第14話 計画の目的は・二
譲渡会から早十数日。今のところ、ティベリウスが悲嘆に暮れている様子をアルビナータは見ていない。だが顔を合わせる数少ない時間の中で、遠くを見つめてぼんやりしていることが多くなれば、さすがにわかる。
当たり前だ。どんなに過去を割りきったつもりでも、忘れてしまった過去を思い出せる機会に思いがけず巡りあえば誰だって動揺する。そうして期待したのに裏切られれば、やるせないだろう。先ほど収蔵庫にいたのも、展示室にはない資料に元いた時代の名残を感じたくなったからではないだろうか。アルビナータはそう思えてならない。
「精霊たちと話したりガレアルテを散歩したりはしているようですけど、それはいつものことですし。他のことで気を紛らわせることができればいいのですが……」
「なら、お前と一緒に出かけりゃいいんじゃね? お前らが二人で歩いてたら町中大騒ぎだろうが、魔法でティベリウスの姿を隠せば大丈夫だろ」
「いえ、それが……私が一緒だと、ティベリウスは魔法が効かなくなるんです。私が彼を認識していない間は、効果があるんですけど…………」
「おいおい、もうほとんど神話か伝説級のありえなさだな」
まあお前は‘皇帝の巫女’だから当然か。コラードは、呆れともからかいともつかない声音と表情でぼやいた。
それも当然のことで、普通、魔法は同じ量の魔力を注ぐ限り、そこに誰がいようと同じ効力を発揮するものなのである。第三者の認識が魔法の効果を左右するなんて、ありえない。それこそ物語に出てくる魔法使いか何かの領域だ。
アルビナータとティベリウスは、二人で町を歩くことを禁止されているわけではない。しかし‘アウグストゥス’は、現代での座所たるドルミーレへ足を運んでさえその姿を見ることが難しい、稀有で特別な存在なのである。ガレアルテを歩きその姿をさらせば、人々に囲まれることは間違いない。それでは気分転換にならない。
「そうなのか。じゃあ他は、そうだな……」
首を捻って考えていたコラードだったが、何か思いついたのか、不意に口の端を上げた。
「なあアルビ、明日、何か予定あるか?」
「? いいえ、特にないですけど」
突然話を変えられ、目を丸くしてアルビナータが答えると、よっしゃ、とコラードは大げさなくらいに喜んだ。
「あの、コラードさん?」
「アルビ。明日、昼からガレアルテに行かね? 俺、朝起きてすぐ屋敷出るつもりだし。昼飯前には合流できるはずだ」
アルビナータの呼びかけを聞いているのかいないのか、コラードはそう、アルビナータを誘ってくる。話が見えてこず、アルビナータは首を傾けた。
「コラードさん、それとティベリウスの気分転換のどこに関係が……」
「だから、お前がガレアルテに行って、見たり聞いたりしたことをあいつに話せばいいんだよ。お前から見た町の様子は、また違うわけだし。土産に何か買っていけば、あいつも喜ぶだろ」
「はあ……」
名案だろとばかりのコラードであるが、それのどこが気晴らしになるのだろうか。気晴らしというのは、自分から何かをしたりどこかへ行くことで、気分転換を図るものではないのだろうか。アルビナータはコラードの発想が理解できなかった。
「…………ルネッタさんは…………」
「姉貴がついてきたらどんなことになるか、お前知ってるだろ」
答えを予想しつつもアルビナータが尋ねてみれば、この一言である。学生時代、気ままな彼女と振り回される彼氏の構図を展開したルディラティオでの雑貨店巡りを思い出し、アルビナータは押し黙った。
つまり、アルビナータの護衛をし、ティベリウスの気晴らしになるような土産話をガレアルテで見つけてくることを口実に、コラードはあの立派な屋敷と家族から逃亡するつもりなのだ。かの‘アウグストゥス’のためという理由なら、ルネッタや大将軍も引き下がらざるをえまい。
もう十九なのに未だ家族にべたべたされているコラードの心情は理解できなくもないのだが、家族からの脱出計画に巻き込まないでほしいというのが、アルビナータの率直な気持ちだ。とばっちりをくらうのは御免である。
それに――――――――
「…………怖いか?」
アルビナータが眉をしかめて黙っていると、コラードは不意に、さっきまでの軽かったり苦々しかったりした声音を改めた。目に、アルビナータを案じる色が浮かぶ。
「……はい」
首を振ることはできず、アルビナータは素直に認めた。
そう、アルビナータがコラードの計画に憂鬱を感じる理由の八割方は、人ごみが怖いからなのだ。出張のときはドルミーレからコラードに同行すればよかったが、今度は一人でガレアルテへ下りなければならない。アルビナータにとってそれは恐怖以外、なにものでもなかった。
コラードは、だろうな、と何度も頷いた。
「けど、いつまでも一人じゃ町へ出ないってわけにゃいかねえだろ。譲渡会のときは俺とティベリウスがいたけど、お前だっていつか一人で解説見学したり、ルディラティオかどこかへ出張することになるだろうし。それに、ずっと籠りっきりなのは身体にわりぃぞ。馬鹿な貴族と無理に会う必要はねえけど、たまには仕事以外でも外へ出ろよ。俺も、食材とか本とか探すのに付き合ってやるから」
な、とコラードは諭すように、宥めるようにアルビナータを口説いた。
正論だ。コラードが言うように、いつまでも人ごみを怖がっているわけにはいかない。学芸員の仕事は基本的に裏方だが、だからといって人前へ出ないわけではないのだ。私生活だけならまだしも、仕事に不都合があっては社会人として失格だ。
心配するなとばかり、コラードは頼りがいのある笑みを刷いた。
「解説見学や譲渡会は逃げずにちゃんとできたんだし、お前にゃ‘アウグストゥス’と精霊の守護があるんだろ? 俺と合流するまでは、あいつらに守ってもらえ。その後は、ガレアルテは俺の庭みたいなもんだ、俺が守ってやるよ」
だから安心しろと言わんばかりに、コラードはアルビナータの頭を撫で回した。
悩んだ末、アルビナータはこの頼みとも気遣いともつかない提案に頷くことにした。コラードのそもそもの目的はどうあれ、彼はアルビナータのことを案じてくれているのだ。自分でもどうにかしたいと思っているのだから、断る理由はない。
追いついてきたルネッタとコラードのどたばた劇を見送った後、アルビナータはふう、と息をつく。はるかな過去を映す瞳で彫像を見下ろすティベリウスが、瞼の裏に浮かびあがった。
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