004 竜の少女との出会い

「このリゼット=リュージュ、偉大なる竜帝りゅうていの血を引く者として、あなたに忠誠を誓うことを約束いたします!」


 銀色の髪の少女は、まっすぐに俺を見つめて、言った。


「どうか、この乱世をしずめるための剣として、このリゼットをお使いください。竜帝の後継者さま!」

「……ちょっと待って……じゃない。ちょっと待ってください」


 意味がわからない。

『竜帝』? 俺がその『後継者』?


 そういえばこの建物の名前は……『竜帝廟りゅうていびょう』だっけ。

 もしかして、ここは土地の人にとっては神聖な場所で──


「……勝手に入っちゃいけなかったのか?」


 俺は言った。


「いいえ」


 目の前の少女は、眼をうるませて、まっすぐに俺を見てる。


「この場所は、竜帝さまの後継者を選定する場所。この乱世を鎮めることを望むなら、誰でも挑戦していい場所です」

「挑戦?」

「この竜帝廟の扉を開けることができるのは『強い竜の力』を持つ者だけなのです」


 ……そういえば俺、さっきまで『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』してたな。

 その力で、『竜の力でしか開けられない』扉を開けてしまったらしい。


「竜帝さまは数百年前、この大陸を統一された偉大なる帝王です。現在のこの国『アリシア』を建国したお方でもあります。大いなる竜の力を持ち、浄化の力をふるって、魔物を人外の地に追い払ったとされています」


 少女はまっすぐに俺を見て、告げた。


「『竜帝』さまは死の1年前、このように言い残されました。

『各地に我が名を刻んだ「霊廟れいびょう」を作る。

 歴史は繰り返すもの。いずれこの大陸は乱世となるかもしれぬ。ゆえに我は『強き竜の力』を持つものにしか開けない霊廟を作り上げる。

 遠い未来『竜帝廟りゅうていびょう』の扉を開く者が現れるであろう。その者こそ、我が能力を受け継ぐ正当なる後継者である、と」


 少女──リゼットは真剣な表情だった。

 俺の前にひざまづいたまま、拳を、ぎゅ、と握りしめてる。

 細い肩が、小刻みに震えてる。


 彼女の話をまとめると……この世界は元々『竜帝』という王に治められていたらしい。その『竜帝』が作ったのが、この『竜帝廟りゅうていびょう』。

霊廟れいびょう』というのは、確か祖先や神様をまつる施設のことだ。

 ってことは、もしかして……ここには竜帝って人の霊や魂がいたのか……?


 で、『竜帝廟』の扉を開いた者は、『竜帝の後継者』になるらしい。

 そして、この少女リゼットは『竜帝の後継者』に仕えようとしている。村ひとつが滅びるほどの乱世を鎮めてもらうために。


 ……どうしよう。


「ちゃんと説明した方がいいな」


 彼女はこの世界で出会った、初めての人間だ。

 できれば人里の場所や、この世界の情報を聞いておきたい。

 まずはこっちの身の上を話して、誤解を解いておくべきだろう。


「俺は『竜帝の後継者』じゃない。俺はただの、異世界人だ」


 俺は自分の服を指さした。

 これを見れば、俺が異世界の者だってわかるだろう。


「名前はキリュウオウ……いや、桐生正真きりゅうしょうま。26歳。異世界の日本という国に住んでいた会社員だ。ルキアっていう女神のミスで、この世界に召喚されたんだ」

「ごていねいに、ありがとうございます! 陛下へいか!」


 少女リゼットは深々と頭を下げた。

 あまりわかってなさそうだった。


「わ、わたしはリゼット=リュージュ。この近くの『ハザマ村』に住む者で、村の護り手をやっています。ここに来たのは、今日が15歳の誕生日で──その記念に『竜帝廟』の扉を開けられるか、挑戦しようと思ったからです。

 リゼットは傍系ぼうけいですけど竜帝さまの血を引いていて、だから、この乱世を鎮める義務があって。そしたらここに、あなたがいて。『竜帝廟』の扉が開いていて──リゼットはまるで、夢を見ているようで……」

「な、泣かなくても」

「だって……だって……」


 少女リゼットの目から、涙がこぼれはじめる。

 両手で何度もぬぐってるけど、止まらない。


「リゼットは感謝しています。自分が『できそこないの竜』であることと、あなたにここで出会えた、運命にも」

「……できそこないの竜?」


 俺が言うと、リゼットは耳の後ろをゆびさした。

 そこには小さな、水晶のような角が生えていた。


「リゼットは竜帝さまの血を引いているんです。でも、こんな小さな角と、多少の防御力がある『竜の鱗』しか使えなくて……竜帝さまの子孫なのに、村を守るのが、やっとで」


 そう言ってリゼットは、まだ涙の残る目で、まっすぐに俺を見た。


「だから、もしもこの世界に『竜帝さまの後継者』が現れたら、すべてを捧げてお仕えしようって決めていたんです。この身も、この心も」


 困った。

 事情は、だいたいわかった。

 俺がこの『竜帝廟』を開くことができた理由も。


 けど、俺は竜帝という人に認められたわけじゃない。

 そんなすごい能力を受け継いでいるわけが──



────────────



『ステータスウィンドウ』


『「王」属性スキル』


命名属性追加ネーミングブレス

 名前によって物体、人物を強化するスキル。


『竜脈』

 大地を流れる魔力を活性化させるスキル。



────────────



 知らないスキルが増えてる!?


 まさか本当に、この『竜帝廟』は俺を後継者だと勘違いしてしまったのか?

 だとすると、俺はこの少女が欲しがってたものを横取りしたことになるのか……?


 目の前でひざまづいてる少女──リゼットは、15歳、だっけ。

 俺がまだ中二病だった頃と同じくらいだ。

 彼女も力を求めてるのか。あの頃の俺と、同じように。



 彼女を見てると、昔の俺を思い出しそうになる。



 俺が異能を求めはじめたのは、家族が死んだすぐあとだった。

 事故だった。俺が小学校を卒業した直後だ。

 両親も妹も、助からなかった。


 そのあと俺は、知らない大人たちに囲まれて、葬式を終えて。

 結局、父方のじいちゃんに引き取られることになった。


 中二病になったのは、じいちゃんの家に引っ越してからだ。

 生活が激変したせいで精神が不安定になったのもあるけど、本当は『世界にどうしてこんなひどいこと』があるのか、知りたかった。


 どうして家族が死ななきゃいけなかったのか。

 神様がいるなら、なんでこんなひどいことを放っておくのか。

 もしかしたら、世界には悪の黒幕がいて、人の運命を支配してるんじゃないか、って。


 そして俺は世界と戦うことを選んだ。

 でも、世界には『黒幕』なんかいなかった。


 真夜中に、黒いコートを着て町中をパトロールしても。

 毎朝早起きして太陽の光を浴びて『陽の気』を取り込み、夜は月の光で『陰の気』を取り込んでも。

 オリジナルの呪文を唱えても。

鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の名を魂に刻み込んでも、なにも起きなかった。


 その後、世話になってたじいちゃんが交通事故で入院したのを期に、中二病は段々と抜けていった。

 それだけ。

 あっちの世界の『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の話は、それで終わりだ。


 結局、俺は元の世界ではスキルを使うことも、世界の敵を見つけ出すこともできなかった。スキルを覚醒させるための修行も、悪を探すためのパトロールも、自己満足でしかなかった。なんの意味もなかった。


 でも、目の前にいる少女──リゼットは違う。

 この世界は乱世で、スキルも魔物も存在する。

 リゼットが竜帝の子孫なら、そのスキルを求める気持ちも、わかってしまう。

 俺の時とは、深刻さは全然違うんだろうけど。


「…………いくつか、提案があるんだ」


 しょうがない。

 こんなふうにすがってくる相手を無視できるようなら、俺はそもそも中二病なんかやってない。


「まず第一に、俺は異世界から召喚された人間で、この乱世が終わったら、元の世界に戻ることになっている。だから、仮に俺が『竜帝の後継者』だとしても、皇帝とか、そういう地位に就くことはできない」

「は、はいっ」


 リゼットは大きく首を振って、うなずいた。


「それと、女神は俺の他にも、この世界を救うための人間を転生させている。乱世を鎮めるのはそいつらがやってくれるはずだ。そっちは女神から正式にスキルをもらっているはずだから、俺よりもかなり強い。正直、対立はしたくない」

「わかります。えっと、キリュウさまのおっしゃることが、わかります」

「ショーマでいいよ。それで……」


 正直、照れくさい。というよりも恥ずかしい。

 異能とか、スキルとか……無茶苦茶「痛い」。


 そりゃそうだ。俺は長い時間をかけて、中二病への抗体を作ってきたんだから。

 いまさら「あなたはスキルに覚醒しました。大陸を治めた帝王の後継者に任命されました!」なんて言われても困る。むちゃくちゃ困る。

 正直、頭を抱えて転がりたい。今すぐ。


 だから、今の俺に言えるのはこれくらいだ。


「……まずは、この世界のことを詳しく教えて欲しい。そのお礼として、俺は君の……リゼットの手伝いをしたいと思う。乱世を鎮めたいなら、その助けになるようにスキルを使うし、村を守りたいなら……って、だから泣かなくても!」

「だって……うれしくて」


 リゼットは地面に、ぺたん、と座って、また、泣き始めた。


「リ、リゼットは……いつか、正式な『竜帝の後継者』さまが現れたら、それがどんな方でもお仕えしようって思ってたのに──ショーマさまが……世界を救う……じゃなくて、リゼットの手伝いをしたいって言ってくれたことが……うれしくて」


 そう言ってリゼットは、笑った。


「リゼットは誓います。竜の力を持つショーマさまを主君として、お仕えすることを!」

「そこまで深刻にならなくていいから。それより、村に案内してもらえないかな」


 俺は言った。


「そこでゆっくり、この世界について教えてくれると助かる。ここにいて、また魔物が出てきても困るから」

「そうですね。森のもう少し奥はゴブリンの住処ですし、凶悪な『ゴブリンロード』もいますからね。村に行って、落ち着いた方が──」




 ピィイ──────ッ!!




 リゼットが言いかけたとき、奇妙な音が響いた。


「──救難信号!? 誰かが助けを呼んでる──?」


 リゼットが顔を上げ、後を向いた。

 同時に、森の上を赤いものが飛ぶのが見えた。


「赤い布の矢──2本です。村人が魔物に襲われてます!!」

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