第6話 謎の解明と新たな目的
『英雄都市』フォラビア。元々は帝国の寂れた片田舎に過ぎなかったこの街だが、今では帝国でも有数の巨大都市へと発展していた。
その大きな理由として二つの要因が挙げられる。一つはこの街の領主が【邪龍殺し】のシグルドその人である、という点だ。数々の異能を操り、王国との戦争や龍との闘いで数え切れない程の武勲を上げた英雄の中の英雄。皇女とは皇室公認の恋人同士であり、いずれは皇族入りが確定、場合によっては次期皇帝の可能性すらある超有望な出世株……。
シグルドの栄光にあやかりたい人々が次々と集まってきて、シグルド曰く「勝手に」発展させたのだという。
そしてもう一つの要因が、この街の中央に鎮座する巨大な闘技場の存在である。
フォラビア大闘技場。剣闘が盛んな帝国においても最大の規模を誇る闘技場で、その観客収容数は5万人と言われている。それだけでも相当の規模だが、実際は詰めれば6~8万人程は収容可能だという。まさに他の追随を許さない「大」闘技場の名にふさわしい建造物であった。
ただしその歴史は新しく、この街の領主となったシグルドが元々あった小規模な闘技場を大幅に改装、改築させて出来上がったものであるらしい。シグルドの剣闘好きは帝国でも有名らしく、観戦する事も自分で戦う事も好きで、それが高じてオーナーである自分自身がこの闘技場の【グランドチャンピオン】として君臨しているのだとか。
シグルドは闘技場やそこで戦う剣闘士達に惜しみなく金を注いだ為、一獲千金を夢見る
人が集まればそこには商機が発生する。闘技場に群がる剣闘士達や観客達相手の商売が発達し、結果としてこの街は加速度的な発展を遂げたという訳だ。
「ここが俺の街。俺の城だ。そして今日からお前が死力を尽くして戦う場所でもある」
闘技場の主賓室。意外と豪華な調度品が揃っている。寝台まで置いてあり、基本的にここがシグルドの私室も兼ねているようだ。部屋の外には大きなバルコニーが備え付けられており、そこにも豪華な椅子が置かれている。
そしてバルコニーからは眼下に、実際に剣闘士達が闘うアリーナと、それを取り囲む観客席を一望できるようになっていた。興行時には5万人以上の人間をここから睥睨できる訳だ。さぞかし壮大な眺めなのだろう。
「……何故私がそんな事をしなくてはならないのです。お前達の見世物になるくらいなら……!」
「何だ? 死を選ぶとでも? いいだろう。
「く……!」
私は歯噛みする。この男の呪いによって私は自害を禁じられている。死にたくとも死ねないのだ。シグルドがふっと笑う。
「だが……故意ではなく、剣闘士達との死力を尽くした戦いの結果の
「……!」
それは盲点であった。全力で戦った結果負けた場合なら……死ねる? だがそこにシグルドの追い打ちの言葉が……
「それだけではない。この闘技場の最高位……【チャンピオン】にまで登り詰める事が出来れば、【グランドチャンピオン】であるこの俺に直接挑戦できる権利を得られる。つまり……俺を殺す機会を、な」
「……!!」
私は再度息を呑む。自ら命を絶つ前にどうしても成し遂げたい事……それは目の前の憎き男を殺す事。だが……
「……私にこのような呪いを掛けておいて……」
「ふ……勿論お前が【チャンピオン】まで登り詰め、俺と対戦する段階にまでなれば、この呪いは解く。当然だろう? 俺に攻撃しようとして案山子のように止まる相手を殺した日には、俺自身が八百長を疑われる事になる」
【チャンピオン】まで登り詰めれば、この忌まわしい呪いが解ける……? そして、この男を殺す機会を得られる? だがそこまで考えた時、根本的な問題にぶち当たった。
「わ、私がそこまで勝ち上がる事など、出来るはずが……」
そうなのだ。私は王国の姫として育てられてきた身だ。兄達のように軍を率いて戦ったり、戦闘の訓練を受けたりした訳でもない。屈曲な剣闘士相手に勝ち上がる事など到底不可能だ。或いはそれこそ八百長でも組まれるなら話は別だが。
「言っておくが、俺がオーナーたるこの闘技場では八百長の類いは一切ない。観客は、そして俺も求めているのは本物の殺し合いだけだ」
「ッ! そ、それならどうやって……!」
それこそ無茶な話だ。恐らく一勝すら出来ずに無様に殺される事になる。確かにこの男が言っていた「処刑」には当てはまるが、その為だけにわざわざこんな手の込んだ事をしているのだろうか? 私がそんな疑問を抱いていると、シグルドが嗤った。
「ふ……お前、ガレノスでクリームヒルトの剣を避けたな? 覚えているか?」
「……!」
勿論覚えている。あれは異様な感覚であった。まるで自分の身体が見えない何かに強制的に動かされたような……
「くく、俺自身
「……え?」
呪い? 逆手? あのような効果? 私には意味がさっぱり解らなかったが、どうやらシグルドには原因が解っているらしい。
「俺がお前に掛けた呪いだ。俺を害する事だけでなく、
「え…………あっ!」
あの時、私はこれでアル達の元へ行けると……つまりは進んで死を受け入れようとしていたのだ。進んで死を受け入れる……それはつまりある意味で『自殺』という事だ。そしてシグルドに掛けられた呪いは私の自殺を封じている。
「ま、まさか……」
「そういう事だ。あの時お前は我が呪いの力によって動かされたのだ。お前の『自殺』を防ぐ為にな」
「……!!」
「ハイランズでお前に掛けた呪いは、人間の言葉で言う所の【服従】の力だ。何を命令するかはその時の状況によって異なる。つまりその前に使った【衝撃】のように、決まった特定の効果が存在する訳ではない。お前の自害を封じる為に掛けた呪いがあのような副次効果を発揮するとは、俺にも想定外の事であった」
「…………」
「あの『副次効果』を上手く利用すれば、熟練の剣闘士にすら勝てるやも知れんな。何せこの俺の力なのだからな」
この男の力を利用してこの男自身を殺す……。それはある意味で最高の復讐になるだろう。しかし……
「あなた自身を殺せないのでは意味がないのではありませんか?」
この呪いにはシグルド自身を害する事も禁じられているのだ。勿論呪いを解かれる事は大歓迎だが、その力だけに頼っていてはシグルドを殺す事は出来ない。
「もし無事に【チャンピオン】まで登り詰める事が出来れば、その時にはお前にも相応の技術や経験が蓄積されているだろう。どの道呪いの力に身体を合わせる為にも鍛える必要はある。今のままでは身体への負担が大きすぎるからな」
特に鍛えてもいない私があの呪いの力で強制的に身体を動かされていては、近い内に必ずどこかで
呪いを解かれてもシグルドを殺す事が……せめて刺し違える事が出来るくらい強くならなければならない。
思ってもみなかった展開だが、降って湧いた復讐のチャンスに、私は未だかつてないようなどす黒く、それでいて火傷しそうな程に熱い闘志が湧いてくる事を自覚していた。
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