第2話 護衛依頼と旅の始まり
最終的には、武力を持つものが上に立つ。しかし、『人』は、それだけではない。『心』を持つ。
それだけは、どんな魔法を使おうと完全に支配することはできない。
――
「『魔無し』がたったふたりでお出掛けか?」
「!」
森へ入って数分。【早くも遭遇した】。人族が、決して単独で森へ入らない理由。森の恵みを受けなければ生きていけない人族が、しかし森を恐れる元凶。
レナリアを担いだラスの前に、ふたり。男達が立ち塞がった。
細長い体躯は美しく、長い耳が特徴的だ。植物で作られた服を身に纏い、弓矢を背中に担いでいる。極めつけに額に光る『宝石』。魔石と呼ばれる、竜人族にとって角や尾に相当する、魔法を使うための媒体。「人間以上」の証。
魔術を駆使する森の狩人、『森人(エルフ)族』である。
「しかもひとりは怪我人じゃないか。手当てしてやろうか? 治癒魔法で」
「はははっ! そうだ、奴隷になるなら初級の治癒魔法を使ってやろう。子供でもできる簡単な魔法だけどな」
エルフのふたりは笑いながら、弓をラスへ向けた。
「さもなくば女を置いて死ね。人族など、見ているだけで癪に障る。魔法も使えない下等種族が、俺達の森に何の用だ」
そして、つがえた矢に殺気と魔力が込められた。
――
「ラス。逃げましょう。勝てません」
レナリアが小声で告げる。そう。勝てる筈が無い。重症の自分を背負って、魔法も使えず身体能力も劣る人族に、弓の達人のエルフ相手に、武器は短剣のみ。戦えば、いや戦いにすらならずに死ぬだろう。
「いや、もう勝った」
「は?」
どさっ……と、倒れるような音がした。レナリアは何が起こったか理解できなかった。ラスに勧告するため、エルフから視線を外したのは僅か数秒だ。
「……え?」
次にエルフを見ると、【彼らは既に倒れて気絶していた】。
「やっちまったな。エルフ族の斥候を殺すと軍隊が動いて、俺達の集落を襲うだろう」
「……え」
レナリアは、ラスの言い方にぎょっとした。まるで【いつでも殺せるが、厄介になるから今まで逃げてきた】と言わんばかりの言い方に。
「でもまあ、集落はもう無い。あそこには墓しかない。人族も俺ひとりだ。身軽って、殺し放題だな」
ラスは言いながら樹の根にレナリアを優しく下ろし、短剣を抜いてエルフを刺していく。エルフは声を上げることも無く、静かに絶命した。
「……どういうこと? 何をしたのですか? 確か昨日も……」
ラスの目の前で、突如倒れる者達。触れもしていない。見えない速度で攻撃など人族にはできない。魔法も使えない。
なのに何故、このようなことが、もう2度も。困惑するレナリアに、ラスはエルフ族の額にある『魔石』を抉りながら答えた。
「秘密だ。だが、魔法が使えないからと俺ら(人族)を見下すのは、間違いな時代になるぜ。これから」
ふたつの魔石をベルトの収納に入れ、短剣をしまって、ラスは力無く座るレナリアに手をやった。
「今あんたは無力だ。俺(人族)よりも。獣にもやられるだろう。だが俺は、少なくともエルフ族戦士ふたりを無傷で殺せる実力がある。……どうだ、俺を雇わないか」
「!」
これが、ラスの狙いであった。魔法が使えないと具体的にどうデメリットがあるのか、最大限脳内でシュミレートしたレナリア。
そして、間近で見せ付けられたラスの実力。本来の、知識通りの人族であるなら、行動を共にしてもメリットは少ないだろう。それでも、治癒魔法が使えない今は共にした方が良いのだが。
だがラスは、強い。恐らく人族最強だろうと考える。この男を頼れば、故郷まで帰れる確率は高い。レナリアはそう思った。【そう思わせる演出をラスはしたのだが】。
「分かりました。元より、今の私には選択肢などありません。まともに立つこともできないのですから」
レナリアは手を取った。恐らく、歴史上『人族と竜人族が握手を交わした』ことなど、これが初めてだろう。
「『虹の国』第7代女王レナリア・イェリスハートの名において、依頼いたします。私の帰国の護衛を、お願いいたします」
「承ったぜ。あんたを必ず、虹の国まで連れていく」
ラスは、レナリアと目を合わせて返事をした。これが初めてである。虹色に輝く宝石のような瞳。黄金に輝く角。白く美しい肌。ふわりと上品な香りのする、流れるような白金の髪。ラスは少しはにかんでしまい、隠すように笑った。
「……笑えるじゃないですか」
それを見たレナリアは、何故か嬉しくなった。
「そりゃあな」
ふたりの繋がった手を夕日が鮮やかに照らした。
――
「ヤエイ」
呟いた。その言葉の意味を理解していないように。
「なんだよ、したことないのか? 野営。やっぱ女王だな」
「ちょっ。『女王』を蔑称として使わないでください。……し、したことありますよ。あれですよね。テントを張って、そこで寝ると言う……」
もごもごと答える。世界情勢や経済情報など、国営と政治に関わる分野では最高レベルの知識と理解を得る、この小さな女王は。打って変わって原始レベルの生活術では、見た目通りただの少女と化すようだ。それを知ったラスはにやりと笑う。
「それで良いよ。あんたがすることは『寝る』くらいだ。できることも。食料の調達や寝具の用意、薪拾いに火起こし、見張りは俺がやる」
「……!」
ラスは森での野営でやることを一部披露した。それだけでレナリアは恥ずかしくなって、その後項垂れてしまった。
「本当に、私は無力ですね」
「エルフに人族と間違えられてたな。……その角と尾、元に戻らないのか?」
「自然には生えてきません。あなた達だって、腕を失って生えてこないでしょう」
「ああ……なるほど。『そのレベル』で重要な器官なのか」
レナリアは、ラスの前方にちょこんと座っている。ラスは彼女の包帯を取り替えている所だ。出来るだけ痛みを感じさせないよう細心の注意を払われていることを、レナリアは分かった。この男は亜人に対して恐ろしいほどの憎しみを見せるが、だが本来『優しい』のだと、思った。
「……竜の角は天候を読み、大気中の魔素を読みます。脳にある魔法を制御する分野と密接に繋がっているため、ひとつでも失えば少なくとも重症、悪ければ死にます」
「!」
「重症で済みましたね。魔素を体内に取り込むことが出来なくなりました。だから彼らエルフは、私を人族と間違えたのでしょう」
レナリアは語り始めた。理由は特には無い。だが無意識に、自分達を知ってほしいという思いがあった。
知ってはいたが、理解できなかった人族の事。彼らも、私たち竜人を深く知らないだろう、と。
お互い歩みより、理解し合いたいと。
「背中の鱗は、特に重要ではありませんが、拷問ではよく使います。生爪を剥がす7倍の痛みと言われています」
「7倍!?」
「実際どうかは分かりませんが、思い出したくもないですね。想像を絶しました」
ラスは反応しつつじっと聴いていた。自分も昨日、集落を滅ぼされたのだが、それを女王に嘆いても意味がないと考えていた。
レナリアの背中を見る。鱗は数枚あるが、穴空きのように痛々しい痕が残っていた。血はまだ止まらず、相当無理矢理引き剥がされたのだろうと思った。
「……尻尾は。竜尾は、私たちの『第3の脚であり手』です。姿勢バランスを取り、魔力バランスを取り、武器にもなる。未だにふとした瞬間、尻尾があると思って動いてしまいます」
「……そんなあんたを狙った、奴等は何者なんだ? 種族は」
世界最大国の女王一団を襲った、言わば世界最大の犯罪者。宵闇に紛れ、ローブを纏っていたため種族の判断が出来なかったのだ。
「分かりません。目的も。私を殺したかったのか、利用したかったのか。……その手で殺したあなたは、分からなかったのですか?」
「……あの暗さだ。それに、あの時は怒りで正常な判断は出来なかった」
と、そこでラスが包帯を替え終わった。50人の同胞を失い、肉体をも失ったレナリアは、思い詰めた表情で押し黙った。
「……魔素ってなんだ?魔力と違うのか?」
ラスは話題を変えた。
「文字の通りです。魔素は大気に、世界に満ちる『魔の素』。元素のひとつです。魔力は、それを体内に取り込んでエネルギーに変換した『魔の力』。『魔』とは、語源は自然現象のことです。太古の種族が恐れた、嵐や落雷など。魔法は魔力を使って自然現象を人工的に産み出す『魔の法則』。それを戦術として理を追及したのが魔術」
「なるほど。分からんが、あんたら(亜人族)の世界では長く研究されてきた分野な訳だ」
「ええ。生活に根付いています。魔法の無い生活は考えられないほどに」
「そうやって依存してると、いざという時危ないと学んだな」
「……そうですね。感謝しています、ラス」
「あっいや。恩を押し付ける気は無いんだ。俺にとってもあんたの存在は千載一遇の好機だからな」
「……」
ふと疑問に思ったレナリアは、今度は彼女から質問した。
「そう言えば何故護衛を買って出たのですか?」
「ああ、まだ報酬を言ってなかったな」
「あっ」
いくら選択肢が無かったとは言え、早計に契約してしまったとレナリアは思った。
「あんたの口から、世界へ向けて。『人族解放』を訴えてくれ。それだけで良い」
「!」
レナリアは固まった。人族は、ラスの居た集落が全てではない。今のこの世界は、魔法と共に奴隷文化が根付いている。今日の経済の発展には、少なからず彼ら奴隷……つまり『人族』の貢献が大きい。
「俺は国を作るよ。人族だけの。世界中に散らばる仲間達を集めて」
「……私に、世界を敵に回せと言うのですね」
「……ん? あれ? そうなるのか。駄目か?」
現在、奴隷制度は表だって推奨こそされないが、文明の基盤として重要であることは明白であり、暗黙的に奴隷制度を基本として考えられている。奴隷によってなんとか成り立っている国もある。それらを全て敵に回し、「奴隷を解放しろ」と宣言したのなら、それこそ世界大戦に発展するだろう。国内も危険だ。力を得た奴隷達の反乱。内部分裂。混乱する国民……。
「いえ。問題ありません。何年掛けても、奴隷制度廃止を遂げましょう。私はもう……」
人族を知ってしまった……と言外に漏らす。レナリアは正義の心を燃やしていた。人族の考え、想い、在り方を。『包帯を替えてくれる優しい手付き』を。ラスを通して知った。何より命の恩人である。さらに護衛までしてくれる。今まで奴隷のことは「国を上手く回す制度と、回してくれる労働力」と考え、特に感情を抱いていなかった。それこそ獣か何かのように、無意識に思っていた可能性もある。
だが、そんな訳にはいかなくなった。彼らも、自分と同じように考え、感情を抱き、生きている。同じなのだ。
なのに、「魔法を使えない」というたった1点の理由で差別され迫害され、虐げられている。エルフ族の使った「魔無し」という言葉は、この世界では最大の侮辱である。
許せる筈は無い。恐らくレナリアは、これから出会う全ての人族と人族の奴隷を、自分の同胞と同じように考え接するだろう。
そう思わせたのは、ラスの【あの表情】だった。
怒り。全てを燃やし尽くし、煮えたぎるような、沸騰寸前の憤怒の形相。
【生きている】ことをはっきりと【解らせる】感情の激流。
あれは長い、永い歴史の過程で虐げられてきた、人族全てを代表する『怒り』のようだとレナリアは感じた。
つまりは感化されたのだ。レナリアも今は種族差別と奴隷制度に対し少なからず怒りを感じている。
「それにしても、綺麗だなあ」
「なっ! ちょ……! そそ、そんな古典的な文句で私は……」
ふと呟いたラスの一言に、レナリアは慌てた。
「この鱗。ベースは白い金色で、光の反射で虹色に輝くようだ。焚き火でもはっきり見える。剥がされた痕は痛々しいけど……やっぱり高く売れるのか」
しかし。レナリアの勘違いで終わる。だが鱗を褒められるのは、自身を褒められるのと大差無いのだ。
「……ま、まあ私は『輝竜』ですからね。う、売るとなると、大屋敷のひとつやふたつ、メイドを数10人ごと買えるでしょう」
「まじかよ。輝竜って?」
「竜人族にも種類……民族の違いがあります。私の種類は、光に反射して輝く鱗を持つのです」
「へぇ」
「……最悪は、売って凌ぎましょう。尻尾とは違い、いずれ生えてくるので」
「最悪はな。極力、痛いのは無しだ。見てみろよ。これ以上あんたを傷つけられないだろ」
「……」
「さあもう寝ろ。傷の回復には睡眠が一番だ」
「……分かりました。お休みなさい」
「ここじゃない。あそこにテント作ったろ」
「……歩けません」
「…………リハビリしないとな」
「ご迷惑をお掛けします……」
ラスは彼女を抱き上げ、簡易的に作ったテントへ運んだ。もう護衛というより介護なのでは、とレナリアは思った。
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