第34話 月の眼の黒竜

「リルもあんな魔法を使えるのか?」

「んーん。あれは王様の魔法だから」

「なんだそりゃ」

 広場へ戻り、瓦礫を渡って門を潜り。ラスとレナリアとリルリィは、王宮のある『雲海の岬』に繋がる長い階段を登っていた。レナリアは、ラスに背負われている。

「種族適性、というものがあります。竜人族なら変身魔法。獣人族なら身体強化の魔法、と言ったように」

「得意な魔法か」

「その通り。それが、竜人族だと他にもうひとつある、と言った感じでしょうか。民族……『竜の種類』の違いによる特性が」

「確か……『輝竜』だったか」

 リルの説明に、レナリアが補足する。

「はい。『輝竜』の私やライルは蓄積魔力量が多く、それにより『雷の魔法』を使うことができます」

「リルは?」

「私は『地竜』。特に魔法は無いよ」

「ですが翡翠の鱗は、魔法による攻撃に対する防御に秀でています。先程の弟の雷も、それにより防いだのでしょう」

「……『鉄の国』で、獣人族の魔法も防いでいたな」

 思い出す。あの時は怒りであまり周りは見えていなかったが、確かに風の魔法を防いでくれた。

「……うん。だから、守るのが得意なの。魔人族の魔法だって跳ね返しちゃうんだから」

 リルリィが拳を握って自信に満ちた表情を浮かべる。ラスはそれを、頼もしく思う。

「ああ。……じゃセシルは? ふたりとは違う民族? だろ」

「彼女は『銀竜』。魔力感知の範囲が狭く、鱗が重いので動きもやや遅くなります」

「欠点じゃねえか」

「ですが、唯一『翼のある竜』に変身できます。翼人族以外で飛べるのはこの民族だけ。飛行能力は汎用性が高く、とても貴重な民族なのです」

「なるほどな。種族として飛べるのは翼人族だけだが、例外はあるってことか」

「……あとは、『赤竜』『泉竜』『珀竜』。合わせて6種類ですね。獣人族よりは少ないですが、この『適性』や『特性』を知ることは、戦闘に於いて非常に重要です」

「ふむ。魔人族の魔法はなんなんだ?」

「…………」

 ラスの質問に、レナリアは口を止めた。彼女はしまった、と思った。ここまで説明しておいて、『意味が無かった』のだ。

「……彼らには、種族適性はありません。全ての魔法を使うことができます」

「…………。そういや言ってたな」

 彼らは以前、魔人族と遭遇している。その時は『催眠術』も効かず、為す術なく敗北してしまっている。

 岬にアスラハが現れたとして、勝てるのか。ラスは一層気を引き締め、階段を上がる。


——


 しばらくすると、広い空間に出た。階段は終わり、切り立った崖が見える。冬の冷たい風が3人を撫でた。

「……ここか」

 一際異彩を放つ、大きな建物があった。レナリアの鱗のように輝く厳かな瓦の敷かれた屋根が乗る、彩京で最も大きな建物。

「わ。……綺麗」

 リルリィが声を漏らした。その翡翠の瞳が白金色にきらきら閃いている。

「『輝竜殿』。私の実家です」

「ああ……」

 地面には砂利が敷かれていた。向こうに池も見える。


——


「『滑稽だ』と思ったか?」

「!」

 不意に声がした。宮殿の奥からだ。ラスとリルリィは身構える。

「派手な建物も、民に見せ付けなければ意味が無いと言うのにな」

 声の主。黒い外套に身を包んだ男が姿を現した。

「……それは昔の話でしょう。今は正月と夏に一般公開していますよ。……ルクスタシア」

 レナリアが男を、苦々しく見る。まるで出来れば、このような形で対峙したくはなかったかのように。

「誰だ?」

 ラスが訊ねる。レナリアは少しだけ考え、口を開いた。

「……宰相のルクスタシア・アンドレオ。王が有事の際にここを離れても、手薄にならないように『居る』役目の者です」

 灰色の髪に黒い角。ラスは初めて見る竜人族の種類だと思った。

「……『何竜』だ?」

 また。

 レナリアは後悔した。

「……先程の、『6種類』の話は忘れてください。彼はそのどれとも違う。例外なのです」

「例外……」

「久し振りですねルクスタシア」

 行く手を遮るように立ち塞がった黒衣の竜。『敵対』しているのは一目瞭然だった。

「世俗を離れ、己の魔法を極めるために修行を積む。するとそんな『はぐれ』の竜は、黒く染まるんだ。『魔力の色』にな」

「うっ……」

「リル?」

 男が手を広げると、何か見えないものに威圧されたように、リルリィが怯んだ。

「やあ人族のラス。私はルクスタシア。虹の王お目付け役の、しがない『仙竜』さ」

 ルクスタシアは半身に構え、戦闘態勢を取った。

「……!」

 場に緊張感が張り詰める。

「待って。話を聞いてルクスタシア。ラスも。私達は今戦っている場合では無いのです」

 レナリアが制止を掛けた。

「はっ。どんな場合だって? 懐かしき『元』女王よ」

 ルクスタシアは、嘲るようにじろりと、白色の瞳で彼女を呑み込まんと見る。

「……魔物の群れと、獣王。貴方が、今のこの国の現状を把握していない訳は無いわ」

「はは。それはどうでも良いな」

「!?」

 渇いた笑いを浮かべた。本当に、心底どうでもよいと思っているように。

「どちらも、所詮雑魚の群れ。『戦闘』となれば、ライル坊やが全てを薙ぎ払って終わりだ。何も心配は無いさ」

「…………そんな」

「そんなことより」

「!」

 それからルクスタシアは、じろりとラスを見た。闇に浮かぶ月のような白い瞳が特徴的だった。

「今、一番問題なのはお前達だ。『人族』。そして『竜人騎士団』。お前達の処理は『戦闘』では解決しない」

「……どういうことだ?」

「『我らが』王ライルに背き、命令を聞かない騎士団。それを唆した人族。……粛清対象だが、お前達は『国民』だ。簡単には粛清できん」

「…………」

 セシルを筆頭に。

 竜人騎士団は現在レナリアの指示で動いている。それに対してなんの措置も取らないライルを不思議には思っていたが、ルクスタシアが『故意』に止めていたのなら納得できる。

 つまり。

「だが、お前だけは別だな。ラス」

「!」

 ルクスタシアの『狙い』は。

「待って! ルクスタシア! 私は、大森林で『爪の国』に襲われたのです! それを」

「助けてくれたのだろう?」

「っ!」

 月のように白い瞳が、レナリアの抗弁を切り裂いた。

「……結論から言おうか。『人族の奴隷解放はしない』。さあ、脆弱な軍を率いて敗北者の森へ帰れ『魔無し』ども。こっちはお前達と違って忙しいんだ」

「…………」

「どうした」

 ラスはじっと、その瞳を『見』返した。

「どうも、話が合わないみたいだ。『魔人族の脅威』を、理解してないのか。浅慮か過信か。それにレナはお前の主だろう。まずは再会の喜びと、無事の確認じゃないか?」

「………………ふぅむ」

 ルクスタシアはぱちりと瞬きをした。どうやら『会話が成立していない』。その一点のみ、お互い共有したようだ。

「まあ慌てなくても良いか。……ひとつひとつ行こう人族。まず、既に【王はライル坊や】だ。そこの『竜人族未満の人族まがい』は所詮『前王』。大森林での出来事は悲しいが、世間的にはあの時点で『少女王』は死んだことになっている。生きていたとしても、その身体だ。もう『権威まりょく』など無い。つまり私が仕える価値は無い」

「…………」

 ラスは黙ってそれを聞く。『反吐が出る言い分』を。

「そしてアスラハについてだが、『問題無い』。結局はライル坊やに敵わないのだから」

「…………」

 違和感。矛盾。変。

 何かが『決定的におかしい』感覚を、ラスは全身で感じている。この、目の前の竜人族は『何なのか』。目を合わせて会話している筈なのに、それが全く分からない。

「……で、お前の目的は? 【ルクスタシア】」

「優先順位があるんだ。無知の人族。『失神のラス』という象徴は、お前が思っているよりずっと影響力がある」

「は?」

「……私が危惧しているのは、人族が『立ち上がれる』希望を持つことだ。それを防ぐには、お前を公の前で処刑しなければならない」

「お前は何を言っているんだ。魔人族をさておいて俺達を『危惧』だと? 意味が分からねえぞ」

 レナリアも頷く。ルクスタシアの言動はおかしいと。

「……【知らないのか】」

「?」

「いや。なら良い。知らぬまま死ぬのも幸せだ」

 一瞬だけ表情に影を落としてから、振り切ったようにしてラスへ『指先を向けた』。

「!!」

「<ベスパー>」

「ラっ……!!」

 一瞬だけ。

 ラスの反応の方が速かった。知っていたからだ。『その魔法』を。

 勢いよく屈み込み、その『光の弾』を避ける。その体勢のまま優しくレナリアを地面に降ろし、そしてルクスタシアの方へ駆け出した。

「!」

 リルリィは『また』レナリアの護衛に回った。こんな大きな宮殿に、衛兵のひとりも居ないのはあり得ない。いつどこから攻撃をされるか油断ならないのだ。

「無駄だ」

 ルクスタシアは悠然と『目を閉じた』。それだけで、催眠術は効かない。そして失った視覚は、『魔法』と『気』で充分カバーできる。

「何がだ?」

「!?」

 だが、ルクスタシアはラスを捉えられなかった。

 首筋を掴まれた。ラスは既に、ルクスタシアの背後に回っている。

「人族を危惧しているくせに、他の亜人と同じように『侮っ』たな」

「——!」

 思いきり。全力で。

 ルクスタシアの頭を砂利の地面へ叩き付けた。

 竜人族を、殺す気は無い。

 その『気』は、ルクスタシアにも伝わってしまっている。

「……『甘い』な」

 顔面を砂利にめり込ませながら、ルクスタシアが呟いた。

「<エクロール>っ!」

「!」

 それは、変身魔法の発動コールだった。


——


 ——【リルリィが】。

 翡翠の竜に変身した。

「!」

 雲は魔物に掻き分けられ、澄み渡る青空に一点、太陽が輝く。

 茶色の竜角が煌めき、宝石のような鱗に反射する。

「ガアアアアアア!!」

「……リル!?」

「まずいっ! どけ人族っ!!」

 何故今、彼女が変身したのか。彼女の役割は護衛だ。つまり変身する時は、『その巨体でレナリアを庇う必要がある』時。または、『広範囲の魔法攻撃が来た』時。

 リルリィの魔力感知は、ここまでの旅によりそこらの兵士では敵わないほど研ぎ澄まされている。

「アアアアアッ!!」

 爆発。

 リルリィで覆われた空の向こうで、熱と炎の赤色が見えた。

「リルっ!!」

 彼女が何かに襲われた。

 この一瞬ではそれだけしか分からなかった。

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