第33話 行動開始

「整理するぞ? 局面は、ふたつだ」

 レイジが2本、指を立てる。

「ひとつが、『竜の峰』の麓。獣王が率いる『爪の国』の獣人族達の軍隊が攻めてきてる。今は俺の部下や竜人騎士団が食い止めてるが、このままじゃ押し切られる。俺は一度そこへ戻り、獣王を倒すつもりだ」

「……!」

 王とは、その国で一番強い者を指す。それと戦い、倒すと。『最弱種族』の男が言うのだ。だが誰もそれを馬鹿にはしない。そんな者はこの場に居ない。この男レイジは、それをやってのける『可能性』を感じさせる、『革命軍』のボスだからだ。

「もうひとつが、この彩京上空。大型の魔物の群れが都市を襲っている。住民の避難は完了しているが、初期対応が遅れて被害は出てしまっているな。……暴れられると都市機能が壊滅する。こちらも竜人騎士団が応戦中。そこへはヒューリが行ってくれる」

「ああ。根絶やしにしてやる」

 大型の魔物。それは亜人でさえ丸腰では勝てない、『人族にとっての野生の猛獣』のような生物。魔法を使うモンスター。それが群れとなって押し寄せている。勿論、人族などでは話にもならない。

 だがそんな『分かりきった』ことは誰も口にしない。ヒューリならば、『可能』だと思うからだ。

「……お前達は、どうする? さっきも言った通り、ライル王は恐らく麓の戦争だろう」

「…………」

 ラスとレナリアを見る。当初の予定通りライルとの話し合いを望むなら、彼らもそちらへ行った方が良い。

「いえ。私達は『雲海の岬』へ向かおうと思います」

「!」

 ラスも、麓の戦争へ行こうと思っていた。だが、レナリアの口からは違う言葉が出てきたのだ。

「今、王宮は手薄です。そして、アスラハは雲海の岬を狙っている。獣王と魔物を仕向けて注意を向けさせ、その隙に『岬』へ至るつもりでしょう。ラス」

「ん」

 レナリアはラスを見た。その虹色の瞳に、彼の顔が映し出される。

「そうなれば、世界はアスラハの手に落ちます。それでは全て終わってしまう。まずは脅威を全て退け、それから『対話』をしましょう。……お願いできますか?」

「…………。勿論だ。あんたを『家』まで連れてきゃ良いんだな」

 ラスは頷いた。弟にあれだけの仕打ちを受け、まだ諦めないその瞳に。

 そして戦況を良く見ている、その聡明な頭脳に。

「……確かに、ここへ来てまだアスラハは姿を見せない。『岬』に何があるかは分からないが、そちらは任せよう」

 レイジも承諾した。魔物と、獣人族。そしてエルフやオーガ。それらを従えている頂点が、『魔人族』アスラハだ。彼と対峙する局面が最も危険で過酷だろう。

 しかし。

 ラスには『史上最強の兵器』がある。五分にはなる筈だとレイジは思う。クリューソスの最後の作品であるその秘密兵器は、アスラハにこそ切るべきカードだと。

「……君はどうする? 『爪の汚点』ウェルフェア姫」

「…………」

 花の国までは、ヒューリにくっついていた。『怒り』を、彼に任せていた。

 それから虹の国までは、ラスと旅をした。『幸せ』について、考えるようになった。

 ウェルフェアは。

「私も麓へ行く。……『爪の国』の問題は、私にも関係してる。私が『峰』から離れたら、獣人族の軍隊はもうこの国に用は無いよね。私を追ってる筈だから」

「……そうだが。良いのか?」

 彼女も賢い子だと、レイジは思った。だがそれでも、その選択は危険である。

 肉を欲しがる獣の群れの中に、『肉を持って入って、食われずに逃げ切る』ようなものだ。

「今の獣王って、どうせ王の血族じゃないでしょ。アスラハに唆された奴だと思う。……なんとかしたいって思うのは、変かな」

 ウェルフェアにとって、爪の国は嫌なイメージしか無い。両親を殺し、自分を疎んだ最悪の国。

 だが、それでも。

 彼女の中には、『その国の王』の血が流れている。

 獣人族、それ自体に恨みは無く、寧ろ『仲間である』と本能が告げている。『その国』が何者かに操られているのなら。

 なんとか、したいと。

「変じゃないさ。じゃあ、君は俺と来い」

「うん」

 今度は。

 『未来』を見据えて、レイジの馬に乗った。

「じゃあ、リルリィ嬢。君は——」

「私は無関係だよね」

「!」

 翡翠の髪と瞳。茶色の角。『地竜』リルリィ。彼女はきちんと、自分の意思を相手に伝えることのできる少女だ。

「だから、好きにする。私を『家まで送ってくれる』のは、このふたりだから」

「……!」

 ぴょこんと元気良く飛び上がり、ちょこんと隣に立った。

 ラスと、レナリアの隣に。

「……そうだな。それが良い」

 店を出る。3人は、それぞれ別の方向へ。

「……俺は?」

 フライトが訊ねる。

「お前は待機だ。ハンナ嬢と、シエラ姫を頼んだぞ」

「……分かったぜ。ボス」

 レイジの指示に、フライトは敬礼で答えた。

「むっ。フライトのリーダーはヒューリでしょ」

 それを見て、頬を膨らませたウェルフェア。

「別に構わねえよ。ああいう『潤滑油』は集団に必要だ」

 だがヒューリは気にしない様子だった。


——


「——じゃあ皆、武運を祈る」

「「おうっ!」」

 駆け出した。それぞれの戦場へ。誰ひとり、振り返りをせず。

 その一部始終を見ていたハンナは、『人族』という種族について、見方を大きく変えることになる。


——


「これ、乗ってって良い?」

「!」

 レイジは、自分の馬に彼女を抱き上げようとしたが、彼女は来なかった。

 ウェルフェアは、隣の馬にひょいと跨がった。フライトが連れてきた馬だ。

「その歳で乗馬ができるのか」

 それを見て、驚くレイジ。

「ラスに教わったから」

「……なるほど」

 目を丸くするレイジ。

「…………レイジってさ」

 ウェルフェアは、先程からなんとなく彼に感じていたことを、ようやく言葉として見付けた気がした。

「多分さ。私を、『爪の汚点』『混血児』としてしか見てないんじゃないかな」

「…………!」

 ゆっくりと、伝える。レイジは彼女の話の途中で気付いた。

 礼を失したと。

「ヒューリに『気』を。シエラに『魔法』を。ラスに——……。皆に。色んなことを教わって、学んで。悩んで。考えて。自分の意思で、今ここに居るんだよ。決して、『人族の革命に役立つから連れてこられた』訳じゃない。『羽の国』からここまでの旅は、『私の旅』でもあるから」

「……ああ」

 そうかと。レイジは申し訳なく思った。無意識に、彼女達を軽視していた。リルリィも、このウェルフェアも。

「済まなかった」

 付いて来い、ではなく。

「行こう」

「うん。大丈夫。レイジも良い人だね」

「……ありがとう」

 ふたりは一路、竜の峰を駆け降りる。


——


——


「——見せてやろう」

 魔法とは。この世界に於いて自然に発生する現象を『再現』する方法のことだ。

 だがこの世には、【まだ】ある。

 魔術。魔法を研究し、理を追求して発展させた高等技術。

 魔法に関する叡知が集められ、研究された最新技術。

 それを扱える者は、世界でも指折りである。


 空が銀色に光った。

「……<レスピーロ>」

 そんな呟きは、魔物には聞こえない。

 やがて、雲を貫いて球状の物体が落ちてくる。それは重力による加速で、【魔物の身体を穿った】。

「!!」

 魔物は呻くこともできずに絶命した。

 それを見た『賢い』魔物達は、空を見上げる。

「……!」

 『銀色の球体』が、空を覆うほど大量に『降って来ていた』。

「どうだ」

 避けられはしない。次々と、巨躯を誇る魔物達が墜とされていく。

「竜人騎士団は。……貴様ら魔物とは別格の強さだろう」

 几帳面に真ん中で分けられた銀色の髪。そこから覗く、水色の竜角。

 『銀竜』セシルは変身を解き、その魔術を行使していた。

「——これで南部は完了か」

 やがて目の前の魔物は全て倒れた。セシルは息を吐き、辺りを見回す。

「セシル殿っ!」

「なんだ」

 すると部下がこちらへ報告に走ってきていた。

「救援要請です! 彩京南西部で被害甚大っ!」

「……承知した」

 魔術は、魔法よりも消費する魔力が多い。この戦闘でセシルは消耗している。

 だが今、魔物と対峙し無傷で制せる者は騎士団長か、彼女くらいだ。

 セシルはゆっくりと、だが急ぎ足でそちらへ向かった。


——


 その後、『竜の峰』の麓では。

 彩京から全速で駆け降りたレイジとウェルフェア。草原へ出た彼らはすぐに、現状の戦況を知る。

「……押されてる……?」

 ウェルフェアが、不安そうに呟く。大勢の獣人族の兵士が、人族の戦士を殺している光景が目に飛び込んだのだ。

「——仕方ない。行こうウェルフェア。俺達が活路となる」

「分かってるけど……魔道具は? あれがあれば負けないのに」

 ウェルフェアは、レイジ達のチームがクリューソスの魔道具を持っていると知っている。なのに押されているこの状況に理解が追い付かないのだ。

「勿論、多くの戦士に持たせてある」

「じゃあなんで」

「『使用限界』だ」

「?」

 だがウェルフェアは、200年前に失われた技術である魔道具というものについて、詳しい訳ではない。

「魔道具は魔法を再現する道具だ。つまり使用には魔力が要る。亜人が使うなら再度魔力を込めれば良いが、俺達は人族だ。初めの魔力が尽きればもう使えない」

「!」

 戦いが長引けば長引くほど、人族にとって不利になる。魔道具ひとつ取っても、人族には全てがリスクを伴う。ここへ来て徐々に、魔道具の魔力が尽き始めていた。

「レイジ!」

「!」

 馬を駆るふたりへ、大声が掛かった。ウェルフェアは慌てて馬を止める。

「クリューソスかっ!」

 レイジも叫ぶ。そこには樽のような体躯をした、ドワーフの男が立っていた。彼も既にボロボロである。

「どうするんじゃ!? もう持たんぞ! ラスはどこじゃ! 『輝竜刀』があれば……!」

 捲し立てるクリューソス。だがレイジは落ち着いて答えた。

「ラスは王宮だ。ここには俺とウェルフェアが来ただけだ」

「なんじゃと!? それでは……!」

 クリューソスはウェルフェアを見る。たかが小娘ひとり増えてどうなるのか。そんな目で彼女を見る。

「大丈夫だクリューソス。あの軍勢全てを相手する必要は無い。——局面はここだけじゃないな? 獣王は」

「奴は恐らくもっと西に陣取っておる!」

「竜王ライルが降りてきた筈だ」

「なんじゃと!?」

 レイジは西の空を見る。予想通り、『雷雲』が掛かっていた。

 竜王と獣王は、あそこに居る。

「どうにか耐えてくれクリューソス。俺は獣王を討ちに行く」

「単騎でか!? それは無茶じゃ!」

「違うさ」

 レイジはウェルフェアを見た。頼りにしている目で彼女を見た。

「正面突破だ。どうする? ウェルフェア」

「!」

 その言葉に、クリューソスは目を丸くした。

「——当然。『魔力』も『気力』もばっちりだよ」

 彼女の赤い髪が揺れた。

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