に好かれていなくても、彼女は良かった。ただ彼の為に、何かしてあげたかった。

 だが。

「……嬉しいです。ありがとう」

「なんかこんな格好で申し訳ねえけど」

「いいんですよ。ラスは私の膝が好きですからね」

「……あんたが膝に乗せるの好きなんじゃねえのか?」

「まあそれも」

 彼はこの18年間、ずっと『人族』の為に修行をして、自分を削ってきた。結婚適齢期を過ぎようという今でも、女性との交際経験は無い。全てを犠牲に、ただただ『気』を磨いてきた。

 取り換え子同士であるファンという存在も大きかっただろう。彼女が居れば、彼に恋愛は必要なかった。

 それは勿論、レナリアも承知である。だから『良い』のだ。もう。想いの伝え方や雰囲気、形式など。

 『何でも良い』程、彼を好いてしまっている。


——


——


「あっ。居た。レ——」

「おっと待った」

「んが」

 宮殿をさ迷い、ようやく見付けたウェルフェア。だが声を掛けようとした時、不意に口を塞がれた。

「むがむが。……レイジ?」

「今は取り込み中だ。用事なら後にしてくれよ」

「どしたのさ。……あ」

 彼女も気付いた。

 花畑に座るレナリアの膝に、彼が居ることに。

「何を隠そう、『一番頑張った』ふたりだからな。少しの間の休憩くらい良いだろう」

「……そうだね」

 ウェルフェアは思い出していた。『花の国』で初めて会った時も、確かラスはレナリアの膝で寝ていた。

 結局。

 ふたりは好き合っているのだ。

「ウェルちゃん?」

「リルっ」

 ラスに付いて遊びに来ていたリルリィもふたりを見付ける。ウェルフェアの隣に立ち、それを見る。

「…………?」

 注意深く、見る。

「今はそっとしとこうって」

「え?」

 それを、見て。

「………………?」

 どこか胸の奥が『ちくり』としたことの意味に。

 リルリィが自覚し気付くのには、もう少し時間が掛かるようだ。


——


 だが今は。

「……ラス?」

「…………」

「……寝てしまいましたか。やはり私の膝の具合は抜群ですね」

 今だけは。

「……ラス。貴方は何故、人族として生まれてきたのでしょう。私は何故、竜人族の王として生まれてきてしまったのでしょう」

 決して、結ばれはしない。そんなことはお互いに分かりきっている。

「……このまま、ずっと眠っていても良いんですよ」

 だが、この束の間だけは。

「…………ねえラス」

 レナリア・イェリスハートは、この青年の恋人で居たいと願った。


——


——


 我々の知らない世界の話。

 空を飛ぶ種族と、視点を変える魔法により、彼らは早い段階で『地上は丸い』と知った。『星』という概念ができ、彼らは大地が有限だと理解した。


 古来より生物は、同じ種族同士で集まって暮らした。

 規模の単位は通称、集落、村、町、都市、国。

 ここに、世界最大の人口を持つ国がある。名は『虹の国』。由来は、「色々な種族を受け入れる」という意味が込められている。

 世界は、この虹の国を中心に回っていた。歴史もまた同じ。


【虹の暦201年】


 この年の初めに。歴史的にも世界的に名を馳せることになる、新たな国が誕生した。その国はとある種族を中心に建てられた国だ。

 その種族は。角も無く、翼も無く、魔法も扱えない、奴隷と蔑まれた——最弱種族。何故、そんな種族が国を建てられたのか。


 社会を変革させた建国の立役者として後世に名を残すのが。

 角の折れた竜王と、ひとりの最弱種族の男である。

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BLACK OUT ~ 角折れた竜王と最弱種族の男 弓チョコ @archerychocolate

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