第39話 【グラディエーター】獣王、吼える!

「ぬ……お、おのれぇ……カサンドラァァ……!」


 吐血し脇腹を庇いながらも、ジェラールが目を凶悪にギラつかせて私に向かって来ようとする。


「やってくれたなぁ……!」


 少し離れた所では、ルーベンスも片脚から血を流したまま立ち上がり私を睨めつける。


 共に私の所へ向かって来ようとしていた2人は、すぐに互いの存在に気付いたようだ。


「邪魔だっ!」「消えろぉ!」


 ほぼ同時に武器を振りかぶって邪魔者を排除しようとする。2人が互いに争い始めた事でようやく一息付けるかと思ったが……


「パーティーはこれからだぜぇぇっ!!」

「……!」


 いつの間にか危険な距離まで迫っていたレイバンが、ダガーを振りかざしながらジャンプするような勢いで私に突き掛かってくる。レイバンが初めて私に直接攻撃してきた瞬間だ。


 私は咄嗟に盾で殴りつけるようにしてレイバンを牽制。そのまま剣を突き入れる。だが奴は素早い身のこなしで私の剣を躱すと、身を屈めるようにして更に密着。逆手に持ち替えたダガーで斬り付けてくる。


「う……!」


 思った以上にやり辛い。今まで自分以上のショートレンジの相手はおらず、常に接近さえしてしまえば私が有利だった。だがレイバンは私以上の超接近戦を得意とする初めての相手だった。


「おらよっ!」


 辛うじてダガーの斬り付けを回避したが、すかさず前蹴りを放ってくるレイバン。


「ぐぶっ!!」


 私の剥き出しの腹に容赦ない蹴りがめり込んだ。胃液が逆流するような感触と共に、身体が衝撃で前のめりに折れ曲がる。


 だが胃液を吐く暇すらなく、私は強引に上半身ごと頭を横に逸らせる。その直後、一瞬前まで私の頭があった空間にレイバンの短剣が突き立てられた。回避が一瞬でも遅れていたら、私は後頭部から串刺しになっていた。


「……っう!」


 苦痛を堪えながら、剣を横薙ぎに振るう。だがレイバンは素早く飛び退って回避した。



「へっ、上手い事殺れそうな機会だったのによ! マジでやるじゃねぇか、姫さん!」



 妙にあっけらかんとした口調のレイバン。私は一瞬唖然とした。だが呆けている暇はなかった。向き合う私達の横合いから迫る巨大な影と響く足音。


「俺を無視するなぁっ!!」


 アンゼルムが私とレイバンをまとめて薙ぎ払わんと、大楯を叩きつけてくる。飛び退って回避したが、ジェラールに傷つけられた右脚の痛みで体勢が崩れてしまう。


 しまった! と思った時には、目の前でハンマーを振りかぶるアンゼルムの姿が……


「あ……」  


 回避が間に合わない。そして防御しても小盾ごと叩き潰されるだろう。


 また『力』を使うしかないのか!? しかしこれ以上の使用は、既にダメージが激しい身体では耐えられるか解らない。だがそれでもやるしかない……!


 そう覚悟を決めた時……



「させるかぁっ!!」



 レイバンが再びアンゼルムの背後に回り込んでダガーを突き出す。


「ぬがっ!?」


 上手く鎧の隙間を縫ってダガーを刺す事に成功したらしく、アンゼルムが痛みに巨体を仰け反らせる。


「この……何度も俺の邪魔をしおって、小狡い猿めがぁ! 今度という今度は許さん!」


「へ、へ……やれるもんならやってみなぁ!」


 怒り狂ったアンゼルムが完全にレイバンをターゲットにして追い回す。だがさしものアンゼルムも疲労の色が濃くなってきたのか、それとも細かい傷の蓄積によるものか、明らかに試合開始直後よりもその動きは精彩を欠いていた。既に得意の『盾突撃』も使えなくなっているようだ。


 ジェラールとルーベンスも浅くない傷を負っており、今も互いに傷つけ合っている。私は言うまでもなく疲労困憊、満身創痍だ。


 よくよく見れば、無傷なのはレイバンだけである。……果たしてこれは偶然なのだろうか? そう思いかけた時……




『さしもの精鋭達も、徐々に疲労や負傷が目立ち始めてきているぞ!? だがここで無情にも砂時計が満たされたぁ! クリームヒルト皇女が時計を反転させます! 6人目まで来たぞ! ロマリオン軍のヴァルガス将軍に拾われて養子となる以前の素性は一切不明! 魔物の巣食う樹海でたった1人生き抜いてきた脅威の野生児! 【獣王】ミケーレ・ヴァルガスだぁぁぁっ!!!』




 再び門が開き、新たな闘士が乱入してくる。これで未登場は残り2人だ。まだまだ先は長い。


 飛び込むようにして入ってきたのは、ボサボサの短髪にゆったり目の毛皮の腰布のみを身にまとった、上半身裸の若い男であった。若い男、というか想像以上に若い。少年と言っても良い年齢だ。下手をすると私よりも年下かも知れない。


 だがその細身の身体は限界まで引き絞られて、かつ柔軟性・伸縮性に富んでおり、まさに獣のような筋肉だ。その剥き出しの身体には、年齢に似つかわしくない無数の古傷が走っていた。


 両腕の先に、短い鉄の爪が付いた鉄甲を装着している。あれが武器のようだ。


 サイラスの話では、レイバンよりも更に近接戦闘特化型との事。私にとって対戦経験の少ない難敵がまた1人増えたようだ。


 ミケーレは低い唸り声を上げると、珍しく(?)私を無視してより手近にいるレイバンとアンゼルムの方に襲い掛かった。


「ぐうぅぅぅぅっ!!」

「ぬぅ!? 貴様ぁぁっ!!」


 的が大きいアンゼルムの背中に飛び付いたミケーレ。アンゼルムが怒り狂って振り落とそうと暴れる。


「カサンドラァァァッ!!」

「……!!」


 だがその時、双刃剣を振りかざしたジェラールが私目掛けて突撃してきた。ルーベンスとの対決をとりあえず制したようで、胴体を斜めに斬られて呻いているルーベンスの姿がその向こうに見えた。


 舌打ちする。あくまで休む時間は与えられないようだ。


 ジェラールが双刃剣を斬り下ろしてくる。ジェラール自身もかなりのダメージを負っているようで、その剣閃は最初と比べて見る影もなかった。だがダメージを負っているのはこちらも同じだ。


 盾では受けずに一歩後ろに下がって剣を躱す。ジェラールはそのまま柄を反転させ、今度は下側の刃で斬り付けてくる。


 今度は盾でその攻撃を弾いた。するとジェラールは再び柄を反転させて逆側の刃で薙ぎ払ってくる。が、私も相手がそう来る事は読んでいた。


 こちらも小剣を繰り出してその刃を受け止める。


「……!」


 ジェラールの双刃と私の剣盾が拮抗し、一時的に押し合いのような状況になる。だが相手は細身とは言え鍛えられた男だ。膂力勝負では圧倒的に不利だ。徐々に押し込まれる。


 と、その時……



 物凄い金属音と地響きが鳴った。




『おぉーーっと! ここに来て遂に最初の脱落者が出たぁっ!! 流石に条件が悪すぎた! 難攻不落のはずの【鉄壁】が今、地に沈んだぁぁっ!!』




 ――ワアァァァァァァァァァッ!!!



「……!」


 アナウンスと、観客の歓声や怒号で状況を察した。ミケーレに張り付かれていたアンゼルムが遂にやられたようだ。もしかしたらレイバンのダメ押しもあったのかも知れない。


 これで最初から戦い続けているのは私だけになってしまった。ミケーレはそのままレイバンに襲い掛かっているようで、こちらに介入してくる気配は無かった。

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