第46話 残る謎

 暗い、地下道。この奥には、牢獄がある。どんな栄華を極めた、平和な国があったとしても。

 『無敵の国』はありえない。

「……怖えなら帰るか?」

「!」

 カツンカツンと、石を叩く足音がふたつ。声をかけられたそのひとつが、止まった。

 ヒューリは、燭台を彼女へかざした。照らされた影が揺れる。

「…………いえ。問題ありません。行きましょう」

 シエラは努めて、毅然として答えた。頬には冷や汗が垂れていたが、ヒューリは見逃した。


 クリューソスの妹を罪に問わなかったからと言って。

 彼女にもそれが当てはまると考えるのは楽観的すぎる。


「最悪は、俺を止めろよシエラ。ともすりゃ、殺しちまいそうだ」

「……大丈夫です」

「何がだよ。声が震えてる。どっちの大丈夫だ」

「大丈夫、です」

 その奥に収監されている男の名は。


 レイヴン・アーテルフェイスと言う。


——


「……?」

 檻の外に何者かが現れた。男は瞼を開け、それを見上げる。

「よお。久し振りだな」

「!」

 その声。

 忘れる筈は無い。

「——ヒューリかっ!!」

 その目はかっと開き、檻に手を突く。立ち上がり、彼と目線を合わせる。

「……ちっ。貴様……」

 そして彼の肩越しに見えた黒い女性を見て。落胆したようにずり落ちた。

「…………【お父様】……」

 シエラが呟いた。

 この男こそ。

 彼女の故郷『羽の国』を滅亡させた——【手引きをした】張本人にして、元国王。すなわちシエラの父親である。

「……まさか、『紫の国』に居たとはな。革命の次いでだが、一応探していた」

「何の為に?」

「勿論、殺すために」

「はっ!」

 這いつくばるレイヴンは、ヒューリの言葉を鼻で笑った。

「てめえは俺の右腕と。てめえが引き起こした戦争でシエラの右翼を奪った。てめえが『アスラハ一味』とはな。合点は行くが、まさに騙された気分だ」

 この男はアスラハの指示の下、亜人の女性と人族の男性を、『紫の国』に幽閉していた。翼人族の能力は『飛行』。大荷物を効率的に運搬する知識と技術は全種族でトップクラス。アスラハの右腕として動きやすくなるために、『爪の国』に侵攻させ、滅亡させたのだ。

「こちらの台詞だ。『汚点』を隠し連れ去ったのはお前達だ。だから私は、せこせこと働くしかなかった。もしくは——シエラ」

「っ!」

 呼ばれて。睨まれて。シエラは足がすくんだ。

「お前がさっさとこいつの雛を孕んでいれば、『汚点』すら必要なかったというのに」

「——!!」

 そして次の言葉で、全身の血の気が引いた。

「くそが」

「!」

 逆に、ヒューリは頭に血が上っていた。ひと睨みきかせ、レイヴンは失神した。

「……シエラ」

「………………はい」

 ヒューリはシエラへ指示を出す。すると彼女の掌から、冷たい水が溢れ出る。

「!! ぬはっ!?」

「…………」

 それを頭から掛けられ、レイヴンは気絶から立ち直った。

「……よう」

「はぁ……はぁ! ちっ! このガキが」

 レイヴンは自らを見下すヒューリを恨めしそうに睨む。

「……まあ、今日は挨拶だけだ。用はねえよ。じゃあな」

「……死んでしまえ」

「ははっ! 面白い冗談だ」

 ヒューリは。彼らは。別にこの男と会う必要は別段無かった。だが。

 気分が良かった。この男の『様』を見て。心が幾分か晴れた。

 ここで『決別』し、前へ進めるような気がした。

「行くぞシエラ」

「……はい。ヒューリ様」


——


——


 『獣王』と『羽王』を従えた最強の『魔人』。その男を見る為に、彼らはここへ来たのだ。

「……来ましたね」

「陛下……」

「揃ったの」

 灯りは、椅子に座るレナリアを照らしていた。『その牢屋』の前には、既に数人が集まっていた。

 レナリアの脇にラス。隣にウェルフェアと——背後にヴェルウェステリア。

「!」

 突然視界に入った巨漢の獣王に、シエラは一瞬怯んだ。

 そしてレナリアと同じく椅子に座る、片足を失ったドレド。その横にレイジ。

「……お。『弟君』」

「うるさいな。魔法をお見舞いするぞ」

 ヒューリは壁に背を付けたライルを見付ける。

 そして牢屋の正面に、ルクスタシアとシャラーラが陣取っていた。

「フライトは?」

 ヒューリが訊ねた。

「興味ねーってさ」

 レイジが答える。

「おっさんは?」

「……クリューソスのことか? 彼は故郷に帰った。セシル殿は遠慮してもらった。丁度、リルリィ嬢の世話をしてくれている」

「……あの女はいち兵士だからか。で、翡翠の竜人のガキは一般人。……【そういう話】をするわけだな」

「そうらしい」

 ヒューリが、牢屋を覗いた。ラスも目を向ける。

「…………ふん」

 その先には、アスラハが、重厚な鉄の鎖を身体中に巻き付けられた格好で座っていた。

「これからするのは——私も先日知った話なのですが——『世界』と『人種』についての、言わば【答え合わせ】です。この世界で一番の重要事項となるでしょう」

 そして。

 レナリアが、口を開いて宣言した。

「ひとつひとつ。全員の疑問を解消していきましょう」

 同時に、この場の亜人達が光の魔法を使い、部屋を明るく照らした。


——


「まずさ」

 一番に。ウェルフェアが口を開いた。こういうものは彼女が得意だ。はっきりと思ったことを言う性格が。

「アスラハは『全部の魔法を使える魔人族』なのに、どうしてレナ様の『雷魔法』を欲しがったの?」

 当然の疑問である。アスラハの目的が地球への帰還で、その手段として『雲海の岬』にある『舟』を狙っていた。舟の動力として『電力』が必要な為、『輝竜』の『雷魔法』を欲したのだ。

 だが、そもそも魔人族であれば、雷魔法も使える筈だ。

 舟だけ狙えば良い。わざわざ大森林でレナリアを襲撃する必要も無い筈だ。

「——アスラハ。答えられますか?」

 レナリアが牢へ向かって訊ねる。

「…………ちっ」

 闇の奥から、舌打ちが聞こえた。

「魔人族の秘密は『模倣』だ。魔法ではなく、魔力の流れと変化を真似る。だから、みどもが使うには雷魔法を使っている所を『見る』必要がある。だが貴様ら『輝竜』は滅多に人前で戦わない。あの当時のみどもでは貴様らに雷魔法を使わせて尚勝てる実力は無かっただけのこと。ならば奇襲し素材を剥ぎ、魔道具にすれば早いだろう」

 その後に。

「…………!!」

 捲し立てるように、べらべらと饒舌に語った。

「……言ったであろ」

 ぼそりと、シャラーラが呟いた。

「『竜人族』は稀少だと。他の魔人族にも、『雷魔法』を使える者はおらぬ。それほど、お主らは特別なのだ。魔人族は全ての魔法を使える【ようになれる】のだ」

「だからって……!」

「ウェルさん」

 憤るウェルフェアを、レナリアが制した。

「——次です。……前『獣王』ホロウ・ルーガの死には、貴方は関わっていますか?」

「!」

 どこから、アスラハの手の上だったのか。意外かもしれないが、レナリアはそれを知りたがった。

「……回りくどく訊くな。『すっ飛ばして』答えてやろうか」

 アスラハは。

 その質問の意図をすぐに察した。

「……——貴様の『父』を殺したのはみどもでは、無い」

「!!」

 レナリアは。

 一瞬だけ表情を固めて。すぐに元通りになった。

「……そうですか。なら、大丈夫です」

「ジジイは違えぜ竜王。アレは俺んとこのアホが殺した。自分とこの主を王にするためにな」

「!」

 ヴェルウェステリアが口を挟んだ。

「……ていうか、お前も罪人じゃないのか。こっちだろ」

 それを見るライルが、牢を指差した。

「へっ」

 ヴェルウェステリアが笑い。

「ごめん」

「!」

 ウェルフェアが謝った。

「……ウェルフェア、さん?」

「私が、レナ様にお願いしたの。だって。私ひとりじゃ無理だと思ったから」

「……!」

 空中分解する『爪の国』を建て直すには。獣人族達を従わせるには。強力な力が必要だ。ヴェルウェステリアは敗北したが、しかし最強の獣人族である。ウェルフェアより、王としての知識や『やり方』を知っている。

「……だけど、こいつは姉さんを——」

「良いの。ライル。私は彼を『許す』ことで、この事件を決着させたいのよ」

「…………!」

 初めの。レナリア襲撃は。アスラハに唆されたヴェルウェステリアが部下に命じて、行ったものだ。

「勿論、無償ではできないけれどね」

「ああ。俺はアンタとウェルフェアにゃ一生逆らわねえ。それは誓うぜ。腐っても『狼毛』の誇りに懸けてな」

「…………」

 ライルはもう何も言わなかった。納得はしていないが、被害の当事者であるレナリアと、ウェルフェアが言うのならば自分からは何も無い。

「責任を、全てみどもひとりに押し付ける訳だな」

「【当たり前】でしょうアスラハ。貴方が最も悪い。そして改心の余地が無い。反省の態度も見えなければ、協力的でもない。逆に、貴方を槍玉に挙げれば他全てが丸く収まる。私は【その為】に、貴方を生かしたのです」

「!」

 レナリアが被せるように口を挟んだ。ラスも見たことのないような強い口調で責める。

「……女王の台詞とは思えないな」

「構いません。私は完璧な理想をただ吼えるだけの『少女』ではありませんから」

「…………ふん」

 これを。

 魔人族の魔法の秘密と、ヴェルウェステリアへの処置。そしてアスラハの立ち位置。これを明確に発表し、この場の全員に共有することが、今回の目的だった。

「さあ他に、訊いておきたいことはありますか?」

「あ。じゃあ——」

 その日。

 一番満足して帰っていったのがドレドであることは、また別の話である。

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