009 『王の権威』は村を駆け巡る

 ……まぁ、これが普通か。

 リゼットと子どもたちがフレンドリーすぎたんだよな。やっぱり。


「この方を疑ってはなりません」


 不意に、リゼットが割って入った。


「この方が敵ではないことは、このリゼットの生命をかけて保証いたします」

「リズ姉は人を信じすぎ!」


 ずん、と、ハルカは地面を踏みしめた。


「人間が亜人を対等だと思っていないことは、リズ姉も知ってるよね!? 他の人たちだって、ボクたちをかばってくれなかった。だから亜人はこんな辺境に追いやられたんだよ!?」

「ショーマさまは別です」

「どうして!?」

「この方は、私と子どもたちを助けてくださいました!」

「……そうなの?」


 ハルカがこっちを向いた。

 俺の方を──正確には、俺の身体にしがみついてる子どもたちを見てる。


 というか、いつの間にみんな集まって来たんだ?

 道理で脚と腰のあたりが熱いと思ったよ……。


「はおうさまはいい人だよ!」「わたしたちを助けてくれたもん!」「なんかがーっと吐いて魔物がぶぉごごごーん、なんだよ!!」

「むむむ……」


 ハルカはこっちを見たまま、肩を怒らせてる。


「だ、だからって、簡単に信じるわけにはいかないよ。ボクだって『村の守り手』なんだからねっ!」

「そうなのか?」

「そうだよ。リズ姉とボクが中心になって村を守るんだから。リズ姉は村の周囲をパトロールするのが仕事で、ボクは子どもたちの面倒を見るのと、村に近づくものを警戒するのが役目なんだから!」


 村の警戒と、子どもの面倒を見る、か。

 やっぱりこの世界は乱世なんだな。魔物の脅威とか、外敵とかが普通にいるんだもんな。

 俺が中二病だったときは『見えない敵』を相手にしてたけど、この世界では『見える敵』がいて、常にそれに備えている……か。


「……すごいな。この世界の女の子は」

「え?」

「その齢で重要な役目を担ってるんだろ? 立派だよ。それなら、俺を警戒するのもわかる。子どもたちが勝手に村を出たら、怒るのも当然だ。だって、すごく心配してたんだろう? 城壁から飛び降りるくらいなんだから」

「そ、そうだけど」

「そんなとき、得体の知れない人間がやってきたら、警戒するのは当然だよな。俺は異世界から来た人間で、この世界のことはなにも知らない。そんなヤツを村に入れたくないってのはわかるよ」

「村に入れたくないなんて言ってないじゃない。もう!」

「無茶を言ってるのは俺の方だからな。村に置いてもらうのが無理なら、せめてこの城壁の外で休ませて欲しい。それから身の振り方を考えるよ。ごめんな。迷惑をかけて……」

「だーかーらーっ! も────っ!!」


 ハルカは赤い髪を振り乱して叫んでる。あれ?


「やめてよ。もー! これじゃボクひとりが悪者じゃない!」


 あ、しまった。

 言葉の選び方が間違ってたか。こっちは元リーマンで、現実処理能力を持つ大人だ。もうちょっと相手に負担にならない言い方をするべきだった。


「いや、悪者とかじゃなくて、俺は確かに得体の知れない者だから……」

「だまって! いいからだまって!」


 ハルカはびしり、と俺を指さした。


「まずお名前! もう一回お名前を教えて!」

「……ショーマ。ショーマ=キリュウだ」

「ボクはハルカ。ハルカ=カルミリア。この村の守り手で、リズ姉──リゼット=リュージュの幼なじみ。子守担当だよ。それで……」


 こほん。


 ハルカは一回、せきばらいをして。


「……さっきボクが着地に失敗したとき、最初に心配してくれたの、ショーマさんだったよね」


 なぜか照れくさそうに横を向いて、ハルカは言った。


「ボクのお話をちゃんと聞いて、立場もわかってくれて……大変だって、立派だって言ってくれたもんね。悪い人じゃ、ないよね。子どもたちもみんな、ショーマさんにくっついてるもんね」

「……う、うん」

「そ、それに、そう『異世界人』だもんね! 着てる服も見慣れないものだもんね。てことは、この世界の人間みたいに亜人を嫌ったりしないよね! なーんだ。気にすることなかったよ」

「……あれ?」

「もー、ショーマさんってば、いじわるだなぁ。最初に『異世界人』だって言ってくれたら、ボクだって警戒しなかったのにさぁ。もー。もーもーっ!」


 ハルカは真っ赤な顔で胸を張ってる。

 後ろ手で帯をゆるめて、また、着崩した格好になる。警戒心を解くとそうなるのか……。


「うん。ボクはショーマさんを信じることにするよ。失礼なこと言ってごめんなさい!」


 ちょろい!?

 いや、話が早すぎだろ? もうちょっと警戒しようよ。


「あのね、ハルカねーちゃん!」「ショーマ兄ちゃんは、わたしたちの角をなでてくれたよー」「強くなれるようにっておまじないをしてくれたよ!」

「そうなの!?」


 いきなり近い近い!

 どうして密着して、膝をかがめて、俺に角を見せてるの!? 距離感はどうした!?


 ハルカは土のついたむき出しの腕を、俺の腕にすりつけてる。

 胸のあたりに触れてる、むにゅ、とした感触は……考えるとまずいから考えない。

 まったく、警戒心なさすぎだ。

 ほんっとに大丈夫か、異世界の人たち。


「ハルカ、失礼ですよ」


 リゼットが俺とハルカを引きはがした。


「あ、もー。リズ姉。なにするのさー」

「ショーマさまはお疲れなんです。まずは休ませてさしあげなくては」

「……しょうがないなぁ」


 そう言ってハルカは、俺の手を取った。


「ボクの家は弟と妹たちでいっぱいだから、リズ姉のおうちで休んでもらうのがいいかな。ボクが案内するね!」

「どうしてハルカが案内するんですか! それはリゼットの役目です!!」


 リゼットが空いてる方の腕をつかむ。

 子どもたちは俺の身体にしがみついて──というか、登りはじめてる。「あんない」つれてくよー」って。


「その前に、リゼットも、ハルカも、子どもたちも、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ」


 俺は言った。

 リゼットとハルカは俺の手を握ったまま、きょとん、とした顔になる。


「俺が『竜の力』で魔物を倒したことは、みんなに内緒ないしょにして欲しいんだ」


 俺は、ここに来るまでの間、リゼットと子どもたちに『俺が異世界人であること』『竜の力が使えること』『「竜帝廟」の扉を開けたこと』を話した。リゼットに話したのは情報の再確認のため、子どもたちに話したのは、みんなを落ち着かせるためだ。「どうして竜みたいな力が使えるのー?」「どこから来たのー」って聞かれたら、話さないわけにはいかなかった。


 そしてハルカはリゼットと同じ『村の守り手』だ。

 これから一緒に仕事をする相手に、隠し事はしたくない。


 けど、情報はそこで止めておきたい。異世界人の俺が『竜の力』を使えるってわかったら、村の人たちがどんな反応するかわからない。そういう話は、落ち着いてからにしたいんだ。


「できれば魔物はリゼットが倒したことにしてくれないかな? 俺の力のことを知ったら、みんなびっくりするかもしれないからね」

「わかりました。ショーマさま」


 即答だった。


「ハルカも、みんなも、いいですね?」

「もちろん。ショーマさんが秘密にしたいのなら、ボクは固く口を閉ざしてるよ」


 ハルカは、ぽん、と、大きな胸を叩いた。

 それからしゃがんで、子どもたちと目線を合わせて、


「聞いてたよね? ショーマさんが竜の力を使えることは、村の人たちには秘密だよ?」

「「「はーい! ショーマ兄ちゃんが竜の力を使えることは秘密にします!!」」」

「よしよし」


 子どもたちが唱和して、ハルカがみんなの頭をなでた。


「それでは、村に入りましょう休めるところにご案内しますね」

「ありがとう。助かるよ」


 体力はともかく、精神的に疲れてる。

 それに、安全な場所でじっくり考えたいこともあるんだ。


 俺の能力と、できることについて。

 それからこの世界と俺の世界の類似点──歴史の似た部分についても。






 ──そして、ショーマと別れたあとの子どもたちは──




「まったく、どれだけ心配したと思ってるんだい! このバカ息子!」


 ごちん

 頭を殴られた子どもが、床にうずくまる。


「ごめんよ……母ちゃん」

「まったく。リゼットさまが偶然、村の外に出てらしたからいいようなものの……」


 子どもの母親は窓の外を見て、ため息をついた。


「でも、なんで人間なんかをこの村に連れ込むのかねぇ。リゼットさま、あとで説明してくださるとは言っていたけど……あの人間、信用できるのかねぇ……」

「ショーマ兄ちゃんを悪く言うなぁ!!」


 子どもの小さな拳が、母親の脚を叩いた。


「ショーマ兄ちゃんは僕たちを助けてくれたんだぞ! すっごくつよくて、すっごくいい人なんだ! 悪く言っちゃだめなんだからな!!」

「まぁ、そうなのかい。でも、鬼族をこんな辺境に追いやったのは王都の人間だからね……もちろん、同じ人間でも、いい人がいるってのはわかってるつもりだけど……」

「…………うぅ」

「ああ、泣かなくていいから。ごめんよ。お前はそのショーマ兄ちゃんが好きなんだね? でも……」

「ショーマ兄ちゃんはすっごい力で魔物を倒してくれたんだい!」

「すごい力?」

「口からぶぉーっと炎を噴き出して、魔物を焼き尽くしたんだぞ! 見たんだからな!」

「まさか! そんなことができるのは、『竜の血』を引くお方だけじゃ……」

「……リゼットさまは、ショーマ兄ちゃんと『竜帝廟りゅうていびょう』で出会ったみたい」

「『竜帝廟』で!?」

「秘密だぞ! 母ちゃんだから話したんだからな!!」

「わ、わかってるよ。そうかい……」

「リゼットさまが言ってたから本当だい!! いいか。これは内緒なんだからな!!」

「わかったよ。そうかい。『竜帝』さまのお使いなら……無礼はできないねぇ」





「うわあああああああああん」

「あ、こら。なにも泣かなくても……」

「だって、お母さんが、はおうさまを悪く言うから……」

「そんなこと言われても、知らない人間ってのはどうしてもね……」

「はおうさまは違うんだい! はおうさまはあたしに親切にしてくれたんだ。それに、竜みたいな力で魔物を一気にやっつけたんだからね!!」

「──まさか!!」

「これは絶対内緒なんからねっ」

「わかってるよ。なるほど、リゼットさまの『竜の血』と引き合ったということかい……」




「兄ちゃんのばかっ!」

「なんだよこいつー。なんで人間なんかかばってるんだよ」

「ショーマ兄ちゃんは(以下略)」


 そんなわけで、うわさは村中にあっという間に広がってしまったのだった。

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