第31話 三勇、集う

 魔法とは。魔力によって、自然現象を人の手で再現する方法のことだ。……確か、レナリアがそう言っていた。


 ラスはしばらく思考が止まっていた。イメージと、あまりにも違っていたのだ。クリューソスが使った『それ』の威力を予想していたから。

「……雷、か? いやしかし強すぎだろこれ」

 戸惑っていた。目の前で起きた事に。雷鳴が轟き、衝撃と閃光が走り、オーガを瞬殺した光景に。


『竜王の素材で造った魔道具は、間違いなく史上最強の兵器になる』


 彼はそう言った。忘れてはいない。だが。

 【それにしても】強すぎだろうと。

「…………これが魔法、か」

 初めての感覚。感触。感動。『この』威力があれば。『何をどこまで出来るか』。ラスは思いを馳せ、シミュレートする。こんな武器を持っていれば、今まで不可能だったことが可能になる。

 あの時の。あのエルフも、あの獣人族も、簡単に殺せた。

 そんな、全能感が過る。

「……亜人が俺達を嘲笑う気持ちが分かった気がするな」

 亜人は魔法を使えるのだ。そして、人族には使えない。それを、改めて実感した。

「だが、危険な力だ。慎重に扱おう。いや、違うな……」

 再度、刀を確認する。その色と輝きを。

「……レナの魔法だ」

 呟いて刀を腰に差し。

 ラスはシエラの方へ向かう。命懸けで、この刀を届けてくれたのだ。

「……シエラっ」

「大丈夫です」

「!」

 彼女は、あの茶屋に運び込まれていた。竜人族の店員の女性が、治癒魔法を掛けている。

「取り合えず命に関わることはありません。……ですが翼は」

「ああ。それはもう仕方無い。命あるだけ充分だ。……感謝するよ」

「…………」

「どうした?」

 女性は不思議に思ったのだ。何故人族が、翼人族を『心配している』のか。

「……この人は。……いえ、あなたは……」

「ああ。俺の仲間だ。……『同志』の、大切な女性ひと。だから頼むよ。俺は行く」

「!」

 仲間。同志。『人族が亜人と』。自然に出たその言葉に、竜人族の女性は驚いた。

「……どこへ?」

「広場へ戻る。『俺の』大切な人が、まだあそこに居るんだ」

「……それって……」

 立ち上がる。すると女性の目線の先に丁度、ラスの『魔道具』があった。

「——じゃあ、安全な所へ隠れてなよ」

「!」

 優しく。そう言って。

 ラスは外へ飛び出していった。


——


「へ、陛下っ!!」

「なんだ!」

 ヒューリとウェルフェアは、完全に『受け』に回っていた。ライル・イェリスハート。いくら若くとも、彼は『竜王』だ。その魔力、戦闘力は『現世界最強』に相応しい。怒りに任せて暴れるように戦っているが、常に余裕は感じられる。だから部下の言葉も耳に入った。

「…………ちっ!」

 既にボロボロのヒューリが舌打ちをする。

「……そうか。遂に……」

 部下に耳打ちされ、頷くライル。その視線は、既に目の前の男から離れていた。

「なら、僕が出なくてはならないな。こんな所で、たかが人族に時間を取られている場合じゃない」

「ああ!?」

 ちらりと、磔の女を見る。全くどこまでも【似せたものだな】と忌々しく。

 そして、竜人族の膂力を活かして高く飛び上がった。

「広場を焼き尽くすことはしたくなかったけど……。仕方ない」

 空気中の魔素が、彼に集まる。人族にはそれは見えずとも、『大気のうねり』は見える。

「…………!」

 風で逆巻く舞台。竜王の力を、ヒューリは感じた。

「『輝竜』にのみ許された『最強の魔法』。脈々と『王』に受け継がれた『超古代魔法』。光栄に思えよ、人族」

 バチバチと、ライルの両手から花火が散る。

「ヒューリっ!!」

 動きを止めたヒューリに、ウェルフェアが叫ぶ。


——


「……<ハタタガミ>」

 轟音。そして極光。ゴロゴロと大気が呻く。まるで【怒り】のようにぴしゃりと、それは振り落とされる。

「——っ!」

 広場全てを覆い尽くす『雷の放射』が雨のように、嵐のごとく降り注いだ。


——


——


「…………。なんだこりゃあ?」

 レイジは。

 目を疑った。話は聞いていたが、聞いていたのは『竜王ライル』が宮殿から降りてきたということと、人族が一部広場へ押し寄せたということだけだった。

 まさか広場が、『焼け野原』になっているとは思いもしない。建物は崩壊し、木々は焼け、石畳は割れている。

「……人?」

 そしてその中心に、『惨劇の生き残りであろう人族が数人』見えたことも。


——


「……ちっ。逃げられたか」

「いやいやいやっ。まずなんで助かったかでしょ! あんな魔法、普通即死だってば」

 光と煙が晴れる。ヒューリは苦々しく吐き捨てた。ウェルフェアは辺り一面の光景を見て、少し震えた。

「ふぅ。……間に合ったな」

「!」

 その背後の影に。ウェルフェアが一番に気付いた。

「ラス!!」

「ウェル。無事だったか」

「?」

 駆け寄るウェルフェア。つられてヒューリがそちらを見る。

「おいお前ら! まさか、もしかして。……竜王と戦ってたのか?」

「!」

 同時に。

 大柄の男が歩み寄る。


「あ?」

 ヒューリ。

「ん?」

 レイジ。

「えっ?」

 ラス。

 その様子を。


 【レナリアは】、処刑台の上から眺めていた。

「…………」

 これが【】であることは。いずれ彼女の口から世界へ語られることになる。


——


「う。……けほっ。けほっ」

 まず。とにかく。初めに。ラスはレナリアの拘束を解いた。彼女は力無く倒れ込み、彼へ身体を預けた。

「大丈夫かよレナ。何があったんだ」

「……大丈夫です。それより……」

「お前が【ラス】か」

「!」

 レナリアの視線の先。ラスも追う。そこには右腕を失った隻腕の男、ヒューリが居た。

「……そうだ。あんたは、レナを守ってくれたな。ありがとう」

「…………その女は、もしかして『少女王レナリア・イェリスハート』か?」

「そうだ」

「なら何故、現竜王に人族と断じられて処刑されようとしてたんだ」

「それは俺も聞きたい」

「……その剣。シエラに会えたのか」

「…………」

 ラスの腰にある、白金の刀。レナリアも見る。美しい、壮麗な装飾だ。

「ああ。命懸けで届けてくれた。今は……茶屋の店員が治療してくれてる」

「怪我したのか?」

「そうだ。魔物に翼をやられた。もう飛べないらしい」

「…………!」

 ヒューリは空を見た。未だ膨大な魔力の立ち込めるこの場所には、魔物は近寄れないようだとウェルフェアは感じた。だが向こうの空では魔物の影が、街を襲っている様子が見える。

「……皆殺しだ」

「!」

 ウェルフェアの赤い髪が逆立った。もはや懐かしい感覚。ヒューリの【怒り】に充てられる感覚。

「まあ待てお前ら」

「!」

 ヒューリがこの場を去ろうとした時。今まで黙っていた大柄の男が口を開いた。

「せっかくの『再会』だ。もう少し話し合おう。……【兄弟】よ」

「あ? 俺の姉も弟も『羽の国』で死んだ。誰と誰が兄弟だ?」

 食って掛かるヒューリ。だがレイジは気にも留めない。

「俺達は全員兄弟だよ。『そうだろう?』ラス」

「…………」

 レイジはラスを見た。勿論、ふたりは初対面だ。だがその言葉の意図を、ラスは正確に読み取った。

「……レナは無事だった。俺は別に急いでない。ウェル、リルはどこだ?」

「あっ。忘れてた」

 そして、まずは仲間の安否を確かめる。ウェルフェアははっとして答えた。

「おいおい……」

「ラス——! ウェルちゃぁ——! あー!」

「!」

 噂をすれば、と。

 『超古代魔法』による被害から、自身の無事を確認したリルリィが突っ込んできた。その目には涙が浮かんでいる。

「あぁぁ——! よかったああっ!」

 ラスの腹へ、頭を突っ込んで擦り寄せるリルリィ。ラスはその翡翠色の髪をした頭を、優しく撫でた。

「……ああ。良かった」


——


「見ろ【ヒューリ】」

「! ……俺の名前を」

「そりゃな。俺達の組織の『創始者』の名だ。……そうじゃなく、あれ」

「なんだよ」

 レイジが指差す。世界的に見れば異様な、しかし当人達にとっては日常の光景。

「『』だ。ラス。彼は、ブラック・アウトの思想を体現してると思う」

「…………」

 ヒューリも否定はしなかった。


——


「取り合えず移動しよう。その茶屋? で良いか。ヒューリも、その翼人族の女性が心配だろう」

 レイジのひと言で、一同は広場を後にした。レナリアはラスに背負われる。

「……さっきはその刀で、防いでくれたのですね。……弟の魔法を」

「そうだ。その前に一度使ってな。『予兆』が分かったから、できた芸当だ。そもそも相殺できる確信も無かったが、やるしかなかった」

「……ありがとうございます」

「元はあんたの魔法だ」

「違います。弟が、私の大切な人を殺すことを防いでくれて。ありがとうございます」

「…………」

 自分を殺そうとした弟を心配する姉。ラスは少しだけファンを思い出していた。

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