第47話 人族と亜人の友好の証

「……大丈夫かな」

 ぼそりと小さく漏らした。だが獣人族である彼にはしっかりと聞こえた。

「あのな。お前は色んなことを心配しすぎだ。気が多いっつーか。ホラ行くぞ。俺らは俺らでやることがクソ積みしてんだからよ」

「でも、人族には『宗教』が……」

「知らねえよ。問題ならあいつらでなんとかやるだろ」

 ウェルフェアはあとひとつ、気になることがあった。人族を国として纏めるにあたって、ひとつの懸念が。

 『あの』麓での戦いで、『まとも』に見たのは彼女だけだった。あの狂気が人族皆に宿っているなら、何か『危ない気がする』と、ウェルフェアはそう思うのだ。

 いつかどこかで、失敗しないかと。


——


——


「——じゃあこの『草原』は借りて良いんだな」

「ええ。『竜の峰』と『湖』の中間地点。ここなら流通アクセスも便利ですし、丁度何もない土地でした。さらに人族の集落がふたつあります。西には森もあり、木材も調達できるでしょう」

 地図を開いて、レナリアが説明する。相手はレイジとラスだ。王宮内のレナリアの執務室。この場にはルクスタシアも居る。

「……ここしか、無かったのか」

「!」

 国を建てる場所をレナリアから説明され、ラスがそう呟いた。

「おい。無礼じゃないか人族」

 ルクスタシアが立ち上がる。

「……いえ。待ってルクスタシア。彼の言う通りなのよ」

「なん——……。そう言うことか」

 レイジも初めは気付かなかったが、よく見ると。

「……『花の国』に近いな」

「…………ええ。ごめんなさい。でも、うちの領土内で『10万人以上を収める空いた土地』となると——」

 レナリアの『奴隷解放宣言』と。

 ラスの『建国宣言』に対し。

 各国の反応は様々だった。

 協賛する国。沈黙する国。協力の打診があった国。そして。

 真っ向から『反対声明』を出した国。

 その代表が、森を出たエルフの治める『花の国』と、古きエルフ達の居座る『大森林』であった。

「ああ、いや。何も文句はねえよ。ただそう、思っただけだ。注意はしておこうぜ」「そうだな。……『大森林』は、お前の故郷だったよな、確か」

「生まれは『爪の国』だがな。育ちはそうだ。……まあ関係ねえ。あそこのエルフには仲間を何人も殺されてる」

「へえ、俺も『爪』の生まれだ。偶然だな」


——


 何日も、打ち合わせは行われた。綿密に。今麓に居る10万人だけではない。世界から、人族を募るのだ。

「セシル。貴女も行ってくれる?」

「はっ」

 人族は、弱い。いくら国を建てようと、トップが魔道具を持っていようと、それは変わらない。だから、全力で守ると、レナリアは決めているのだ。

「おお、セシル殿に来てくれるなら心強いな。よろしくお願いします」

「……ええ。拝命された以上、全力でサポートいたします。……レイジ【陛下】」

「う。……まだ慣れないな。それ」

 レイジはぽりぽりと頬を掻いた。


——


「そんなに、急ぐの?」

「当たり前だろ」

 既に、『爪の国』の兵は引かせている。皆、王の帰国を待っているのだ。戦争の結果と、レナリアの宣言を受けて、国内では動揺が広がっている。一刻も早く戻り、体制を整えなければならない。

 ウェルフェアは後ろ髪を引かれるような気持ちだった。

「——じゃあ、今日はお前にやるよ。悔いのねえよう『挨拶』してこい。明日出発だ」

「……分かった」

 ヴェルウェステリアは、腐っても王だ。国と国民の様子には敏感である。しかし、今の混乱もウェルフェアが居れば解決できると考えている。

 だが今のウェルフェアにとっては。


——


「……そうか。良かったな」

「え?」

 それを伝えると、ラスは喜んでくれた。

「『証』として、きちんと仕事がある。皆に必要とされてる。お前のお陰で、皆が助かるんだ」

「……まだよく、分かんないや。けど、そうだね。私は『友好の証』として、『爪の国』を建て直して、ラス達の国と繋がりたい」

「ああ。その日は遠くない。——『虹』からも派遣するんだろ?」

「ええ」

 レナリアも答える。

「政治や経済など諸々の『教師』と。必要無いとは思いますが『護衛』も兼ねて。……ね?」

「えっ」

 そして、ウィンクした。その視線の先に。

「…………なんだよ」

 ライルが居た。

「お前も『爪』に行くのか?」

「……そうだよ」

「うん。これもね。私が頼んだんだ。まだライル君とは修行中だし。色々教えてほしいし」

「ほう?」

 ウェルフェアの説明に、ラスは少し楽しくなる。

「……うるさいな。これは僕への罰でもあるんだ」

「罰?」

「……ええ、まあ。対外的ですが。世間は、残念ながらまだライルのしたことを許せない声が多いのです。『留学』という名目で、ある程度の間『虹の国』から離そうと。なら『爪の国』が丁度良いと思いまして」

「うん。ありがとうレナ様。よろしくね、ライル君」

「……まあ、うん」

 ウェルフェアがにこりと笑いかける。ライルは少し恥ずかしそうに頷いた。

「じゃあ、今日で最後だから。その挨拶だから」

「おう。元気でな。しっかりやれよ」

「…………」

「?」

 手を挙げるラスを無視して、ウェルフェアはレナリアの元へ。

「ウェルさん」

「……」

 そして、レナリアへ抱き付いた。

「ありがとう。……レナ様大好き」

「……ええ。私も大好きですよ」

 そして。

「(レナ様もラスと。頑張ってね)」

「!!」

 悪戯っぽく、小さく呟いた。

「ウェルちゃん」

「リルっ!」

 次に、リルリィを見る。もう泣いてしまっている。お別れだと分かっている。いつか来ると。

「ウェルちゃぁん!」

「リル!」

 抱き合った。この世界で。過酷な旅で。

 ここまで仲良くなれた相手と出会えたことは。

 彼女らの人生に於いて最も喜ぶべきことだと。

 お互いが確信している。

「うわあぁん!」

「リル! 泣かないの!」

「だってえ!」

 ふたりとも。

 数分の間抱き合って泣いていた。


——


——


 探し回って。

 次の日である。

「ヒューリ! シエラ!」

「ん」

「あら」

 竜の峰を降りて。彼らは『和の国』ができる草原を眺めていた。

 少しだけ慌てた様子で、彼へ声を掛けたのはウェルフェアだった。

「……良かった。もう行っちゃったのかと思った」

「——ああ。どうしたウェルフェア」

 まだ、彼はここに留まるのだろう。

 恐らくは、『和の国』ができるまでは。

「挨拶だよ」

「なんの?」

「お別れの」

「誰の?」

「もうっ」

 ウェルフェアにとって。ヒューリは『兄』のような存在だった。アーテルフェイスの奴隷ではあったが、ずっとそんな関係で育った。『羽の国』が滅んでも、ずっと一緒に居た。

「ふふっ。相変わらずですね」

 シエラがころころと笑う。

「もう行くからっ。もう、最後なんだから」

「……そうか」

 ウェルフェアの乗ってきた馬には、既に旅荷が括り付けられている。

「……元気でな」

「!」

 気を。彼から教わった。それは人族としての『気概』や『気持ち』『気合い』『心意気』。……彼の『人生観』だった。生き方を、教わったと言っても過言では無い。

 ウェルフェアはその言葉で、涙ぐんでしまった。

「……なんだよ」

 表情を少し崩したヒューリ。ウェルフェアの様子を見て、彼女へ歩み寄る。

「……なんでも……!」

 ずっと一緒に居た。一時は離れても、1ヶ月ほどだった。

 もう、この挨拶が終われば。

 数年は——否。

 一生会わないかもしれない。

 遠く離れた相手と通信する手段はこの世界には無い。そして逐一、自分の居場所を伝えるほどまめな性格でも無い。

「!」

「……『女王』か。偉くなったもんだな」

 彼女の頭に手を置いた。

 慣れた手付きで撫でる。

「……馬鹿にして。大変なんだから……っ」

「馬鹿にしちゃいねえよ。応援してる」

「……ほんと?」

「ああ。お前をここまで連れて来れて良かった。『証』として、人族の助けになってやってくれ」

「うん……」

 噛み締めるように、大人しく撫でられる。もう最後だ。彼の無骨で優しい手付きはもう味わえない。

「ウェルフェア殿」

「シエラ」

 彼女にとって。シエラは『母』の代わりだった。種族は違えど、そう思っていた。いつでも優しく、話は何でも聞いてくれた。

「ん」

「はい」

 手を広げる。するとシエラは片翼を広げ、包み込むように彼女を抱き締めた。

 もう味わえない、母の抱擁。

「貴女は愛されています。私に。陛下に。リルリィ殿に。ラス殿に。……『爪の国民』に。大丈夫。きっと上手くいきます。貴女はとっても、頑張りやさんなのですから」

「……ヒューリも?」

「勿論。貴女を愛していますよ」

「……うん……!」

 ふわふわの抱き心地。柔らかな抱擁。暖かな母の愛。

 それを一生分、今ここで吸収した。

「じゃあ行け。お前を慕う国民達が待ってるんだろ」

「うん……」

 手が、離れた。

 名残惜しそうにふたりを見る。だがこれ以上やってやることも掛ける言葉も無いといった表情を見て。

 やがてウェルフェアは、諦めたように馬に飛び乗った。

「俺は乗馬はできねえや」

「……! ふ、ふん! じゃあ私の方が凄いね! ヒューリは、シエラに頼りすぎなんだから!」

「そうですね。私はもう飛べないのですから。ラス殿もレイジ殿も乗馬は達者です。ヒューリ様も習ってはよろしいのでは?」

「……ちっ」

「あははっ」

 情け無さそうに視線を逸らしたヒューリを見て。可笑しくなった。

 別れは涙ではなく、笑顔で。

「——じゃあ、またね!」

「ええ」

「あー」

 ウェルフェア・ルーガは、『虹の国』を去って行った。

 人族と亜人の友好の証として陽の目を見るのは、もう少し先の話である。

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