005 竜の翼と『翔種』の翼

「魔物に? 村人が襲われてる?」

「はい。森の奥はゴブリンの巣ですから。その中には黒色の『ゴブリンロード』という危険種もいるんです。おそらく、誰かがそいつらに見つかったんでしょう」


 ……そういえばさっき、俺はゴブリンに襲われたんだっけ。

 2匹倒したけど、最後の1匹には逃げられた。

 仮に、生き残りが仕返しのために、人間を襲っているとしたら……まずいな。


「ショーマさまはここにいてください。『竜帝廟りゅうていびょう』の中にいれば安全なはずです」

「リゼットはどうする?」

「助けに行きます!」


 リゼットは腰に提げた剣を鳴らした。


「リゼットはこう見えても『村の護り手』ですから。それなりに戦闘経験はあるんです」

「わかった。じゃあ、急ごう」


 俺はリゼットの手をつかんだ。


「……ショーマさま?」


 走り出そうとしていたリゼットが、不思議そうに俺を見た。


「走るより速い方法がある。緊急事態のようだから、そっちを使う」

「は、はいっ!」


 リゼットは俺を見て、うなずいた。


「我が主君よ。村人を助けるため、その力をお示しください!」

「わかった。では、目を閉じて耳をふさいで欲しい」

「……え?」

「頼む。助けると思って。後生ごしょうだから……」

「は、はい」


 リゼットは素直に目を閉じ、両手で耳を塞いだ。


「──『異形いぎょう覇王はおうの名において、我が異能を呼び覚ます』」


 俺は言った。小声で。


「『我が翼は天空をけ、あらゆる風を支配する。其は天上の女神の座まで届く翼。大地より天をこくする異形の覇王の──』」


 魔力が渦を巻いた。

 俺の背中に、手足とは別のものが生まれようとしていた。


「『異形の覇王 鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の名において──『翔種覚醒しょうしゅかくせい』!!」


 俺はリゼットの腕を引いた。

 彼女は目を開けて、俺の背中に生えたそれを見た。


漆黒しっこくの──翼」

「いいから。それは見なくてもいいから。しっかり捕まってて!」

「はいっ!」


 リゼットは腕をを伸ばして、俺の身体に抱きつく。スーツ越しに、熱が伝わって来る。さらに右腕には、なんだかやわらかい感触……リゼットの胸だ。

 リゼットが着てるのは、袖のない前袷の服。そのせいか、胸元は大きく開いてる。そこから白い肌が覗いてて、さらに銀色の長い髪が、俺の腕にからみついてる。

 ……元の世界だったら確実に通報されそうだな。この体勢。


「『異形いぎょう覇王はおう鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうまの名において、大いなる翼をもって天空をかけるる』──じゃなくて、空から村人の救助に向かう。リゼットは案内を!」


 俺は翼に力を込めた。


 ふぉん。


 風が鳴った。

 俺の背中に、真っ白な魔力の翼が生まれ──一瞬で俺たちは、空に向かって飛び上がった。


 どう飛べばいいか、考えなくてもわかる。

 願うだけで、好きな場所に向かって飛べる。

 これが異形の覇王、第2の力だ。




翔種覚醒しょうしゅかくせい


『鬼竜王翔魔』の4種の力のひとつ。

 効果:翼による飛翔能力。風の操作。猛禽もうきんのごとき視力。

 耐性:風魔法無効。




 視界がひらけた。

 地上は、一面の森だった。


 俺の位置から左側に、沈みかけの太陽が見えた。

 とりあえずあっちを西ということにすると、矢が飛んできたのは北の方角。

 そっちはずっと森が広がっていて、岩山と、小さな人工物があるだけだ。

 さらに北の果てには……巨大な壁のようなものがある。

 ここが異世界だと、はっきりとわかる。


「……すごいです。ショーマさま」


 俺の腕の中で、リゼットがつぶやいた。


「『大いなる翼をもって天を翔る』。なんと素敵なお言葉でしょう。ショーマさまは空を飛ぶことができるのですね!? これが『竜帝の後継者』の力なんですね。さすがです、ショーマさま!!」


 うぉおおおおおおおっ!

 聞かれてた。最後の方だけ油断した。


 この力って、毎回中二病セリフを言わないと駄目なのか? 毎回? 人前で!?

 ……普通の人間とか異世界からの召喚者が相手の時……どうしよう。

 俺の精神が保つのか……?


「と、とにかく。村人がいる場所を教えて!」

「はい! 矢が飛んできた方角と、村人がよく行く場所を考えると……あそこです!!」


 リゼットは森の中にある、小さな空間を指さした。

 そこは小さな滝だった。岩山から水が流れ落ちて、その先は川になっている。


 滝のある岩場には、小さな子どもが数人、集まってる。

 まわりにいるのは、6匹のゴブリンと──


 見覚えのある、黒いゴブリンがいた。

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