003 朽ちた村と竜の遺物

 回想終了。




 俺は森の中を歩いている。

 足元には踏み固められた道がある。走っていたら見つけたものだ。


 道の上には足跡がある。

 これをたどっていけば、人里に着けるかもしれない。


「本当に、女神はスキルも情報もくれなかったな」


 くれたのは長剣だけだ。

 それは今も俺の背中にあって、がちゃがちゃと音を立ててる。


 しかも女神は、この世界の服さえくれなかったな。

 俺の格好は元の世界のまま。着てるのは安物のスーツで、履いてるのはウオーキングシューズ。左手にはコンビニ袋。中にはおにぎりとミネラルウォーターが入ってる。それで剣を担いでるんだから、かなりシュールな格好だ。


「……こんなのが、『異形いぎょう覇王はおう 鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』か」


 よれよれのスーツで。

 26歳の元会社員が。

 ゴブリン相手に、見得を切って。


 ──コンビニ袋を手に『我が名は異形の覇王』って、名乗りをあげた──


「うわあああああああああああっ」


 俺は頭をかかえた。


 しにたい。

 いや、死にたくはないけど! だけど……。


 ……やはりあのゴブリンどもは皆殺しにするべきだった。生き延びた奴が仲間に『異形の覇王』のことを話してるかと思うと、木に頭をたたきつけたくなる。

 中二病時代のことは思い出したくないんだよ! 黒歴史なんだから!


 高校に入る直前に完治して、ずっとまじめな社会人やってたってのに、なんで今さら異世界召喚で能力覚醒なんだよ! 嘘だと思いたい。思いたいけど──


「…………今だって竜の力に覚醒してるもんな……」


 そうでなかったら、こんな長距離を走れるわけがない。

 ゴブリンと戦ってから、道を見つけるまで、ずっと全力疾走してた。なのに息も切れてない。デスクワークで運動不足だったってのに。


「そろそろ……人工物が見えて欲しいんだが……」


 そういった瞬間、森が切れた。

 俺は足を止めた。


 そこは見知らぬ村の入り口だった。

 目の前には崩れた城壁。地面には腐った板が転がってる。

 板の上には折れた棒がある。これは……門の扉とかんぬきか。


 城壁の向こうには、壁だけ残った家が並んでる。

 人の声はまったく聞こえない。


「この世界は乱世……って言ってたな。ということは、ここは廃村はいそんか」


 まいったな。そろそろ安全な場所で一休みしたかったんだけど。 


 俺の目の前にはウィンドウがあって、魔力の残量ゲージが表示されてる。

竜種覚醒りゅうしゅかくせい』してる時間とともに減っていってる。残量は、あと3分の1程度。


 この世界の魔力が豊富なら、休んでるうちに回復するはずだ。

 闇雲やみくもに移動するより、ここで落ち着ける場所を探した方がいいな。


「屋根と壁が残ってれば、気休めにはなるんだけど……」


 目の前は村の大通り。地面には石が敷き詰められている。左右にあるのは、崩れかけの家。屋根はなく、壁の残骸だけが残っている。


「廃村になってるってことは、魔物に襲われたか、それとも戦争があったのか」


 わからない。情報がなさすぎる。

 とにかく、この世界の人に会いたい。魔物じゃなくて、ちゃんと話が通じる人に。


 いや、その前に一休みして水分補給か。

 どこか休める場所は──


「…………あった」


 屋根と壁が残っている建物を見つけた。

 小さな、青い屋根のついたお堂だった。

 建物の前には崩れた石像がある。これは竜と……人だろうか。


 お堂には両開きの扉がついている。

 取っ手をつかんで引っ張ると──開いた。


「……誰かいますか?」


 返事はなかった。お堂の中はからっぽだ。荷物も家具も、なにもない。

 入り口の扉の上に、この世界の文字が彫ってあるだけだ。

竜帝廟りゅうていびょう』──それがこの建物の名前らしい。


「『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』解除」


 俺はスキルを解除して、お堂の入り口に腰掛けた。

 この位置なら、まわりが見渡せる。魔物が近づいてくればすぐにわかる。


 俺は奇跡的に落とさなかったコンビニ袋を開けて、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。

 文明の味がした。


 まわりは住んでる人が誰もいない、廃墟。

 そこで俺は、ぴかぴかのペットボトルに入った、純度の高い水を飲んでいる。


「……シュールだな。本当に」


 顔を上げて、もう一度『竜帝廟りゅうていびょう』の文字を見る。

『竜帝』……竜の帝王か、竜的な帝王か。そういうものがこの世界にいるんだろうか。俺のように、中二的に覚醒した竜じゃなくて、本物の竜か、それと同等の力を持つ存在が。


「だったら、さっさと魔物を駆逐くちくして欲しいもんだ」


 それにしても……これからどうしよう。

 人里を見つけて、事情を話して、それから──?


 俺に乱世を生き延びることなんてできるのか……?

 魔物がうろついてて、村がひとつ廃墟と化すくらいの世界なのに。




 そんなことを考えていたときだった。



「────え」



 声がした。

 俺は顔を上げた。


 崩れた城門の向こうに、人がいた。

 こっちを見ていた。


 間違いない。人間だ。魔物じゃない。


 その人はこっちに向かってまっすぐ走ってくる。

 顔が見えた。銀色の髪の少女だった。着ているのは袖のない、前袷まえあわせの服。

 彼女は赤色の眼を見開いている。俺から視線を外さない。

 そのまますごい勢いで走って来て──


「はじめてお目にかかります。竜帝の後継者さま!」


 俺の足元に、ひざまづいた。



 ──なんでだ。

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