第58話 因縁の終焉

「待ちなさい、シグルドッ!!」


 サイラスと別れひたすら通路を駆けた私は、この闘技場の出入り口がある大きな正面ホールに辿り着いた。そして……そこで遂にシグルドを捕捉したのであった。


 シグルドの側にはクリームヒルトが付いており、まず彼女が私の声に反応して振り向いた。


「め、め、雌豚……お前、生きていたの!?」


 その声に反応するかのようにゆっくりとシグルドが振り向いた。そして私の顔を見るなり大きく目を見開いて……口の端を吊り上げた。


「ク、ククク……そうか、お前か。やはり、お前だったのだな?」


 シグルドはどこか嬉しそうな口調でそう言った。彼は何故か全身傷だらけの満身創痍であった。いくらクリームヒルトを庇っているとはいえ、ハオランにも蹴散らされていた連合軍の兵士達にシグルドをあそこまで傷つける事が出来る物だろうか?


 だがその疑問はすぐに氷解した。シグルドの側に倒れている男の死体……。頭を叩き割られているが、あの衣装や黒い肌は間違いない。【チャンピオン】のマティアス・ノルダールだ。


 既にサイラスから、内通者がルアナだった事、そしてマティアスもそれに協力している立場だという事は聞いていた。


 ここで戦いがあったのだ。【チャンピオン】たるマティアスが相手では、クリームヒルトというハンデを背負った状態のシグルドでは、無傷で勝利とは行かなかったらしい。


 私は状況を理解した。そして改めてシグルドと正対する。


「……決着を付けましょう、シグルド」


 剣と盾を構えて宣言する。既に満身創痍の相手に戦いを挑む事を卑怯だとは思わない。そのハンデ・・・があってすら尚、極めて厳しい闘いになるだろう。私とシグルドの間には本来それくらいの実力差があるのだ。


「ふ……いいだろう。俺は俺の運命を乗り越えてみせよう」


 そして勿論シグルドもその条件・・に不平を言ったり、言い訳を並べる事をしなかった。クリームヒルトを下がらせ、一度は仕舞っただろう大剣を再び抜き放つ。


「……さあ、いつでも来るがいい」


 シグルドの宣言を合図に、私の最後の戦いが始まった!





 私は物も言わずに全力で突っ込む。まずは距離を詰めなければどうにもならない。と、シグルドが大きく息を吸い込む動作をした。


「……!!」



『རྱུ༌ཨུ༌ནོ༌ས༌ཁེ༌རྦི༌ ཁ༌ཨེ༌ང༌』



 シグルドの口から紅蓮の炎が吐き出された! 炎は床を焼き焦がしながら私に迫る。勿論当たったら一溜まりもない。


 私はロイヤルランブル戦でアンゼルムに対してやったように、ほぼ直角に横っ飛びする。私のつま先のすぐ先を、灼熱の炎の塊が通り抜けていった。


 際どいタイミングだった。あと少し飛ぶのが遅かったり飛ぶ距離が短かったりしたら、私の足は黒焦げに炭化していただろう。 


 横っ飛びからそのまま地面を転がるようにして素早く身を起こす。そして間髪入れずに突撃を再開する。


 シグルドの【龍叫シャウト】には、一定の『冷却期間クールタイム』が存在する事が確認されている。具体的な時間までは解らないが、短い時間の間に連発して放つ事が出来ないのは確かだ。


 つまり一旦躱す事に成功すれば、少なくとも接近するまでの時間は充分稼げる。そして接近してしまえば、後はシャウトを使わせる暇を与えない事が重要になる。


 私の予想を裏付けるように、接近する私に対してシグルドはシャウトではなく大剣で迎撃してきた。


「ぬぅんっ!!」


 斜め上からの斬り下ろし。万全の状態から放たれるそれとは比較にならない遅さだが、それでも私にとっては充分に脅威となる一撃。


「ふっ!」


 辛うじてその剣先に盾によるバッシュを合わせられた。盾越しに物凄い衝撃を感じる。これもシグルドが万全の状態なら私は一溜まりもなく盾ごと弾き飛ばされていただろうが、辛うじて持ち堪える事が出来た。


 斬り下ろしを弾かれたシグルドが僅かに体勢を崩す。そのチャンスを逃さず右手の小剣を突き出す。シグルドは身体を捻るようにして私の突きを回避した。僅かに掠るだけに留まる。


「……!」

 掠っただけ。だが確かに私の攻撃がシグルドに届き、僅かとはいえ血を流させた瞬間だった。



「ふ……ふははは! いい! いいぞ、カサンドラよっ!」



 シグルドがむしろ楽しそうに哄笑しながら、大剣を突き入れてきた。私は再びその剣先にバッシュを当てる。が……


「……ッ!」


 切っ先を逸らす事には成功したが、今度はシグルドも体勢を崩さなかった。そのままの勢いで私に肩からタックルをかましてくる。


 咄嗟に剣を突き出そうとするが間に合わず、2メートルあるシグルドの巨体がまともにぶつかってきた!


「あぅっ!!」


 私は一溜まりもなく弾き飛ばされて床に転がった。そこに大剣を振りかぶるシグルドの姿が――


「……っぁっ!」


 本能的な反射で横に転がる。シグルドの大剣が一瞬前まで私の身体があった場所を切り裂く。シグルドはそのまま追撃して……こない。


「……?」


 転がったままの体勢で見やると、大きく息を吸い込んでいるシグルドの姿が……!


「――ッ!!」


 もう冷却期間が終わっていたのか!? 私は必死に身を起こし――



『རྱུ༌ཨུ༌ནོ༌ས༌ཁེ༌རྦི༌ ཤོ༌ཨུ༌རྒེ༌ཁི༌』



 シグルドの口から恐ろしい咆哮のような『衝撃』の力が放たれた!


 耳をつんざくような音と共に、床が抉れ、周囲に散乱しているいくつもの死体が、風で吹き飛ぶ木の葉のように宙を舞った。冗談のような光景だ。


「…………っ」


 私は……辛うじて身を起こすのが間に合い、そのまま前に身を投げ出すようにして『衝撃』の範囲から逃れる事に成功していた。


 だが安心して止まっている暇はない。シグルドが大剣を構えて突っ込んでくる。私は急いで身を起こして迎撃態勢を取る。


 横方向からの薙ぎ払いが唸りを上げて迫る。再びその剣先を狙ってバッシュを当てる。


「……!」


 シグルドの攻撃を逸らす事には成功したが、立て続けの盾越しの衝撃で左腕の痺れがどんどん強くなる。私は奥歯を噛み締めて右手の剣で斬りかかる。


 やはりシグルドが驚異的な反応で強引に身を躱すが、完全には避けきれずに私の剣が掠る。だがシグルドはまるで痛覚が無いかのように全く怯まずに、次々と斬撃を繰り出してくる。



 同様の攻防が何度も繰り返された。その度に私の左腕の感覚が無くなっていくが、同時にシグルドの傷も更に増えていく。


 本来であればシグルドの一撃は私が反応する事さえ困難であり、下手をすると最初の一撃で勝負が決まっていたかも知れない。また仮に反応できてもその極めて重い斬撃を私が盾で弾く事など到底敵わず、こちらが一方的に体勢を崩されていただけだっただろう。


 シグルドがマティアスに負わされた傷には、常人なら明らかに致命傷となっているような深い傷もいくつかあり、それが今現在私が曲がりなりにもシグルドと互角に戦えている要因となっていた。


 マティアスはその生前の教えは勿論の事、既に死した後にも私の助けとなってくれたのだ。


 だがシグルドは傷だけでなく、既に大量の血液を失っているはずなのだが、未だに目を炯々と輝かせながら私に攻めかかってくる。


 文字通り人間離れした耐久力と持久力。一体どうすればこの怪物は倒れるのだ……!? このままでは先に私の左腕が使い物にならなくなってしまう!


「どうした、カサンドラッ! お前の意思はその程度かっ!?」

「く……」


 容赦なく大剣を突き出すシグルド。私は何度目になるか分からないバッシュでそれを弾こうとして……


「……ッ!?」


 腕が……上がらない!? 最早痺れが限界に来ていたのだ! 左腕は感覚すら無くなっていた。握力を維持できず、既に原型を留めない程に凹んだ盾が床に落ちる。


「っあ!!」


 既に眼前に迫った大剣の切っ先を認め、私は咄嗟に身体を捻らせるようにして回避した。私の心臓を狙っていたその一撃は、丁度私の金属の乳当てに掠るようにして唸りを上げながら通り過ぎた。


 奇跡的に回避が間に合った。チャンスだ!


 右手の剣を、逆にこちらがシグルドの心臓を狙う軌道で突き入れる。だがその時私はシグルドが既に大きく息を吸い込んでいる事に気付いた。


「……!!」



『རྱུ༌ཨུ༌ནོ༌ས༌ཁེ༌རྦི༌ སེ༌ང༌ཕུ༌ཨུ༌』



 次の瞬間、シグルドの姿が私の目の前から消えた・・・


「ッ!?」


 本当に一瞬で忽然と消えたのだ。驚愕に戸惑ったのも束の間、すぐ背後・・に強烈な殺気と人の気配。


 まるで瞬間移動の如き能力……。これは、『旋風』の力だ! そう思い至った時には既に、シグルドの大剣がまるで断頭台の刃の如く、私に振り下ろされる所だった。


 完全に背後を取られた上に、一瞬で相手が消えた動揺を突かれ回避も間に合わない。


 それを悟った時、妙に周囲の時間の流れがゆっくりになったように感じた。これは……死の瞬間に訪れるという、いわゆる『走馬灯』と呼ばれる現象か。



 私は……死ぬのか。


 ここまでシグルドを追い詰めながら、結局その理不尽な力の前に屈するのか。


 いや……駄目だ! 私はサイラスと約束したのだ! 必ず……生きて運命に打ち勝つと! サイラスだけではない、ジェラールら全てを投げ売って私に協力してくれた者達に報いる為にも! エレシエルの民を救う為にも!


 ここで諦める訳には行かないっ!!



「――っあぁぁぁぁっ!!!」



 私は振り向きざまにシグルドの胸に剣を突き立てるつもりで、体ごと180度回転させる勢いで旋回して右手の小剣を突き出す。


 しかしその時にはシグルドの大剣の刃が、猛烈な勢いで私の首目掛けて振り下ろされて――


 ドスッ!!

「っ!?」


 ――シグルドの身体が何故か不自然に硬直した。大剣の勢いが明らかに鈍る。


 一種の野生的な本能に支配されていた私はそれを訝しく思う間もなく、攻撃を続行し――




 身体ごと飛び込むような勢いで、シグルドの心臓に深々と剣を突き立てていたっ!




「…………」


 一瞬、時が止まったかのように全てが静止した。そして……ゆっくりとシグルドの手から大剣が離れ、床に落ちる。落下音が鳴り響く。


「がふっ!!」


 シグルドが口から大量の血を吹き出す。私の手が剣の柄から離れる。シグルドが私の剣を胸に刺したまま、ヨロヨロっと何歩か後ずさった。


 ……何が起きた? 私は……シグルドに「勝った」、のか……?


 私が呆然とその姿を見つめる前で、シグルドは血に染まった口の端を吊り上げた。


「く、く……なるほど。これが……俺の『運命』だった、か……」

「シ、シグルド……」


「見事だ、カサンドラよ……。お前は……自らの『運命』を、切り開いたのだ……」

「……!」


「さあ……止め・・を刺せ。俺は……心臓を貫かれただけ・・では、すぐには死ねん、らしい……」


 そう言ってシグルドは尻餅を着くような姿勢となった。何という常識外れの生命力か。しかしそれでも緩慢な死は免れないようだ。ならば……


「…………」


 私はシグルドの胸に突き立った自分の剣の柄を握り、一気に引き抜いた!


「……!」


 引き抜いた痕から大量の血が溢れ、シグルドの身体がビクンッ! と跳ねる。だがそれでも尚シグルドは私から視線を外さず、笑ったように見えた。



「……さらばだ、カサンドラよ」

「……さらばです、シグルド」



 私は全ての迷いを断ち切るように、全力で剣を一閃させた。


 ――シグルドの首が宙を舞った。そしてクルクルと回転しながら地面に落ちた。その表情は死して尚、不敵そうな笑みに歪んだままだった……

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