終章 宿命の帰結
第53話 終わりの始まり
『う、おおぉぉぉぉっ!! け、決着! 決着だぁぁっ!! な、何という事だ……! 【ヒーロー】の同士討ちによって、偉大なる剣闘士の1人が命を落としてしまったぁっ! こ、これはまさしく前代未聞! この闘技場にとって大き過ぎる損失だぁっ!!!』
―ウワアァァァァァァァッ!!!!
観客席から悲鳴や怒号などが飛び交う。凄まじい興奮状態だ。同時に距離を取っていた衛兵達が再び武器を構えて包囲を狭めてくる。
「……!」
そうだ。ラウロは斃したが、実際には状況は何も変わっていないのだ。今のサイラスは重罪を犯した大罪人であり、このままでは治療どころかこの場でサイラスへの処刑が実行されてしまう。
私は両手を広げるような姿勢で彼を庇う。こんな事でどうにかなるとは思っていなかったが……。
主賓席を見上げると、苦虫を噛み潰したようような表情のシグルドと、対照的にその顔を喜悦に歪めたクリームヒルトの姿が目に入った。あの女はこれでどさくさに紛れて私を抹殺できると踏んでいるのかも知れない。
「もう……充分に、
「サイラス?」
サイラスが私の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、カサンドラ。私は無策で飛び出した訳じゃない。言っただろう? 失うのではなく、
「サ、サイラス……? 何を言って――」
――ドドオォォォ…………ン!!!
「ッ!?」
その時、遠方……少なくともこの闘技場とはどこか別の場所で、巨大な
私は……この音を知っている。これは陥落間近の
攻城兵器から射出された岩が着弾する音だ!
――ドゴォォォォンッ!!!
再び、今度はこの闘技場のかなり近い場所で同様の破砕音が響いた。耳が劈かれるような音と衝撃。先程まで熱狂を上げていた観客達も戸惑い、中には悲鳴を上げて動揺し始める者も出始めた。
『み、皆さん、落ち着いて下さい! 只今街の衛兵達が総出で今の音の原因を調べに向かっております。それまで今しばらく――』
「――王殺しの悪魔に鉄槌を!!」
アナウンスが何か言い掛けた時、それにも負けないような大音量で男の声が響き渡る。それを合図として観客席の中から立ち上がった一部の人々が暴徒化し、
中には塀を乗り越えてアリーナに飛び込んでくる者達もいる。私達を取り囲んでいた衛兵達は、一転してそれら謎の暴徒への対応に追われる事になる。
観客席が完全に大パニックに陥る。街では相変わらず攻城兵器の破砕音が続いているのだ。
「な、何が……一体!? サイラス!?」
私も正直軽くパニックに襲われていた。何が起きているのかさっぱり解らない!
「……連合軍だ」
「えっ!?」
「遂に……
「……ッ!?」
私は一瞬何を言われたのか解らず戸惑う。連合軍? 小国家って……。それはハーティア大公国を始めとした『あの』小国家群の事だろうか。それが……連合軍?
それに何故サイラスがそれを知っているのだろうか。
「……小国家成立以来、7か国全てが連合した事は一度たりともなかった。それだけエレシエルの滅亡とロマリオンの台頭が脅威だったという事だろうね」
「ま、待って下さい、サイラス。どういう事ですか? これがその『連合軍』の作戦だとして、彼等は何を目的に? それに何故サイラスがこの奇襲の事を知っているのですか?」
既に周囲では怒号と剣戟音が飛び交っているが、私の意識は一旦それらとは切り離されていた。
「これが以前君に話した『計画』だよ。私は密かに彼等に通じていたんだ。君を……救う為にね。そしてシグルド様を始め、主だった者達の目を軒並みこの闘技場に釘付けにしておいたのさ」
「……!」
「そしてこの作戦の目的……。それは、英雄シグルドの討伐」
「……ッ!」
「シグルド様……シグルドさえいなければエレシエルが戦争に負ける事は無かった。そしてエレシエルが健在であれば均衡は守られる。だから彼を殺して、エレシエルを
「な……!?」
復興!? エレシエルを……?
「い、一体誰が……?」
「……私も直に会った事はないが……エレシエルの第三王子、コーネリアス殿下だそうだよ。戦死と思われていたが一命を取り留めていて、意識が戻った時には既に王国が滅びていたのだとか」
「……ッ!!!」
その瞬間私の身体は硬直した。コーネリアスお兄様が……生きている? 嘘だ……私を糠喜びさせる嘘に決まっている……!
だがサイラスは私がその事実を噛み締める為の、心の余裕を与えてはくれなかった。いや、正確には周囲の状況が、だ。
「……!」
乱戦に対応していた衛兵の1人が槍を構えて私達の方に向かってきた。正常な判断力を失っている様子だ。
「カサンドラ……!」
サイラスが傷を押して立ち上がり、その衛兵を斬り捨てた。そしてそのまま私の方を振り返る。
「立ち上がれ、カサンドラ! 武器を取るんだ! 私は君を救う為に全てを捨てた。そしてシグルドが生きている限り君を本当の意味で救った事にはならない! この奇襲作戦の目的もシグルドの殺害だ! ならば君がやるべき事は何だ!?」
「……ッ!」
私の脳裏にハイランズを始め、今尚エレシエルの民が苦しんでいるという話が過る。
私がやるべき事、それは……エレシエル王国の完全なる復興! そしてそれは、ここであの悪魔を斃しておかねば実現できない事であった。
矢継ぎ早に動く状況に混乱していた頭が冷えて、明晰になっていく。今、私は自分の本当の使命を自覚した。このフォラビアでの苦しい訓練と戦いの日々も、全ては今日この時の為だったのだ。
私は弾かれたように、落ちていたままだった自分の愛用の剣と盾を拾い上げる。盾はラウロの攻撃で大きく凹んでいたが、それでもやはりこれが一番しっくり馴染む。
そうして再び主賓席を見上げる。そこには一転して顔を青ざめさせてオロオロとしている馬鹿女と、そして悪鬼の如き表情で混乱を睥睨するシグルドの姿が。
シグルドが大きく息を吸い込み、それから虚空に向かって咆哮する。
『རྱུ༌ཨུ༌ནོ༌ས༌ཁེ༌རྦི༌ ཆུ༌ཨུ༌སེ༌ཨི༌』
何のつもりかと訝しんだのも束の間、アリーナに続く魔物専用の巨大な門――『黒の門』が凄まじい衝撃によって破られた。そこから現れたのは――
「な…………」
私だけでなく、アリーナ上にいた全ての人間が争いも忘れて息を呑む。
「これは……
「……!!」
サイラスの呻くような声に、私は絶句する。確か、脅威度
シグルドはこんな化け物まで従えていたのか。
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