008 『鬼族の村』と『護り手の少女たち』

 ──ショーマ視点──




「……家族?」


 聞き返したけど、リゼットは真っ赤な顔で黙ってしまった。

 聞き間違いだろうか。


 子どもたちは、わちゃわちゃ騒いでたから聞こえなかったみたいだ。

 リゼットはそれっきり、うつむいてる。

 ここは触れないほうがいいのかもしれない。


 俺たちは踏み固められた道を歩いてる。左右は背の高い樹が生えた森だ。


 子どもたちによるとこの道は、村人が狩りや荷物運びのために切り開いたそうだ。

 人の手が入った場所に来ると、本当に安心する。

 さっきまで深い森の奥の、魔物の領域にいたからな。


 俺の能力が戦闘に使えるってのはわかった。魔物から村を守るくらいはできると思う。

 そうやって村を守ることで、居場所を作っていけばいいかな。

 マクロな問題は、真の召喚者たちに任せよう。


「世界と戦うのは、10年前に辞めたからな」

「『世界』ですか? ショーマさま?」


 リゼットはきょとん、としてる。


「なんでもないです」

「……はい」


 不思議そうな顔をしてたけど、リゼットは聞き流してくれた。

 代わりに彼女は、俺の手を、ぎゅ、と握ってた。


「は、はぐれないように、です」


 ……俺はいいんだけどね。俺は。

 照れくさいけど。


 リゼットの外見はどう見ても10代半ばくらいで、体型もほっそりとしてる。

 耳が少しとがっているのと、その後ろに水晶のような角がある他は、普通の人間と変わらない。というか、普通にかわいい。銀色のロングヘアーはさらさらしてるし、目は大きいし、手足も細いし──元の世界基準だったら相当の美少女だと思う。


 ……そんな子に手を引かれて歩くって。

 …………いかん。本気で気恥ずかしくなってきた。


「…………お兄ちゃん。リゼットの……でも、その方法は……どうすれば……」

「リゼット?」

「な、なんでもないですっ! なんでもっ!!」


 リゼットはぶんぶんぶん、っと、首を振った。

 それから、道の向こうを指さして、


「そ、それより……見えてきました。あれが『ハザマ村』です!」


 リゼットが言い、子どもたちが声をあげた。

 道の向こうに、背の高い石の壁が見えた。壁の中央には門があって、木製の扉がついてる。

 まさに中世の城塞都市、って感じだ。

 魔物がいる乱世なら、防御のための城壁を作るのも当然で、壁の上に見張りを立てるのも当然。その見張りが俺たちを見つけたのか、手を振って声をあげてる。「──リズ姉──みんな──」って。そしてそのまま城壁を乗り越えて──って、おい!


「とぉ!」


 見張りの少女は迷わず、城壁から飛び降りた。

 垂直落下してる途中で壁を蹴り、真横に向かって方向転換。

 そのまま森の木の枝につかまり、一回転してから──



 ずざざざざざざ──っ。ごろごろごろごろっ!



 着地に失敗して、そのまま地面を転がった。


「…………大丈夫?」


 俺は近づき、その子に声をかけた。

 彼女は仰向けに転がったまま、俺を見て目をぱちくりさせてる。


 リゼットより、少し背の高い少女だった。着てるのはリゼットと同じく、袖のない前合わせの服。でも、地面を転がったせいで、帯がほどけてはだけてる。さらにリゼットよりもかなり胸が大きいせいで……その……胸のほとんどが見えてる。俺を見てるのは、真っ黒な大きな目。髪はウェーブのかかった赤色で、頭のてっぺんには子どもたちと同じく角がある。彼女も鬼族か。


「だいじょぶだよー。えへへ。失敗しゃった」


 少女は手足についた土を払って立ち上がる。

 服を直す、という発想はないらしい。


「……腕、血が出てるけど」


 地面を転がったときに擦ったんだろう。

 少女の真っ白な腕には、かすかに血がにじんでた。


「こんなのすぐに治るよ。ほらー」


 少女は俺に向かって腕を突き出した。

 言われるまま、じっと腕を見てると……傷口がふさがっていく。

 血があっという間に止まり、皮膚が再生していく。すごい。


「これが鬼族の再生能力だよ。これくらいの擦り傷なんか、すぐに治っちゃうんだからね。えっへん!」

「だからって城壁から跳ぶことないでしょう、ハルカ」


 俺の後ろで、リゼットが呆れたような声を上げた。


「リズ姉! みんなも。もーっ、心配したんだよ!!」

「「ハルカねーちゃ──んっ!!」」


 子どもたちが走り出す。

 ハルカ、と呼ばれた少女は両腕を広げて、子どもたちをまとめて抱きしめた。


「こらぁ! 子どもだけで森に入るなって、ボクは言ったよね!? 本当に心配したんだからね!!」

「「「ごめんなさい。ハルカ姉さま」」」

「……ほんとに、もう」

「戦いに言ってるお父さんたちに、美味しいお魚を食べさせたかったの」

「わかるけど、リズ姉に迷惑かけたら駄目だよ。まったくもう……」


 そう言って少女は、子どもたちを放した。


「いい? 大人たちは戦いに出てるんだから、心配をかけないようにしないとだめだよ。もう勝手なことはしないようにね?」

「「「……はーい」」」

「ところでリズ姉? その人は?」


 鬼族の少女ハルカは不思議そうに、俺を見た。


「はい。この方は『ショーマ=キリュウ』さま。森で出会った方です。種族は……人間……ですよね?」

「……そうだね」


 なんだか自信がなくなってきたけど。


「はじめまして、俺はショーマ=キリュウ。森でリゼットに出会って、助けてもらいました。多少の戦闘能力があることは彼女が証明してくれると思います。迷惑はかけないので、しばらくこの村にいさせてもらえると助かるんだけど……」

「むむむ……」


 ハルカは帯を結び直し、乱れていた服を直し、身構える。


「怪しいね。こんな辺境に、人間がひとりで来るなんて。どこかの領主から派遣されてきた間者スパイじゃないの?」


 そうして彼女は唇を結んで、じっと俺をにらんだのだった。

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