第46話 晩餐会
と、既に次の客が入り口で待っている事に気付いた。
「……そろそろいいか? 正直
そう言って私に入室の許可を求めてきたのは、ロイヤルランブルには参加していなかったが、やはり私と死闘を繰り広げた闘士、【流星】のヨーン・アグレルであった。
そして彼は1人ではなかった。どうやらブロルと話している間に
「……招待、感謝する。お前は俺が思っていたよりも器の大きい女だったようだ」
ヨーンの向かって左側に立つ男……【戦鬼】ヴィクトール・ゼレンキンが頭のみを軽く会釈させる。ミケーレ程ではないがかなり回復が速いようで、その立ち姿は堂々としたものだ。
そしてヨーンの右隣に立つ男……。ここが1階の食堂だったら頭が天井につかえていただろう。ヴィクトールですら小柄に見える程の馬鹿げた巨躯。そして私もその
「お前が
【鉄壁】のアンゼルム・ヘンラインであった。黒い短髪にがっしりした顔の輪郭。あれはレイオット公国辺りの人種の特徴だ。レイオット人は確かに体格の良い者が多いが、それにしても桁違いのサイズである。
手足のバランスは整っているので、いわゆる巨人症というのとも少し違うようだが。
いずれにせよ、一気に3人の客を迎える形となった。
「ようこそおいで下さいました、ヨーン、ヴィクトール、そしてアンゼルム。歓迎いたします。あなた方とも死闘を繰り広げた間柄ですが、ここでは過去の経緯は水に流して親睦を深めたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします」
彼等とはお互い個人的に含む所は無い。ただ試合だから殺し合っただけだ。そしてその試合もフェアな精神に則ったものだった。彼等とは問題なく親睦を深められる気がしていた。
3人がそれぞれ空いている席に着く。アンゼルムが何とか座れたのは奇跡に近かった。これで残るは
「…………」
しばらく待ったが、新たな客が訪れる気配はない。サイラスが深く溜息を吐いてかぶりを振った。
「よぉ、ケツの穴の小せぇ奴は放っといてさっさと始めようぜぇ? バラーモンステーキの為に朝から何も食ってねぇんだよ、俺は。正直もう我慢の限界だぜ」
待ちきれなくなったレイバンが不満を訴える。他の者も口には出していないが同じ気持ちのようだ。ミケーレもうずうずしている。
私はサイラスを見た。彼は私と目が合うと、諦めたように肩を竦めてから頷いた。刻限はもう過ぎているし、確かにこれ以上は待てない。
「では――」
と、私が言い掛けた時、勢いよく部屋の扉が開いた。私を含めて部屋にいる者は、弾かれたようにそちらを見やった。
「……ジェラール」
サイラスが呟く。
そう。そこに居たのは色素の抜けた真っ白い肌と長髪の男……【氷刃】のジェラール・マルタンであった。
「ジェラール! あなた――」
「――勘違いするなよ、サイラス。そしてカサンドラよ。【流星】も含めて俺以外の【グラディエーター】闘士が全員出席しているイベントに俺だけが顔を出さなかったら、耳聡い連中にどんなあらぬ風評を立てられるか知れた物ではないからな。それを防止する為に仕方なく来てやったのだ」
私が声を掛けるのを遮ってそう前置きしたジェラールは、ずかずかと入ってきて唯一の空席となっていた席に座り込む。
私やサイラスが唖然としてその姿を見やっていると、ジェラールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「間抜け面を晒してないで、さっさと始めろ。その為に呼んだのだろうが」
彼を待っていたから遅れたというのに、そんなふてぶてしい態度のジェラール。だが私は何となくだが、それはジェラールという人間の、極めて不器用な照れ隠しなのではないかと直感した。
サイラスの方を見ると、彼も微苦笑しながら頷いていた。どうやら私の直感はあながち的外れではないようだ。
私は正面に視線を戻す。これで全ての招待客が揃った。感無量であった。
サイラスが合図すると、壁際に控えていた給仕用の女性奴隷達が、一斉に参加者達の前に置かれた杯に並々と
そして入り口の扉が再び開く。今度は招待客ではなく……
「おぉ……!」
感嘆の呟きは誰が漏らしたものだったか……。男性の給仕達が両手で支えねばならない程の大きさの皿に乗った、焼きたての熱を帯びた巨大な肉の塊……特大のバラーモンステーキだ。
それらが各参加客の前に並べられていく。ミケーレなどは今すぐにでもかぶりつきそうな様子だったが、後ちょっとだけ我慢してもらう。
私は咳払いをして、葡萄酒の注がれた杯を片手に起立した。このくらいの動作は問題なく出来るようになっていた。
「おほん! それでは皆揃ったようなので……。改めて、皆よく参加してくれました。私達はつい先日死闘を繰り広げた間柄ではありますが、試合での遺恨を日常に持ち込むべきではないと私は思っています」
ジェラールが若干気まずそうに目を逸らした。
「今回はその信念と、激しい試合を戦い抜いた皆さんとの健闘を称え合っての慰労を兼ねて、この会を企画させて頂きました。1人の人間、そして剣闘士として今後も皆とは切磋琢磨し合っていければと考えております。それでは……乾杯!」
「「「乾杯っ!!」」」
私が杯を掲げて音頭を取ると、参加客達も自分の杯を掲げて唱和した。
皆が葡萄酒に口を付けると(ルーベンスやアンゼルムは一回で飲み干していた)、いよいよ本命の
メインディッシュはステーキのみだが、客に貴人、貴婦人でもいるならともかく、鍛えられた武骨な剣闘士達にとってそのメニューに何ら不満があるはずもなく、皆備え付けのパンや副菜などには目もくれずに、先を争うようにステーキにかぶりついていく。女性給仕達が注ぎ足すワインを飲む手間さえ惜しむ勢いだ。ミケーレなどは完全に手づかみで頬張っている始末だ。
「さあ、私達も頂くとしよう。元は君の為にとミケーレが狩ってきたものなんだ。とにかく沢山食べて自分の血肉に変えてやるんだ」
「は、はい、そうですね! で、では……!」
サイラスに促されて、私は自分の前に置かれた皿に視線を落とす。片手では掴み切れない程の大きさのステーキだ。厚みも相当ある。こんな物を食べるのは生まれて初めての事である。エレシエルの王宮でも高価な料理を食べる事は多々あったが、こんな豪快な料理は間違いなく初めてだ。
だがナイフを入れてみると、意外な程抵抗なく切れた。中は……若干赤みが残った程度の程よい焼き加減であった。
「……!」
喉が鳴る。ステーキに掛けられたソースの香りが食欲を刺激する。
1階の大衆食堂の厨房とは違い、この部屋での会食専用の調理場は、普段は無人で会食のある時のみ市井から評判の良い料理人が雇われ、ここで腕に縒りをかけるというシステムである。今回もわざわざこの為だけに、サイラスが腕の良い料理人を手配してくれており、その料理人よって作られた贅沢なステーキである。
たかがステーキ、されどステーキ。火加減一つで味も食感も大きく変わる立派な料理だ。切った部分をフォークで刺して、恐る恐る(?)口に運んでみる。
「……ッ!」
柔らかく、それでいて確かな食感。辛くもなく、それどころかほんのりと甘さすら感じる絶妙の味だ。私は思わず目を見開いた。サイラスも既に夢中になって食べている。
……これは私に贈られた肉なのだ。そして滋養強壮に強い効果のあるバラーモンの肉……。これを食べる事は一種の
私はそう自分に
私も含めて最初の内は皆ステーキを食べるのに忙しくて、会食室にはただ食器の鳴る音と咀嚼音だけが響いていた。しかしある程度腹が満たされて満足感が得られてくると、周囲の者と会話をする余裕も出てきた。
私もそうだが、ロイヤルランブルでは彼等同士も殺し合っているのだ。最初はお互いに探り合うようなぎこちないやり取りが多かったが、ステーキにはワインが合う為、大量に飲んでいる内に酔いも回ってきたらしく、段々と壁のない自然なやり取りが増えてきていた。
レイバンやルーベンスは女性給仕達にちょっかいを出し始めていた。……まあ女性の奴隷には
それに女性達にとってもデメリットばかりではない。何と言っても【グラディエーター】ランクの闘士達は、サイラスも言っていたが、この街の『名士』でもあるのだ。財産も相応に所持している金持ちだ。
彼等は奴隷にもそこそこの待遇を与える。自分の所有する奴隷がみすぼらしく、この世の終わりのような悲壮感を漂わせていては、その主人である彼等自身のステータスや評判にも関わるからだ。
なので彼等【ヒーロー】や【グラディエーター】剣闘士の奴隷達は、下手な貧民よりもいい服を着て、良い物を食べていたりする。寝床も掘っ立て小屋のような共同住宅ではなく、「使用人」としてきちんとした部屋に住める。その中で出世すれば使用人頭として個室すら与えられている奴隷もいるくらいだ。
なので女性の給仕達もむしろ彼等の関心を買おうと積極的に迫る者さえいる程だ。美形のジェラールは特に人気のようで、彼と目が合った給仕達は一様に頬を染めていた。
……因みにサイラスに色目を使おうとした給仕もいたので、それは私が視線で牽制して追い払った。サイラスによると「君、めちゃくちゃ怖い顔してたよ……」との事だった。
熟練の剣闘士同士だけあって、試合内容や互いの戦闘技術などに話が及ぶ事もあった。また私がまだ自由に席を立って出歩ける状態ではない為、私と話そうと入れ替わり立ち代わり闘士達がやってきた。
皆私の闘いを讃えたり、身体の心配をしてくれたりしてくれた。試合で戦った時は恐ろしい敵だった彼等も、一歩アリーナから離れれば人格を持った1人の人間なのだ。その事を再認識できた。それだけでも今日のこの会を開いた甲斐があったというものだ。
そんなこんなで夜も更けていき、【グラディエーター】達を一堂に集めた会食は波乱もなく無事にお開きとなったのであった……
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