第24話 英雄都市フォラビア

 フォラビアは、シグルドが領主になってから急速に開発が進められ巨大化した街だ。街は大きく行政区、商業区、居住区、工業区の4区画に分かれている。


 そしてシグルドがやって来る前までの旧市街は、今は雑然としたスラムとなっていた。様々な事情で居住区に住めなくなった住民や、他所の街から流れてきた流民などがその日暮らしをしている。


 なのでスラムも入れれば5つの区域に分かれる。典型的な大都市の構成ではあるが、この街の大きな特徴の一つとして、行政区に建つフォラビア大闘技場の存在が挙げられる。


 この街には市庁舎が存在せず、この大闘技場が行政機関としての役割も兼任している、というのが特異性を醸し出している。



 私はそんな街の中の、商業区にやって来ていた。隣にはサイラスがいる。闘技場が『閉館日』であり、どことなく閑散とした雰囲気の行政区を抜けてこの商業区に入った途端、まるで世界が変わったかのようにムワッ! と何かが押し寄せた。


 それは人々の醸し出す熱気、とでも言えば良いのだろうか。通りや建物の中にひしめく大勢の人々の活気のある喧騒と相まって、最早物理的な圧力すら伴いそうな勢いであった。



「うわぁ……」



 思わずそんな感嘆の声が出てしまい、慌てて口を押える。まるでお上りさん・・・・・のような振る舞いであった。隣のサイラスの顔をチラッと見上げると、彼は優し気な微笑みを浮かべて私を見ていた。


 恐らく今の反応を見られてしまったのだろう。顔を赤らめて俯く以外の選択肢は私には無かった。


「ふふ、私はハイランズには行った事が無かったけど、格調高い落ち着いた雰囲気の都市だったと聞いている。こういう猥雑な雰囲気はお姫様は初めてかな?」


 サイラスが少し面白そうに問い掛ける。そうなのだ。エレシエルの王侯貴族は元々そうした雰囲気を好むので、自然と王都であるハイランズは貴族にとって住み心地の良い洗練された都市へと成長していった。


 そうした風土は多くの芸術を生み出し、芸術の都としても名高かったハイランズである。私も最新の流行デザインを取り入れた服飾店には何度も通い詰めたし、様々な観劇を催す劇場や、国中の芸術を堪能できる美術館にも良く足を運んだものだ。


 私にとって『街』とはそういう物だった。勿論他の街や他国ではその限りではない事は知識としては知っていたが、実際に肌で体験するのは正真正銘これが初めてであったのだ。


 色々な国の人間が行き交っている。勿論ロマリオンの都市なのでロマリオン人が多いのだが、それ以外にも明らかにガンドリオ人と思しき客が、露店のロマリオン人の店主と何やら商談をしている。


 浅黒い肌と特徴的な服装はベレト人だ。買い物の帰り道だろうか、何人かの妻と思しき女性達を侍らせて大荷物を抱えながら歩いている。


 通りに並ぶ雑貨屋や古着屋などではロマリオン人だけでなく、何とエレシエル人と思われる人物が店主をやっており、威勢の良い声で客の呼び込みをしていた。


 小広場のような場所では、笑い声を上げながら走り回る子供達がいる。ロマリオン人の子供の他にもガンドリオ人やそれ以外の人種の子供も一緒くたになって楽しそうに駆け回っている。



「…………」



 意外であった。ロマリオン帝国は選民思想が強く、他の国の人種は悉く差別の対象になっていると聞いていた。ましてやあの残虐なシグルドが領主を務める街である。


 一体どんな地獄のような様相を呈しているのだろうと勝手に想像していたが、そんな私の想像とは裏腹に通りは活気に満ちて、目に見えるような差別も行われている様子が無い。


「意外だったかい?」


 サイラスがまるで私の心を読んだかのように聞いてきた。態度に出ていたのだろう。今更隠す意味もない。素直に頷く。


「そう……ですね。正直に言えば。ロマリオン人は非常に選民思想が強いと聞いていたので」


「それは事実だよ。他の街では結構酷い所も多いらしい。いや、この街以外は大体酷いと言った方がいいかな」


「え……?」


「だがシグルド様は良くも悪くも、実力と実績のみを重視される方だからね。少なくともこの街では人種に意味は無い。シグルド様にとっては、その人物が何人かではなく、強いかどうか、もしくは自分に利益をもたらす者かどうかの方が何倍も重要なのさ」


「そ、そうなんですか……。でも、この街に住む他のロマリオン人はその事に不満は感じていないんでしょうか?」


 サイラスは肩を竦める。


「それは勿論不満を感じてる者は大勢いるだろうね。でもそれを表立ってあの・・シグルド様に言える人間がいると思うかい? 皇族にすら不遜な態度を貫くあのシグルド様にね」


「それは……」


「まあそんな訳でこのフォラビアは、ロマリオン国内としては異例なほど差別のない平等な街なのさ。その噂が広まって他所の街で不当な差別を受ける他民族の人間達がチャンスを得ようとやって来る事も多いね」


「…………」


 シグルドの存在は、不当な差別を受ける者達にとっては救いともなっているという事か。だがそれでも私にとっては祖国を滅ぼした仇敵、両親兄弟やアルを残虐にも殺害した憎き仇である事に変わりはない。


 しかし私が仮にシグルドを殺す事が出来たとし、その私怨を晴らした結果この街に集った他国人達は行き場を失い最悪路頭に迷う事になる。私の中に初めて小さな迷いが生じ始めていた。



 そんな私の内心を知ってか知らずかサイラスが付け加える。


「ただ平等と言えば聞こえは良いけど、ぞの苛烈な実力主義は弱者を容赦なく切り捨てるという事と同義だからね。弱い者、持たざる者にとってはそこまで住みやすい街という訳でもないが……」


 例えそうであっても、切り捨てられる時はロマリオン人も平等に切り捨てられるという事であれば、他国人も納得はするだろう。少なくとも私の目には、目の前で活気良く力強く生きている人々は皆充実して幸せそうに見えた。


「さて、思いがけず政治の話になってしまったが、今日はそんな話をする為に君を連れ出した訳じゃない。この街は闘技場の『休館日』に合わせて市が催されるからね。広場まで行くよ」


「市?」


「行けば解るさ。さあ」


 サイラスが手を差し出してきた。このような市井の街角で男性と手を繋ぐ事に若干の気恥ずかしさを覚えたが、今の私は質素な麻服を着た、ただのカサンドラという一人の女なのだ。思い切ってその手を取った。

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