015 ショーマとリゼット、義兄妹の夢と願い

「……いいよ」


 俺はごろん、と寝返りを打った。戸口に背中を向けて、リゼットのためのスペースを空ける。


 さっき、ちらっと見えたリゼットの顔が、すごく不安そうだったからだ。

 断ったら泣きそうな気がした。


 ……別に、いいよな。

 義兄妹の誓いを交わした相手を本当の兄妹として扱うのが、この世界のルールなら。


「いいけど……眠るまでの間、もうちょっとこの世界の話を聞かせてくれるとうれしい」

「はい。兄さま」


 リゼットが俺の隣にやってくる。

 彼女がもぞもぞと動くたび、1人用のベッドがきしみを上げる。

 俺は壁を向いて寝てるけど、それでもまだスペースが足りない。もうちょっとぎりぎりまで移動した方が……。


「ひゃぅっ!?」

「リゼット?」

「す、すいません……兄さまのお尻が……当たって」


 …………うん。そうだね。

 俺とリゼットは背中合わせで寝てるからね。

 動くたび、背中やお尻が当たるのはしょうがないよね……。


「そ、それで、この世界のことを知りたいのですよね?」

「ああ……うん。そうだった。『竜帝』が使ってたスキルについて教えてくれないかな」

「……『竜帝』さまのスキルですか……」


 リゼットは少し、考えてから、


「『竜帝』さまは、物や人、土地の力を引き出すことができた、というお話を聞いたことがあります」

「物や人、土地の力を引き出す?」

「はい。『竜帝』さまには、物や人や土地に名前を付ける力があったそうです。『新しい名前』をもらった物や人は、そのスキルによって『強化』されるって聞いてます」

「……新しい名前か」


 それが『竜帝廟りゅうていびょう』でもらった『命名属性追加ネーミングブレス』の力なんだろうか。


「元々、土地や年号に名前をつけるのは、皇帝陛下にだけ許されたことだったんです。それを転じて『力ある名前』を与えることで『強化』するスキルにされたんですね。『竜帝が祝福した土地は光り輝き、繁栄と治安をもたらす』という伝説が残ってます」

「土地の繁栄と……治安」


 たぶん、そっちは『竜脈りゅうみゃく』の力だ。

 今のところ、使い方は想像がつかないけれど。


「……兄さま」


 俺の背中にリゼットの額が触れた。


「兄さまの中には、竜帝さまのスキルがあるんですよね?」

「……ああ」


 俺はうなずいた。


「悪い。本来ならこれは、リゼットが受け継ぐべきだったのに」

「それはいいんです。兄さまが手に入れたのなら、それで」


 リゼットは不意に、俺の寝間着を握りしめた。


「リゼットは、兄さまの家族になれただけで充分です」

「言っとくけど、俺は乱世をしずめるとか、天下を太平にするとか考えてないよ?」

「わかっています」

「……そうなのか?」

「兄さまは『異形いぎょう覇王はおう』であり『上天じょうてんに座する女神の仇敵きゅうてき』ですからね。目立つことをして、宿敵に見つかってはいけません。リゼットがもっと強くなって、兄さまの仇敵である女神と対等に戦えるようになるまで、雌伏しふくするべきでしょう」

「わかってないよね!?」

「だって兄さま、乱世が静まったら元の世界に戻る……って」

「……あ」


 そういうことか。

 俺は『元の世界』=『日本』という意味で言ったんだけど。

 リゼットは『元の世界』=『異形の覇王 鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうまが住まうどこかの高位世界』って思ってるのか?

 いや、まずいだろそれは。

 三国志の関羽は死後、神様になっている。

 俺がこの世界から消えて、上位世界に立ち去ったなんて伝説が残ったら、本当に三国志世界をトレースすることになってしまう。今のうちに、否定しとこう。


「……兄さまがもしも元の世界に帰られたら……『鬼竜帝廟きりゅうていびょう』を作り、リゼットはそれをまつって過ごすつもりです」


 手遅れっぽかった


「落ち着いて聞いてくれ、リゼット」

「はい。兄さま」

「俺の『異形の覇王 鬼竜王翔魔』というのは子どもの頃に考えた設定で、現実じゃないんだ」

「いえいえ兄さまは空を飛んで火を吐いて、強敵『ゴブリンロード』を一蹴いっしゅうしましたよね?」


 したけど。

 ……どう説明したらいいんだろう。

 俺は中二病時代に『鬼竜王翔魔』の設定を作って修行したけど、スキルは一切使えなかった。

 でも異世界に召喚されたせいで、そのスキルがすべて設定通りに使えるようになった。

 それを見たリゼットにとって、俺の設定はまぎれもない本物で──


 ──なんだか、混乱してきた。


「……リゼットは、兄さまについていきます」


 ふわり、と、温かいものが、身体を包み込んだ。

 いつの間にかリゼットが背中から、俺を抱きしめてた。


「リゼットはずっと……あり得ない望みを……恥ずかしい夢を抱いていました」

「……恥ずかしい、夢?」

「……『世界の敵と戦って、このどうしようもない世界を変える』です。恥ずかしいですよね」

「…………そんなことないよ」

「そうですか?」

「リゼットくらいの年齢なら、普通にそういうことを考えるんじゃないかな?」


 震える声で、俺は言った。

 だってそれは、中二病時代の俺と同じ──


「リゼットは、かあさまと一緒にこの村に流れ着いたあと……病気でかあさまが死んでしまったとき、思ったんです。この乱世がいけないんだ。この世界を乱している敵がいるに違いない。リゼットはそいつを倒して、この世界を変えるんだ……って」


 ……そっか。

 俺とリゼットって、似たもの同士だったのか。


「でも……兄さまと出会ってから……なんだか……リゼットは、変わったみたいで……」


 リゼットの声が、だんだん、眠そうになっていく。


「…………竜帝さまの血を引いてることも…………重荷じゃ……なくなって……」


 そう言って、リゼットは眠ってしまった。

 俺の背中にしがみついたままで。


「……俺が正式に召喚された者なら『なにを言いますかリゼットどの。義によって天下を治めにいきましょうぞ』なんて言うんだろうな……」


 でも、俺は正式な召喚者じゃない。ただの元中二病だ。

 俺の目的はあくまでも、乱世が終わるまで生き残ること。

 それと、この村を──リゼットとハルカを守ることだ。


 特にリゼットは、中二病時代の俺にそっくりだから。

 ほっといたら『世界の敵』を探しに、乱世に頭から突っ込んで行きそうだ。

 ここが三国志世界だって可能性はまだ捨てきれないし、リゼットが劉備りゅうびポジだったら、強敵相手にひたすらさまよう人生を送ることになる。最終的には、国を作ることになるわけだが。


 だったら話は簡単だ。スタート地点のここに、国を作ってしまえばいい。

 俺は『鬼竜王翔魔』と『竜帝』のスキルを使って、この『ハザマ村』を中心とした国を作る。とにかく村を富ませて防衛力を高めて、必要なら他の亜人や、仲間になってくれそうな人間を集めて村を発展させる。落ち着いて暮らせる場所にする。


 この辺境だけでも乱世を終わらせる。


 召喚者の使命なんか知ったことか。宿命とか覚醒とか、そういうのはとっくに卒業したんだ。

 世界のことは、女神が喚んだ正式な召喚者に任せる。どうせ女神から強力なスキルとかもらってるんだろうから、働いてくれればいい。

 リゼットとハルカが、乱世と戦わずに済むように。


「…………俺も寝るか」


 目を閉じた。

 眠れなかった。


 リゼットが背中にしがみついてるからだ。

 熱いし……薄い寝間着越しに、胸がぴったり当たってるのがわかる。

 それに──


「…………お兄ちゃん……ショーマお兄ちゃん……リゼットの、お兄ちゃん……」


 ……はぁ。

 俺の前でだけ泣き虫で甘えんぼになるんだもんなぁ。


 しょうがない。

 目を閉じてれば、そのうち眠れるだろ。

 眠れるまで『ハザマ村強化と建国案』でも考えることにしよう……。




 そんなわけで、徹夜も覚悟していたのだけど。

 ──やっぱり疲れていたようで、俺もいつの間にか眠ってしまい。


 翌朝。




「むー。リズ姉ばっかりずるいっ! ボクも兄妹なんだから、兄さまと一緒に住むんだからねっ!」


 朝早くやってきたハルカに、俺とリゼットはたたき起こされることになった。

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