第22話 血風剣舞

「てめぇ……白馬の王子様気取りかよ。出しゃばって余計な首突っ込んだ事、死んでから後悔しろや! やっちまえ!」


 ゴルロフの指示を受けて他の剣闘士達が動く。ここは剣闘士達が訓練する為の施設なので、スペースは十分にある。暴漢達はそれぞれ得物を手に四方から襲い掛かる。


 だがサイラスはふっと笑うと、正面の1人に狙いを定めて躊躇う事なく一直線に突き進む。他の方向から襲ってくる者は一切無視だ。


 ターゲットにされた剣闘士が慌てて後ろに飛び退こうとしたが、サイラスの方が遥かに速い。私の目でも負いきれない程の鋭い一閃と共に、サイラスの剣が男の胸に吸い込まれる。


「てめぇ!」


 他の男達が怒声を上げながら追い縋ってくるが、個々に好き勝手に殺到してくるだけで、まるで連携が取れていない。サイラスはその粗を突いて広いフィールドを縦横に動き回り、巧みに一対一の状況を作り出しながら敵の数を減らしていく。


 そう間を置かずして、最初の奇襲で死んだ2人を含めて7人の暴漢達の死体が転がる事になった。


「さて、ここまで減らせば充分。後は一気に片づけるか」


「くそ! てめぇら、1人相手に何チンタラやってやがる! どの道これをシクったら・・・・・確実に俺等の命は無ぇんだ。死ぬ気で掛かれや!」


 サイラスの強さに及び腰になっていた生き残りの剣闘士達が、ゴルロフの発破に逃げ道を無くしサイラスに殺気を向ける。


 生き残った4人の剣闘士が一斉に斬りかかってくる。サイラスは何故かその場を動かない。替わりに剣を横に構えてスッと身を屈める。男達の剣がサイラスに届こうかという瞬間――




 ――血風が舞った。




 サイラスは自分の身体を軸にして回転し、男達の間を縫うようにして移動しながら、その攻撃をいなしつつ連続で斬り付けたのだ。



 それはまさに死の竜巻とでも言うべき、恐ろしく……それでいて見惚れる程に美しい回転剣舞であった。



 一陣の赤い竜巻が通り抜けた後には、無残な屍を晒す4人の男達が倒れ伏していた。全員が急所を切り裂かれて即死していたのだ。


 数にして11人。時間にして僅か2、3分。しかも男達はただの暴漢ではなく訓練された剣闘士達だ。これが……【ヒーロー】ランクの強さ……! 



「ぬぐぅぅぅ! てめぇ……絶対に許さねぇ! 俺達の計画を邪魔しやがってぇ! ぶっ殺してやるぅ!」



 手下が全滅した事で後の無くなったゴルロフが、自身の得物……巨大な戦槌を手に吠える。


「吠えるばかりで一向に嚙みついてこない見掛け倒しの犬と同じだね、君は」


 だがサイラスは冷たい声音で嘲笑するのみ。ゴルロフの顔が朱に染まる。


「ぬがあぁぁぁっ!!!」


 ゴルロフが戦槌を振りかぶって突進する。巨大な戦槌は一撃でも受ければ致命傷だ。それは誰が相手であっても変わらない。だが……


「ふっ!!」


 サイラスは全く臆する事無く、自身も正面から突っ込む。その神速と表現しても差し支えない踏み込みは、5メートルは空いていた両者の距離を一瞬にして無い物とする。


 ゴルロフが振り下ろす戦槌を危なげなく回避したサイラス。そのまますれ違うように見えたが、そこで再び剣閃が軌跡を描く。私の目では殆ど消えたとしか思えない程の速さで閃いた斬撃は、狙い過たずゴルロフの首筋を切り裂いていた。


 それ程深く斬ったようには見えなかったが、どうやら正確に頸動脈を切り裂いていたらしい。冗談のような勢いでゴルロフの首から血が噴き出る。


「お……おぉ……! 馬鹿な……! この、俺様が……」


「本来はアリーナで彼女に殺される事を望んでいた命だ。別に惜しくはないだろう?」


 倒れ伏し動かなくなるゴルロフに、サイラスは冷たく言い捨ててから剣を収めた。そしてゆっくりと私の方に視線を向けた。 




「あ…………」


「ふぅ……災難……いや、そんな言葉では生ぬるいか。とにかく無事で良かった。待ってて、今外してあげるから」


「……!」


 その優しい声を聞いた時、不覚にも涙ぐみそうになってしまった。また自分を恥じる心もあった。一瞬だが、こんな姿の私を見て、サイラスもまた劣情を催すのではないかと恐怖したのだ。


 サイラスに申し訳ない気持ちで赤面してしまう。そんな私の様子を誤解したのか、サイラスは慌てて目を逸らした。


「あ、いや、済まない。そのような格好の女性の姿をまじまじと見る物ではないな。すぐに済むから動かないでいてくれ」


 目を逸らしながらも器用に、足を拘束している縄を短剣で切ってくれる。


「あ、ありがとう、ございます……」


 大股開きの姿勢で固定されていた為、股関節にかなり負担が掛かっていたのだ。久方ぶりに脚を閉じれたような気分になって、私はホッとして安堵から身体中の力が抜けかける。


「さて……この手枷は剣で切るという訳にも行かないか。ちょっと待っててくれ」


 サイラスはそう言ってゴルロフの死体をまさぐっていたが、やがて何かを見つけたらしく死体から取り出す。それは小さな鍵のようなものだった。


 それを手枷の鍵穴に合わせるとピッタリと嵌って回す事が出来た。ガチャリ! という音と共に、私の両手を後ろ手に拘束していた手枷が外れて床に落ちる。


「さあ、これで大丈夫だ。立てるかい?」


 サイラスが手を差し伸べてくる。自由を取り戻した手をさすっていた私は、目の前に差し出されたそれを殆ど反射的に手に取っていた。


 その細身の身体からは意外な程の強い力で引き起こされた。勢い余った私の身体はそのままサイラスの腕の中にすっぽりと納まってしまう。


「おっと」

「……!」


 男性の身体に抱きすくめられる事になった私は一瞬で上気し、気付いた時には反射的に手が動いていた。


「ぶ、無礼者!」


 パシィッ! という小気味良い音が響き、頬を張られたサイラスが私から手を離す。自分の立てた音で私は正気に戻った。


「あ……ご、ごめんなさい! 私、反射的に……!」


 助けてくれた恩人に何という事を。自己嫌悪に陥っていると、サイラスの笑い声が聞こえた。


「いやいや、私もレディーに対して少々不躾だった。君が余りにも魅力的だったから、つい勢いに任せてこの腕に抱えたくなってしまったのだ」


「……ッ」


 臆面もなくそんな風に言ってのけるサイラスに、私は増々赤面してしまう。周りに大勢の人間の死体が転がっている状況で、我ながら如何なものかとは思ったが。


 同じ事を思った訳でもないだろうが、サイラスも周りを見渡して溜息を吐いた。


「君のような女性と語り合うのに適当な場所とは言えないな、ここは。とりあえずこの場を離れようか。後の処理は闘技場側の仕事だ」


「あ……は、はい」


 サイラスに連れられて血生臭い修練場を後にし、地上階への通路を進んでいくが、その途中でサイラスが何か気になる事があるかのように考え込んでいるのに気付いた。


「あ、あの……サイラス様? どうなさったのですか?」


「ん? ああ……その前に、私は様付けされるような大層な人間ではない。どうかサイラスと呼んで欲しい」


「あ……わ、解りました、サ、サイラス……。では、わ、私の事もどうぞカサンドラと……」


 シグルドに囚われて以来、誰かに名前を呼ぶ事を許した事は一度もなかったが、気付くとそう口にしていた。自分の心理に自分で驚いたが、彼は危ない所を助けてくれた恩人なのだから別に不自然な事は何もない、と自らに言い聞かせた。


「ありがとう……カサンドラ。で、気になっていたんだが、ブラッドワークスには誰も居なかったのか? 他の剣闘士達は勿論、衛兵さえも?」


「……! は、はい。そうなんです!」


 それは実際不可解であった。


「ふむ。あの連中に衛兵を買収できるような資金力も影響力もあったとは思えないな。と、なるとこれには主催者……つまり闘技場側が絡んでいる可能性があるな」


「……ッ!」


 正直その可能性を考えなかった訳ではない。だがいくら何でもここまでしてくるか、という思いがあったのだ。それに私はまだシグルドを飽きさせて・・・・・はいないはずだ。下手をすれば玩具が壊れる・・・危険もあるような行いを許可するものだろうか……?




 そんな事を考えている内に、通路を上ってブラッドワークスへと戻ってきた私達。そこには先程とは打って変わって大勢の人の気配があった。



「あらあら、地下で獣が大騒ぎしていると思ったら、戻ってきたのは意外な人物だったわねぇ」



 ルアナであった。後ろに10人以上の衛兵を従えて、嫌らしい笑みを浮かべて腰に手を当てている。私はルアナのその笑みを見た瞬間に確信した。それは隣のサイラスも同様だった。


「……ルアナ嬢。あの連中はあなたの差し金か?」


「何の事かしら、サイラス。でもよりによってあなたがその女を助けるなんてね。私に対する当てつけかしら?」


「そんなつもりは一切ない。あのような現場を見れば助けるのは人として当然の事」


 この2人は知り合いなのだろうか。単なる剣闘士とマッチメーカーというだけの関係ではない事が窺えるやり取りであった。


「ふん……相変わらずのお人好しね。私よりその女を選んだ事、必ず後悔する事になるわよ」


 そう捨て台詞を残し、私に一睨みくれてから、ルアナは衛兵達を引き連れて立ち去って行った。それを厳しい目で見つめるサイラス。彼等の間に過去何があったのだろうか。


 彼の事が気になるとは言え、まだ出会って幾らも経たない男性の過去を興味本位で聞くというのも憚られた私は、ただ黙ってその横顔を見つめる以外に出来る事は無かった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る