第1話 栄光の片隅で
超大陸アルデバラン。この大陸ではそれまでエレシエル王国とロマリオン帝国という2大国家が10年以上に及ぶ戦争状態にあった。泥沼化した大戦は他の少国家群も巻き込み、大陸に住まう人々は明日をも知れない我が身を嘆き、貧困と絶望に喘ぐばかりであった。
しかし明けない夜はない。この地獄の大戦はロマリオン帝国に突如として現れた1人の英雄によって終息を迎えていく事になる。
シグルド・フォーゲル。元は帝国の辺境出身という事だが詳しい出自は誰も知らない。
その見る者を圧倒させる威圧感ある風貌。帝国の騎士団長達すら物ともしない凄絶な剣技。丸一日以上でも剣を振り続けていられる常人離れした体力。不死身なのではと噂される程の馬鹿げた耐久力と回復力。
そして何より……自身を
魔物の群れに襲われていたロマリオンの皇女を助けた事が切欠で、その人間離れした強さに目を留めた皇女と皇帝によって帝国に召し抱えられた彼は、その圧倒的な強さと統率力で次々とエレシエル王国の軍や拠点を撃ち破っていった。そして遂には自らの手でエレシエル国王を討ち果たすに至り、20年近く続いた地獄の大戦に終止符を打ったのであった。
更にその過程でシグルドは、戦死者の魂を喰らい続ける事で神に成り上がろうとしていた【邪龍王】ファーブニルをも討ち倒していた。
戦乱を裏から操り多くの戦死者が出るように戦火を拡大・泥沼化させていた、言わばこの戦乱の黒幕とも言える邪龍は、再び戦乱を長引かせようと、快進撃を続けるシグルドの前に立ち塞がった。
シグルドとファーブニルの三日三晩続いた死闘は、まさに伝説に謳われるような神話の世界の戦いであったと言われている。その戦いは多くの人々に目撃されており、大陸中の酒場で彼の武勇伝が語られない日はなく、世界中の吟遊詩人達はこぞってこの戦いを
かくしてアルデバラン大陸は再び平和と安定を享受する事となった。だが……『平和』であったのは、戦勝国たるロマリオン帝国の民だけの話であった。敗戦国である旧エレシエル王国の民はその大半が捕らわれロマリオンの奴隷とされた。また他の少国家群も帝国とシグルドの暴威を怖れて不平等な条約を結ばされ、属国同然の扱いを受ける事となる。
これらの状況は容易に、ロマリオンの民に傲慢と選民思想を
****
「さあ、姫、こちらです! 急いで下さい!」
エレシエル王国の王都ハイランズ。今この街は、そしてこの国は、【
私のいる王城にも城下にいる市民や兵士達の悲鳴や怒号、攻城兵器の炸裂音などが響いてくる。城下からはいくつもの火の手が上がっていた。
王国近衛隊の騎士アルバート・キャクストンに促され、私は王城の地下にある貴人用の脱出通路を走っていた。王国建国以来一度も使われた事のなかった通路は薄暗くジメつき、所々蜘蛛の巣が張っていたりして、お世辞にも歩きやすいとは言えなかった。
「あうっ!」
私は散乱していた瓦礫に躓いて転んでしまう。変装用の質素な出で立ちとは言え、慣れない強行軍でつい足元が疎かになっていたらしい。アルバートが私の側に屈み込む。
「姫、どうか私に姫を背負う事をお許し下さい」
「え……」
こんな時ではあったが、私は思わず赤面してしまう。だって背負うという事は、彼と密着するという事で……
「時間がありません! どうか!」
「……っ。わ、解りました。お願いします」
確かに彼が背負った方がむしろ速いだろうし、今は一刻も早くここから脱出しなければならない時だ。私の個人的な感情を優先している場合ではない。
「ありがとうございます、姫。では……」
アルバートが私に背を向けて手を広げる。私は思い切って彼の背中に覆いかぶさる。この胸の動悸を彼に悟られなければいいが……
「失礼します。では、行きます!」
私を背負ったアルバートは、私の体重など全く感じていないかのような軽やかな所作で立ち上がると、かなりの速度で進み出した。当然揺れもかなりあるが、私は歯を食いしばって我慢する。
「このような体勢でご不便をお掛けして申し訳ありません、姫。本当であれば、その……
「まあ……! ふふ、大丈夫ですよ、
「お、畏れ多い事です……」
その吃ったような声音に、彼も相当緊張しているのだと解って尚更愛おしくなった。王都中の女性を虜にしていたアルバートだが、その甘い見た目に反してとても真面目で一途な性格である事を私は知っている。だからこそ彼を
「…………」
私は天井を見上げる。この天井の上……王城ではあの無法な帝国軍が押し寄せて、略奪や狼藉の限りを尽くしているのだろう。
お父様とお母様はこの国と運命を共にすると言って、アルバートに私を託して城に残られた。きっと今頃はもう……
「……っ!」
私は涙が滲んでくるのを必死で堪えた。私には3人の優秀な兄がいたが、第一王子はこの長い戦争の中で戦死しており、そして第二、第三王子の2人はあの恐ろしいシグルドによって討ち取られたと聞いている。まだ17歳の私だが、もう家族と呼べる人間は誰も居なかった。
その悲しみに思わず身体が震えるが、そこに厳しくも優しい声が掛かる。
「姫、お気を確かになさいませ。姫は今や尊きエレシエル王家の血を継ぐ唯一無二のお方。今姫が為すべきは、何としても生き延びる事で御座います。姫さえご存命であればエレシエル王国は滅びません。必ずや再起は叶います。不肖このアルバート・キャクストン、身命を賭して姫をお守りする所存です」
「ア、アル……」
「そして勿論……その、
「……!」
勿論私を叱咤激励する目的もあるのだろう。だが私はそこに彼の
私は涙を拭った。
「ありがとうございます、アル。お陰で少し元気が出てきました。あなたの言う通りです。エレシエル王家の血を絶やす訳には行きません。それに……そのように言ってくれて私も嬉しいですよ、アル。2人で必ず生き延びましょう!」
「ひ、姫……。はいっ! 必ずや……!」
アルバートは感激したように意気込んでいた。家族は皆死んでしまった。でも私にはアルがいる。アルが居てくれれば、アルが私を側で支えてくれれば、私は倒れずにいられる。そしていつか必ず、
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