第42話 【グラディエーター】死闘……決着!!

 試合開始の最初から戦い続けている傷だらけで息も絶え絶えな私と、最後に登場し勿論無傷で体力も気力も横溢しているブロル……


 ヨーン戦のように、ただブロルと1対1で戦えていたならまだしも、この条件下ではまともな戦いにすらならない。


 この状況では、例え『力』を使っても一時凌ぎにしかならないだろう。いや、もっと自分を追い詰めてしまうだけだ。手数で勝負するタイプのブロルは『力』との相性も良くない。



 矢継ぎ早に繰り出される連撃は、私の身体にどんどん傷を増やしていく。そして傷が増えるのとは逆に、出血は容赦なく私のなけなしの体力を奪っていく。


 足がふらつく。視界が霞む。


 ああ……もう駄目だ。体力の消耗から立っていられずに思わず片膝を着いてしまう。ブロルの目が光る。


「終わりです、王女殿下!」

「――っ!!」


 ブロルが一気に勝負を決めんと踏み込んでくる。私は思わず身を固くして……


「がううぅぅっ!!」

「何!?」


 そのブロルの横合いから怒りの咆哮と共にミケーレが突っ込んできた。繰り出される鉄爪を慌てて短剣で受けるブロル。するとやはりその背後を取るようにレイバンが忍び寄り……


「おらっ!」

「ぬが!!」


 そのダガーがブロルの背中を切り裂いた! 咄嗟に身を躱したので致命傷にはならなかったようだが、それでも浅くない傷が背中に刻まれた。


「ふひひ……俺らに感謝しろよぉ? お姫様?」


「……! あ、あなたは、何故……」


 このレイバンが介入しなければ負けて死んでいただろう場面が既にいくつもあった。たまに私を攻撃しながらも、何故この男は私を助けるような行動を取るのか。



「お、おのれぇぇ! この、卑しい下郎めらが! 高貴な私の身体に傷を付けて、ただで済むと思うな!」



 だがその思考は怒り心頭に欲したブロルの叫びで中断された。更に……



「逃げるか、卑怯者共めっ!!」



 ヴィクトールが二振りの戦斧を振りかざしながら、猛然と私達が集まっている場所目掛けて突進してくる。


 レイバンはヴィクトールを挑発しつつ、丁度ブロルを間に挟むような位置に移動する。すると必然的に……


「どけ、エセ貴族がっ!」

「……!」


 間に立つブロルごとレイバンを両断しようと戦斧を薙ぎ払う。レイバンは勿論だがブロルも伊達にこの階級まで登りつめた剣闘士ではない。


「貴様ぁっ! 私は正真正銘の貴族ぞ!? お前達のような馬の骨とは格が違うのだ!」


 戦斧の一撃を躱したブロルは猛然とヴィクトールに突き掛かる。ミケーレもまたヴィクトールの方が脅威と判断したのか、直前まで戦っていたブロルに加勢するような位置取りでヴィクトールに襲い掛かる。



 しかし恐るべきはヴィクトールか。同ランクの剣闘士2人を相手に、なお一歩も引かずに互角の戦いを繰り広げる。


 だがそこに更なるダメ押し……レイバンが参入した事でその均衡が遂に崩れる。さしものヴィクトールも同ランク相手に3対1では分が悪い。


 次第に旗色が悪くなり、そこにブロルのレイピアが脚に突き刺さる。


「ぬ……!」


 一瞬怯んだ所にミケーレが背後からその背中に飛びつく。


「ちぃ……!!」


 ヴィクトールが舌打ちしながらミケーレに向かって戦斧の刃を押し当てようとするが、そこに……


「余所見は禁物だぜ、超戦士さんよぉ!!」

「がはぁっ!!」


 レイバンが突き出したダガーで腹を抉られたヴィクトールが、血反吐を吐きながら崩れ落ちた! ミケーレがその背から飛び退る。 うずくまるように倒れ込んだヴィクトールが起き上がってくる事は無かった。戦闘不能リタイヤだ……!




『お、おぉ……おおーーーっと!! ここで大番狂わせだぁっ!! 

最強の【戦鬼】も数の力には勝てなかったぁ!! これがバトルロイヤルの醍醐味! 何が起きるか解らない! 4人目の脱落者によって、残りの選手は半分となったぁぁぁっ!!!』




 ――ウオオォォォォォォォォッ!!!




 観客席から悲鳴や怒号が飛び交う。やはり【グラディエーター】最強で、かつ順番にも恵まれていたヴィクトールに賭けていた客はかなり多かったようだ。


 正直私も普通の試合で、1対1でヴィクトールと戦っていたとしても勝てる気が全くしなかった。アナウンスではないが、バトルロイヤルならではの結果だろう。



「王女殿下! 続きを致しましょうか!?」


 ヴィクトールを片付けたブロルが、嬉々として私に襲い掛かってくる。だがそれをやはりミケーレが妨害する。


「ぐるぅぅぅっ!!」

「この……猿め! どかぬかっ!」


 争う両者を尻目にレイバンがこちらに向かってくる。


「……!」


「悪ぃが、休ませてはやれねぇな。ちょっとダメ押しさせて貰うぜ?」


 私は咄嗟に震える膝を叱咤して立ち上がろうとするが、その前にレイバンの鋭い蹴りが私の鳩尾辺りにめり込んだ!


「かはっ……!」


 一瞬で肺の空気を全て絞り出され、後方へ吹き飛ばされる。仰向けに倒れ込んでしまうが、何故かレイバンはそれ以上私を追撃する事なく、ミケーレ達の争いに介入する。



 レイバンが狙ったのは……ミケーレの方だ。


「グガッ!?」


「あの姫さんを守ろうとするだろうおめぇと真っ向勝負をする気は無いんでな。悪ぃな」


 如何に魔物並みの素早さと反射神経を持つミケーレでも、ブロルの手数が多く素早い連続突きに対処しながら、同時にレイバンの攻撃まで捌く事は不可能だ。


 背中からダガーを突き入れられて激痛に仰け反った所に、ブロルの連続突きをむき出しの胴体に浴びて絶叫する。



「ギャアアアァァァッ!!」



 獣のような叫び声を上げて吹き飛ばされるミケーレ。全身血まみれとなった彼が起き上がってくる気配は……ない。




『おぉーーー!!! 怒涛の展開だぁっ!! 

忍び寄る卑劣な毒によって遂に【獣王】も沈んだぁぁっ!!! 残りは3名! 激闘はいよいよ終盤戦に差し掛かっているぞぉ!!』




 沸き立つ観客席。私は鳩尾の痛みを堪えながら、仰向けからどうにか上体を起こした所だった。


「ヘヘ、あの姫さんを殺りてぇんだろ? あの通りもうズタボロだ。好きにしろよ。その後で決着を付けようぜぇ?」


 レイバンがそうブロルに提案していた。


「ふん……下賤の馬の骨にしては話が分かるな。だが背中の傷の借りは絶対に返すからな?」


 レイバンに譲られた形のブロルは鼻を鳴らすと、嗜虐的に笑って私に向かってきた。


「さあ、王女殿下? 色々邪魔が入りましたが……ようやくショータイムが始まりますぞ?」


「く……う……」


 私は何とか身体を起こす所までは行ったが、傷や打撃の痛み、出血による消耗、疲労……。それらが一気に押し寄せて再び膝を着いてしまう。


 もう限界だった。立ち上がる事さえままならない。


「くくく……無様ですなぁ? 苦しいですか? 安心しなさい。すぐ楽にして差し上げます。あの世で愛娘を迎える事になるレイモンド王の顔を想像して溜飲を下げさせて頂きますよ」


「……!」

 お父様の名前を引き合いに出され、思わず顔を上げてブロルを睨みつける。


「死になさいっ!!」


 ブロルがレイピアを引き絞りながら突っ込んでくる。最早身体がまともに言う事を聞かない私は、それでも絶対に目だけは逸らすまいとブロルを睨み続ける。



 こんな奴に絶対に屈するものか。半ば死を覚悟しながらそう思った時――



「あがぁっ!?」


 ブロルの素っ頓狂な悲鳴が上がる。いつの間にか彼の背後にレイバンが忍び寄っており、バックスタブを決めていたのであった。


「き、き……貴様……」


「お貴族様ってのは上品でいけねぇや。こいつはバトルロイヤルだぜ? 敵を信用するとか頭湧いてんのか?」


「お……のれぇぇっ!!」

「とっとと退場しろやっ!」


 苦し紛れにレイピアを向けようとしたブロルに、ダメ押しで再びダガーの刃が斬り付けられる。


「ぐはぁっ!!」


 傷口から血を吹き出しながら地に沈むブロル。




『うおおぉぉっ!! な、何と……相手の執着心を利用しての騙し討ちとは……! 卑劣だ! 余りにも卑劣すぎるぅ! 手段を選ばぬ奸計の前に【闘爵】までもが敗れ去ったぁぁぁっ!! 残るは2人! 全ては奴の掌の上だったのかぁ!?』




 ――ブウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!




 観客からは一斉のブーイング。アリーナに物を投げる行為はシグルドによって禁止されているので、その鬱憤を晴らすかのような大ブーイングだった。


「へ、へ……やっとだな。この状況を作り上げる・・・・・のには苦労したぜぇ?」


「な……」


 ブーイングなど意にも介さずにレイバンは口の端を吊り上げて嗤う。


「最終的に無傷の俺と満身創痍の誰かが残るのが理想的だったのさ。そんでどうせなら綺麗なお姫さんの方が嬲り甲斐があると思ってなぁ」


「……!」

 この男は3番手に登場しておきながら、最初からそうなるように動いていたのか。


「ま、それでも一度だけあんたを途中で殺そうとした事があったが、見事あんたは生き延びた。あれで完全にあんたを残す・・事に決めたのさ」


「く……そ……!」


 私はずっとこの男の手の平で踊らされていたのだ。危ない所では助け、しかし休ませないように他の敵をけしかけ、時には自らが動き……。そしてその思惑通り、私は他の闘士達やレイバン自身によってじわじわと傷つけられ、最終的にはこうしてほぼ動けなくなっている。


 ふざけるな。そんな事、絶対に認める訳にはいかない。


「う……おおぉぉぉっ!」


 怒りを力に変えて無理矢理立ち上がるが、膝が震えてまともに立っている事すら辛い。



「おーおー、頑張るねぇ? でも今のあんたじゃ勝負にすらならねぇよ。諦めな」



 レイバンは余裕の体でダガーを指先でクルクル回しながら、歩いて近付いてくる。



 確かにまともに戦っても勝負になるまい。だが……私には一つだけ秘策・・が残っていた。あの『力』……禁死の呪いだ。



 だが今の私の状態でアレを使ったら果たしてどうなるか……。最悪、反動で死ぬ危険性すらある。そうでなくとも身体に深刻な障害が残る可能性も……


 ……いや、やらなければどの道ここでレイバンに殺されてお終いだ。ならば選択の余地はない。



 私はレイバンを挑発するように、震える腕で必死に剣と盾を構える。普段は自分の手足のように自在に扱える武具が、今は鉛の塊でも持っているかのように重かった。


「へ、へ……あくまで、最後まで諦めませんーーってか? 往生際が悪いねぇ? ちょっと、イラッとしちまうぜぇ!!」


 レイバンが私に止めを刺さんと、一気に距離を詰めてくる。


 来た!


 後は……その瞬間・・・・まで、心を無にするだけだ。私はダガーを心臓に向かって突き出してくるレイバンに対して……両手を広げて迎え入れた!


「ッ!?」


 レイバンの目が見開かれる。しかし攻撃が止まる事はない。そして……『呪い』が私の身体を支配した!




「うぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――ッ!!!!!



 ただ身体を荒れ狂う痛み以外に何も考えられない。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。ただ右手の剣だけは死んでも離すまいという意識だけがあった。


 どんな人間離れした挙動でレイバンの一撃を躱したのか…………それさえ私自身には認識する余裕が無かった。



 気付くと……霞む視界のすぐ前に、驚愕に表情を歪めたレイバンの姿が見えた。何も考えられない。ただ機械的な反射によって、私は爪が割れる程握りしめていた剣をレイバンの胴体に突き刺していた。


 レイバンが何か言いながら、口から血を噴き出して崩れ落ちた。何も聞こえない。恐らく大興奮に包まれているだろう観客達の歓声も、アナウンスの声も……何もかも。


 私はそのまま前のめりに倒れ込んだ。何も見えない。ただ視界が闇に染まっていく。



 ああ。私は死ぬのか。とうとう死ぬのか。



 何も感じない。死の恐怖も何もかも。



 サイラス……



 意識が闇に飲み込まれる寸前、ただ彼の顔だけが脳裏に浮かんだ…………

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