第45話 彼の夢

 翌日。

「旧暦『7320年』の年明け。『元旦』、であるの」

 シャラーラは腕を組み、空中に浮いて待っていた。

 夜の内に雪は止んだ。だが時々都市を巡るように吹く風は、見物人の耳や鼻、手足の先をぴしゃりと叩いていく。現在まだ、陽は昇り切っていない。

「……流石に『全種類』居るわ。魔人族やつがれを含めての」

 この日と夏にのみ一般解放される、『雲海の岬』。戦闘の傷痕が未だ残る王の宮殿『輝竜殿』前の、砂利が敷かれた広場。そこには、あらゆる『人』が押し寄せていた。竜人族など国民から、他国の記者達がずらりと並んでいる。誰もが待っていた。死んだとされていた『麗しき少女王』の登場を。


——


 人々が、峰を見上げる。『竜の峰』。剣のように猛々しく、だが鋭い山。岩肌を切り拓いて建てられた、天空の『舞台』。あの広場の元処刑台ではなく、それより遥か高みに存在する『舞台』。

 輝竜殿の2階にある、『廻縁』と呼ばれる場所から。

「!」

 そこに立つ、ひとりの『女性』。

「来た!」

 広場がざわめく。

「レナリア様……!」

 まるで天の遣いに祈りを捧げるかのように見上げる。

「……おい、『竜角』が無いぞ……?」

「あれ、この前ライル王に処刑されそうになった人じゃない?」

 広場がどよめく。変わり果てた『少女王』の姿を見て。

 杖を突く王を見て。

「…………大怪我じゃないか」

 辛うじて、なんとか、帰国したのだと思った。


『…………』


 レナリアの声は、拡声魔法により竜の峰全体へ放送される。人々は固唾を飲み、彼女の言葉を待つ。


『……「約4ヶ月」』


 静かに、語り始めた。何処までも透き通る綺麗な声で。


——


『ですが私にとってそれは、何年にも感じる濃密なものでした。他国への訪問経験の少ない私にとって、「大森林」からここまでの「旅」は正に「外の世界を見て回る旅」。様々な……。本当に様々な物を「見て」来ました。


 私は必ず、ここへ帰って来なければなりませんでした。世界の為、皆様の為。何より私自身の為に。この旅で得た『モノ』を持って帰らねばと。

 王として使命を果たさねばと。


 そうして。

 今。

 ボロボロに傷付いたけれど。


 私は帰ってきました』


——


 人々は驚愕した。女王の痛々しい姿に。だがしばらくすると、彼女が『強くなった』ことを理解できた。

 だから、彼らは声援を。歓声を挙げた。


 ——我らの女王よお帰りなさい、と。


『……さて、私はここで、あるひとつの「宣言」と。ある「人達」を紹介しなければなりません』

 彼らの注目が、さらに強まった。巷では既に話題になっている。

『私を「助け」「救い」「手を引き」「背を押し」てくれた——【友人】達です』

 そんな——


 最弱種族人族が、居ると。


「!」

 女王の背後から現れた。王宮に【居た】のだ。本来、催事以外に他種族など立ち入りの許されない神聖なる輝竜殿に。


 3人の男達。

 黒人種のレイジ。

 白人種のヒューリ。

 そして黄色人種のラス。


 3人の中心には、ラスが立っていた。レナリアは一歩横にずれ、彼を隣に招く。


『……——』

 今全ての視線が、最弱種族の男に向いた。

『……そう……す。……れで……』

『あー……のか? ……っか』

 ぶつぶつと、何か声が響く。どうやら拡声魔法について訊いているようだ。


——


『あー。……あー。よし』

 ラスは、今一度その光景を目に焼き付ける。

 人族。竜人族。獣人族。エルフ。ドワーフ。オーガ。翼人族。丘へ出た魚人族。そして魔人族。

 全ての人種が揃っている。言わば『世界』が、彼を見定めている。

 世界最大、竜人族の王を救った英雄を。世界の均衡を破らんとした魔人を討伐した戦士を。

『……俺には——』

 第一声。

 それを目の前にして、彼が語るものは。

『——夢がある』

 民衆は、静かに聴いている。

 彼の脳裏には、リルリィと。子供達の姿。レナリアと、『理想だ』と話した光景。


——


 いつの日か。

 今はまだ、難しいと思う。

 だけど。

 いつの日か——俺達【人族】の子らと。

 あなた方【亜人】の子らが。


 共に外で遊び。

 陽の暮れる頃に帰ってきて。

 共に手洗いうがいをして。

 同じ食卓に着き。

 共に手を合わせて。

 暖かい夕食の時を過ごす——ことだ。


 先のいくさで、俺達人族の持つ武力と信念を。そして竜王と同じように世界を憂う気持ちを証明できたと思う。俺達は魔法は使えないが、それでも戦えるし、生きていける。あとは、協力者が必要なんだ。


 もう、俺達の仲間が、誰も悲しまないように。


——


 そこまで言って、レナリアが前に出た。

『私は。「虹の国」第7代国王の名において。——【奴隷解放】を、宣言します』

「——!!」

『さらに——……』

「「おおおおおお!!」」

 宣言した。

 瞬間に、広場は。否、『竜の峰』は沸いた。

 10万ではきかない『人族』が。たったひと言。竜王レナリアの、種族の悲願であった『そのひと言』に。

 待ちに待ち望んだ、『それ』に。

 次の言葉が掻き消されるくらいに、歓声が挙がった。

 ここまで来れば予想はしていた。その情報は、噂は出回っていた。寧ろ、『そうせざるを得ない』だろうとまで言われていた。

 国王が救われては。それを公表してしまっては。もう奴隷などとは扱えない。当然だ。

『——……えー。……まずは彩京から。そして順次、国中の奴隷を解放します。奴隷商人には新しい仕事を。元主人には補償を。元奴隷の方には——望むのなら、全うな仕事と住居を。それぞれ用意があります。詳しくはまた文書にて公表します。さらに』

 レナリアの説明に耳を傾ける。その『対応』に、何がなんでも奴隷を解放するという強い意志が感じられる。

『——俺達は「虹の国」の庇護の下、「国」を建てることになった』

「おおおおおお!!」

 また、沸いた。

 遂に。

 終に。

 彼らに安息の地が訪れる。

『——この新しい国は、誰でも受け入れる。元奴隷の人族は勿論、他種族もだ。西の大国にはまだ、亜人が亜人同士で奴隷にしている文化もある。「弱者の逃げ込み先」として、この国はある。……これから増えていくだろうが、法律はまずひとつだ』

「おおおおおお!!」

 ラスの声は、峰を飛び越え、文字や別の人の声となり、世界を巡る。

『誰も恨まねえことだ。【俺達弱者】が許さねえと何も始まらねえ。元主人そいつ個人は憎んでも、亜人全部は恨むな。だってよ、俺達に協力してくれる【レナリアこの人】は、良い人だぜ?』

「おおおおおおっ!!」

「レナリア! レナリア!」


「ら、ラスっ! 自己紹介と『国名』! 忘れてますっ!」

『……あ』

 気付いたレナリアが小声で伝える。はっとしたラスの声も、拡声されてしまっている。

『……俺は人族のラス。そして、「国」の名は——』

「……ラス、国王」

 誰かが呟いた。

「おおっ!」

「ラス王!」

「英雄王だっ!」

「わあああああ!」

 波紋は渦となり広場を巻き込んだ。誰もがラスを讃えた。

『……ちょっと待ったあんたら』

「!」

 だが。

『王は、俺より適任が居るだろ。あんたら「革命軍」を、今日まで指揮してた「隊長」が。俺はぽっと出だよ——なぁ』

 全員が。

 ラスから視線を離した。

「——!!」

 はっとした『音』が聞こえるようだった。

 ここに集まった人族は。

 誰を目印に集まったのか。

『初代【王】。任せられるのはあんたしか居ないって、俺も。皆思ってるぜ——レイジ』

「!」

 受けてレイジは。

 民衆を見下ろした。

「レイジ——っ!」

「レイジ様っ!」

「王様だぜ! あのレイジがっ!!」


「…………皆」

『……あんたも何か宣言するか? 王様』

 そして、ラスが一歩退いた。

『…………ありがとう』

 そのひと言から、彼の声を拾う魔法。

『俺がレイジ。革命軍【ブラック・アウト】のボス。だった。……だが革命は成った。為せた。俺はこれから、皆と手を携え、今度は【国】の、ボスになろうと思う。……付いてきてくれ』

 最後に。

『……良いか? 発表するぞ。国の名は——』

「!」

 この瞬間だけは。レナリア、レイジコールに沸いた人族も。

 固唾を飲んだ。


——


『——【和の国】』


——


 一晩。いや——大森林を出て、この国へ着いて。ずっと考えていたこと。その名。

 和、という『信念』が。彼の心に刺さった。

 まさに。

 彼の夢だった。

「「おおおおおおおおおっっ!!」」

 今日一番大きな歓声が挙がり。

『……本日より! 新たなる年明け! 「虹の歴201年」です!』

 忘れかけていたレナリアが滑り込ませた宣言と共に。

 『儀式』は終わった。だが興奮は、しばらく冷めやらなかった。

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