第9話 【コンスクリプト】禁死の呪い

「……初戦突破、まずはおめでとうと言っておこうかしら?」


 アリーナを辞し剣闘士達の控室である大きなホール、通称【ブラッドワークス】に戻ってきた私を、ややキツめの女性の声が出迎える。



 視線を向けた私の前には、20歳代の美人だがキツめの顔立ちの女性が立っていた。



 ルアナ・クロズリー。女性ながらこの英雄都市フォラビアの政務官の1人であり、同時にこの闘技場のマッチメーカーも兼任する才媛だ。


 巧みに観客のニーズに応えた試合を組み、この闘技場を盛り上げてきた立役者の1人でもあり、シグルドからの信任も厚いらしい。その為私の試合に関しても、対戦相手の選出や段取りなどは全て彼女に一任されているとの事。


 この闘技場の8つの階級システムを作ったのも、シグルドにその枠から外れた【グランドチャンピオン】として君臨するように勧めたのも彼女であるらしい。



 シグルドがこの闘技場の表の主なら、謂わば彼女は裏の顔役と言った所か。



「ふん……圧勝なんて言われてるけど、剣聖マティアスの指導と特訓を直接受けてきたんだから、むしろあれくらい出来て貰わなければ困るわ。あなたが確実に勝てるだろう相手を選んだだけの事なんだから、間違ってもおごったりしない事ね」


「……解っています」 


 彼女はこの街の、そして闘技場の利益最優先で動いている。初の女剣闘士であり、エレシエル王家の血を引く最後の王族である私の『商品価値』は非常に高いらしく、すぐに死なれてもらっては困るという訳だ。

 なので可能な限り私の事を長く利用するつもりでいるのは明らかだ。


「まあとは言え、ここの観客達は皆目が肥えてる。だから八百長は一切なしよ。その事も肝に銘じておきなさい」


「…………」


 多少私に配慮されているとは言え、相手は本気で私を殺しに来る事に変わりはない。油断は即、死に繋がる。要するに今後も驕りや慢心する事なく試合に励めと伝えに来たのだろう。


「次の試合は一週間後よ。それまで精々鍛錬に励んでおく事ね」


 それだけ告げるとルアナはきびすを返した。私は溜息をつくと、疲れた身体と心を癒やすために、与えられた個室へと戻っていった。



****



 【コンスクリプト】としての私の試合はその後も順調に進んだ。相手はいずれも初戦のアルバロと大差ないレベルであった為、私の地力のみで勝ち進む事が出来た。2試合を勝ち進んだ私は、ルアナから一つ上の階級……つまり下から3番目である【ソルジャー】への昇格試合を告げられた。


 徴集兵レベルであった【コンスクリプト】と異なり、【ソルジャー】は正規兵レベルの階級との事。昇格試合は、その【ソルジャー】階級の剣闘士との戦いとなる。



『さあ、紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせしました! 今日は週に一度の〈特別試合〉の日。カサンドラ王女は果たして【ソルジャー】ランクへと昇格できるのか!? それとも無慈悲な『処刑』が執行されてしまうのか!? 刮目だぁっ!!』



 大歓声が鳴り響く中、今日も私はアリーナへと進み出る。これで都合4戦目。観客の無遠慮な野次や好色な視線にもようやく多少慣れてきた感じはある。



『特別試合の〈処刑人〉を務めるのは、【ソルジャー】ランクの剣闘士、フィルマン・ヴァロだぁっ!!』



 正面の赤の門から進み出てきたのは、長い槍を両手に持った大柄な剣闘士だ。板金鎧で身体を覆っており、防御力も高そうだ。



『両者、準備はいいか!? ……それでは、始めぇっ!!!』



「むんっ!」

「……!」


 フィルマンが気合と共に槍を突き出してくる。今まで戦ってきた【コンスクリプト】階級の者と比べると格段に鋭い突きだ。正規の訓練を受けた兵士と同等というのも頷ける。


 私は後ろに飛び退って躱す。フィルマンは長槍のリーチを活かして、私の足元を狙うように攻撃してくる。


 私の戦闘スタイルだとどうしても足元は弱くなる。武器のリーチが短いので自分の足元までフォロー出来ない為だ。その為、フィルマンが連続突きを放ってくるのを防げず、どんどん後ろに追いやられていく。


「く……!」


 このまま追い立てられるのはマズい。壁際まで追い詰められればそれ以上後ろに躱せない。それがフィルマンの狙いだろう。ここは多少強引にでも前に出るしかない。


「ふっ!」


 フィルマンの突きに合わせて、片脚を上げて横に逸れるように身を躱しながら、強引に距離を詰める。距離さえ詰めれば長槍のフィルマンに比べて私が圧倒的に有利だ。


 だがフィルマンは慌てる事なく、逆に口の端を吊り上げた。


「……!」


 しまった、これはフィルマンの誘いだ! 私は焦りからまんまとそれに乗ってしまったのだ。



 フィルマンはフェイント・・・・・で浅く繰り出していた槍を素早く引き戻すと、無防備な私の胴体目掛けて一気に槍を突き入れてきた。身体を横に逸らしたまま強引に前に進んでいた私はその攻撃を躱せない。



 躱せない? ならば……躱さなければいい・・・・・・・・



(アル……私に力を貸して!)


 私はアルの顔を思い浮かべながら、敢えて・・・槍の穂先の前に身体を晒した。


「……ッ!」


 その瞬間、私は自らの身体を支配する抗い難い力を感じた。凄まじい勢いで上に・・跳躍すると、フィルマンの槍を軽々と飛び越えて・・・・・躱した。


「なぁ……!?」


 フィルマンの驚愕の声。その気持は私にもよく解る。突如、別人・・のような超絶的な体術で突きを躱した私は、フィルマンの真横……至近距離に着地する。


 考えている暇はない。フィルマンが驚愕で硬直している隙を狙って、その喉元に剣を突き入れる。


「がっ……!」


 呻き声と共に、その口と喉から大量に血液が溢れ出る。私が剣を引き抜くと、フィルマンは物も言わずに崩れ落ちた。即死であった。




『お、おおーー! し、信じられない! カサンドラ王女、【ソルジャー】ランクの剣闘士を下したぁぁっ! さ、最後に見せた超人的な挙動はまぐれかそれとも!? とにかく大罪人カサンドラ、今日も『処刑』を生き延びたぁぁっ!!』




 アナウンスに合わせて再び大気を震わせる歓声、怒号。まだまだ私の『倍率』は高いらしく、一攫千金を狙う山師くらいしか私に賭けていないので、圧倒的に怒号の割合が多かった。







 青の門から退場し、控室に戻る私の前に大きな影が立ちふさがった。


「ふ……早速俺が授けた力・・・・・・を使ったか。中々興味深い一戦だったぞ?」


 シグルドだ。俺が授けた力、という言葉に私は唇を噛みしめる。死ねばアルと同じ場所に行けると思えばこそ自殺行動も怖くなくなるのだ。あの力を使いこなせたのはアルのお陰であって、断じてこの男の力などではない。


「……どいて下さい。私は疲れているんです」


「くく……お前が考えている事は解るぞ? どうせ勝てたのはあの負け犬・・・のお陰とでも思っているのだろう? あの程度の男に未だに縛られているとは、哀れな女だ」


「……!」

 こいつ、今何と言った? アルの事を……負け犬と呼んだのか?


「黙れ、外道めっ!」


 私は瞬間的に激昂して、思わず持ったままだった小剣で斬りかかった。だが勿論……


「ぐ……う……!」 


 私は全身の筋肉が硬直したような感覚に襲われ、体が動かなくなってしまう。この男の『呪い』の力だ。そのまま床に崩折れて四つ這いになる私をシグルドは傲然と見下ろしながら嘲笑する。


「ふ……無様だな。今のお前にはまだそこ・・がお似合いだ」

「く……!」


 シグルドが片脚を上げて私の頭を踏みつける。踏みつける力に押されて、私は手足は四つ這いのまま頭だけを床に押し付ける、屈辱のポーズを取らされる。



「……3日後、俺の……【グランドチャンピオン】の『防衛戦』がある。そこで今のお前と俺の『差』というものを教えてやろう。楽しみにしていろ」



 それだけ言うと、シグルドはようやく私の頭から足をどけて、悠々と立ち去っていった。後にはただ屈辱にまみれた私が、犬のようなポーズのまま這いつくばっているのみだった……

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