007 少女リゼットの願い

 ──リゼット視点──




 出発前に、リゼットたちは、青い布を結びつけた矢を、空に放ちました。


 これは『魔物を撃退げきたいしました。無事です』という合図です。

 村の人たちが心配するといけませんからね。


 それから、リゼットたちは『ハザマ村』に向かって歩き始めました


「ショーマさまは、この世界の現状について知りたいのですよね?」

「うん。歩きながらでいいから、教えて欲しい」

「わかりました」


 なにから話せばいいでしょうか。

 少し、悩みます。


「リゼットの住んでいるのは、大陸にある『アリシア』という国です。

 そしてこのアリシアは現在、ぐちゃぐちゃに乱れています」


 ショーマさまの隣を歩きながら、リゼットは言いました。

 子どもたちも茶々を入れずに真面目に聞いています。


「『アリシア』は竜帝さまが作った国です。

 代々、竜帝さまの子孫が治めてきたのですが……現在の皇帝陛下になってから、賢者たちが権力を握るようになったんです。地方の領主たちも中央政府の言うことを聞かなくなり、魔物たちも暴れ回るようになった、というわけです」

「俺たちがいるこのあたりは?」

「アリシアの北にある辺境──リゼットたち『亜人あじん』の自治区になります」

「『亜人』?」

「普通の人間とは違う姿をした者のことです。リゼットのこれなんか、亜人の特長のひとつです」


 そう言ってリゼットは、耳の後ろにある角に触れます。

 そこには水晶のような角があるはずです。自分ではほとんど見たことがないですけど。


「これは竜の血を引くあかしです。もっとも、傍系ぼうけいも傍系、いとこのまたいとこの子孫、って感じですけど」

「でも、竜帝の子孫でもあるんだよな? 普通は大事にされるものじゃないのか?」

「竜帝の直系の子孫は、完全な人の姿を取っているんです」


 竜帝さまも、完全な人の姿をしていたと言われています。

 角が出てしまうのは、力を使いこなせていない証なんです。


「……悪いこと聞いたかな」

「いえ、気になさらないでください」

「……それで、ずっと気になってたんですけど」


 ショーマさまが首をかしげてこちらを見ています。

 来ました。リゼットはこの質問を待っていたのです。

 髪を整えます。背筋を伸ばします。さぁ、ここが正念場ですよ。リゼット。


「その『竜帝りゅうてい』さまって──」

「この大陸を最初に統一されたお方でひゅっ!」


 かみました──っ!

 どうしてこんな大事なときに!? しかもショーマさまの質問がまだ途中なのに!!


 さっきは泣きじゃくっちゃいましたし、お空を飛んでいるときは、ショーマさまに胸を押しつけてしまいました。どうしてリゼットはいつも、ショーマさまに恥ずかしいところばかり見せてしまうんでしょう……。


「りゅ、『竜帝』さまは、この大陸を最初に統一されたお方です」


 気を取り直し、リゼットは説明を続けます。


 数百年の昔、この世界が魔物によっておびやかされていたこと。

 魔物を従え、禁断の暗黒魔法を使って天下を狙っていた暴君がいたこと。

 その暴君を、『竜帝』が滅ぼして、一時はすべての魔物が追い払われたこと。


『竜帝』が亡くなったあと、アリシアがだんだん衰えていったこと。

 もともと『竜帝』は亜人と人を平等に扱っていたけれど、彼亡き後は差別が始まり、亜人は辺境の一角でだけ、自治を許されていること。


「つまり、皇帝が力を失って、配下がのさばって乱世になった、ってことか。世に言う『君側くんそくかん』ってやつか。君主制の国にはよくあるよな……」

「おわかりになるんですか?」

「俺の世界の歴史とかぶるところがあるんだ。具体的にどんな国のことかは……思い出せないけど」

「……すごい」


 やっぱりショーマさまは、リゼットが待ち望んでいたお方なのかもしれません。

 本当に仕えるべき相手を、やっと見つけ出したような気がします。


 さっきショーマさまは「自分は異世界からきたものだから、重要な地位にはつけない」とおっしゃっていました。

 たとえばショーマさまが皇帝になって、すぐに元の世界に戻るようなことになるかもしれないからです。

 玉座がいきなり空位になったら、国がパニックになってしまいますからね。


 けれどショーマさまは『リゼットの手伝いをするくらいなら構わない』と言ってくれました。

 ……『リゼット』……呼び捨て。家族みたいですね。

 なんだか、ほっぺたが熱くなってしまいます。


 それはそうと。リゼットのお仕事は『村の護り手』です。

 この辺境にある『ハザマ村』の平和を守るのが役目です。それをショーマさまが手伝ってくださるならば、村は外敵や魔物から、完全に守られることになるでしょう。

 そうなったら、外の人たちが、村で暮らしたがるようになるかもしれません。

 安全で、敵から守られていて、豊かな地方というのは貴重ですから。

 もしも、リゼットとショーマさまが協力して、ハザマ村を平和で、豊かな村にすることができれば──


 手を貸してくれる人たちが集まってきて、やがては大きな国になるかもしれません。

 戦わずして、勝利です。王道です。


 それこそがショーマさまには、ふさわしいのかもしれませんね。


「……よし」


 決めました。

 リゼットはショーマさまにお仕えし、村の護り手として一層がんばります。

 まずは、ショーマさまが村になじめるような方法を考えましょう。


『ハザマ村』は亜人──鬼族の村ですから、人間を嫌っている人もいます。

 人間の姿のショーマさまが、ご不快にならないようにしないと。

 そのためには……うーん。


「リゼット?」

「は、ひゃいっ!」


 不意にショーマさまの声が聞こえてきて、リゼットは飛び上がります。

 いけないいけない。考えに沈んでしまっていました。


 ショーマさまは不思議そうな顔で、リゼットを見ています。

 その視線はなんだか優しいお兄さんのようで、なんとなく、落ち着きます。


 ……お兄さん。


 ぽん。


 リゼットは手を叩きました。

 いい方法を思いついたからです。これなら、ショーマさまもすぐに、村になじめるはずです。


「あの、ショーマさま」


 だからリゼットは言いました。


「よろしければ、リゼットの家族になりませんか?」


 ささやかな願いを込めて。

 ショーマさまが村になじむための、一番わかりやすい手段を。

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