天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ 〜異世界で竜帝の力拾いました〜

千月さかき

001 『異世界召喚』と『黒歴史』

 1時間前、俺は職場でキーボードを叩いていた。

 1時間後、つまり今。俺は異世界で剣を振ってる。


「なんだこれ。ハードモードすぎるだろ!」


 腕が震えてる。

 支給品の長剣はかなり重い。振るたびに関節が鳴って、筋肉が悲鳴をあげる。

 当たり前だ。ついさっきまで、俺は現代日本でデスクワークやってたんだから。


「……俺を召喚した女神め……今度会ったら文句言ってやる」


 それでも俺は再び剣を構える。

 そうしないと死ぬからだ。


『ギギッ! ガガガッ!!』『ニンゲン!』『クラウ! 喰ウ!』


 俺のまわりを、得体の知れない化け物が駆け回ってる。

 ここは、名も知れない異世界の森。


 俺は現在、敵意むき出しの化け物に、見事なくらい取り囲まれていた。


『……ギギギヒヒヒ』


 奴らは錆びた斧を手に笑ってる。

 化け物の数は3匹。背丈は小学生くらい。

 ゲームに出てくる『ゴブリン』のような……面倒だから『ゴブリン』でいいや。


「あっち行けって言ってんだろ!!」


 俺はまた、剣を振った。

 効果はない。ゴブリンは軽々と俺の剣を避ける。

 すぐに攻撃してこないのは、俺の体力が尽きるのを待ってるのか……。


 まわりは背の高い木が茂った森。

 民家どころか道もない。人工物なんかひとつも見えない。

 どっちに逃げればいいのかもわからない。


 聞こえるのはゴブリンの叫び声と、風の音、草がこすれ合う音だけ。

 緑のにおいが鼻をつく。深い深い、森のにおいだ。

 さっきまで人工物のにおいに囲まれてたのに、今はむせかえるような緑のにおいをいでる。

 靴が踏んでるのは湿った土。動くたびに汗が散って、枝に触れると樹液とも朝露ともつかないものが飛んできて、安物のスーツに染みをつくる。


 現実感がなさすぎる。

 自分が本当に生きてるのかもわからなくなっていく。

 さっきまで本当に、会社の中にいたんだよな……? 夢じゃないよな。さっきまでのこと、ちゃんと覚えてるよな……?


「俺の名前は『桐生正馬きりゅうしょうま』。26歳の元プログラマ。2てつ明けで、ようやく仕事を辞めて、解放されたばかり。視力は落ちてるけど、なんとか裸眼で仕事ができるレベルで、体力は──考えるまでもないか。落ちまくってる」


 自分のプロフィールを確認してみる。

 そうでもしないと、おかしくなりそうだったからだ。


 ここにいる理由は──はっきりと覚えてる。

『異世界召喚されたから』それだけだ。

 この世界は魔物がはびこる乱世で、だからそれを治める英雄が必要とされている。

 だから女神は、才能のある若い魂を、異世界から召喚していた。


 だけど──あの女神は、俺を召喚したのは間違いだって言った。

 俺に剣を一本だけ与えて、放り出した。スキルもなにもくれなかった。

 そんなもの、俺には必要ないって言い残して。


 あの女神は、俺の名前さえ呼び間違えてた。『桐生正真きりゅうしょうま』って呼ぶところを『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』って呼んでた。

 あれは俺の本名じゃないのに。


 あれは俺が中二病時代・・・・・・に考えた・・・・設定上の名前・・・・・・なのに──




「……あなたには自前のスキルがありますって……言われてもな」




 ──どくん。




 そのことを考えただけで、身体が熱くなってくる。



『ギギギッ!』『動クナ、人間!』『喰ワレロ、死ネ!』



 ゴブリンは俺のまわりで跳ね回ってる。

 斧がまた、身体の近くをかすめる。

 後ろに2体。前に、黒くて大きい奴が1体。

 完全にこっちを取り囲んでる。逃がす気はなさそうだ。


 ここは異世界。俺は化け物──魔物──ゴブリンに囲まれている。

 味方は、どこにもいない。



 ──生き残るためには、俺が中二病時代に、知らないうちに覚醒かくせいしてたスキルを使うしかない──




ひざまづけ」


 俺は剣を振って、宣言した。


 女神が言った『自前のスキル』には、嫌というほど心当たりがあった。

 それは子ども時代……俺が中二病だったときに作り上げた設定上の・・・・スキルだった。


 当時は飽きるほど、設定をノートに書いてた。ポーズも練習した。呪文も唱えた。

 今でも覚えてる。忘れかけてたはずなのに、すらすらと言葉が出てくる。


 同時に、身体が熱を帯びていく。

 力が……不本意だけど……みなぎっていく。

 本当に──この世界では──子どもの頃に願ったスキルが発現するのか!?


ひざまづいて道を空けろ。ゴブリン。魔物ごときが『異形の覇王』の道を塞ぐとは何事か! 今すぐ跪くか立ち去れ! さもなくば、切り刻んで犬の餌にしてくれる!!」

『ギギ?』『ニンゲン……?』『ナンダ? ソノ……マリョク』


 中二病時代……脳内でスキルを発動させたときのことが頭の中でよみがえる。

 俺の名前『桐生正真きりゅうしょうま』をもじって、自分に付けた名前『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の設定も、すべて。


「我が真名まなは『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』。鬼と竜と翔と魔──4種の力を使いこなす王(設定)にして、上天に座する第8天の女神の仇敵(設定)。神に捨てられた種族を愛したがゆえに、自ら望んで地上へとちた『異形いぎょう覇王はおう』(中二病時代の設定)よ」


 ……口にするたびにガリガリと精神力が削られていく。

 代わりに、身体の奥から力がわき上がってくる。


 これが、俺のスキルだ。


 中二病時代に覚醒して、でも、元の世界では魔力が薄くて使えなかった──


 桐生正真きりゅうしょうまの真の姿(設定)『異形いぎょう覇王はおう 鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の力だ。


『ナンダ……?』『ヤツ、ハ』『ニンゲン? コイツ、ホントウニニンゲンカ!?』

覚醒めざめよ。竜の力……」


 身体の中を熱──魔力が巡る。

 俺はそれを願う形に変換して、解放する!


「『異形の覇王』の名において──『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』!!」


 どくん。


 心臓が、跳ねた。

 俺の腕と首筋に、薄青色の鱗が生まれる。

 耳の後ろに角が生えてくる。親指くらいの、髪で隠せばわからない程度の。


 身体まで軽くなった。

 剣の重さを全く感じない。筋力まで強くなってるのか。


 これが『竜種覚醒』。

 俺が中二病時代に編み出した(使えたとは言ってない)竜に等しいものに変化するスキルだ。


「──滅びろ」


 俺は一歩踏み出し、剣を真横に振った。


「警告はしたぞ! ゴブリン共!!」

『ギィアアアアアアアアアアアア!!』


 絶叫が上がった。

 正面にいたゴブリンの上半身が、まっぷたつになっていた。

 俺は一瞬で間合いを詰めて、長剣でゴブリンの身体を断ち切っていた。


「……これが、竜の力か」


 元の世界で使えなくて幸いだ。

 こんな力、文明世界で振るってたら大パニックだ。


『ギギガ! ガガッ!』

「ちっ!」


 がきんっ!


 左腕に衝撃が走った。

 2匹目のゴブリンの攻撃を避けそこなった。直撃だ。

 これはさすがに痛──くないな。


 斧が当たったというのは感覚でわかる。けれど、それだけだ。

 俺の腕は竜の鱗で覆われている。痛みも、傷もない。


 鬼と竜と翔と魔の力をあやつる『鬼竜王翔魔』の能力のひとつ、『竜種覚醒』。

 その効果が、あの頃の俺のイメージ通りなら、こんなちっぽけな魔物なんか、相手になるわけがない。



竜種覚醒りゅうしゅかくせい


 桐生正真の、中二病時代の修業により覚醒したスキル。

 竜の力を扱うことができる。


 効果:身体能力の増強。竜に関連する能力の獲得。竜の鱗による防御力。

 耐性:火炎無効。凍結無効。




「消えろ」


 俺は再び、剣を構えた。


「こっちもスキルは初使用だ。手加減はできないからさっさと消えろ!」

『ギイアアアアアッ!』


 俺は剣を、2匹目のゴブリンに突き立てた。

 すぐに抜いて3匹目に向かう。残っているのは他より一回り大きなゴブリンだけ。親玉か、別種族か──どっちでもいい。向こうが驚いてる間に近づいて、剣を振る。


『────ギ、ギサマアアアァツ』


 ぼとり、と、地面に黒い腕が落ちた。

 俺の剣は、ゴブリンの腕を断ち切っていた。


『ゴロシテヤル! イツカゴロシテヤルゾオオオ!!』


 叫びながら、ゴブリンは逃げて行った。


「……はぁ」


 ……追いかけるのは無理だな。


 右も左もわからない状態で、森の中に突っ込みたくなんかない。

 魔物の巣にでも誘い込まれたらアウトだ。


「ここは魔物がはびこる異世界で、乱世、か」


 一休みしたいところだけど、ゴブリンが仲間を連れて戻ってくるかもしれない。急いでこの場を離れよう。

 とりあえず俺は、ゴブリンが逃げたのとは逆方向に走り出した。





 走りながら、俺はつい1時間前のことを思い出していた。

 元の世界で、仕事を辞めてすぐのこと。

 ルキアと名乗る女神に、この世界に召喚されたときのことを。

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