024 王は『結界』の真の力を発動させる

「『邪結晶じゃけっしょう』の浄化が終わりました。兄さまが下さったこれを、結界の動力源にします」


 そう言ってリゼットは水晶玉を取り出した。

 表面が虹色に光ってる。『邪結晶』が浄化されて、魔力の結晶体になったらしい。


「これを魔法陣に乗せれば、たぶん、150日くらいは保つと思います」

「……150日か」


 そのあと、また結晶体を補給しなきゃいけないのか。

 ……面倒だな。


「あのさ、リゼット」

「はい。ショーマ兄さま」

「『竜帝りゅうてい』がどうやって結界に魔力を供給してたかって、わかる?」

「……リゼットも、母から聞いただけですけど……」


 リゼットは銀色の髪を指にからめながら、首をかしげた。


「大地を流れる魔力を、魔法陣につないでいたそうです」

「大地を流れる魔力?」

「それと、土地と魔法陣を繋ぐために『城主じょうしゅ』を指定していたという話を聞いたことがあります」

「城主か……」


 どういうシステムを使ってたんだろうな。


「では『結界』を起動しますね」


 リゼットは魔法陣の中央に、魔力結晶を置いた。

 地面がかすかに、震えた。


「……やっぱり、結界の魔力効率がすごいです」

「……見て、兄上さま。結界の光が広がってく」


 俺にも見えてる。

 魔法陣からあふれ出した光の粒子が、『廃城はいじょう』を包み込みはじめる。


 すごいな……魔法陣が起動するのをはじめて見た。

 魔力がある世界ってこういうものか……。


 光の粒子は城を包み込んで、すぐに消えた。これで結界が成立したらしい。

 見た感じは変わらないけれど、さっきより空気が澄んでるような気がする。


 こうやって町に『結界』を張っていけば、魔物の侵入を防ぐことができるのか。

 もしも結界の範囲を広げることができれば……魔物をこの地域から追い出すことができるかもしれないな。


「もうちょっとここを調べてみてもいいか?」


 俺は言った。


「いいよ。ボクは、ガルンガおじさんたちを呼んでくるね」

「では、リゼットは塔の前で見張りをしていますね」


 ハルカは手を振って出て行った。

 リゼットの方は──塔の前で、びしっ、と直立不動ちょくりつふどうだ。


「……いや、そこまでしなくても」

「お兄さまをお守りするのは、義妹いもうとの大事なお仕事です!」


 義妹いもうとの将来が心配になってきた。

 大丈夫かな。リゼット。仕事のストレスと緊張で潰れたりしないかな。

 元の世界にもそういう人がいたから心配だよ……。


「もっと効率いい『結界』が作れれば、リゼットたちの仕事も楽になるはずだけど」


 手がかりは、いくつかある。

 この場所は、かつて竜帝が結界を張っていたこと。

 竜帝は時間無制限で結界を張り続けることができたこと。

 そのために城主を任命していたこと。


 最後に、竜帝のスキルは「名前をつけること」が関係している。『命名属性追加ネーミングブレス』もそうだった。


「……そこから考えると……」


 わかる……わかるぞ。

 おそらく竜帝は大地の精霊ノームを呼び出して名前をつけ、それを城主の助手にしていた。その助手とはつまり世界の根源にまつわるもので。地にありては生命を、天にありては死をつかさどる第8天のさらに上位に位置する女神の従者でうわああああああ!


 ぶんぶんぶんぶんっ!


 ……いかん。勝手な設定を作り上げそうになった。

 常識的に行こう。


「大地の魔力を、城主を通して結界用に変換してた、で、いいんじゃないか……?」


 この世界は魔力にあふれてるんだから、そういうものもあるんだろう。

 で、大地の魔力といえば、やっぱりあのスキルだろうな。


「スキル発動。『竜脈りゅうみゃく』」


 俺はスキルを起動した。

 元の世界では『竜脈』というのは、土地の『』の流れなんかを意味してたはず。

 そして、昔の城や町は風水的に『の流れのいい場所』に作られていた。

 いわゆるパワースポットみたいなものだ。

 昔、そういうところに行って覚醒の儀式をしようと思って、弁当代を削って旅費を作って………………いやいやいや。それはこの際どうでもいい。


 とにかく『竜脈』なんてスキルがあるってことは、こっちの世界ではその『気』が『魔力』に変わってる可能性があるわけで──


 当然、城や町が『魔力』を持つ土地に建てられてることは充分に考えられる。


「…………足下に温かい流れがある。これか?」



竜脈りゅうみゃく反応あり』


 頭の中に文字が浮かんだ。


『城を支える大地に、魔力の流れを感知しました。目覚めさせるために、城主を指定してください』




「リゼット、ちょっといい?」

「どうしましたか? ショーマ兄さま」

「このお城、俺がもらっていいかな?」

「はい、どうぞ」

「……あっさりだな」

「『黄巾こうきんの魔道士リッカク』を倒したのは兄さまですよ?」


 不思議そうな口調で、リゼットは言った。


「魔法陣を直してくださったのも兄さまです。その兄さまが、この城を欲しいと言うなら、みんな納得するはずです」

「わかった。遠慮なく、実験に使わせてもらう」


 俺は『竜脈りゅうみゃく』スキルに指示を出す。


「城主指名。ショーマ=キリュウ」





『王は城主にはなれません』





 そっけないセリフが返ってきた。





『王は城主をべるもの。城主を指名するものが指名されるのは矛盾むじゅん




 王さまは城主たちの主君であって、城主そのものにはなれないということか。

 なるほど。


前言撤回ぜんげんてっかいだ。この城はリゼットにあげる」

「はいいいっ!?」


 おどろかれた。


「兄さまは、なにをなさろうとしてるんですか?」


 リゼットが塔の中に入ってくる。

 いつもの、まじめそうな顔で、俺の方をじーっと見てる。


「俺が竜帝廟りゅうていびょうでもらったのは、道具を強化するスキルだった」


 少し考えてから、俺は言った。


「それともう一つ『竜脈』ってスキルももらったんだ。それは誰かを城主に指名するスキルらしい。リゼットから聞いた竜帝の情報から考えると、これは結界を強化するスキルだと思う」

「結界を強化、ですか」

「城主を指名することで、たぶん、土地の魔力が使えるようになるだろうな。竜帝さんはその力で、魔物除けの結界を張り続けてた、というのが俺の予想だ」

「それで、リゼットを城主に……?」

「試してみたんだけど、俺は城主にはなれないみたいだ」

「わかります」

「わかるのか?」

「王というのは、城主を統べるものですから」


 スキルと同じようなことを言うなぁ。


「でも……そうなったら、リゼットはずっと住まなきゃいけないんでしょうか?」

「たぶん、それはないと思う。昔の城主も、城から一歩も出なかったわけじゃないだろ?」

「そうですね……確かに、おっしゃる通りです」


 気づくと、リゼットが俺の服のすそをつかんでた。


「わかりました。ショーマ兄さま。リゼットを、城主に任命してください」


 そう言って、リゼットは笑った。


「じゃあ、リゼット、そこに立って」

「はい。ショーマ兄さま」


 俺の指示に従い、リゼットは魔法陣の中央に移動する。


「──異形の覇王の名において、汝を廃城はいじょうの城主に任ずる」


 ……いや、別の名前をつけた方がいいな。

 義妹リゼットを城主にするのに、城の名前が『廃城はいじょう』じゃあんまりだ。

 竜帝の末裔まつえいのリゼットにふさわしい名前にしよう。


「リゼット=リュージュ、汝を『竜樹城りゅうじゅじょう』の城主に任ずる」


 俺はリゼットの額に触れて、告げた。


「汝はこの地に眠る魔力を使うことができる。それをもって、汝を信じる者たちを守るがいい。めざめよ──『竜脈』!!」

「──んっ」


 リゼットの身体が、ぴくん、と震えた。


 同時に、床に描かれた魔法陣が、さっきとは比べものにならないほどの光を放つ。

 魔法陣からあふれた光が、リゼットの身体の表面を流れ出す。


 まるで彼女の肌がかがやいてるみたいで──服が透けて、身体のかたちがはっきりと見えてる。光の線がリゼットの肌を這い、彼女はなぜだか頬を赤くして、目を閉じて唇を結んでる。


「……大丈夫か?」

「だいじょぶ、です。兄さま……」


 光の線がリゼットの胸の中央で、ぱちん、とはじけた。


「リゼット=リュージュ──我が兄さま『ショーマ=キリュウ』さまの命により──『竜樹城』の城主を拝命します!」


 リゼットが宣言した瞬間──

 光の粒子が、地面から浮かび上がった。

 大量に、次から次へと。

 まるで、真上に向かって、雪が降ってるみたいだ。


「……兄さま……わかります。このスキルの効果が。リゼットが城主になったことで、なにが起こるのか。頭の中に……情報が入ってきます。城主が、なにをすればいいのか……」


 リゼットは頬に手を当てて、泣きそうな顔をしていた。


「聞いてください、兄さま!」


 そう言ってリゼットは『城主』の能力について教えてくれた。




城主じょうしゅ


「竜脈」スキルによって、土地に眠る魔力の使用権を与えられた者。

 土地の魔力は、結界などに使用される。また、城の周囲にいる王や、城主の仲間に支援効果を与えることができる。


 城主が城にいる間は、魔力が増大する。

 具体的には魔法の威力の上昇。持続時間の上昇など。


 土地の魔力を得た結界は、その効果が強くなる。

 結界使用に城主が常駐する必要はない。

 ただ、年に1度の割合で、魔法陣に魔力を流す儀式が必要となる』




「……すごいな」

「すごいどころの話じゃないです。兄さま」


 リゼットはいつの間にか、涙を流していた。

 でも、笑ってる。すごくうれしそうな顔で。


「『竜脈』は城主に、土地そのものを変える力を与えるスキルみたいです……」


『結界』の永久化。さらに強化。

 城主の戦闘力の増大。おまけに支援効果つき。


 その城主を任命する『竜脈』スキル。

 確かに……冗談みたいに強力だ。


 これでもう、廃城はいじょうに魔物が住み着くことはない。

 逆に魔物が近づいてきたら、一方的にボコれるレベルだ。すごいな……。


「あ、兄上さま! リズ姉!! 外が真っ白だよ。なにしてるの!?」

「リゼットを城主にしてみた」

「なにしてるの兄上さま!?」


 ハルカ、びっくりしてる。

 でも、俺もびっくりしてるからおあいこだ。


「とにかく、来て。見て! すごい光景だから──」

「うん。リゼットも、もう動いてもいいよ」

「は、はいぃ」


 ハルカと俺、リゼットは、なんとなく手を繋いで、外に出た。

 森が、光に包まれてた。

 地面から魔力がわき出して、空へのぼっていく。


 森の方からは、魔物の悲鳴が聞こえる。

 木々の向こうでゴブリンっぽい影が、光の外へと逃げていくのが見えた。

 逃げ遅れた奴がいる。そいつは結界の光をまともにくらって……蒸発じょうはつした。


 その近くで黒くて大きな犬が、突っ立ったままぴくぴくと身体を震わせてる。逃げることも、戦うこともできずにいる。それを見つけた鬼族の人たちが「さくっ」と倒してる。


 これが『結界』の真の力か。

 強い魔物は動きを封じて、弱小の魔物は存在ごと消し去ってる。魔物にしか効かない攻撃魔法が、常に発動してる感じだ。すごいな……。


 しばらくして光は消えたけど、魔物が戻ってくる気配はない。

 周囲に、魔力が漂ってるのを感じる。魔物除けの『結界』は効果を発揮し続けてる。


「上手くいったみたいだな」

「そんなレベルの話じゃないよ、兄上さま。このお城は……まわりの森も含めて、ボクたちにとって安全な場所になったんだよ?」


 ハルカが目を丸くして、俺の方を見た。


「魔物が近づけないエリアが、半永久的にできるってことがどういうことかわかる?」

「わかるよ」


 俺はうなずいた。


「魔物を恐れずに暮らせる。森の木を伐って、売りに出すこともできる。畑を広げることも、自由に狩りをすることもできるようになった、ってことだろ?」

「それだけじゃないよ。結界の外にいる魔物だって、もうそんなに怖くない。いざとなったら結界まで逃げればいいんだから」

「つまり、わかりやすく言うと」


 リゼットはまぶしいくらいの笑顔で、俺を見て、言った。


「ショーマ兄さまは、リゼットたちの村を進化させてくださった、ってことです」







 結界を張ったあと、『竜脈りゅうみゃく』スキルにパラメータが表示された。




『王の領土「竜樹城りゅうじゅじょう


 城主:リゼット=リュージュ

 続柄:義妹いもうと(種族:竜の血脈)

 結界効果:魔物除け

 追加効果:防御力上昇15%

 連鎖:なし』




「……連鎖?」


 防御力上昇はわかるけど、連鎖って?

 ……家に戻ったら調べてみよう。


「まだまだこのスキルは知らないことがいっぱいだな」

「ショーマ兄さま!」


 いきなりだった。

 背後からリゼットが抱きついてきた。


「ありがとうございます! 兄さま! ありがとう……」

「リゼット……?」

「リゼットはみんなの役に立てました。ぜんぶ……兄さまのおかげです……そうだ!」


 リゼットはうれしそうに手を叩いて。


「見てください! いまのリゼットは魔力に満ちあふれてます! 必殺『浄炎クレイル・フレア』!!」


 どごん。

 リゼットの手から、一抱えもある火の玉が発射された。

 それは城壁の近くの地面を叩き、えぐる。

 さらに爆風ががれきの山を崩して──


「自分の城を破壊したらだめだろ」

「ご、ごめんなさい……その、つい。うれしくて……」


 リゼットは頬をおさえて、うつむいた。

 いたずらがばれた子どもって感じだった。


「この力は、ショーマ兄さまのためだけに使います。兄さまの望む……乱世をのんびり生きる生活ができるように。このリゼット=リュージュ、約束します!」


 そう言ってリゼットは無邪気な顔で、笑ったのだった。

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