第8話 薄闇の夢

 気づいたとき、アルビナータは薄闇の中にいた。

 頭の芯に鈍い痛みを覚えて顔をしかめ、ゆっくりと身体を起こそうとして、両手が胸の前で縛られていることに気づいた。両手が胸の前から離れてくれないし、動かそうとするたびに手首を荒縄が擦って痛い。それに、布が口にまとわりついて息がしづらい。

 一体どういうことだと混乱していると、気を失う前のことが一気に脳裏を駆けめぐった。青空、人ごみ、突風、そして――――

 誘拐されたのだ。理解して、アルビナータはぞっとした。鼓動が早鐘を打ち、思考が真っ白になる。

 恐怖に震えながら、アルビナータはなんとか身体を起こした。自由な指を使って口元を覆う布を外し、大きく息をつく。

 アルビナータを閉じこめる薄闇は穀物の匂いが濃く、ざらざらとした麻の感触が肌を擦っている。波の音は近く、海鳥の鳴き声も聞こえて賑やかだ。

 ということは、ここはガレアルテの港にある物流倉庫なのかもしれない。地形上、クルトゥス島にはガレアルテしか港がないのだ。島外から運び入れた穀物を保管しておく倉庫があり、かつ海鳥が飛来してくるとなれば、該当する場所は限られてくる。

 ここが港の倉庫であるなら、通りへ逃げれば誰かが見つけてくれるはずだ。逃げられなくても、通りがかった誰かに声を聞いてもらえれば助けてくれるはず。希望を見出したアルビナータは、物にぶつかりつまずきながらふらふらと歩き、アルビナータは光が漏れている箇所――扉へ向かった。一刻も早くここから逃げたかった。

 扉までもう少し、と思ったそのとき。倉庫の中で、アルビナータのものではない足音がした。アルビナータがびくりと身体を跳ねさせる間にも、近づいてくる。

 一体どこから近づいてくるのか。アルビナータは怯えて辺りを見回したが見つからず、振り返って薄暗い倉庫の中を見る。倉庫の中には大して荷物は積まれておらず、身を隠せそうな場所はあまりないのに、足音の主の姿はまったく見えない。近づいてきたり遠のいたりする誰か足音が聞こえるばかりだ。

 そしてまた、遠のいていた足音が近づいてきた。しかし、今度は歩いているのではなく、早足だ。走ることはできないけれど、見つけた獲物は逃さないというように。

 あるいは、怯える獲物を嬲るためのように。

 アルビナータは扉に駆け寄ると、思いきり叩き、叫んだ。死にたくない。

 けれど、扉の前を何度も人が通る足音はするのに、誰もアルビナータの存在に気づかない。アルビナータの助けを求める声が聞こえないはずはないのに。

 足音が間近まで近づいてきて、振り返ったときにはもう遅く――――――――

 血を流しながら倒れていく女を見て、アルビナータは悲鳴を上げた――――――――

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