第21話 貞操の危機

 【ウォリアー】となってからも、敵は格段に手強くなってきたものの、それでも勝ち星を上げる事が出来ていた。そんな最中さなか、『事件』は起こった。



 【傭兵戦士】ロゲールを下して、いつものようにブラッドワークスに戻ってきたのだが、妙に静かで人の気配がしない事に気付いた。


 常であれば試合前のイメージトレーニングや精神集中を欠かさない剣闘士達や彼等を監督、激励する興行師などの姿がちらほらと見受けられ、また設備保全の為の奴隷が壁際に何人か控えているのが普通だ。しかし何故かこの時はそうした人間達の姿が不自然ともいえる程に全くおらず、がらんどうとしていたのだ。


 また剣闘士同士の揉め事を監視する為に、入り口に控えているはずの衛兵の姿も見当たらない。


 勿論多くの人間が出入りする、大闘技場の共同控室である。個人個人で見れば、この場に居ない理由はいくらでも思いつく。衛兵だってたまたま用を足しに行ったり、急な呼び出しが掛かって一時的に持ち場を離れたという事はあるかも知れない。


 だがそれらが全て一斉に同時に起きる事などありえない。偶然? いや、そんなはずはない。妙な胸騒ぎを覚えて足早にこの場を後にしようと、通路に続く出入り口に近付いた時だった。



 入口の陰からいきなり2人の男が飛び出してきた。身なりからしてどちらも剣闘士だ。



「……ッ!」


 咄嗟にグラディウスを抜こうとするが、不意打ちだった事もあって間に合わなかった。剣の柄に掛かった手を男の太い腕に押さえられる。そして同時に左手も掴み取られる。こうなると単純な膂力の差で振りほどく事が困難になる。


 そこにもう1人の男が私の後ろに回り込んで羽交い締めにしてきた。腕を掴んでい男が私の剣と盾を床に叩き落とす。大きな音が響き渡るが、衛兵が駆けつけてくる様子がない。


 まさか……衛兵もグルなのか!?


 前にいる男が素早く不潔な布切れを私の口に押し込んできた! 不潔感と不快感にえずきそうになるが、後ろからもう1人の男に羽交い締めされている為に布を外す事が出来ず、くぐもったうめき声を上げる事しか出来なかった。


「へ、へへ……た、たまんねぇな。今すぐヤっちまいてぇなぁ……!」

「……!」


 前の男が私の胸に無遠慮に汚い武骨な手を這い回らせながら、よだれを垂らさんばかりに興奮していた。おぞましさに全身に鳥肌が立つ。


「そんな事したら他の奴等・・・・に殺されるぞ! いいから早く連れてくぞ!」


「ちっ……解ってらぁ……!」


 前の男は屈み込むと、私の両足を掴んで一気に持ち上げた。私は2人の男に仰向けに持ち上げられた状態で、どこかに運ばれていく。勿論その間にも必死で暴れたが、男達はどちらも2メートル近い巨漢で膂力に秀でたタイプらしく、そんな男2人掛かりの前には儚い抵抗でしかなかった……




 男達に連れ込まれた先は、地下に造られた修練場であった。かつて私もここでマティアスの特訓を受け、あの奴隷の男性を殺害した場所でもある。


 壁際に等間隔で照明替わりの松明が掛かっており、直径20メートル以上はあろうかというその空間を淡く照らし出していた。


「……!」


 私は息を呑んだ。そこには10人以上の男達が待ち構えていたのだ。誰もが異様な興奮に昂ぶりを感じているかのような雰囲気であった。私の中の危機感が更に強くなっていく。心臓の動悸が増々強くなり、胸を突き破りそうな程だった。


 部屋の中央まで運ばれた私はそこでようやく地面に降ろされるが、相変わらず2人に押さえつけられたまま身を起こす事が出来ない。



 部屋で待っていた男達の集団から1人が進み出てくる。その手には短い鎖で連結された手枷を持っていた。


「ん!? んんーー!!」


 何をするつもりか悟った私は再び全力で暴れる。だが男達の力は凄まじく、僅かに身じろぎが出来ただけだった。男達に強引にうつ伏せにされ、両手を腰の後ろに回される。そして両手首に冷たい鉄の枷が食い込む。


 抵抗虚しく私は手枷で後ろ手に拘束された形となってしまう。それだけではない。


 別の男が槍を片手に私の足元に屈み込む。私を串刺しにでもするつもりかと思ったのも束の間、私の両足が男によって大きく割り裂かれ、短い槍の両端にそれぞれ縛り付けられる。


 つまり私は大股開きの姿勢のまま、足をすぼめる事も出来ない状態になったという事だ。勿論後ろ手に拘束されているので、足を槍から解く事も不可能だ。


 手足を完全に拘束された状態で、10人以上の屈強な男達に囲まれて好色な視線で見下ろされている。中には……いや、大半の男達が興奮に息を荒げてズボンの股間部分を押し上げてた。


 剣闘試合とは全く性質の異なる危機感に私は恐怖する。知らない……。これから何が起ころうとしているのか、私は知らない。


「ふ……ぐ、う……!」


 嚙まされた布の奥から抑えきれない呻きが漏れてしまう。同時に身体が小刻みに震え出して、まなじりから涙が溢れ出てくる。



「ぐ、へへ、へ……いいザマだなぁ、【隷姫】ちゃんよぉ?」

「……ッ!?」



 聞き覚えのある声に目を見開く。私の視線の先には、男達をかき分けて後ろから現れた巨漢……【略奪者】イジャスラフ・ゴルロフの姿があった。






 以前の試合で私が敢えてその命を奪わなかった男……ゴルロフが、まさかこんな形で私への報復を目論んでいたとは……!


「お優しいお姫様に、命を助けてもらったお礼がしたいってずっと考えてたんだよぉ。小娘に負けた挙句に情けまで掛けられたってんで、俺はもうこのフォラビア中の笑いモンさぁ! ありがたくって涙が出るぜ!」


「……!」


「だからなぁ……こうしてお前に不満持ってる連中を集めてお礼参りに来たって訳さ」


 その言葉に男達の1人が進み出る。


「そうさ! お前みたいな……女が【ウォリアー】ランクなんて馬鹿げてるぜ! どうせ客寄せのマスコットで特別扱いされての結果だろうが! 真面目にやってるのが馬鹿らしくなってくるぜ」


 同意の声が全員から上がる。他は全員【マーセナリー】か【ソルジャー】ランクの連中のようだ。せめて反論したかったが、口に布を詰め込まれているのでそれも叶わない。


「へへ……つー訳でよぉ。おめぇが所詮は女なんだって事を、たっぷりと『教育』してやらねぇとなって事になったんだよ!」


「……ッ!」


 言いながら、ゴルロフが覆いかぶさってきた。毛むくじゃらのごつい手が、私の胸を無遠慮に揉みまわす。


「んんっ! ん……!」


「へへへ、たまんねぇぜ、この触り心地。これが高貴な味って奴か。おめぇもよがってんじゃねぇか。お姫様は案外好きモンみてぇだなぇ?」


 周りの連中がドッと笑って囃し立てる。悔しい! こんな奴等に……! しかし手足は拘束されて動かせず、喋る事も出来ない。奴等にされるがままだ。


「げへへ、さぁて……前戯なんてまどろっこしいモンは無しだ。こっちはもう準備万端・・・・だからなぁ。お構いなしにぶち込んでやるぜ」


 ゴルロフがズボンのベルトをカチャカチャと鳴らして、その下から何か・・を取り出す。


「……ッ!」

 おぞましい物体が目に入りかけて、私は咄嗟に目を固く閉じた。


「おら! 目ぇ開けろやっ!」


 他の剣闘士が怒鳴りつけてくるが、絶対に開ける気はなかった。


「へへへ、まぁいいじゃねぇか。目ぇ瞑って必死に我慢してる女を無理矢理ヤるのってのも乙なモンだぜ」


 私の股間を覆っている革のビキニが横にずらされる感覚。替わりに……何か硬い物・・・・・があてがわれる感触。


「へへ、折角こんなエロい衣装着てんだ。素っ裸に剥くよりも却って興奮するってモンだぜ」


 ゴルロフや周りの男達の下卑た哄笑が響く。私は足を必死に閉じようとするが、僅かにすぼめる事さえ出来ず、ただ内腿の筋肉がピクピクと収縮するだけだった。


 こいつらは私を直接的に殺そうとしている訳ではないので、敢えて身を任せて呪いの力で脱出するという手も使えない。


「ハハハ! それじゃあ一番槍・・・と行くか!」

「んんっ!! んんんーー!!」



 嫌……嫌だ……! 助けて……アル! アルーーー!!!




 ――シャァァァ……ン




 剣を抜き放つ音・・・・・・・、そして続いて何か肉を裂くような音・・・・・・・・が響いた。



「はははは――――は?」



 周りを取り囲んでいた男達の1人が間の抜けた声を上げる。


「あ……あ……?」

「おい、どうした?」


 不審に思った隣の男が問い掛けようとして振り向き……目を見開いた。最初の男の首が徐々に横にずれていく・・・・・・・。首から下の身体の位置はそのままに、だ。


 やがて完全に身体から切り離された頭がボトッと床に転がる。間を置いて身体の方も切断面から噴水のように血を噴き出しながら前のめりに倒れた。


「お――――」


 隣の男が何か言う前に、その胸に剣の切っ先が突き刺さっていた。2人目の男も崩れ落ちる。


「な……な……何だ、てめぇ・・・は!?」


 ゴルロフ含めて、ここに至ってようやく異常を察知した暴漢達が一斉に距離を取りつつ武器を抜き放つ。



「何だ……か。そう誰何されるのは、むしろ君達の方が相応しいのではないかな? アリーナ以外で剣闘士同士の暴力行為、刃傷沙汰はご法度のはずなんだが……私の記憶違いだったかな?」 

   


「……!」

 聞き覚えのある声に、私はようやく目を開ける。この……声は……



「たった1人の女性を、大勢で寄ってたかって襲うとは……君達のような輩がいるから男というものが誤解される。どのみち君達には剣闘士を名乗る資格は無さそうだな」



 剣を振って血糊を落とす金髪碧眼・・・・の1人の男性……【烈風剣】サイラス・マクドゥーガルであった!

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