第12話 【ソルジャー】剣と盾
ゴブリン戦から1週間後、私はまたアリーナに立っていた。今日の試合は私の昇格試合……つまり一つ上の階級である【マーセナリー】ランクへの昇格を賭けた試合となっていた。
【マーセナリー】は8つある階級の下から4番目。最上位の【チャンピオン】を除けば、丁度中間に当たる階級だ。一般の傭兵レベルの階級とされており、あくまで兵士レベルであった【ソルジャー】ランクよりも手強い相手が増えてくる。
『赤の門より入場しますのは【マーセナリー】ランクの剣闘士、ローランド・ガロ! カサンドラと同じく剣と盾を使いこなすスタイル。果たしてどちらの技量が勝っているのか、注目の一戦だぁっ!!』
正面の赤い門が開き中肉中背の、アナウンス通り剣と盾を携えた剣闘士が入場してくる。近づいてくると私に好色な視線を向けてくる。
「へへ……ホントにいい女だなぁ。こんないい女がそんな格好して男を誘ってんだ。『間違い』が起きたって仕方ねぇよなぁ?」
「……!」
私自身大分慣れてきたが、それでもこうしたあからさまな好色の視線を向けられると、自分が破廉恥な格好をしているという事実を思い出して羞恥心がぶり返してしまう。
「く……黙りなさい! 下郎が!」
「はっ! 下郎ときたか! 流石本物のお姫様は違うねぇ! へへへ、どんな声で鳴いてくれるか今から楽しみだぜ」
ローランドの卑猥な野次に私は顔を赤らめて歯ぎしりする。
『それでは、両者構えて……始めぇっ!!!』
開始の合図と共に私とローランドはほぼ同時に相手に向かって突撃する。戦闘スタイルが同じなだけあって戦術も似通っているようだ。
ローランドが牽制がてらに剣を突き出してくる。早い。ただの牽制でありながら【ソルジャー】ランクの全力攻撃に比肩する鋭さだ。私は焦らずにその一撃を盾で弾く。お返しに反撃しようとすると、ローランドが何と盾を横殴りに叩きつけてきた。
「く……!?」
想定外の攻撃に私は後退を余儀なくされる。
「へへ、どうしたお姫様! 綺麗な戦法だけが戦いじゃないぜ!?」
「……!」
今まで盾を攻撃に使うという発想がなかった。だが良く考えてみれば、幅の広い金属製の鈍器である。攻撃に利用しても充分な有用性があるのは明らかだ。
「そら! そらっ!」
「く……!」
剣と盾を共に攻撃に使用してくるローランドの猛攻の前に、私はどんどん追い込まれていく。流石に【マーセナリー】ランクとなると、それなりに手練である。かつてアルがハイランズの王城脱出時に傭兵を3人程瞬殺していたが、あれがどれ程の凄まじい剣技の為せる技だったのか今になって実感していた。
私は防戦一方になりながらも、ローランドの攻撃に一定の法則がある事が解ってきた。一見剣と盾の『二刀流』のように思えるが、その実それぞれの攻撃が連携出来ていない。どちらかを攻撃に使っている時は、空いている方が完全におざなりで遊んでいる。
これでは二刀流ではなく、ただ二つの武器を交互に振るっているだけだ。【剣聖】とまで言われるマティアスを相手に日々訓練を積んでいる私からすれば、冷静になって見極めれば隙はいくらでもあった。
ローランドが盾を殴りつけようとしてきた瞬間、私は敢えて前に出てローランドの空いている右手を逆に盾で殴りつけてやる。
「ぎゃっ!?」
初めて反撃を受けたローランドが驚愕に呻く。私は更に一歩前に出て今度は右手の剣で斬り付ける。ローランドは慌てて盾で受け止めるが、やはり右手がお留守になっているので再び盾で殴りつける。
「痛ぇ! こ、このアマ……!」
自分の得意スタイルを盗まれたローランドが悪態を吐くが私は構わずに攻め込む。ローランドはこのままではマズいと感じたのか強引に右手の剣を振るってくる。私はこれを盾で殴って弾く。すると……
「あっ……!?」
ローランドの手から剣がすっぽ抜けた。私の再三の盾攻撃で右手を痛めていた事による結果だろう。私はその隙を逃さず剣で斬り付けると、ローランドは残った盾で慌ててこれを防ぐが、当然右手側がガラ空きだ。
私は盾の先端を真っ直ぐ突き出し、既に無手となった右手を通り越して胴体にめり込ませる。
「ぐぇっ!」
ローランドが身体を前屈みに折って呻く。私は上段に振りかぶった剣を振り下ろす。ローランドの肩口から斜めに血がパッと噴き出し、奴が情けない悲鳴と共に崩れ落ちる。
「い、痛ぇ……痛ぇよ……。お、俺の負けだ。だから命だけは助けてくれ。頼む……」
「……!」
命乞いをされるという初めての経験に私の手が止まる。観客達が歓声と罵声を共に上げる。そして殺せコールが沸き起こる。私も他の剣闘士の試合で見た事はあったが、まさか自分の試合で聞かされる事になるとは思わなかった。
剣闘士はこの国の花形職業であり、非常に実入りは良い。自由民は勿論だが、例え奴隷であっても
成功すれば……つまり勝ち続ければ莫大な富と名声が手に入る。ましてや私の【処刑試合】では、私に勝てば一生遊んで暮らせる金が自分の物になる。
それらの代償、対価が今のこの状況という訳だ。
「お、おい、変な気は起こすなよ……? お、俺が悪かった。もう二度とあんたの前に現れない! だから、た、頼む……!」
「…………」
私は主賓席を見上げた。そこにはあの憎き男が豪華な椅子に座ってふんぞり返っていた。シグルドは私と視線が合うと、ニヤッと笑ったように思えた。そして片手を上げると、ゆっくりと首を掻き切る動作をした。殺せ、という意思表示だ。
「……ッ!?」
その瞬間、私の身体は再びあの抗い難い『力』によって強引に動かされた。剣を持った右手がスッと動き、ローランドの喉元を斬り裂く。
「え……?」
ローランドの呆然とした声と同時に、その喉元の傷から大量の血が噴き出した。観客席から大きな歓声が上がる。
ローランドは信じられない物を見るような目で私を見た後、血を吐いてうつ伏せ倒れた。そしてそのまま動かなくなった。
「……ッ!」
今、私はシグルドの服従の呪いによって無理やり動かされたのだ。私がキッと睨み上げると、シグルドは再び口の端を吊り上げて笑ったように見えた……
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