第48話 異境の求道者

 私は以前にも増して全力でリハビリに取り組むようになった。そしてようやく筋力と戦いの勘を完全に取り戻したと確信できた時、丁度以前シグルドが言っていた【ヒーロー】ランク3人が揃い踏みとなる特別試合が開催される日となった。


 サイラスが何を計画してるのかは解らないが、それでも戦う可能性を念頭に置いておいた方が良いのは確かだろう。


 私はシグルドに許可され、再び主賓席での観戦を許されていた。両脇にはルアナと、そして私の監視も兼ねたマティアスが同席している。いつぞやのシグルドの防衛戦と同じ顔ぶれだった。


 だが肝心のシグルドの姿が見えなかった。剣闘好きだというシグルドがこんな試合を見逃すとも思えないのだが……



「ふん……あのヒステリックな小娘・・のご機嫌取りで忙しいんでしょうよ。神話の英雄『邪龍殺しドラゴンスレイヤー』も落ちぶれたモノね」


「……!?」

 ルアナの鼻で笑うような口調の暴言に、私はギョッとして振り向いた。


 ――くらく淀んだ目をしていた。淀んでいて……それでいてどこかギラついているような、そんな鬼気迫る不気味な表情をしていたのだ。


「……ルアナ」


 マティアスが苦い口調で窘める。ルアナは肩を竦める。


「あら失礼。今のは忘れて頂戴。ふふ……ようこそ王女様。今日はあなたの『処刑人』達の強さを存分に堪能していくといいわ」


「……!」

 ルアナの言葉に私は現実に引き戻される。


「【ヒーロー】ランクの3人は、皆そのマティアスの薫陶を受けた高弟……。言ってみればあなたにとっては『兄弟子』という事になるのかしらね?」


「な……!」


 マティアスの教えは短いながら私の剣闘士としての技術に多大な影響を与えていた。それによって勝てた試合も多かった。相手も同じ条件となれば、そのアドバンテージも通用しないだろう。ただでさえ勝算は皆無だというのに、増々厳しくなる条件に心臓が締め付けられる。



 その時アリーナにアナウンスの声が響き渡った。



『さあさあ、紳士淑女の皆様! 長らくお待たせ致しました! 今日は兼ねてより告知のあった『特別試合』……。【ヒーロー】ランクが3人勢揃いするという、あの伝説のロイヤルランブル戦にも劣らない超豪華な試合だ! このフォラビア大闘技場が誇る最精鋭たる剣闘士の技を見る準備は良いか!? それでは早速1人目の選手入場だ! その甘い容姿と凄絶な剣技はあらゆる女性を虜にする、闘技場の貴公子! 今日もアリーナに真紅の血の竜巻が巻き起こるか!? 【烈風剣】のサイラス・マクドゥーガルだぁぁぁぁぁっ!!!』



 ――ワアァァァァァァァァァッ!!!!



「……!!」


 物凄い大歓声。しかし何というか……多分に黄色い・・・歓声の割合が多い気がするのは気のせいだろうか? ……いや、気のせいではない。明らかにこの歓声は女性の割合が多かった。中には席を立ちあがって両手を振ってアピールしている女性までいた。


 そしてアリーナに現れる、金色の貴公子。派手めの鎧に身を包み手には磨き抜かれた長剣を持ち、金色の髪を靡かせる


 その姿は、確かに貴公子という言葉がこの上なくマッチしていた。


 剣闘士としてアリーナに立つサイラスには、普段には無い凄みのような物を感じる。最精鋭の剣闘士だけが持つ独特のオーラのようなものだ。



 サイラスが観客達に向かって手を振ると、黄色い歓声が増々大きくなる。


 ……ちょっとサービスし過ぎではないだろうか? サイラスの試合を見たのは初めてではないが、その度に不安になってしまう。


 彼の容姿と財力、強さならどんな女も思いのまま、選り取り見取りだろう。実際私と会うまではかなり奔放だったと聞く。彼は本当に私だけの相手をしていて満足なのだろうか? 女性側からのアピールも相当あるに違いない。私と会っていない時……本当に浮気・・をしていないという保証は何もないのだ。


「……っ」


 私は頭を振って馬鹿な考えを振り払う。これまで何度彼に助けられた? 彼が私を裏切った事など一度もない。私が怪我で弱っている時も常に寄り添ってくれ、リハビリにも親身に付き合ってくれた。


 彼の誠意を僅かにでも疑うなんて、絶対にしてはならない事だ。


「ふふ……彼に見初められるなんて、あなた相当に運がいいのよ?」

「……!」


 まるでこちらの心境を見透かしたようなルアナの言葉に動揺する。


「そう……本当に運がいい……」

「……?」


 しかしそのまま独白するような調子になって、じっとアリーナのサイラスの姿を見つめるルアナ。……もしかして彼女はまだサイラスに未練があるのだろうか。



 しかしそんな事を考えている内に、次の選手入場のアナウンスが響き渡る。



『続いて2人目の選手入場だ! 豪放磊落! 唯我独尊! その激情と恐るべき槍捌きで戦場を炎に包み込む! 剣闘士皆の頼れる兄貴! 【豪炎槍】のラウロ・メンドゥーサだぁぁぁぁぁっ!!!』



 ――ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!



 再びの大歓声。しかしサイラスのそれに比べて野太い歓声が多いというか……女性達も勿論歓声を上げているのだが、それ以上に男性達の熱狂の方が大きいように感じられた。


 歓声に応えるように姿を現したのは、いつぞやの複数戦闘訓練の時にも顔を合わせた男、ラウロであった。2メートルほどの巨躯に、ベレト人特有の浅黒い肌。髪は黒い短髪を逆立てている。


 本番の試合という事もあって、発するプレッシャーは訓練の時とは比較にならない。片手で肩に担いでいるのは巨大な十文字槍だ。訓練の時も何度あの槍に誤って殺されかけたか解らないほどで、軽くトラウマになっていた。



 しかしラウロまでは私も直に会った事がある。問題は最後の1人だ。サイラスから名前だけは聞いていたが、実際に会った事はなく、見るのも今日が初めてであった。



『さあ、そして最後の3人目の選手が入場だ! 多くを語らぬ異境の達人! 静かなる死の運び手! 優しさと苛烈さを併せ持つストイックな修行者! 【流水輪】のソン・ハオランだぁぁぁぁぁっ!!!』



 ――ワアァァァァァァァァッ!!!



 今度の歓声は、男も女も一定の割合のように感じられた。ただしサイラスの話によると玄人好みというか、一部の武器マニアや武術マニアには絶大な人気を誇っているのだそうだ。


 現れたのはサイラスともラウロともタイプの違う、物静かな印象の青年であった。体格も3人の中では一番小さいかも知れない。170センチ台だろうか。


 極めて短く丸く刈り込んだ黒髪に、やや黄色っぽい色合いの肌。顔もやや堀の浅い独特の顔立ちだ。ロマリオンともエレシエルとも、そして他の小国家群の地域の人種とも異なる人種……異邦人だ。


 アルデバラン大陸から海を挟んで西に浮かぶ島国があるそうだ。独自の人種、文化の発達したその島では武術が盛んで、時に海を渡って武者修行の為に大陸を訪れる武芸者がいるのだそうだ。


 恐らくこのハオランもそうした武芸者の1人なのだろう。


 この大陸では見られないゆったりとした衣装を身に纏い、その両手にはこれまた大陸ではまず見る事のない、独特の形状の武器が二振り握られていた。


 丸い輪のような形状の武器だ。握りの部分以外は全て刃になっているらしい。丸い円形の刃だ。サイラスによると圏輪という名前の武器らしい。扱いに熟練のいる、攻防を兼ね備えた見た目とは裏腹の恐ろしい武器なのだとか。


 それを使いこなし、実際【ヒーロー】ランクまで登り詰めた事からも、ハオランの技術の高さが窺える。   



『さあさあ、それでは特別試合の対戦相手を紹介します! 試合は「前哨戦」と「本戦」の2部構成・・・・となっています! まずは前哨戦の相手が登場だ! この特別試合の為の大盤振る舞い! レベル3の魔物、ホブゴブリンが20体・・・! そしてそれを率いるレベル4の魔物、ゴブリンロード3体だぁぁぁぁっ!!』



「……!」


 私も一度戦ったが、ホブゴブリンは【マーセナリー】ランクの剣闘士単体に相当する程の強さだ。それが20体……!? しかも更に上位種のゴブリンロードも3体とは……。


 戦った事は無いがゴブリンロードは恐らく、ロゲールやゴルロフら平均的な【ウォリアー】ランクの剣闘士単体に匹敵する強さのはずだ。それでも単純な3対3なら勿論サイラス達が圧勝だろうが、それにホブゴブリンが20体も加わるとどうなるか……? 


 これが『前哨戦』……!?

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