019 鬼族と魔物の戦い。そして無双の救援(1)

 ──ハザマ村の戦士たち視点──



 戦況は最悪だった。

 村人たちの目的は、森の向こうにある『廃城はいじょう』攻略の拠点きょてんを作ること。あの地に住み着いた上位の魔物『黄巾こうきんの魔道士リッカク』のせいで、魔物たちが組織立った行動を取るようになり、森に入る村人の危険度が増していたからだ。


 彼らは計画を練り、柵と落とし穴を作ることを決めた。

 更に小屋を建てれば、簡易的な拠点ができる。

 土木工事は得意だ。鬼族の腕力なら、夜のうちに深い穴を掘ることができる。

 そう思っていた。


 だが、作業の途中で敵に発見された。

 敵は『ゴブリンロード』20匹。戦えない数じゃない。

 ある程度、敵をたたいてから逃げるつもりだったのだが──


「……やつら……固すぎる」


 鬼族の男性は、折れた長剣を恨めしそうに見つめた。

 作りかけの柵は簡単に破壊はかいされた。落とし穴も、まだ途中だ。魔物の群れを防ぐ役には立たない。

 その上、長時間の戦いのせいで、村人たちの武器までこわれ始めていた。


「お前の棍棒こんぼうはどうだ?」

「ごらんの通りだ。まっぷたつに折れちまった」


 村人の一人は、折れた棍棒を手に肩をすくめた。


「リゼットさまなら、目や口を狙って突くこともできようが」

「わしらには無理だ」


 隣でうずくまる鬼族の男性が、皮肉っぽく笑う。


「時間をかけすぎた。村が手薄になっているが……」

「あちらにはリゼットさまとハルカがいる。こいつらが来てもなんとかなろうよ!」


 ぶんっ!


 鬼族の男性が、握っていた棍棒こんぼうを振った。

 固い音がして、『ゴブリンロード』が吹き飛ぶ。

 同時に、棍棒が砕けた。


『……鬼族に、告げる』


『ゴブリンロード』が起き上がる。

 他の『ゴブリンロード』とゴブリンが隊列を組み、ゆっくりと近づいてくる。

 村人たちを取り囲もうとしているのだ。

 奴らは全員、腕と頭に黄色の布を巻いている。『黄巾の魔道士リッカク』の配下である証だ。魔物同士が連携を取りやすくする効果もあるのだろう。『黄巾の魔道士』が来てから魔物たちはより固く、強く、残酷ざんこくになったのだから。


『「黄巾の魔道士リッカク」さまの命により、この森は我々の領土とする』


『ゴブリンロード』は言った。


『貴様らはここで終わる。生き残りの者は、村にこもっていればいい。この森に、我らの同胞どうほうがあふれるまで。それが黄巾の魔道士リッカクさまの意思』

「そんな馬鹿な話があるかよ! 俺らだってこの森で生きてるんだ!」

「村の者たちだって、そんな状態じゃ生きていけねぇだろ!?」

「これから畑を切り開こうって時だ! 邪魔されてたまるものか!」


 村人たちは武器を振り上げ、叫んだ。


『ならば、「黄巾の魔道士リッカク」さまに従え』


『ゴブリンロード』たちは言った。


『リッカクさまと共に新王朝を築くのだ。その礎となるならば、亜人にも大陸の一角が与えられるだろう』

「……わけわかんねぇこと言いやがって」


 鬼族の男たちは武器を握りしめた。

 すでに敵は、こちらを包囲しかけている。開いているのは村の方角だけだ。

 だが、『ゴブリンロード』の後ろには、弓を構えた一隊がいる。

 鬼族が背中を向けて走り出した瞬間、矢が飛んでくるだろう。


『逃がしはしない』


『ゴブリンロード』が笑う。


『屈服せよ。それこそが「黄巾の魔道士リッカク」さまにとっての……』




「うるさいです。誰もあなたたちの言葉なんか聞きたいと思ってませんよ?」




 頭上から、声がした。


 次の瞬間──




『ギャアアアアアアアアッ!』




 絶叫があがった。

 真上から振り下ろされた長剣が、『ゴブリンロード』をまっぷたつにしたのだ。


「さすが……『超堅ちょうかたい』ですね。ショーマ兄さまの剣は」


 地上に降り立った少女が、銀色の髪を揺らしながら、笑った。


「はこぼれひとつしません。これならいつまでだって戦えそうです」


 魔物たちの背後に降り立った少女が、長剣を振った。


「「「リゼットさま!?」」」


 村人たちは目を見開いた。


 彼女がこんなところにいるはずがない。

『ハザマ村』最強の少女は、村にいるはずなのだから。


「兄さまの命により、リゼット=リュージュ。救援きゅうえんに参りました!」


 少女は高らかに宣言した。

 ほっそりとした身体に、銀色の髪。そして強い意志を宿した桜色の瞳。

 そして尖った耳の後ろにある、水晶の角。


 間違いない。ハザマ村に住む『竜帝の末裔まつえい』の少女、リゼット=リュージュだ。


「リゼットさま……どうしてここに!?」

「リゼットは『村の護り手』です」


 少女は村人たちを見ながら、微笑んだ。


「村の方々が危険なら、どこへだって駆けつけます。兄さまも翼を貸してくださいました……また、抱きついちゃいましたけど」


 そう言って少女はほほを染めた。

 村人たちが見たこともない、恋する乙女のような表情で。


『ギギ!?』『ナ、ナンデ?』


 背後を突かれた魔物たちが声をあげる。

 奴らは半円形の隊列を組み、村人たちを包囲しようとしていた。リゼットはその背後に降り立ったのだ。魔物たちの後衛は、弓矢を持つ兵士とゴブリンたち。いきなり接敵され、あわてふためいている。

 その隙を見逃すリゼットではなかった。


「本当は、兄さまに強化して頂いた剣は、大事にしまっておきたいのですけど!」


 リゼットは剣をつかんだまま、走り出す。

 ゴブリンの弓と矢筒を、胴体ごとはらう。


「リゼットの兄さまがくださった剣に勝てるというなら、かかってきなさい!」

『グガアアアアアアッ!』


 毒々しい血をまき散らしながら『ゴブリンロード』が倒れ伏す。


『囲め! 囲めええええええっ!』『集団でかかれ!』『取り囲んで殺すノダ!!』




「囲まれてるのはそっちだよ? わかんないの?」




 また別の声が、頭上からひびいた。


『グガロガァッ!』


 叫んでいた『ゴブリンロード』の身体が、吹っ飛んだ。


『グガラッ』『ゴグバッ!?』


 隣にいたゴブリン数体がそれに巻き込まれた。彼らが木にぶつかって止まった時、身体はすでにひしゃげている。元々ひとつの生き物だったかのように絡み合い、もう身動きひとつしない。


「ハルカ=カルミリア、見参けんざんだよ! みんなをいじめる、悪い魔物はどこかな!?」


 リゼットの隣に、棍棒を掲げたハルカが立っていた。

 赤い髪をうっとうしそうにかきあげて、不敵な笑みを浮かべている。


「この武器は初使用だからね! 手加減はできないよ! 覚悟してかかってきなよ!」

『ふっ……棒を振り回すしか能がない鬼ども────ガッ!?』


 振り下ろしの一撃をまともに受けた『ゴブリンロード』の身体が、折れた。

 肩を砕かれ、背骨を割られ、そのまま地面に倒れて動かなくなる。


「……なんなんだ、あの武器は?」

「……オレらと同じ棍棒なのに、ばか固い『ゴブリンロード』の手足を砕く威力が?」


 リゼットとハルカの姿に、鬼族の戦士たちは目を丸くしていた。


 自分たちは魔物に囲まれかけていた。2人が村から来たなら、自分たちの背後から現れるはずだ。なのにリゼットとハルカは魔物の背後を突いてきた。いつの間に? それに、あの強すぎる武器は?


「お話中すいません」


 ばさり、と羽ばたく音がした。

 鬼族の村人たちが振り返ると、木々の間に、見慣れない服を着た男性がいた。。

 人間だ……たぶん。一瞬、背中に真っ白な翼が見えたような気がするけれど──気のせいだろう。


「人間がどうしてここに?」「何者だ?」「人間の領土の者か?」

「リゼットとハルカの家族です。武器の補給ほきゅうに来ました」


 人間の男性はぎこちない笑みを浮かべて、そう言った。

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