第二章 運命の出会い
第19話 【ウォリアー】変化する精神
私が【ウォリアー】へと昇格してから、早1か月程が過ぎた。【隷姫】などというありがたくもない異名を頂戴した私だが、昇格試合の5連戦のダメージが癒えるまでに2週間ほどの期間を要した。
だが回復すればまた地獄の剣闘の日々が始まる事が解っていたので、寝たきりで勘が鈍ったりしないようイメージトレーニングに努め、起きれるようになってからはすぐにリハビリも兼ねた訓練を再開していた。
その甲斐あって3週間目になる頃には、どうにかアリーナに出る事が出来るようになった。というより、ルアナからもうこれ以上は待たないという最後通牒を受けてしまい、否応なしに出された、という方が正しいが。
そして早くも1週間後には復帰第一戦目の試合の開催を告げられた。
『さあ、皆さん。今日は待ちに待った、「あの」昇格試合を生き延びた美しき剣闘士が一月ぶりにアリーナへと復帰する記念すべき日です! それでは早速の登場だ! 青の門より入場するのは、この剣闘都市フォラビアが生んだ奇跡! たおやかな姿のどこにその強さを秘めているのか……麗しの【隷姫】カサンドラ・エレシエルッ!!!』
――ウワアアァァァァァァァァァァッ!!!!
約1か月ぶりだからだろうか、観客達の熱狂も一入のようだ、と思う。私は例によって露出度の高い『鎧』姿だったので、主に男性の観客達の好色な視線がむき出しの肌に突き刺さるのを感じる。この感覚も約1か月ぶりだ。久しぶりという事もあって、若干だが肌が泡立つような感覚を覚えた。
『続きまして、赤の門から入場する
赤の門から登場したのは、身長は2メートル以上。顔は黒い蓬髪と髭に覆われた醜い面貌。上半身は棘の突いたベルトやバンドを身に着けただけの半裸で発達した筋肉を見せつけている。そしてその両手には……無骨な形状の巨大な戦槌が握られている。あれで殴られたら一溜まりもなさそうだ。
アリーナの中央で対戦相手――ゴルロフと向き合う。近くで見ると更に威圧感のある巨体ではある。
「ぐふ……ぐふふ……き、奇麗だなぁ……。こんな奇麗な女、山賊時代にもお目に掛かった事ないぜ。ど、どんな悲鳴を上げてくれるのか楽しみだぁ……ぐふふ」
知恵の足りなそうな声と口調で汚い歯をむき出しにして笑うゴルロフ。並みの相手であればそれだけで委縮してしまうような迫力だ。だが……
「臭い息を吐きかけないでもらえるかしら? 私の肌が穢れるわ」
私が冷たい目で吐き捨てると、ゴルロフは一瞬何を言われたのか分からないような風情になったが、やがて意味が浸透してきたのか、その醜い貌が憤怒で赤黒く染まる。
「こ、こ……このアマ! お高く止まりやがって! すぐにその小奇麗な顔をめちゃくちゃにぶっ潰してやる!」
「どうせやる事は変わらない癖に、勿体ぶって口先だけは達者なのは小物の特徴ね」
鼻で笑ってやる。確かにこの男は巨体だし迫力もあるが、この程度先の試合で戦ったトロールに比べれば子供が粋がってるような物にしか見えなかった。
あの地獄の5連戦を経た事で、私の中で何かが変わった。度胸が付いたというのか、肝が据わったとでもいうのか……少々の事では動じない『強さ』が身に着いている実感があった。
少なくとも目の前の男のような小物程度の威嚇など、何も感じなくなっている事は確かだった。
『それでは【特別試合】、始めぇぇっ!!』
「ぬがあぁぁぁっ!!!」
開始の合図とほぼ同時にゴルロフが戦槌を振り上げて突進してくる。
【ウォリアー】ランクは軍隊では熟練の傭兵や一般騎士レベルに相当するとの事。一般騎士と言っても、騎士である時点で多くの軍人の中から選抜された、いわばエリートと言っても過言ではない存在。それと同等のレベルであるというのだから決して弱くはない。
弱くはないが……でも
「…………」
私は見た目の迫力に惑わされる事無く、冷静に戦槌の軌道を見極める。戦鎚は一撃の威力が高く、盾や鎧の防御力も貫通する事があるので、重装備の戦士同士の戦いでは有利になる事もある。
だが私のようにそうもそも敵の攻撃を躱す事を前提としているタイプにとっては、軌道が解りやすい分、むしろ剣や槍などよりも与しやすいとすら言える。
私はほんの半歩下がるだけで、横殴りに振るわれた戦鎚の一撃を回避した。怒りから大振りになっていた攻撃を躱された男はたたらを踏んだ。
大きな隙だ。私は躊躇う事なく前に踏み出して小剣を突き出す。
「ぎゃっ!!」
ゴルロフが短く叫んで飛び退いた。心臓を狙ったつもりだったが、僅かに狙いを外された。伊達に【ウォリアー】ランクという訳ではないらしい。
脇腹から血を流しながら増々激昂したゴルロフが、私の頭を叩き潰さんと戦鎚を上段から振り下ろしてくるが、勿論そんな物に当たってやる義理はない。
私が躱すと、ゴルロフは狂ったように戦鎚を振り回して連続攻撃を仕掛けてくる。一撃でも当たったら一溜まりもないが、それは他の剣闘士達との戦いでもそう大差はない事だ。そういう意味では攻撃が大振りな分却って対処しやすい。
乱撃を冷静に必要最小限の動きで躱していく。すると流石に振り疲れたのか、攻撃の速度が目に見えて遅くなった。
大振りな薙ぎ払いを躱すとゴルロフは大きく体勢を崩した。絶好のチャンスだ。
私は一気に踏み込んで距離を詰めると、今度こそ奴の心臓を貫くつもりで力を込めて小剣を突き出した。剣は狙い過たず奴の身体に突き刺さる――
「くそがぁっ!」
「……!」
だがゴルロフはここで私の想定外の行動に出た。何と戦鎚を手放したのだ。そして左手で素早く、小剣を突き刺している私の右腕を取った。剣は浅く刺さっただけで、奴の心臓に到達する前に止められてしまった。
慌てて腕を引き抜こうとするが、膂力の差でこうして掴まれてしまうと抜け出すのは困難であった。
「へ……へ……捕まえたぜぇ……!」
「く……!」
マズい。油断していたつもりはなかったが、勝利が目前だった事もあってどこかに気の緩みがあったのかも知れない。勝負を焦るべきではなかったのだ。
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