第13話 反逆の狼煙

 アルデバラン大陸のかつての2大国家、北のロマリオンと南のエレシエル。そして大陸の東と西には、両国のどちらにも属さない少国家がそれぞれ一固まりとなって群立していた。


 過去には他にも多くの国家が存在していたが、ロマリオンかエレシエルのいずれかによって侵略、併合され現在は東に3ヶ国、西に4ヶ国を残すのみとなっていた。


 これらの少国家群は2大国からの侵略を受けると互いに一致団結し、それでも敵わぬと見ると侵略してきた国、ではないもう一方の国に擦り寄って、相手国にこれ以上の勢力を付けさせない為、そして擦り寄った側の国に有利な通商条件などを交渉材料に援軍を出させたりなどして、巧みに2大国の圧力を受け流して存続してきた。


 7ヶ国全てが集まっていれば、連合国として2大国にも引けを取らない第3の勢力を築く事が出来ていたであろう。しかし東西に分断されている地理的な条件がそれを阻んでいた。それでも不断の努力と2国間の情勢を巧みに読み取る判断力でこれまで滅びる事もなくやってこれた。 



 しかし半年程前に【邪龍殺し】の英雄シグルドの力によってその均衡が崩れた。南の大国、エレシエル王国が滅ぼされたのだ。それによって巧みに勢力バランスを操る事で存続してきた少国家群は一気に危うい立場に追い込まれる事になった。


 案の定というか、ロマリオンからの圧力が目に見えて強まり出したのである。極めて高い関税など不平等な通商条約、各国への『大使館』の設置、ロマリオン人の『移民』受け入れ要請、入国優遇措置など不当な条件を次々と打ち出してきた。


 これを断ったり渋ったりすれば、それを侵略の口実にする気なのは明らかだ。さりとて受け入れれば要求はどんどんエスカレートしていき、結局は国ごと乗っ取られるのは時間の問題である。


 まさに八方塞がり。ロマリオン人は選民思想に凝り固まっており、併合されれば少国家の民達の運命が過酷なものになる事は想像に難くない。避けられぬ暗黒の未来に誰もが悲嘆に暮れていた。




 そんなある時の事……


 西の4ヶ国の一角、レイオット公国。都市国家であり、国と同名であるこの街の街中、それも大通りに面した食事処で白昼から女性の悲鳴と男達の下品な哄笑が響き渡る。


「おら、いいから俺達に酌しろって言ってんだよ!」

「ひぃっ! ど、どうかお許しを……」


 4人程の武装した男達が給仕の娘に絡んでいる。ここは大通りに面した大衆向けの食事処で、断じてそうしたサービスを提供する酒場の類ではない。しかも時刻は昼間だ。


 だと言うのに男達は衆目も憚らずに下品な振る舞いを恥じてもいない。


「あ、あの……軍人様方、ここはそういった店ではないので……」

「うるせぇっ!」


 バキッ! と鈍い音と共に止めに入ろうとした店の主人が鼻面を殴られて吹き飛ぶ。給仕の娘が悲鳴をあげる。他にまばらにいた客達は皆とばっちりを恐れて逃げ出して遠巻きに眺めているだけだった。


「へっ! 非選民の分際で俺達ロマリオン人に意見する気か!? 身の程を知れ!」


 他の3人がゲラゲラと笑う。そして給仕の娘を捕まえて寄ってたかって半裸に剝いて、その身体をまさぐる。まるでいかがわしい娼館のような光景であったが、見ている者達は眉をしかめるばかりで誰も止めに入らない。


「何の騒ぎだっ!?」


 そこにレイオット公国の紋章が入った鎧を着た騎士に率いられた衛兵隊が駆けつける。しかし狼藉を働く男達は余裕の表情を崩さない。


「おやおや、お勤めご苦労さん、衛兵諸君」


「……貴殿ら、これは何のつもりだ? ここは娼館ではない。公序良俗に反するような行為は控えて頂きたい!」


 半裸に剥かれた給仕の姿を見た騎士が青筋を立てながら問い詰めるが、男達はどこ吹く風だ。


「あぁ? こーじょりょーぞくに反するから何だってんだ? 俺達をしょっ引きでもするか? 面白ぇ、やれるもんならやってみろよ、おら」


「く……!」


 あからさまな挑発に騎士は悔しげに歯噛みするがそれだけだ。騎士が動けない理由を充分解った上で男達が鼻で嘲笑する。



 男達はロマリオンから派遣されてきた『大使』付きの兵士達であった。彼等に何かすればみすみすこの国を侵略させる口実を与える事になる。それが解っているから騎士達は動けないし、男達は増々笠に着る。


「へへへ、立場の違いって奴が解ったらとっとと失せろよ。それともそこでアホ面晒して見物してるか? 俺達はどっちでもいいぜ?」


「……ッ!」


 男の言葉に騎士は怒りと屈辱に顔を赤黒く染めながらも、拳を握り込んで踏み止まる。その手が今にも剣の柄に掛かりそうになって、寸前で辛うじて抑える。


「へへ、非選民のクズ共が。お似合いだな。それじゃ分を弁えた愛国心ある衛兵諸君にご褒美だ! 俺達がこの女とヤる所をじっくりと拝ませてやるよ。感謝しろよ?」


 騎士達を嘲笑いながら男達は給仕の娘の服を完全に剥ぎ取って全裸にしようとする。何をされるか悟った娘が本能的に悲鳴をあげる。


「ああ……! お、お助け、お助け下さい!」


「ははは! あの木偶の坊どもに何を言っても無駄だぜ? 分かったら大人しく――」



 男はその先の言葉を続ける事が出来なかった。何故なら、その瞬間には……首と胴が生き別れになっていたからだ。



「……は?」「な…………」



 呆けたような声は残りの男達から。そして信じられない物を見たかのような驚愕の声はレイオットの騎士から。





 ――血塗られた剣を携えた1人の男がそこに佇んでいた。





 騎士達の目にも一体いつ近づいたのか解らなかった程の早業。そして目にも留まらぬ剣閃。一瞬で狼藉を働く男の首を落としたその人物は、何が起きたのか解らず呆けていた残りのロマリオン兵の1人の胸に剣を突き立てた。


「ぐふ……!」

「き、貴様ぁっ!!」


 ようやく我に返った兵士の1人が剣を抜いて斬り掛かってくるが、謎の人物は凄まじい身のこなしで剣を避けると再び得物を一閃。斬り掛かってきた兵士の首が飛ぶ。


「ひっ!? お、おい、来るな! そこで止まれ!」


 残った1人が咄嗟に給仕の娘を盾にして謎の人物を牽制する。娘が呻く。それを見た謎の人物が動きを止める。


「こ、この野郎! 解ってるのか!? 俺達のバックにはロマリオン軍と、そして何より【邪龍殺し】のシグルド様が付いてんだぞ! こんな事しやがって絶対に許さねぇ! この国はもうお終いだ!」


 怒り狂った兵士の言葉に騎士が目を剥く。


「そ、そんな、待ってくれ! こいつと我々には何の関わりも……」


「うるせぇ! んな話が信じられるか! どっち道俺達が『大使館』に何事もなく戻らない時点でてめぇらの運命は決定って訳だ! 今更後悔しても遅――」


 喚き散らす兵士の注意が一瞬騎士の方に逸れた瞬間、謎の人物が神速の踏み込みで接近。突き出した剣が給仕の娘の頭のすぐ横を通り抜けて、兵士の顔面を串刺しにする。


「……! ……!!」


 兵士が身体をビクンッビクンッと痙攣させてすぐに動かなくなる。給仕の娘は腰を抜かしたようにその場にへたり込んでしまう。


「お、お前……お前、何者だ? な、なんて事を……! 自分が何をしたか解っているのか!?」


 とりあえず娘を衛兵達に保護させると、騎士は謎の人物に食って掛かる。


「これでもうレイオットは終わりだ! お前と我々が無関係だと主張してもロマリオンは決して信じないだろう! またとない口実だからな! どうしてくれるんだ!?」


 謎の人物がゆっくりと騎士の方を振り向く。フードを目深に被り、顔を仮面のような物で覆っているのが解った。



「……どの道ロマリオンは全ての国を併呑するつもりだ。遅いか早いかの違いでしか無い」



 その声も仮面に阻まれてくぐもって聞こえた。辛うじて男だという事が解る声色だ。


 謎の人物は言いながら左手を前に掲げる。その手首には高価な装飾の施されたブレスレットが嵌っていた。角の生えた馬……一角獣ユニコーンをあしらったその独特の装飾に騎士は見覚えがあった。


 ユニコーンはエレシエル王国の建国神話にも登場する神聖な生き物で、同王国では聖獣として敬われていた。そのシンボルをかたどった装飾品は王族しか身に付ける事が許されておらず、取りも直さずそれはエレシエル王家に連なる事の証明でもあった。


「お、お前、いや、あなたは……」


「さあ、もう後には引けんぞ? むざむざ併呑される事を良しとしないのであれば、今すぐこの国の公王に取り次げ。既に賽は投げられたのだ」

 


 ――今、大陸の片隅で、ロマリオン帝国に対する反逆の狼煙が静かに上がりつつあった………… 


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