006 『竜の魔炎(ドラゴニック・ブレス)』

「地上に降りる。しっかり捕まってて」

「はいいいっ! ショーマさまっ!!」


 俺は翼をすぼめて急降下する。

 リゼットは俺の身体にしがみついていたけど、不意に、


「この高さなら大丈夫です。先に降ります!」


 地上2階くらいの高さまで降りたところで、リゼットが腕を放した。

 飛び降りた勢いのまま、ゴブリンに向かって剣を振り下ろす!


『ナ────? グギャアアアアアア!!』


 リゼットの剣は、ゴブリンの首筋を斬った。

 血しぶきを上げて、魔物が地面に倒れる。


「みんな、大丈夫ですか!?」


 リゼットは子供たちに駆け寄った。


「リゼットさま!」「おねーちゃんっ!」「リゼットねーちゃん!!」

「子どもだけで滝に近づいてはいけないと言っているでしょう!?」


 リゼットは叫んだ。


「大人たちがいないときは、リゼットがみんなの保護者です! あとでたっぷり叱りますからね。いいですか!? お返事は!?」

「「「ごめんなさい!」」」

「いいお返事ですっ!」


 リゼットが笑顔になる。子どもたちは泣き顔で、彼女に飛びついてくる。

 ──いい光景だけど見てる場合じゃない。俺もリゼットの真似をしよう。


「──『異形いぎょう覇王はおう』の名のもとに『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』!!」


 俺は地上ぎりぎりで『翔種覚醒しょうしゅかくせい』を解除。

 瞬発力と防御力に特化した『竜種覚醒』に切り替える。


 さらに落下の勢いのまま真上からゴブリンに剣をたたきつけて、と。



『──────グガッ?』



 よし、当たった。

 ゴブリンの身体が、まっぷたつに割れた。縦に。

 そのまま左右に分かれて倒れ、赤黒い血を噴き出す。


「……すごいです。ショーマさま」

「いや、リゼットの真似をしただけなんだけど」

「リゼットに魔物の身体を断ち切るほどの力はありません。やっぱりショーマさまは『竜帝の後継者』で、この乱世を鎮めるためにつかわされたお方……」

「話は後だ。まずは魔物を片付けよう」

「わかりました!」


 リゼットは俺の横に立って、剣を構えた。

 同時に背後にいる子どもたちに向かって。


「いいですか! このお方はリゼットと同じ『竜の力』を使うお方で、竜帝さまに選ばれたお方です! そのお方がみなさんを助けに来てくださったんです。失礼のないように、応援してください!」

「いや、そこまでしなくても」

「リゼットの後について繰り返してください。『異形いぎょう覇王はおう 鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうまさま がんばってください!』と」

「だからそこまでしなくてもいいっ!」


「はおうさまっ! いぎょうのはおうさまっ!」

「がんばってください! はおうさまっ!」

「きりゅうおうしょうまさまっ!!」


「「「いだいなるいぎょうのはおう! きりゅうおうしょうまさまあああっ!!」」」


 ぐおおおおおおおおおっ! 

 は、背後から精神攻撃が飛んでくるんだが!?


 いや……中二病時代の俺はこういうのを望んでいたんだけど……今の俺にはきつすぎる。どうしてこんなことに……。どうして異世界に来てまで、こんな目に……。


「許さねぇぞ。ゴブリン!」


 とりあえずゴブリンに八つ当たりしてみた。


『グガアアアア!?』


 ひときわ大きな魔物が、声を上げた。


『ギザマ! ギザマガアアアアア!!』

「……ああん?」

『ギザマガ、オレノ腕ヲ。腕ヲオオオオオ!』


 よく見ると、その黒いゴブリンには片腕がなかった。

 やっぱり、俺が取り逃がした奴だ。


「ショーマさまが、あの『ゴブリンロード』の腕を切り落としたのですか?」

「ああ、手負いで逃がしたのはまずかった。ごめん」

「そうではなくて! 『ゴブリンロード』は防御力が桁外けたはずれに高いんです。普通の力じゃ、腕を切り落とすなんてできないはずなんです」


 リゼットは目を輝かせて俺を見てる。


「リゼットはもう、なにも怖くありません。ショーマさまが隣にいらっしゃれば」

「それはかいかぶりすぎじゃないかな」

「では、ショーマさまが隣にいることで、リゼットがどれくらい強くなれるかお見せしましょう!」


 リゼットが走り出す。

 そのままゴブリンの群れの中へ飛び込み、剣を振る。


『グォアアアアア!!』


 速い。しかも、的確に急所を斬ってる。

 喉と胸を切り裂かれたゴブリンたちは、次々に倒れていく。


「『竜の息吹たる浄化の炎よ。魔物を焼き払いたまえ! 浄炎クレイル・フレア!!』


 さらにリゼットの手から、青い炎が噴き出す。

 顔を焼かれたゴブリンが転げ回る。


 すごいな。これが『竜帝の子孫』の力か。

 子どもたちが慕うのもわかる。さすが『村のまもり手』だ。


『ギィザアマアアアア!!』

「──っ!?」


 がいいんっ!


 リゼットの剣を『ゴブリンロード』が受けとめた。

 でも、リゼットの動きは止まらない。剣先で『ゴブリンロード』の喉を狙う。


『ソンナ剣デ、我ガ皮膚ツラヌゲルモノガアアア!?』


 がんっ。


『ゴブリンロード』は腕で喉をかばう。

 リゼットの剣はその黒光りする皮に、はじき返された。


『ワレノ身体ハ黒魔法ニヨッテ強化サレテイル! ソンナ剣ナド通ルモノガアア!』

「……やっかいですね。強化された魔物は」


 リゼットが後ろに跳ぶ。『ゴブリンロード』から、距離を取る。


「この森の奥にいる魔物の長──黄巾こうきんの魔道士でしたか。奴は魔物を強化する力を持っているのですね」

『それだけではナイ! 我らは長の力により、人の世界を終わらせる力を得た。この地に住まう人も、亜人も、すべて駆逐してみせようゾ!!』


『ゴブリンロード』は高笑いしている。


「……人の世界を終わらせる力。人も亜人も駆逐する、か」


 そういえば女神ルキアが言ってたな。

 この世界は『ゆがみ』により魔物があふれる乱世となっている。それを鎮めるために、異世界から適格者を召喚した……って。


 そっか。

 ということは、俺がこの世界に呼び出されたのは、こいつらの責任ってことだな。


「リゼット。ちょっと下がってくれ」

「え? でも……ショーマさま?」

「それと、さっきリゼットは手から炎を出してたよな。あれって、どうやってるのかな?」


 俺は言った。

 リゼットは、きょとん、とした顔になってる。


「は、はい。魔力を手に貯めて、望む結果をイメージします。呪文は発動の鍵になるものですから、厳密げんみつにはなんでもいいんです。リゼットが使えるのは初歩の初歩の……本当に基本的なものなんですけど──」

『ナニヲごちゃごちゃとオオオオッ!!』

「黙れ!」


 俺は叫んだ。

『ゴブリンロード』とゴブリンたちの動きが、止まった。


「魔物風情が、『異形の覇王』と『竜帝の末裔まつえい』の会話をさえぎるとは何事か!!」


 ああ、なんだかむかついてきた。

 仕事をやめて自由になったと思ったら、異世界に召喚されて。しかも間違いで。

 それが魔物発生してる乱世とか、ベリーハードな世界で。


「……仕事をめたら、そく、異世界の森の中……だもんな」


 仕事を辞めたことは後悔してない。

 他人の都合で決められる終わらない作業の繰り返しと、人間扱いされない環境。あのままあの場所にいたら、生物学とは別の意味で死ぬような気がしてた。

 時間を巻き戻したとしても、俺はたぶん、同じ選択をするだろう。


 だけど、これはあんまりだ。

 突然、魔物がはびこる世界に放り出されて、そいつらは人を滅ぼす気まんまんで。

 倒すためには、中二病時代の自分に戻らなきゃいけないって、どんな拷問ごうもんだよ。

 恥ずかしいんだよ、こっちは。もう20代の大人なんだよ!


「『我が前で我が民を害しようとした罪、身をもってあがなえ』」


 俺は言った。

 身体の中に、熱を帯びたなにかが入って来るのがわかった。


「『我が名は異形の覇王、鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』。『4つの種族の力を使いこなし、上天の女神と剣を交えた人界の王』『人を滅ぼすというなら、即座に貴様は我が敵である』」

『ナンダ!? お前はナニヲ言っているのだ!?』


 知るか。そんなことは中二病時代の俺に聞け!!


「『大いなる竜の息吹よ。我が敵を滅ぼす力をここに』!」


 俺はゆっくりと、息を吸い込んだ。

 大気中をただよう振動のようなものが、身体を満たしていく。これが魔力か。


「──ショーマさま!?」

「「「お兄ちゃん!!?」」」

『なんだ!? この魔力の量は────ぁァァァァァアアアアア!?』


 魔法を使うには、結果をイメージするんだったな。

 でも、そんな必要もないか。こうしてるだけで、中二病時代の俺が作り出した技のイメージが、頭の中によみがえってくる。


 あの頃の俺がイメージしていたのは、すべてをぎ払う火炎。

 ゲームでも物語でも、竜は超越ちょうえつ存在で、神話生物。

 その王が放つとしたら──


「『来たれ──すべてを焼き尽くす魔炎まえんよ。その息吹と共に──』」

『逃ゲロ! 全員ニゲロオオオオオオ!!!』


 逃がさない。

 俺は両手に溜まった魔力を、顔の前に持ってくる。

 そして、充分に息を吸い込み、一気に──吐き出す!




「『我が敵を焼き尽くせ──竜の息吹よ!』 『竜種咆哮ドラゴニック・ブレス』!!」




 俺の口元から、炎の線が走った。

 正確には、俺が顔の前にかざした、両手の間から。

 それは俺の前方で一気に広がり、『ゴブリン・ロード』の全身を包み込む!


『ギャアアアアアアア!!』


 炎は奴の全身を包み込んだだけじゃない。

 勢いよく噴き出した炎は『黒ゴブリン・ロード』の右半身を吹き飛ばしてる。


「リゼット! 子どもたちも退がってろ!」

「は、はい!」「「「はい! はおうさま!」」」


 リゼットたちが退避したのを確認してから、俺は身体を左右に振る。

 右端にいるゴブリンから、左端にいるゴブリンまで、全てに火炎が当たるように。


『『『『ゴブアアアアアアア!!!!!?』』』』


 5体をいたところで──魔力が切れた。

 同時に『竜種覚醒』も解除される。景気よく炎を吐き出しすぎたか。


 ゴブリンは1匹も残っていない。

『ゴブリンロード』も、配下のゴブリンも、残らず消し炭になった。


「……はぁ」


 やったのは自分だけど、なんだこの力。意味わからん。

 中二病時代の俺は、このスキルで一体誰と戦うつもりだったんだ……?


「……はおうさま」


 気づくと、小さな女の子が、俺を見てた。


「助けてくれてありがとうございます! はおうさま!」

「……まぁ、なんとかなったな」


 俺はズボンの尻を叩いて、立ち上がる。

 手を挙げて──思わず子どもの頭をなでようとして、止める。

 元の世界で、初対面の子に同じことしたら不審者だけど、いいのかな。

 女の子は目を閉じて俺に頭を差し出してるし。頭のてっぺんに、象牙色の角が生えてるけど。


「なでてあげてください。ショーマさま」


 リゼットはそんな俺を見て、笑ってた。


「『鬼族おにぞく』は、強い人に角をなでてもらうと、自分も強くなれるって言い伝えがあるんです」

「鬼族?」

「はい。リゼットがお世話になってるハザマ村は『鬼族』の村なんです」


 ──鬼族。

 そんなものもいるのか。いるんだろうな。

 目の前でちっちゃな子が、角を俺に見せながら、笑ってるから。


「えへへー」

「……えっと。よしよし」


 許可をもらったので、俺は女の子の頭をなでた。

 角は堅くて、温かい。作り物じゃないのがわかる。


 違和感ないな。いつの間にか、鬼族も竜族も俺にとって当たり前になってる。俺自身が『鬼竜王翔魔』で、鬼の力も竜の力も使えるからな。


 これはもしかして……元の世界よりこっちの世界の方が、俺にとってふさわしいってことなんだろうか。中二病が抜けてから、一生懸命、普通の学生やって、社会人として働いてたつもりなんだけどな……。


 おかしいな、なんだか、視界がにじんできた。


陛下へいか? どうされましたか?」

「誰が陛下だ」


 人をとんでもない名前で呼ばないように。リゼット。


「へいか!」「はおうさまー」「ショーマへいかー!」


 子どもたちも、人を囲んでバンザイしない。


「あ、いえ、すいません。ショーマさまが難しい顔をされていたので……」

「これからのことを考えてただけだよ」

「これから、ですか」

「俺はこの世界のことを、全然知らないから」


 子どもたちに異世界人ってのがばれるけど、もう隠してもしょうがない。

 力は見せてしまったからね。


「助けたお礼というわけじゃないけど、ふたつ、お願いを聞いてもらえないかな?」


 俺は言った。


「まずひとつ目。歩きながらでいいから、この世界のことを教えて欲しいんだ」


 俺はこの世界で生きていかなきゃいけない。

 そのためには知識が必要だ。

 どうやって生きるのが効率がいいか。素早く仕事をこなして、残った時間のんびりするにはどうすればいいか。今のうちに情報を手に入れておくべきだろう。


「もうひとつ。数日の間でいいから、村においてもらないかな?」


 こっちはあんまり期待してない。よそ者だからな。

 でも、


「はい! リゼットもうれしいです!」

「「「はい。いぎょうのはおう、きりゅうおうしょうまさま!!」」」


 リゼットと子どもたちは満面の笑顔で、はっきりと首を縦に振ったのだった。

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